■ wedding march‐3(1)


局長室から出て来た室井は深い溜息を吐いた。
青島と籍を入れることに決めたと報告したところだった。
見覚えのある苦虫を噛み潰したような顔で室井の話を聞いた池神は、後悔はしないんだなと再三確認するという失礼な反応だったものの、室井が考える素振りも見せないと最終的には諦めたように認めてくれた。
さすがの池神でも、二人を強制的に別れさせるような権限は持ち合わせていなかった。
一仕事終えた気持ちで室井が退出しようとすると、池神に披露宴はいつにするのかと問われた。
それは既に青島と相談済みで、式も披露宴も行わないことに決めていた。
池神にそう答えたら、そこからが長くなった。
親族でもないから挙式はどうでも良いようだったが、披露宴はやらなければダメだと言うのである。
室井は困惑した。
青島との結婚を渋られる覚悟はしていたが、披露宴を勧められることは予想していなかった。
仮にも警察官同士の結婚であり、しかも室井は官僚である。
然るべき手段で然るべき方々にお披露目する必要があると、池神は主張した。
上層部も呼んだ盛大な披露宴をやれということだ。
心の底から嫌だったが、この件に関しては池神は退かなかった。
古い体質の警察官は形に拘る。
慣例に従って室井にもやらせたいようだった。
ここで池神の命令を頑なに断ることは難しかった。
仕方なく、青島と相談すると言って、局長室を後にしていた。
青島とは、籍だけ入れて特別なことはしないという話で落ち着いている。
二人とも忙しい中、時間を裂いてまで形式に囚われる必要性を感じなかったためだ。
二人にとっては家族になれればそれだけで十分であり、誰かにお披露目して祝福してもらおうというつもりはなかった。
わざわざ見せ物にならなくてもいいですよねと笑う青島に、室井も同感だった。
互いの親族には挨拶をする場が必要だと思っていたが、親族・友人・警察関係者を呼んだ大々的な披露宴を行うつもりはまるで無かった。
片方が女性ならまだしも、男同士である。
華やかに着飾った自分たちが客を招待しお祝いしてもらうという図を想像すると、どうにも尻がむず痒い。
しかし、どうやら避けては通れないようだった。
青島にどう説明しようと考えながら、室井はとりあえず仕事に戻ったが、その心配は杞憂だった。


「君もか」
帰宅して青島と一緒に食事をしながら、室井は溜息を吐いた。
「はい、署長に『披露宴は絶対やらなきゃダメだよ』って詰め寄られました」
苦笑した青島もまた、上司に室井と同じダメ出しを受けていた。
青島が肩を竦めた。
「まあ、うち幹部たちは、俺の結婚式を格好の接待の場と思ってるだけでしょうけどね」
その通りだと室井も思ったが、どちらにせよこれで二人とも披露宴から逃れられなくなったようだ。
「仕方ないな…」
「ですね」
「いいか?」
短くだがちゃんと意思を確認すると、青島は笑って頷いた。
「開き直って、ゴンドラとか乗っちゃう?」
眉間に深い皺を刻んだ室井に、青島は声を立てて笑った。
「冗談ですよ」
「当たり前だ」
「ま、気合い入れて見せ物になりますか」
見せ物になると嫌がっていた青島だったが、やらざるを得ないとなれば開き直って楽しむだろう。
どうせやらなければならないのなら、嫌々やるよりはきっとその方がずっといい。
何事にもポジティブに出来ている青島は、楽天的とも言えるが心が強いのだ。
自分にはないその強さが、室井には魅力的でもあった。
「一生に一度のことだしな」
青島につられて覚悟を決めた室井がやんわり微笑むと、青島は目を瞬かせた。
「なんだ」
「いや…さらっと言うなーと」
「だから、なにがだ?」
首を捻った室井に、青島は何でもないと首を振り、小さく笑った。
「爺さんになった時に、良い思い出になるようにしましょうね」
爺さんになっても青島と一緒か。
そう考えると、結婚とはやっぱり凄いことなのだと、今更ながらに思う。
それならば、何かを形に残しておくのもいいかもしれない。
見せ物になるのはすこぶる嫌だが、青島と一緒なのだからきっと悪いことばかりではない。
そう思えた。




披露宴を行うことに決めると、途端に忙しくなった。
式場探しから始めないといけない。
しかも、仕事は相変わらず忙しい。
青島とのんびり式場を回って決めることなど、不可能だった。
幸い、二人とも式場にはこだわりがなかった。
青島がインターネットやすみれたち女性陣からの聞き込み調査により、評判の良い式場を数件ピックアップしてくれたので、その中から候補日の空いている式場に決めることにした。
なんせ、池神の意向により本庁幹部の出席が決まっている。
幹部の都合に合わせたため、日取りだけは決定していた。
その日に予約できる式場しか選択肢がなかった。
選択肢が少ない分、式場で悩まずに済んでかえって良かったのかもしれない。
二人は休日を待って式場を見学し、その場で予約を済ませた。
適当に決めたわけではないが、何件回ってみたところでピンと来ない気がしたので、即決だった。
まだまだ決めなければならないことがある。
出だしで躓いているヒマはなかった。

