■ wedding march‐3(2)


青島は顎に走った痛みで目を覚ました。
どうやら報告書を書きながら頬杖をついて転寝していたようで、強かに顎を机に打ち付けていた。
「いた…」
むくりと顔をあげて、打った顎を掌で撫ぜる。
「何やってるんですか」
向かいの席で真下が呆れたように笑っていた。
青島は欠伸を漏らしながら伸びをした。
「いや、夕べ遅くてさあ…」
「あー、やらしいな、先輩」
「なんだよ、いきなり」
ニタニタと笑う真下が不気味で、青島は眉をひそめた。
「室井さんとお楽しみだったんでしょ」
言われた意味を理解した青島は、盛大に溜め息を吐いた。
「ばか、違うよ」
「またまたあ、新婚家庭なんだから仕方ないですよ」
「だから違うって…それに、まだ籍入れてないから新婚じゃないよ」
「あ、まだなんでしたっけ」
「いつ入れるのよ、籍」
背後のすみれも会話に入ってきた。
入籍日については室井と相談してはいたが、まだ決まっていなかった。
お互い「この日がいい」という拘りがないため、逆に決まらなかったのだ。
覚え易い日がいいのではないかと話し合ってはいるが、互いの誕生日は過ぎたばかりだし、正式に付き合い出した日もまだまだ先だ。
そこまで待つことなく入籍は済ませたいというのが、二人の一致した意見だった。
だが、候補日は特にない。
時間があって気が向けば、明日役所に行ったっていいのだ。
「まあ、近いうちにするよ」
青島のいい加減な返事に、二人とも呆れた顔をした。
「ちょっと、真面目に考えてんの?」
「そうですよ、本当に結婚するんでしょうね?」
疑わしい眼差しに、青島は慌てて「当たり前でしょ」と頷いた。
「だけど、何か他に考えることが多くてさあ」
「ああ、披露宴の準備もあるもんね」
すみれが納得したように頷いた。
最近は、室井と二人で自宅にいれば、披露宴の相談をしている時間が長い。
だが、その時間さえも満足に取れない状況だった。
室井は特捜をいくつも抱えて所轄署を渡り歩いているし、青島は青島で事件が立て込んで帰れない日もあった。
今は招待客の調整を行なっているが、あまり会えないので置き手紙やメールでやり取りしたりしている。
正直、最早面倒くさくなっていた。
だが、今更式を取りやめることは出来ないので、なんとか形にするしかなかった。
「新居はどうするんですか?引っ越すんでしょう?」
「ハネムーンは行かないの?折角だから海外にでも行って来たら?」
芸能リポーターかと言わんばかりに二人に聞かれるが、青島は半笑いになった。
入籍日すら決まっていないのに、新居など決まっているわけがない。
「いつかは引っ越すし、新婚旅行も行けたらいいなとは思ってるよ」
「…青島君、本当に結婚する気あるの?」
やる気を出せとすみれに怒られるが、心外である。
やる気はあるのだ、ただ時間がない。
「あ、披露宴のお料理の下見なら、手伝ってあげるわよ?」
ニッコリ笑うすみれに呆れつつ、それもいいかなと青島は思ってしまった。
自身の披露宴なのに、準備を誰かに丸投げしたくなる程度に、青島は疲れていた。
きっと室井もそうだろう。
ここ二日くらいまともに顔を合わせていない恋人を思い、青島はため息を吐いた。




