湯船に浸かった青島は、大きく息を吐いた。
疲れた身体が一気に弛緩するようだった。
今は青島の自宅でもある元々室井が住んでいたこのマンションは、さすがに官僚の住む部屋だけあって、セキュリティはしっかりしているし、リビングは広いし、内装はキレイだし、キッチンも立派なものだったが、青島が一番気に入っているのは湯船が広いことだった。
小柄とは言えない青島が入っても手足が伸ばせるのが素晴らしい。
ジャグジーまでついている。
室井はまず使わないらしいが、青島は時々面白がって使っている。
一人暮らしの時はシャワーで済ませることが多かったが、室井とこの部屋で生活するようになってからは、時間に余裕があればバスタブを活用するようにしていた。
青島は今日は早めに帰宅できたが、残念ながら室井はいない。
ここ一週間くらいまともに顔を合わせていなかった。
室井が特捜で忙しくなってしまったからだ。
3件の特捜を掛け持ちしており、今日も本部に缶詰で帰れないとメールがあった。
ここ一週間全く帰宅していないわけではないが、青島のいない時に帰宅したり、入れ違いになったりして、少ししか顔を合わせられなかった。
少し寂しいが、仕方がない。
青島が忙しくて帰れないこともよくあったから、お互いさまだった。
青島は湯船から上がり、シャワーを捻った。
頭を洗いながら、室井のことを考える。
元気にしているだろうか。
昨日の朝、夜勤明けで帰宅した青島と入れ違いに出勤する室井に会ったが、疲れた顔はしていたものの、やる気や気力は満ちていたように思う。
室井の望むやり方で、思うように捜査ができていればいい。
そして、一日も早く、室井が解放されればいい。
後半は多分に自分のためのわがままであり、青島はシャワーを被りながら苦笑した。
だが、会いたいし話がしたいと願ってしまうのも仕方がないことだろう。
惚れた相手なのだから、それで当然だった。
「会いたいな…」
思わず、ぽつりと呟く。
挨拶や励ましの言葉しか、ここのところ交わしていない。
もちろん、そんなことができる現状を嬉しく思う。
一緒に暮らしていなければ、こんな時期の室井と会うことなど不可能だっただろう。
少しだけでも顔が見られて、言葉を交わせることは、幸せなことだった。
だが、同棲している恋人としては、もう少しと欲張る気持ちもあった。
顔が見られれば話がしたくなるし、話ができれば触りたくなる。
それ以上のことだって、願ってしまう。
青島は脳裏に愛しい人の姿を求めた。
眉間に皺を寄せている室井も愛しているが、その目許が柔らかくなる瞬間が好きだった。
目だけではなく、触れる手や唇で、愛されていることをいくらでも実感出来た。
無意識に室井のそれらを思い出し、少し身体が熱くなった。
そういえば、室井が忙しくなる前からなんだかんだでバタバタしていて、二週間くらいいたしていない。
欲求を訴えてくる身体に苦笑し、青島はシャワーを止めた。
「まあ、仕方ないよね」
どうせ今夜も室井に会えない。
自分の身体の始末は自分でつけるしかない。
室井の愛撫を思い出しながら、手早く自分の手で欲を解放に導く。
機械的に手を動かしながら、青島は眉をひそめて吐息混じりに呟いた。
「くそ、会いたいな…っ」
閉じた瞼の裏には当然のように室井の姿があった。
風呂から上がると、リビングに生身の室井の姿があって、青島は驚いた。
「あれ?どうしたんすか?」
帰れないと聞いていたから驚いた青島に、室井は苦笑した。
「一段落ついて、急に帰れることになったんだ」
「そうですか、そりゃ良かった」
心からそう思いながら、内心で風呂場で慰めていたことは気付かれていないだろうかと少し気になった。
男なら誰でもすることであり隠すほどのことではないが、大っぴらに見せるものでもなく気付かれていたなら少し気恥ずかしかった。
だが、疲れた顔でソファに沈んでいる室井を見れば、そんなことはなさそうだった。
ネクタイを少しだけ緩め、いくらかやつれた顔は精悍さを増していて、妙に色気を感じさせた。
青島は済ませておいて良かったなと、こっそりと思った。
欲を抱えたまま今の室井と顔を合わせれば、我慢がきかなかったかもしれない。
いくらしばらくないとはいえ、残業続きの室井に無理をさせるのは本意ではなかった。
「疲れてんでしょ?風呂入って早く寝た方がいいっすよ」
青島が勧めると、ぼんやりしていた室井がゆっくり腰をあげた。
「ああ、そうしよう」
