Honeymoon(3) 


二人がまず向かったのは、ワイキキビーチだった。
旅行前から行きたい場所に目星をつけて計画は立てていたのだが、どちらも初ハワイなので、とりあえず「ハワイと言えば」と思われる場所には行っておこうと決めていた。
「ひゃー…すっごい海っ」
青島が思わず叫ぶと、苦笑しながら室井も頷いた。
「真っ青だ」
「すっごい、キレイっすね」
「絵の具を薄めたみたいな色だな」
「入浴剤っぽいかも」
好き勝手な感想を述べて、二人は顔を見合わせた。
そして笑みを零す。
「俺ら、小学生みたいっすねぇ」
あまりのボキャブラリーの少なさに、自分たちで言っていて可笑しくなってきた。
ビーチサイドを室井と並んで歩く。
人はそれなりに多く、日本人の姿もチラホラあった。
新婚らしいカップルの姿も見える。
―俺たちも一応そうなんだけどね。
青島は心の中で苦笑した。
傍から見たら、青島と室井がどういう関係に見えるのか。
想像すると、ちょっと薄ら寒い。
新婚には間違いなく見えないだろうが、男二人でハワイに来ているなんて、怪しいことこの上ないだろう。
「どうかしたか?」
少しぼんやりしていた青島に、室井が首を傾げた。
青島はニコッと微笑むと、海を指差す。
「泳ぎます?」
水着は持ってきているが、泳ぐかどうか分からなかったので、ホテルに置いてきたのだ。
何ならその辺に売っているのを買えばいいと思っていた。
「俺はいい。君が泳ぐなら付き合うぞ」
「いや、俺も今はいいかな…あ、でも、折角だから、ちょっと」
そう言って、青島はスニーカーを脱いだ。
素足になると、バチャバチャと波打ち際を歩く。
「気持ちいー」
水を蹴って歩く青島に苦笑しながらも、室井もそれに倣う。
膝丈のカーゴパンツの青島と違って室井はジーンズだったので、裾を適当に折ってから海に入ってきた。
「気持ちいいでしょ?」
「ああ。砂の感触もいいな」
日本の海と違って、砂浜もキレイだ。
肌理の細かい砂が足の裏に心地良い。
「日本じゃないんだなぁ」
青島が思わず呟くと、室井は苦笑した。
「何を今更」
「そうなんですけどね、ほら。海見てると、そう思いません?」
エメラルドグリーンとかコバルトブルーとか、良くそんなふうに形容される海の色。
そんな話を聞いても青島には漠然としか分からなかったが、今それが目の前に広がっている。
いつかテレビで見た海よりもずっとキレイだと思った。
「ちょっと感動です」
えへへと照れ臭そうに笑みを零す。
「そうだな。わざわざ来てでも見る価値のある海だな…」
海を眺めながらしみじみと呟く室井の横顔を盗み見て、青島は笑みを深めた。
―室井さんと一緒に来れて、良かったなぁ。
多分今ここに一人なら、もしくは他の誰かと一緒なら、青島は室井にも見せてやりたい、連れてきたいと思っただろう。
自分が感じたことを、室井にも感じて欲しくなる。
結婚してから、青島にはそんな思いが強くなっていた。
不意に室井の視線が海から青島に移った。
小首を傾げた青島に、室井は真顔で言った。
「君と一緒で良かった」
青島は面食らったが、すぐに嬉しくなる。
「俺も、同じこと考えてました」
そう言うと、室井は笑みを零した。
「そっか」
柔らかくて優しい笑顔。
キスしたいなと思いながら見つめて、青島は脳裏ですみれの言葉を思い出していた。
『旅の恥は掻き捨て』
―なんてね。
さすがに行動には移せず、青島は苦笑した。

