■ wedding march‐2(7)


駅の構内から外に出た青島は、その暑さに顔をしかめた。
「やっぱり東京は暑いっすね」
まだ夏なんだなとぼやいたら、隣を歩く室井も頷いた。
「まだ9月だからな」
9月もそろそろ終わろうかという季節だったが、まだまだ東京は夏の暑さを残していた。
青島と室井は少し遅い夏休みをとり、二泊三日で旅行に出かけていた。
羽田空港に着いてから駅を出る今までずっとエアコンの効いた屋内にいたから、外気に触れることがなかった。
そのため、今になって東京の暑さを思い出しうんざりした。
日が暮れ始めているのに、半袖から伸びた腕がジリジリと暑い。
「もう二、三日向うにいたかったなあ」
蒸し暑い東京に帰って来たら急に現実に戻ったような気がした。
それだけ、この三日間は楽しかったし、幸せだった。
青島の溜息交じりのぼやきに、室井は少し表情を引き締め真面目な顔をした。
「気に入ってくれたか?」
「もちろん」
この旅行の計画を立ててくれたのは、室井だった。
青島は三日間を振り返り、はにかむように笑った。
「また、連れてってくださいね」
「もちろんだ。それに、また連れて来いとしつこく言われたしな」
そう言う室井も小さな笑みを浮かべていて、どことなく嬉しそうだった。
旅行の行き先は、秋田にある室井の実家だった。
一度両親に会わせたいと言い、秋田に行かないかと誘ってくれたのだ。
最初に打診があったのは春先で、青島は緊張を覚えたものの喜んでその申し出を受けたが、揃いの連休を取るのに時間がかかり、実際に秋田に訪れたのは晩夏になった。
青島は二泊三日を室井が生まれ育った家で過ごした。
帰り際に、室井の母が何度も「また連れて来い」と室井に繰り返していたことが、嬉しい思い出として思い出される。
再訪を望んでくれたのは、室井の両親が青島を息子の配偶者と認めてくれたことを意味した。
青島が数時間前のことを、喜びと感動をもって思い返していると、室井が現実に引き戻した。
「飯でも食って帰るか」
もう夕方だったし、今から夕飯の支度をするのも面倒で、青島に異存はなかった。
「そうですね、行きますか」
自宅の近くに、二人で時々食事に行くカレー屋があり、そこに向かうことにした。


