■ wedding march‐3(5)


室井が達磨に着いた時には、既に宴もたけなわといった雰囲気だった。
青島と室井の結婚祝いと称した湾岸署刑事課の宴会だった。
青島を通して誘われた室井だが、生憎と仕事の都合が付かず途中参加となった。
青島は忙しいのに無理して来ることはないと言ってくれたが、披露宴前に彼の同僚にも一度ちゃんと挨拶をしておきたいからと言えば、青島は申し訳なさそうだったが、どこか嬉しそうにはにかんでいた。
披露宴まで一週間ほどしかなく、室井としては丁度良かった。
途中参加でも構わないというので、仕事を終えてから宴会場になっている達磨に寄ってみれば、平素の湾岸署の様子からある程度の騒ぎを覚悟していた室井を怯ませるほど盛り上がっていた。
個室には二十人近い人がいて、中には見覚えはあるが口を聞いたこともない人もいた。
青島は湾岸署において、良くも悪くも中心にいる男だった。
署員に影響を及ぼすような問題を起こすことが少なくない男にも関わらず、結婚祝いにこれだけ人が集まるのだから、頼りにされ愛されていることが分かる。
少なからず室井の人望によるところも大きかったのだが、室井本人にその自覚は無かった。
室井は真下に引っ張られるようにして空いていた中央の席に腰を下ろした。
真下とすみれに挟まれた席で、正面は青島だった。
その青島と目を合わせて、眉間に皺を寄せた。
顔が赤く染まり、しまりのない笑みを浮かべている。
こんばんは室井さんというありきたりな挨拶を寄越したが、呂律が怪しい。
思わず、すみれを振り返った。
「どれだけ飲ませたんだ?」
青島は決して酒に弱くない。
時々は羽目を外して飲み過ぎることもあったが、泥酔するほど深い時間ではなかった。
「人聞き悪いわね、青島君が勝手に飲んだんですよ」
すみれが涼しい顔で言い放つから、室井は顔をしかめつつも、それ以上言及するのはやめた。
意味がないからだ。
ただ釘だけは刺しておいた。
「連れて帰るのは私なんだ、ほどほどにしてくれ」
「はーい」
いい返事をしつつ悪びれないすみれの酌を受けながら、室井はもう一度青島を見た。
大丈夫かと目で問うと、青島からは苦笑ぎみな笑みが返ってきた。
正気は保っているようで、室井は内心ホッとした。
真下の音頭で改めて乾杯をし、あちこちから祝いの言葉が降ってくる。
室井は難しい顔のままだったが、それらに応えるように軽く頭を下げた。
酔っ払った青島が嬉しそうに笑っているのを、視界に捉える。
愛しいなと思ったのは一瞬で、その後は青島ばかりを気にしていられなくなった。

「お二人の出会いは?」
「馬鹿ね、事件の時に決まってるじゃない」
「そういえばそうですね」
「えー、じゃあ、告白は?」
「青島さんなんじゃないですか?」
「室井管理官の告白って、なんか想像できないしね」
「室井さん、本当に青島先輩でいいんですか?」
「あ、返品は不可ですからね、責任持って引き取ってくださいよ」
「これを逃すと、青島は貰い手がないかもしれんしな」
「あら、本庁では意外と人気あるって聞きましたよ」
「青島君と結婚したら出世が危ういもん、キャリアは手は出さないでしょ」
「室井さんもキャリアですけどね」
「青島さんのどこが良かったんですか?」
「騒がしくて落ち着きのない男だからなあ」
「おい、青島、室井さんに愛想尽かされないようにしろよ」
「その分室井さんが静かで落ち着いてるから丁度いいんじゃないですか?」
「破れ鍋に綴じ蓋ですか」
「さすがに室井さんに失礼だよ」

永遠と続く質問と疑問と要望に、室井も青島もろくに言葉を挟まなかった。
挟めなかったのだ。
酔いに任せて失礼な発言も随分あったが、勝手に盛り上がってくれているのが有り難かった。
青島と結婚する前から公認の関係ではあったが、馴れ初めや彼の好きなところなどをこんな場所で改めて語るのは憚られた。
同僚の気安さで青島を貶しからかうような言い回しが多かったが、本気で青島を嫌っている人間はこの場にはいない。
二人の結婚を祝福してくれていることが、彼らの笑顔を見ればよく分かった。
青島を盗み見れば、酔っ払いながらも楽しそうに笑っていた。
室井は酒の肴にされながらも、小さな幸せを噛み締めていた。
青島が室井と一緒になったことを喜んでくれる人の存在が、想像以上に嬉しかった。




