Aoshima Side
「無駄足でしたね」
緒方が零すから、俺は肩を竦めた。
「ま、大事件にならなくて良かったじゃないの」
繁華街でケンカの通報があって駆け付けたけど、俺達が到着する前に殴り合ってた当人たちが勝手に仲直りをしてしまっていた。
仲裁する手間が省けて有り難いといえば有り難いんだけど、どうせなら通報される前に仲直りしてくれれば良かったのに。
仕方がないから、注意だけして署に戻るところだった。
「どこかで飯食って帰りません?」
そう言われてみれば、腹が空いた。
胃の辺りを掌で押さえると、ぐるぐると空腹を訴えている。
「そうだね…」
つい空腹のせいばかりではない溜め息が漏れる。
「青島さん、何か元気ないっすね」
具合でも悪いのかと緒方が心配してくれるから、苦笑を浮かべてごまかした。
「腹が空いてるからね」
まさか、室井さんのことが気になっちゃって、とはいえない。
結局、あれから室井さんと連絡をとってはいなかった。
取りたかったけど、人質立てこもり事件の直後だ、対応に追われているに違いなかった。
要人が帰国を数日延期したという、ニュースも見た。
事情聴取があるだろうし、怪我はなかったと聞いたがもしかしたら一応病院で検査くらいするのかもしれない。
要人が帰国するまで、室井さんも忙しいだろう。
俺になんか構ってる暇はないはずだ。
そうは思うから連絡は控えているけど、微妙にすれ違ったままの今の状態を早くなんとかしたかった。
「そこで飯食いませんか、青島さん」
腹が減ったと訴えたせいか、緒方はすぐ近くにあったチェーン店のファミレスを指差した。
特に食べたいものはないし、店はどこでも良かったから頷いた。
「うん、いい…」
ファミレスを眺めていたら、視界の隅に強い光を感じて顔をしかめる。
何かと思えば、車道を走る車のヘッドライトだった。
ちらりと車道に視線を投げると、車が斜め向いにあるホテルの駐車場に入っていく。
俺でも名前の知ってる高級ホテル、縁はないけどね。
一泊うん万円もするってすみれさんに聞いて驚いたことがあったっけ。
高いと聞くだけあって、外観からして高級感があった。
一体何階建てなんだろうと思いながらホテルを眺めていると、ふとエントランスに視線が止まって驚いた。
「……!」
見間違いでなければ、室井さんがいる。
中に入ろうとしているように見えた。
「青島さん?」
ハッとして振り返ると、ファミレスの前で緒方が待っていた。
「入らないんですかー?」
「あー、ちょっと一服してから行くから、先入ってて」
アメスピを取り出して掲げて見せると、緒方は納得してファミレスに入って行った。
最近のファミレスは全面禁煙になっている店も多いから、俺の適当な言い訳を怪しく思わなかったようだ。
再び視線をホテルのエントランスに向けて、ドキリとする。
室井さんは一人ではなかった。
隣に室井さんよりも少し背の高い、黒いコートの背中が見えた。
俺の方からは顔も見えないが、その男が室井さんの背中をさりげなく押すようにして、中に促していた。
そのまま並んでホテルに入っていく。
それを馬鹿みたいに突っ立ったまま眺めた。
二人の姿が完璧に見えなくなると、言い訳にした煙草を無意識に咥えていた。
落ち着こうとしての動作だったことは、煙草の煙を思い切り吸い込みゆっくり吐き出した後に気付いた。
室井さんが誰かとホテルに入ったからなんだっていうんだ。
相手が女性だっていうなら、不愉快でも仕方がないかもしれない。
浮気じゃなくたって、少し嫌だと思う。
だけど、相手は男だった。
男が相手ならデートではないはずだから、どうということもない。
室井さんのことだから仕事かもしれないし、接待でもされていてレストランに向かったのかもしれない。
そう思う。
そう思うのに心が落ち着かないのは、何故だろう。
連れだっていた男が、気になるからか。
スマートに室井さんを促していた仕草が、妙に絵になって見えた。
ちらりと見えた室井さんの横顔も、仕事中に見せる険しい表情には見えなかった。
プライベートなのかもしれない。
室井さんにも一緒に食事をする友人の一人や二人いるだろう。
プライベートで彼と二人で食事にでも来ているのかもしれない。
だとしたら―。
視線を落としたら、煙が目に入り瞼を閉じた。
だとしたら、やっぱり少し嫌かもしれない。
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