カレーを注文するついでに、ビールを一杯ずつ頼んだら、室井が苦笑した。
「二日酔いは大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。もう治りましたよ」
今朝の青島は若干二日酔いで目覚めており、具合が悪かった。
「親父に付き合って随分飲まされていたからな…大変だったろ」
室井は申し訳なさそうに眉を寄せたが、青島は笑って首を振った。
「全然。お父さんと飲めて、嬉しかったですよ」
室井の父は室井に似てわりと寡黙だったが、一緒に酒を飲んでいる時には色々な話を聞かせてくれた。
室井の子供の頃のことや家族のこと、それから青島の知らない秋田のこと。
どの話を聞くのも面白かったし、嬉しかった。
青島が前のめりで聞くものだから、父もつい饒舌になったのかもしれない。
普段はあんなに話さない人だと、室井や室井の母からそれとなく聞いていた。
「親父は君と飲むのが楽しかったようだ」
室井は昨夜の父親の様子を思い出したのか、そう言った。
「そうですかね?それなら嬉しいな」
青島は素直に喜んだ。
「実の息子と飲んでも大して話は弾まないからな、話し上手な君に相手をしてもらって嬉しかったんだろ」
「ご両親に失礼無かったですかね?舞い上がっちゃって、変な話ししなかったかなあ」
「大丈夫だろ。母さんがあんなに笑ってるとこ、久しぶりに見た」
楽しそうな母親の顔を思い出したのか、室井は柔らかな顔をしていた。
室井の母は、室井が結婚を考えていると知り、酷く喜んでいた。
慎次は一生独り身かと思っていたと零したくらいだから、これまで全くそんなそぶりが無かった息子を密かに心配していたらしい。
「暖かく迎えてもらって良かったです、反対されたらどうしようと思ってたから」
肩を竦める青島に、室井は僅かに目を見開いた。
「そんなことを心配してたのか?」
秋田旅行の計画を立てる前から、本当は少し気になっていたのだ。
結婚するということは、本人同士だけの問題ではない。
両親に反対され、反対を押し切って結婚するような真似はしたくなかった。
室井と、室井の家族が不幸になるような選択をしたいわけがない。
愛した人の家族には出来ることなら気に入られたかったし、彼に相応しい相手だと認めてもらいたかった。
誰よりも室井を幸せにしたいとは思っているが、彼に相応しい人間だと胸を張れるほどの自信はまだない。
両親に会いに行けることは嬉しかったが、室井の家族の目に自分という人間がどう映るのか、気にならないはずもない。
行く前から弱音を吐いて、室井に気を遣わせるのが嫌で黙っていたから、そんな不安を打ち明けたのは初めてだった。
そのため、室井を驚かせたようだった。
「だって、ほら、室井さん一応キャリアだし」
「一応ってなんだ」
青島の戯言に眉をひそめた室井に笑って、青島は続けた。
「ご両親が良家との縁談を期待して無かったとも限らないでしょ」
「俺の親がか?まさか」
「うん、会ってみてそうじゃないんだなって思いました」
室井の両親が室井に望んでいることは、出世や玉の輿ではなかった。
むしろ、室井が今どんな役職についているのかということには、あまり興味がなさそうだった。
忙しそうで滅多に帰って来ない、ちゃんと生活しているのか心配だ。
両親の口から出るのはそうした室井の生活や体調を気遣う言葉ばかりだった。
ただ、警察官の職を選んだ息子を誇りに思っているようで、同じく警察官の青島が「室井さんのおかげで、正しいことができる」と伝えると、両親は非常に喜んでいた。
そんな両親が、キャリアではないという理由で青島との交際や結婚に反対するわけもない。
昨夜、両親と四人で食卓を囲んだ時に、室井が結婚を考えていると話してくれた。
母親は涙を浮かべ青島の手を握ってくれたし、父親は青島相手に酔い潰れる程酒を飲んだ。
青島は飲み過ぎでふわふわと浮き足だちながらも、自分の心配が杞憂であったことを痛感した。
「室井さんのご両親の願いは、室井さんが幸せになることだけでしたね」
青島が嬉しそうに笑うと、室井は照れたのか頬を強張らせた。
「良かったです、それなら俺も頑張れそう」
「…頑張るまでもない」
ぶっきらぼうに室井が言った。
「君が傍にいて、俺が幸せじゃないわけないだろ」
当たり前とばかりに言われた言葉に、青島は益々表情を崩した。
店員がカレーを運んで来たから、二人は一瞬口を噤んだ。
青島は両手を併せスプーンを握ったが、手は中々動かなかった。
「俺、こんなに幸せでいいのかなあ…」
大きなしっぺ返しがありそうで怖いとしみじみ呟くと、室井が頷いた。
「それはこっちの台詞だ」
「ははっ…室井さんも?」
「明日死んだら困るな」
「なんすか、縁起でもない」
「一生分の幸運をそろそろ使い切った気がする」
室井が真顔で言うから、青島は笑い飛ばした。
「俺がいれば幸せなんでしょ?なら、室井さんの幸運は切れたりしませんよ、底なしです」
生涯側にいると心に決めている。
室井がそれを望んでくれるなら、そうするつもりだった。
室井が小さく微笑んだ。
「そうだったな…」
そうですと頷き、青島は再び動かそうとした手を止めた。
「俺の両親にも、会ってくださいね」
室井の表情がまた引き締まり、真顔になった。
「もちろんだ」
何かの覚悟を決めている室井の顔を見て、青島は照れ笑いを浮かべグラスを呷った。
グラスを握った左手で、室井がくれた約束が鈍く光った。

室井と家族になる日も、きっともう遠くない。










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2013.3.20

あとがき


室井さんのご両親は書けませんのでこんな登場の仕方になりました(笑)
こうだったらいいな!という妄想でした。

結婚まで、後少し!


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