式場を決めた帰りに、二人はラーメン屋に寄った。
ラーメンを待ちながら、青島が指折り数える。
「ええと、後は料理決めて、衣装決めて、招待客と席順決めて…」
「結婚指輪も買わなきゃな」
「あー…室井さんの分だけでいいですよ」
「何故だ」
「だって、俺にはコレがあるし」
青島が左手を翳して見せた。
普段はしていない婚約指輪が薬指で光っていた。
仕事にはしていけないからと言って、プライベートでは時々してくれていた。
「それは婚約指輪だろ」
「でしたけど、結婚指輪貰っちゃったら、この指輪の出番無くなっちゃう」
結婚すれば当然はめるのは結婚指輪であり、今でさえ滅多にしない婚約指輪は今後出番が無くなるだろう。
青島はそれが嫌らしい。
「別に、持っていてくれるだけで構わない」
婚約指輪は、想いを伝えるための、そして将来を約束するためのツールだった。
今後日の目を見なくたって室井は構わなかったが、青島はそうでもないようだった。
「俺が構います」
「何故だ」
「指輪を二個も貰うなんて勿体ないでしょ」
青島は普段アクセサリーの類をしないので、指輪が何個もあっても困るのだろう。
だが、一生に一度のことなのに、何だか貧乏くさいことを言うなと、室井は苦笑した。
そんなことを言えば、官僚とは財布が違うとむくれられそうだから、敢えてそこには触れなかった。
「もう二度と指輪を贈る機会なんかないだろうから、贈らせてくれないか」
想いを現すものは、形ではない。
形ではないとは思っているのに形にこだわるのは、紙切れだろうが指輪だろうが、青島と繋がっている確かな証を一つでも多く欲しがっているからかもしれない。
だが、青島は青島で別の考えがあるようだった。
「俺には一個で十分ですよ」
「しかし」
「室井さん、俺ね」
言いかけた青島が一度口を閉じた。
再度開いた時には、少し照れ笑いを浮かべていた。
「あの時、本当嬉しかったんですよ」
「あの時?」
「指輪貰った時ですよ」
青島が少し指輪に視線を落とした。
「…前提にって言ってくれたの、嬉しかったんです」
室井は青島に結婚を前提に付き合って欲しいと告白していた。
ある意味、室井の想いが先走った告白ではあったが、青島は未来を貰った気がして嬉しかったと笑う。
「今はあんまりできないけど、結婚したら堂々と指輪出来るでしょ?」
青島は手を握ったり開いたりしてはにかんだ。
「それなら、この指輪がいいです」
室井との未来をくれたこの指輪がいいと青島に言われたら、もう室井に反論の言葉は無かった。
「君がそれでいいなら」
それしか言えなかった。
青島と繋がっている証など、どうやらいくつもいらないようだ。
「室井さんの分の結婚指輪は俺に贈らせてくださいね」
婚約指輪は青島の分しか買わなかったから、室井は指輪を持っていない。
結婚指輪は、男女の婚姻であれば男性が女性に贈るのが普通だが、同性の場合はどちらがどうという決まりはなく、金銭的な兼ね合いもあるが贈り合うのが一般的だった。
生涯を誓う約束の指輪だ。
青島に贈ってもらえるなら、室井もその方が嬉しい。
遠慮はしなかった。
「ありがとう」
「俺と同じのね、やっぱり結婚指輪はお揃いじゃないと」
そう言って笑う青島に、室井もつられたように笑みを見せた。
「一年以上前に買っているから、同じのがあるかどうか」
「無かったら、似たやつにしましょう」
「そうだな」
結婚指輪をどうするか決まったところで、注文していたラーメンが出て来て、結婚式の相談はそこまでとなった。


数日後、仕事帰りに待ち合わせしてジュエリーショップに行き、室井の分の結婚指輪を買い求めた。
幸いなことに室井が青島に贈ったタイプの指輪はまだ作られており、同じ指輪を買うことができた。
いずれ、二人の指で同じ指輪が光ることになる。










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2013.10.3

あとがき


「3」は結婚式編になります。
でも、多分結婚式そのものは書きませんが(笑)
結婚式に至る二人を書きたいなあと思っております。
あまり長くならないと思いますが、お付き合い頂けたら幸い!

警察官僚が絶対披露宴をやらなきゃいけないってものでもないのかもしれませんが、
形に拘りそうなイメージで捏造です!(笑)


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