■ wedding march‐3(6)
部屋に入るなり、青島はベッドに身を投げ出した。
「あー疲れたぁ」
「そうだな」
さすがに室井も疲れたのか同意して、隣のベッドに腰を下ろした。
披露宴が終わったところだった。
二次会は用意しなかったが、披露宴の後に警察関係者に挨拶したり、同じホテルに宿泊する親族に挨拶したりと、慌ただしかった。
やっと解放されて、ホテルの部屋に休みにきたところだった。
準備にかかった時間と労力を思えば呆気なかったなと拍子抜けするくらい滞りなく、披露宴は終了した。
男二人で着飾って結婚のお披露目をすることに重要性をあまり感じていなかったが、各方面からお祝いや激励の言葉を受けているうちに、意味がないこともなかったなと思い直した。
室井の上司に当たる上層部の一部官僚の本音はともかく、参列者には祝福してもらえたという認識が圧倒的に大きい。
これは嬉しいことだった。
結婚するのは青島と室井の意思であり、互いの家族にも認めてもらっている以上、他人に祝福されないということがそれほど障害になるわけではないが、、やはり祝福されないよりはされた方がいいに決まっている。
多少やり過ぎな感のあった湾岸署署員による余興に、室井を始めとする警察官僚たちは呆気にとられていたが、親族や友人たちにはうけていて盛り上がっていた。
高砂から呆れ顔で眺めていた室井にこっそり謝れば、「ある程度は覚悟していた」と諦めたように言っていた。
あの時の室井の顔を思い出し、青島は思わず笑ってしまった。
「どうした?」
「いや、なんでも」
「…そうか」
不思議そうに首を傾げた室井だったが、深くは追求してこなかった。
青島の笑みにつられたか、柔らかな笑みを浮かべている。
穏やかな表情に浮かんでいるのは、幸せの証か。
だとしたら、今青島も同じ顔をしているだろう。
青島は半身を起こすと、室井と向き合った。
「室井さん」
改まった青島の声に気付いたのか、室井の背筋がすっと伸びた。
「今更だけど、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「末永くね」
青島が笑うと、室井も笑ってくれた。
「青島」
「はい」
「そっちに行ってもいいか」
「もちろん」
立ち上がった室井が青島の頬を両手で包みこみ、じっと見つめてくる。
熱いというのともまた違う慈しむような眼差しに、照れくさかったが青島も視線をそらさなかった。
何度も気持ちを確かめあい、何度もキスして、何度も抱き合った慣れた人なのに、今夜は少しだけ違う人に見えた。
少し前に婚姻届を出し入籍して法律上夫婦になり、今日は親族や警察関係者の前で結婚を報告した。
結婚が周知の事実となったことで、室井が自分のものになったのだと実感できた気がした。
青島のものというと語弊があるかもしれない。
室井は室井自身のものだ。
それでも、彼の隣に立つことができるのは青島だけで、一生を共に生きるのも青島だけだ。
約束を重んじる室井と生涯を誓うということはそういうことだと青島は思っている。
そして、室井との約束だけは重んじている青島も、彼を生涯裏切らないと心に決めていた。
この人と、生涯を生きるのだ。
青島は不意に熱くなった瞳を誤魔化すように笑って、頬に触れる室井の手に触れた。
薬指の指輪を撫でるように指を這わす。
お揃いの指輪が青島の指にも光っていた。
室井が僅かに表情を崩した。
過ぎた喜びを堪えていたのは、青島だけではない。
「幸せになろうな」
室井が呟いた言葉は、先日酔っ払った青島が呟いた台詞と全く同じだった。
青島の胸に温かいものが広がる。
室井もそうであったならいいと願った。
頬を包んだまま室井が顔を寄せてくるから、唇が触れる直前に瞼を落とした。
まるで誓いのキスのようだなと思い、自身の乙女チックな思考に内心で笑ったが、あながち間違ってもいない気がした。
唇が離れても、室井は目の前にいた。
「世界一ね」
照れ笑いを浮かべた青島に、室井も小さく笑った。
「大きくでたな」
「そりゃあ、俺と室井さんだもん」
「どんな理屈だ?」
「相棒ですから」
ちっとも理屈になっていなかったが、室井はなるほどと頷き、もう一度唇を重ねた。
今度は深いキスになった。
青島が誘うように開いた唇に室井の舌が侵入してくる。
口内を愛撫する舌に吸い付き、積極的に自身の舌を絡めた。
キスをしながら室井の手がもどかしげに頬を撫ぜ、首筋に滑る。
求められていると感じて嬉しかった。
少しだけ唇を離した室井が、吐息のような声で青島を呼んだ。
青島は笑って室井に軽く口付けて、誘うように室井に抱きつき、抱きついたまま後ろに倒れた。
素直に伸し掛かってきた室井に遠慮は無かった。
再び唇を合わせながら、青島のシャツのボタンを外しだす。
青島も室井の背中に回した手でシャツの裾をスラックスから引き抜いた。
「疲れているのに、すまない」
首筋に唇を這わせながら室井が囁く。
「何で謝んの?俺だって欲しいです」
「そっか」
見下ろす室井が嬉しそうで、青島は笑いながら室井のシャツを脱がし始めた。
「初夜ですからね、楽しまない手はありませんよ」
「初夜と言っていいのか分からないがな」
「それもそうか、とっくに済ませちゃってるもんね」
「結婚式までなんて我慢できるか…青島、一旦起きてくれ」
ぶっきらぼうなのに素直な室井に笑いながら、青島は上半身を起こした。
室井が青島のシャツを脱がし、ベッドの下に放った。