「さすがに暑いですね〜」
海から上がって足が乾くまでの間、砂浜をウロウロしていたら、さすがに汗が出てきた。
正午近くになり、気温も大分上昇してきたようだ。
「そうだな。なんか飲むか?」
ビーチには冷たいモノやハンバーガーなどの軽食を売っている屋台のような店があった。
「なんか買ってくるから、そこの日陰ででも休んでてくれ」
「あ、俺も行きますよ」
「いいから」
そう言って歩いて行ってしまう。
青島は素直に木の下の日陰に入って、芝生の上に腰を下ろした。
青島はぼんやりしながら、夜のために気を遣われてんのかななどと考える。
そして、一人照れ臭くなって、抱えた膝に額を押し付けた。
どうも旅行に来てから思考が緩く、幸せボケしまくりである。
だが、それすら幸せに感じられるのだ。
分かりやすく浮かれている自分に、ひっそりと苦笑した。
「具合悪いの?」
不意に英語で声をかけられて、青島は顔を上げた。
目の前にアロハを着た恐らく若い、男がいる。
身体つきが異様に良く見えるが、きっとこちらでは普通だろう。
「具合、悪いの?」
もう一度、今度はゆっくり尋ねられて、青島は慌てて首を振った。
「いや、大丈夫」
「そう。ならいいんだけど。日本人?旅行できてるの?」
「うん。東京から観光に」
青島はやけにフレンドリーな人だと思いつつ、外人はそんなもんかなと思いながら男の相手をしていた。
「一人できたの?」
「え?あ、いや…」
室井のことを何て言えばいいだろうかと、律義にも悩む。
通りすがりなのだから適当に答えても良かったのだが。
返事が遅れたのをどう受け取ったのか、男はしゃがみこむと、青島の視線に合わせてきた。
「暇なら一緒に来ない?クルージングでもしない?」
誘われて、青島はようやく気が付いた。
「ナンパか」
思わず日本語で呟くと、男が首を傾げた。
さすがは南国。
どれだけ開放的なのか知らないが、男の青島ですら真昼間から堂々とナンパされるらしい。
青島は苦笑した。
「悪いけど、連れがいるんだ」
青島の言葉を嘘と思ったのか、男がしつこく食い下がってくる。
「いいじゃない。折角ハワイまで来てるんだし。思い出作りにさ」
思い出なら室井と作っている最中だ。
「いや、本当に…」
困ったように眉を寄せて首を振ると、男が強引に青島の腕を掴んだ。
「大丈夫大丈夫。何にもしないから」
ナンパは万国共通なのか?と首を捻りながら、青島は腕を引いた。
「本当に無理だから」
「何をしてる」
硬い室井の声に、青島も男も顔をあげた。
室井は男を見て眉間に皺を寄せた。
「私の連れに何か用か?」
男は立ち上がると室井を睨んだが、室井に睨み返されて硬直した。
―ジャパニーズマフィアと思われたかも。
青島がひっそり思っていると男はスラングで何かを呟き、走って逃げていった。
「いやあ、さすが自由の国ですね」
何が「さすが」なのか分からないが、緊張感無くヘラッと笑ったら、室井が深い溜息をついた。
「感心してる場合か」
青島にコーラの瓶を手渡すと、室井もその横に腰を下ろした。
「…何も、されなかったか?」
「俺が大人しく何かされてると思いますか」
「思わない、が……まぁ、いい」
物分かり良く頷かれて、青島はホッとした。
怒られるかなとも思ったのだ。
青島は悪くないが、室井は案外心配性で過保護なところがある。
それが嬉しくもあるのだが、旅行中くらいは怒られずに過ごしたい。
―良かった良かった。
室井が「旅行中は青島を絶対に一人にしないでおこう」と心に決めていたことなど、安心しきった青島は全く気が付かなかった。
その時は。


「室井…さ、ちょ、待っ…ンっ」
両足を抱えられて室井が侵入してくるから、青島は堪らず背を反らせる。
その顎や首筋に、室井がキスをする。
「青島…っ」
室井は青島の足を抱えたまま、身体を折り重ねるようにして体重をかけた。
「ああっ」
「…っ、キツイな…っ」
青島は赤面して、室井の肩を思わず叩いた。
「知りませんよ…っ」
室井がいきなり深くに入ってくるから悪いのだ。
青島のせいではないし、青島が意図してしているわけでもない。
赤面している青島を見下ろして、室井は柔らかく微笑んだ。
前髪を梳いて、唇を落とされる。
「痛くは、ないか?」
しっかりと愛撫されてるだけに、痛くはなかったが。
「ない、けど…ちょっと、苦し…っ」
室井の首に腕を回して、叩いた肩に唇を押し付ける。
もう一度青島の額にキスをして、室井は動き始めた。
「ん、ん…ああ…っ」
堪えたってどうしても漏れる声をあげながら、青島は室井にしがみ付いた。
その耳元で、室井が呟いた。
「君は…」
「え…?」
「俺のもんだ…っ」
聞かせるつもりで言ったというよりは、独り言に近かったように思う。
だけど至近距離で室井の口をついた言葉は、青島を驚かせるに充分だった。
室井は青島の反応を気にすることなく、そのまま青島の身体を抱きしめて激しく突き上げた。
すぐに思考が乱れる青島だったが、頭の片隅で思った。
―当たり前でしょ、そんなの。
青島は揺さぶられながら愛しい人の背中を抱きしめた。










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