■ 嫉妬の応酬(5)


Muroi Side


なぜ青島があんな所に居る?
いや、なぜ羽田に居るかということじゃない。
湾岸署には元々警備の応援を要請してあった。
そうではなく、さっき電話で事件だと言っていた人間が、なぜ1時間もしないうちに事件の中心に居るんだ。

『あの男は誰だね』
長官が誰に聞くとはなしに問いかける。
誰も答えるものは居ない。
『刑事局長。犯人の素性とあの男の方も早急に調べるように』
『了解しました。君』
脇に控えていた捜査員に刑事局長が指示をだす。
遠目で幾分不鮮明とはいえ個人の判別には支障の無いくらいの映像である。
二人の素性が判明するのも時間の問題だった。

もしあれが青島だったら。
所轄の捜査員に任せるには大きすぎる事件だと、長官を始めとする幹部の中でこのままにするなどという案はまかり通らないだろう。
だとするならば私はどう動けば良いか。
あれが本当に青島だったなら。

しかし私は混乱していた。
食い入るように画面を見つめると、犯人の男と青島の微かな動きから会話しているらしいことが見て取れる。
今回の人質は中米カリブ海に浮かぶフランス領の小島、マルティニーク島からの要人だ。
公用語はフランス語。
青島がしゃべれるなどとは聞いたことが無い。

私が青島を見間違えるはずがない。
あんなに青島に似た他人が存在するわけがない。
しかし・・・。
警察庁の情報網は確実だ。
数時間もしないうちに二人とも身元が判明するだろう。
あれが青島だとするなら尚更だ。
警視庁所属の刑事を調べるなど造作ないことだ。

事件が起きたと電話を切った青島。
その事件と目の前の事件は同じものなのか。
真実をこの手で確かめたかった私は、静かに部屋を出てから携帯を手にした。

しかし画面に青島の番号を呼び出した瞬間、嫌な考えが脳裏を掠めた。
もしあの場に居たのがやはり青島だったなら。
電話など鳴らすのはまずいだろう。
無駄に犯人を刺激してしまうことになる。
発信ボタンを押す前で良かった。
背中にじわりと浮かぶ嫌な汗を自覚しながら、わたしは湾岸署に掛けることにした。

『はい。湾岸署刑事課』
小気味良い女性の声が聞こえた。
「警察庁の室井です」
『室井さん?・・って、あの室井さん?』
??
警察庁に私以外の室井が居るとは聞いたことは無いが。
「警察庁の・・・官房審議官の室井だが・・・」
『分かってるわよ』
「・・・・君が聞いたんだろう」
『あら。あたしのこと分かるの?』
「いや」
しかし十中八九恩田くんだろう。
この遠慮の無い物言いは。
『あっそ。恩田です』
だろうな。

『青島くんなら居ないわよ』
「なぜ青島に用があると思うんだ」
『あら違うの?』
「いや」
『ならいいじゃない』
「・・・どこへ行ったか分かるか?」
『なんかさっき羽田で人質事件起こったんでしょ?空港警察から応援要請あったみたいで、夏美ちゃんと一緒に向かったわよ』
「羽田へ・・・そうか。ありがとう」
『いーえ。どういたしまして』
「それじゃ」

どういうことだ。
やっぱり青島は羽田に居るんじゃないか。
しかし。

『審議官。長官がお呼びです』
廊下のドアの前で携帯を片手に思考の海に沈んでいた私を、捜査員の声が呼び戻した。
室内に戻り、長官の席の後ろまで歩み寄る。
『今回の警備を指揮していたのは君だな』
「はい」
『今日も出発の現場に行くはずだったんだろう。こんなところで油を売っていないで、君の好きな現場へでも行ってきたらどうだ』

長官の言葉は嫌味に他ならなかった。
しかし今の私には渡りに船だ。
直接彼を確かめることが出来る。
捜査員の運転する車に乗って、私は羽田へと向かった。

空港に着くと、所轄の署長が私を出迎えた。
『お待ちしておりました。室井審議官』
捜査員が無言で手で進む先を促したのに頷き、そちらに向かって歩き出す。
「現場はどこです」
『こちらです』
斜め後ろから着いてきながら右だ左だと指示する署長の言葉に従って進む。
しばらく歩くと黒山の人だかりの真後ろにたどり着く。
目ざとく私たちを見つけた捜査員が、人垣を掻き分けて前へと道を明けてくれる。
立ち入り禁止テープの前にたどり着く直前に、前方で大きな歓声が上がった。

人を押しのけて最前列に進み出ると、男性が犯人を取り押さえたところだった。

「犯人を確保、逮捕してください」
後ろに着いて来ていた署長に声を掛ける。
『はい。では本庁の方に・・・』
慌てて本庁捜査員を呼びに行こうとするのを呼び止める。
「鈴木署長」
『はい』
「あなたが逮捕してください」
『えぇ?!わたしがですか?』
「そうです。逮捕するのは本庁捜査員だけの仕事じゃありません。近くに居るのだからあなたがやればいいんです」
『は・・・いえ・・しかし・・・』
「お願いします」
『は。はい!分かりましたから頭をお上げください!』
「では、よろしくお願いします」
『はい!』
署長は、近くに居た所轄の捜査員を伴って、慌てて犯人を取り押さえている男性の元へ向かっていった。

近づく署長たちに気づいた男性がこちらへと視線を向ける。

そこに居た人は青島ではなかった。

面と向かって男性を目にして、私の中の疑念は払拭された。
確かに顔立ちは似ている。
背格好も良く似ている。
だが違う。
あれは青島ではない。
青島ではなかった。

所轄捜査員と鈴木署長が、男性から犯人を受け取り手錠を掛ける。
無言のまま男性の前に歩み出ると、正面から視線がかち合った。
「警察庁の室井といいます。犯人逮捕へのご協力に感謝します」
『・・・・いえ』
本当に良く似ている。
「失礼ですが、お名前をお教え願えますか」
『・・・はい。わたくし外務省の黒田と申します』
男性はスマートな仕種で懐に手を差し込み、名刺入れから一枚抜き取り私に差し出した。
「ありがとうございます」
受け取って名前を確かめる。

中米カリブ課 黒田康作

名刺にはそう記してあった。










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