「ゆっくり温まってきてくださいね」
バスタオルで髪を適当に拭いながら笑いかけると、室井はバスルームにいきかけた足を止めた。
「青島」
「はい?」
「君は、その…もう寝てしまうか?」
言い辛そうに尋ねてくる室井に、青島は目を丸くした。
遠慮がちに問うわりにそれは引き止めるような響きを含んでいて、室井が一緒にいたいと願ってくれているのだと教えてくれる。
起きて待っていてくれと言ってくれていいのに。
青島はそう思いながら、珍しく室井が甘えてくれている気がして嬉しかった。
「まだ寝ませんよ、久しぶりに会ったんだし少し話しませんか」
青島が笑顔で誘うと、室井からも小さな笑みが返ってきた。
嬉しそうな室井が可愛くて、愛しかった。
風呂から上がった室井と久しぶりにゆっくり話をした。
話せる範囲の仕事の話や、最近の出来事や思ったことを伝え合い、共有する。
身体の繋がりももちろん大事なことだが、心を通わせる時間がないとやっぱり寂しい。
それは缶ビールが一本空く程度の時間だったが、青島は室井と過ごす時間を持てて良かったと思った。
朝早いらしい室井を寝かせるべく、名残惜しくも早々に切り上げて、二人は自室に収まった。
久しぶりに満たされた気分で青島もさっさと寝ようとベッドに入ろうとしたが、不意にドアがノックされて驚いた。
相手はもちろん室井しかいない。
「どうぞー」
そっとドアが開き顔を覗かせた室井は、何故か気まずそうだった。
「どうしたんです?」
何か言おうと口を開いた室井だったが、何も言わずに一度口を閉じた。
ぐっと眉間に皺を寄せる。
「…すまない、何でもない」
「はい?」
「おやすみ」
踵を返そうとする室井を青島は慌てて追いかけて引き止めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
腕を掴み、その顔を覗きこむ。
「なんか用事あったんでしょ?ほら、折角部屋まで来たんだし、言ってくださいよ」
遠慮しないで、と笑顔で勧める。
言いたいことかしてほしいことがあるから、おやすみと別れた後にわざわざ部屋まで来たのだ。
青島に望むことを、遠慮したりして欲しくなかった。
どちらかと言えば、室井に甘やかされているという自覚があるだけに、室井にも甘えてもらえたら青島は嬉しい。
「言い掛けて止められたら気になって寝られません」
茶化して続きをねだると、室井は僅かに躊躇い、青島の手を握って軽く口付けた。
「すまない」
小さく謝る室井に意味が分からず、青島は首を傾げた。
「何で謝んの?」
握った手を導かれて、青島は目を剥いた。
触れた個所は、室井の欲望に合わせて形を変えていた。
「…こういうことなんだが」
眉間に皺を寄せた室井が言うから、青島はようやく理解した。
どうやらあれやこれやのお誘いに来たらしい。
「あらま…」
「すまない」
「だから何で謝んですか」
小さく笑った青島に、室井の表情がようやく少し緩んだ。
今度は青島から口付けて、室井の手をひきベッドに誘う。
ベッドに腰をかけた室井に覆い被さるように押し倒した。
「室井さん、疲れてるでしょ?俺がやりますから、寝転がっててください」
悪戯っぽく笑って、室井のパジャマを脱がす。
不意に室井が青島の後頭部を掴み引き寄せて深く口付けてきた。
舌を絡ませながら、片手が青島のパジャマの下に侵入し、腰を撫ぜ尻に滑る。
青島は吐息を漏らしながら、苦笑した。
「ん…ちょっとじっとしててくださいよ…」
早く気持ち良くしてやりたいのだから邪魔するなという青島の気持ちを知ることもなく、室井は青島を抱き締め囁いた。
「早く抱きたい…」
いつになく欲望を露にしている男にゾクゾクしながら、青島は室井から身体を離すと乱暴にパジャマを脱ぎ捨てて、また室井に乗っかった。
熱っぽい眼差しで青島を見上げる室井が、力強く引き寄せてくる。
求められていることが容易に伝わる。
ちっともじっとしていない室井の手や唇を感じながら、青島は吐息混じりに呟いた。
「自分でやるんじゃなかったな…」
「ん…?なに…?」
「何でもないですよ」
聞き咎めた室井をキスでごまかし、青島は笑った。
「俺も室井さんが欲しいって、思っただけです」
勢いよく身体がひっくり返され、圧し掛かってくる男に、青島は声を立てて笑いながらしがみついた。
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