定時を大幅に過ぎて青島が帰宅すると、室井は既に帰宅していた。
室井も帰ってきて間がないのか、まだスーツ姿のままでソファに座っていた。
「おかえり、遅かったな」
「ただいまあ」
疲れた声で応え、何となくそんな気分になり背後から室井に抱き付いた。
「どうした?」
身体に回した青島の腕に室井の手が触れていた。
「どうもしませんよー、ただ疲れただけでー」
「…そうか」
ぼやきながら室井の肩に顔を埋めてぐりぐりと額を押し付けると、室井は苦笑したが青島の好きにさせてくれた。
久しぶりに感じる恋人のぬくもりに、青島は欲がもたげてくるのを感じた。
相談しなければならないことがまだまだある。
招待客を決めないと招待状が送れないし、招待状が送れないと席次も決まらない。
余興は湾岸署署員が勝手に盛り上がってくれているから任せるにしても、料理に衣装に引き出物等々決めなくてはいけないことは多々あるし、スピーチや受け付け等の依頼もしなくてはいけない。
室井との結婚は嬉しいし、式や披露宴も思い出作りと思えば悪くはないが、準備がこんなに面倒くさいとは思っていなかった。
ただでさえ室井と休暇が重なることは少ないし、二人きりでのんびり過ごせる時間は限られている。
今はそのほとんどが「結婚式準備」というある種の仕事に費やされていた。
それが不満とは言えない。
自分たちの結婚式だ、言えるわけがない。
だが、正直に言えば、満足はしていない。
「室井さん不足だ」
思わずぼやいたら、室井が少しだけ振り返った。
「なんだ?」
良く聞こえなかったらしい。
そんなことをしてる場合かと怒られるかなと思いつつも、青島は室井の耳に唇を押し付けた。
「やらなきゃいけないことあるって分かってるんですけど…」
びくりと小さく反応した室井の耳に何度も唇を押し付けながら囁く。
「ちょっとでいいから、いちゃいちゃしたいです」
有り体に要求すると青島の望みはそういうことだった。
「だめ?」
室井の首に甘えてしがみついたまま囁くと、しばし固まっていた室井が青島の腕を軽く叩いた。
「青島」
顔を上げると、室井の手招きが見える。
「こっち来い」
どうやら許されたようで、青島はいそいそとソファを迂回した。
正面に立つと、室井が腕をひいて抱き寄せてきた。
腰を折り顔を寄せると、室井は目を閉じてくれたから、遠慮することなくその唇を奪う。
キスが深くなったのはどちらのせいだったのか。
それは分からなかったが、お互いに飢えていたことだけは良く分かった。


「明日、籍を入れてこないか」
ベッドに寝そべり、煙草を咥えてぼんやりしていた青島は、僅かに驚いた。
室井は冷蔵庫からペットボトルの水を手に戻って来たところだった。
差し出されたそれを受け取り青島が半身を起こすと、室井が隣に腰を下ろした。
青島の口から煙草を取り上げ、咥えている。
「いいけど、急ですね」
室井が指を伸ばして、青島の前髪をかき上げた。
汗で額にくっついていたようだ。
「いつでもいいと思っていたが、いつでもいいなら明日でもいいかと思ってな」
室井も青島と同じことを考えていたらしい。
「それに…」
「それに?」
煙草を指先で弄び言い淀んでいる室井が、小さく呟いた。
「諸々の準備をさっさと終わらせてしまいたい」
結婚という儀式に関わる諸々の準備に時間を取られているのが煩わしいのだ。
決めなければならないこと、やらなくてはいけないことをさっさと済ませてしまいたいのだろう。
聞きようによっては冷たい言い草だが、そうではないことは青島には良く分かる。
青島も室井と同じ気持ちだからだ。
仕事に関わる時間はどうしたって減らせない生活をしている。
削られる時間はもちろんオフの時間であり、オフの時間は二人で過ごせる貴重な時間だった。
青島は室井の唇から煙草を引き取り、軽くキスをした。
「こうする時間が無くなっちゃうもんね」
室井は微苦笑したが、否定せずにキスを返して寄越した。
「明日、役所行きましょう」
「いいか?」
「もちろん」
互いの両親との顔合わせは済んでおり、籍を入れることも伝えてある。
婚姻届もちゃんと用意してあるから、後は提出するだけだった。
室井は青島の手から煙草を取り上げ灰皿に捨てると、覆い被さるように青島をベッドに沈めた。
青島は瞳に笑みを浮かべて室井の背中を抱いた。
「忙しかったら、無理して一緒に来なくていいからな」
「はい。俺が遅かったら、悪いですけどお願いします」
「ああ、分かった…青島」
「はい?」
「ありがとう」
「何のお礼?」
ふっと笑った青島を見下ろした室井は、青島の質問には答えなかった。
変わりに聞き慣れない愛の言葉を囁いてキスをくれた。










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2013.10.13

あとがき


披露宴準備で良くケンカするとか揉めると聞きますが、
この二人の場合揉める時間もないんじゃないかなあと。
男同士ですしね、凄く事務的に披露宴をあげそうです(笑)



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