結局、店の閉店まで居座り解散となった。
泥酔している青島の代わりにきっちりと感謝の気持ちを伝え、室井は青島と二人店を後にした。
半ば寝ている青島を先にタクシーに押し込むと、見送りに来ていた和久が苦笑した。
「新婚早々、世話をかけるね」
「慣れてますから」
平然と答えた室井に、真下が笑う。
「青島先輩、いっつも室井さんに迷惑かけてますもんね」
青島と知り合ってから起こった全ての出来事を何一つ迷惑とは思っていなかったが、わざわざ否定はしなかった。
すみれに「ご馳走さま」とからかわれるのがオチだろう。
「まあ、なんだ…色々世話の焼けるヤツだが、よろしく頼むよ」
和久がやんわりと言った。
どこか照れくさそうに呟かれた短い言葉に、青島に対する愛情が詰まっている気がした。
そこには室井に対する信頼もあった。
室井は大事な息子を託されたような気持ちになって、真顔で頷いた。
「大事にします、生涯をかけて」
真下もすみれも笑みを見せたが、どこまでも真剣な室井を茶化しはしなかった。
「返品不可だからねっ」
宴会の最中にも言っていたが、すみれが釘を刺す。
冗談だと分かるが、それにも真顔で頷いておいた。
返せと言われても、返すつもりは毛頭ない。
そんなことはわざわざ言わなくても、すみれはきっと知っている。
すみれは満足げに笑っていた。
「来週の披露宴、署をあげて盛り上げますから」
「署長が迷惑かけないように気をつけるからよ」
「料理楽しみにしてるから」
三者三様の披露宴に対する意気込みには曖昧に頷き返し、室井は三人に改めて礼を告げて、タクシーに乗り込んだ。

発車して間もなく、室井の手に何かが触れた。
それが青島の手だったから驚いた。
振り返って見れば、青島は室井を見て小さく笑っていた。
「寝てたんじゃないのか?」
青島の手を握り返しながら聞いた。
「うとうととね…うーん、何かぼんやりする…」
「飲み過ぎるからだ」
「飲まされたんですよ、室井さん来る前に一盛り上がりあってね…」
飲めないたちではない青島だったから、祝いにかこつけた酒を拒めなかったのだろうなと予想はついた。
「具合は悪くないか?」
「大丈夫ですよ、フワフワしてますけど」
「ならいいが」
何が楽しいのか、ふふっと笑う青島はまだ酔いの中にいるようだった。
それでも幸せそうだったから、まあいいかと室井も小さく笑った。
青島には幸せでいてもらいたかった。
彼の幸せが自分の幸せだと言えば、大袈裟過ぎるだろうか。
それでも、今の室井の心境はそれに限りなく近い。
ここ数日、青島は少しだけ元気がなかった。
あの翌日には友人から謝罪の電話があったと、青島から聞いていた。
泣きながら謝られたと苦笑していた。
当然青島は彼を許したが、わだかまりが何も残らないといえば嘘だろう。
どこか寂しそうにしている青島を見れば、室井の熱い怒りも飲みこむしかなかった。
正直、今でも出来ることなら立件して送検してやりたいと思っているくらいだ。
青島を傷つけられれば、黙ってなどいられない。
青島を室井から奪おうとする行為そのものだって、耐えがたかった。
だが、青島が傷ついているのは、友人に押し倒されたことよりも、そのことで友人を失ったことに対してだ。
室井が怒りにまかせて無理やり事件にしたてれば、余計に青島を傷つけるだけである。
室井が満足しても青島が満足しないのであれば、その行為に意味はない。
だから室井は怒りを呑みこむしかなかった。
青島は肌でそれを感じていたのか、気持ちが沈む時にはそれを隠しもしないで室井に寄り添い甘えてくれた。
そうすることで、青島どころか室井まで気持ちが落ち着いた。
青島に必要とされていることに、室井は安堵したのかもしれない。
青島が望んでくれるのは、室井の知らない彼の友人ではなく、天の邪鬼で一生素直になれないのではないかと思われる新城でもない。
室井ただ一人だ。
結婚し、生涯を誓いあってなお、未だにそんなことが嬉しく、安心した。
「楽しかったですね」
酔っ払っているのに穏やかな顔をしている青島をぼんやりと眺めていると、青島が呟いた。
「そうだな…」
「嬉しかったな」
「ああ」
「幸せだなあ」
また、ふふっと青島が笑う。
室井は指を絡めるようにして青島の手を握り直した。
力をこめると、青島が室井の肩にもたれ掛かってきた。
抱き締めたかったが、堪えた。
少しの間の後、再び眠ったのかと思っていた青島が室井を呼んだ。
「どうした?」
「俺も、一生大事にしますから」
青島に肩を貸したまま視線をその顔に落とした。
青島は瞼を落としているようだった。
「絶対幸せにしますから」
「…ああ、ありがとう」
嬉しくて、僅かに語尾が震えたが、青島は気付かなかっただろう。
ただ幸せそうに笑っていた。
「幸せになろうね、室井さん」
これ以上望むことなど―。
そう思いながら、室井は耐え切れずに青島の額に一瞬だけ唇を押し付けた。










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2013.11.4

あとがき


室井さんがとっても幸せそうです。
青島君が幸せなら室井さんも幸せです(断言)

このシリーズ、書けば書くほど目的を見失っている気がしてなりません…(笑)


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