青島も室井のシャツを脱がしたがベルトに手を伸ばす前に再び押し倒された。
すぐにファスナーも下ろして、スラックスごと下着を引き抜き、裸にされた。
性急な室井を見上げて、青島は照れ笑いを浮かべた。
「室井さん、なんか焦ってる?」
からかっていることに気付いているのだろうが、室井は真顔で頷いた。
「早く欲しい」
伸し掛かってこようとする室井を手で押し止どめる。
「待って」
「青島」
「室井さんも脱いでくださいよ」
今更一人だけ裸で恥ずかしいなどと言うつもりはないが、自分だけ裸よりも室井にも脱いで貰って肌を合わせる方が嬉しいし気持ち良かった。
室井は青島に逆らわずさっさと服を脱ぎ捨てると、改めて伸し掛かってきた。
本当に我慢できないとばかりの室井の態度に、青島は笑ってしまったが室井に唇を塞がれたから音にはならなかった。
性急だったわりに、行為が始まると室井はいつにも増して丁寧だった。
頭の天辺から足の爪先まで舐めるようなしつこい愛撫には、青島の方が焦れるほどだった。
散々身体中を愛撫された挙句、比喩でもなんでもなく足の指まで舐められ、青島はさすがに恥ずかしがった。
そんなことまでしなくていいと言えば、指に舌を這わせてここまで俺のものだとばかなことを言う。
危うく、それだけでいきそうになった。
馬鹿なことを言う室井もその室井に興奮する青島も、いつもと少し勝手が違ったようだ。
名ばかりの初夜のはずが、忘れられない夜になった。
全力疾走した後のような心臓が落ち着いてくると、青島は瞼を持ち上げた。
室井はまだ青島に重なったままだった。
そっと腕を持ち上げ髪に触れると、室井が顔をあげた。
熱に浮かされたような眼差しが、今はもう元に戻っている。
どちらかといえば穏やかな眼差しで青島を見下ろし、触れるだけのキスをくれた。
青島はやんわり笑って、室井の髪を弄んだ。
「室井さん」
「ん?」
「眠いです…」
一度欲が解放されたら、忘れていた疲労が倍になって返ってきたようだ。
急激に眠くなってきた。
室井は小さく笑うと、もう一度キスをくれた。
「眠っていいぞ、おやすみ」
室井が身体を離そうとするから、青島は思わず引き止めた。
「青島?」
「一緒がいいです、このまま寝ましょう」
毎晩同じベッドで眠ることは叶わなくても、今日も明日も明後日も室井と一緒であるはずなのに、まるで初めて身体を合わせたときのように無性に離れ難かった。
室井は青島の前髪をかき上げ、小さく笑った。
「後始末するだけだ」
「ああ…そっか」
青島の腹は二人分の精を受け止めて汚れていた。
「シャワーを浴びたいだろうが」
「いや…今は無理です、眠い…」
「分かってる、眠ってろ」
意識せずに青島の瞼が落ちた。
室井がベッドから離れるのを感じた。
少しして、腹を柔らかいものが拭う。
そのまま下肢まで拭われ、足を開かれた。
「室井さんのスケベ…」
寝言のような暴言に、室井からは律儀な訂正が入る。
「きれいにしてるだけだ」
「ありがとうございます…ああ、あんま触んないで、気持ちよくなったら困る…」
「もう黙ってろ、おやすみ」
内股を抓られて青島は笑ってしまった。
だがもう瞼が開かない。
眠気に飲まれながら、ひどく幸せな気分だった。
「室井さん」
「おやすみ」
「幸せです、ありがとう」
室井の手が止ったことにも、もう気が付かない。
伝えたい言葉だけ、ただ唇から漏れた。
「大好きです、おやすみなさい」
「…青島?」
呼び掛けたが、青島からは寝息しか返ってこなかった。
室井は小さく吐息を吐くと、後始末を続け、使ったタオルをだらしなく床に放った。
すぐに青島を抱き抱えるようにしてベッドに戻ると、その寝顔を見下ろした。
「言いたいことだけ言って…」
咎める口調なのに、瞳はひどく優しかった。
青島は分かっているのだろうか。
青島とこうしている室井がどれほどの幸せを感じているか。
青島が好きだと笑ってくれるだけで自身が生まれた意味を知り、裸で抱き合うたびに求められる喜びに震えた。
人を愛するということがどういうことなのか、室井は青島と過ごす日々の中でそれを知った。
そして、今も学び続けている。
こんな出会いはもう二度とないだろうし、欲しいとも思わない。
室井が欲しいのはこの世でただ一人だ。
その唯一の人を抱き締めたまま、室井は目を閉じた。
「死ぬまで、傍にいてくれ」
聞こえているはずもないのに、青島から呻くような声が返ってきた。
それは酷く間の抜けた音で、明らかにただの寝言だった。
室井はこみ上げる笑いを堪えることに苦労しながら眠りに落ちた。
END
2013.11.23
あとがき
砂を吐くとかそんなレベルじゃない気がしないでもない
乱暴な甘さになってしまいました(笑)
でも、とりあえず、初志貫徹。
入籍も披露宴も終わり、結婚しました。おめでとう!
というわけで、個人的に満足!
また、機会があれば続きを書きたいと思いますが、もう連載では書かないかも。
書きたいところを書いてしまった感があります。
本当は二人の結婚生活を書きたかったはずなのですが、
私が書くとどこまでいってもただひたすらにラブいだけの二人になることが判明(笑)
後は、書きたい場面をちょこちょこと小話として書いていきたいと思います。
ええもう、ラブい二人を考えるのが大好きなので。そういう病気なので。
とりあえず、長らくお付き合いくださって、ありがとうございました!
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