■ wedding march‐2(4)


「ずるいですよ、青島先輩ばっかりうまいことやって」
いい具合に酔っ払った真下に絡まれ、青島はいい加減うんざりしていた。
真下はあまり酒に強くないくせに、飲むペースが早かった。
そのため真下と一緒に飲むと、酒にはわりと強い青島が最終的には真下の世話をすることになり、有難くないことこの上なかった。
酔い潰れた真下を連れ帰り、自宅に泊めてやったことも一度や二度ではなかった。
幸いというかなんというか、室井と付き合うようになってからは、さすがに一度もなかった。
いくら青島の恋人とはいえ官僚の室井の部屋に酔っ払って転がり込む勇気は、真下にあるはずもない。
世話を焼いてくれる人がいないという緊張感でもあるのか、最近の真下は青島と飲んでもあまり泥酔することはなかった。
出来るなら最初からやれよと思わないではない青島だったが。
「出会ったタイミングは、僕だって変わらないのに…」
真下が日本酒を舐めながらブツブツ零した。
別に真下は青島に片思いしていたわけでも、恋愛対象として室井に憧れていたわけでもない。
青島と室井が出会ったタイミングが、自身と雪乃が出会ったタイミングとほぼ一緒なのにと愚痴っているだけだった。
「真下君、雪乃さんにちっとも相手にされてないもんね」
すみれが意地悪く笑う横で、和久が苦笑していた。
「随分差がついちまったなあ」
「ずるいですよ、先輩」
二人にからかわれて、真下はより一層情けない顔になった。
「ずるいって言われても…」
青島は肩を竦めて、咥えた煙草に火を点けた。
ずるいと責められても、青島も困る。
好きになった人が必ずしも自分を好きになってくれるわけもないから、室井が青島の気持ちに応えてくれたこと自体は幸運なことだと思っているが、青島が何をしたわけでもない。
人の気持ちなど他人が動かせるものではなかった。
しこたま酔っ払っている真下もそんなことは分かっているのだろうが、とにかく青島が室井と上手くいっていることが、羨ましいのを通り越し妬ましいようだった。
「僕の何が悪いんでしょうかね」
真下のぼやきに、すみれと和久から容赦ない指摘が飛ぶ。
「情けないとこ」
「頼りねえからじゃねえか?」
真下は憮然としながら、青島に視線を流した。
「室井さんにあって僕にないものは何ですか?」
「はあ?」
どこがそんなに違うのかと迫られ、青島は嫌な顔をした。
室井と真下を比べても、それで雪乃の好みが分かる訳ではないのだが、酔っ払った真下には関係がないようだった。
「何って言われても…」
「何もかもよねえ」
即答しかねる青島に変わってすみれが言った。
「そんなこと言ってないでしょ」
「頼り甲斐は雲泥の差だわなあ」
和久までそんなことを言うから、真下は泣きそうな顔をした。
「酷いですよ先輩、傷心の僕を労わろうって気持ちはないんですか」
「だから、俺は何も言ってないって」
「でも、思ってるでしょ」
「そりゃあ、多少は」
悪びれずに青島が認めると、真下は半泣きで突っ伏した。
「あーあ、青島君が苛めるから」
「これ、俺のせい?すみれさんと和久さんがからかうからでしょ」
「鬱陶しいから泣かせるんじゃないよ」
キムチを摘みながら和久が真下を顎で差し、なんとかしろと青島に言う。
むっとするが、大体において無理難題を押し付けられることには慣れた青島である。
深く煙草の煙を吸い込み、溜め息と一緒に吐き出すと、真下の肩を叩いた。
「他人と比べても仕方ないだろ」
自分自身で勝負しろよと言ってやると、真下が顔を上げた。
さすがに涙は出ていなくて安心した。
真下の泣き顔など好んで見たいとは思わない。
「室井さんだって、あれで間が抜けてるとこもあるし、完璧じゃないよ」
そういうとこも愛しいんだけどさ、とはさすがに口にはしなかった。
「室井さんでもですか」
「そりゃそうでしょ、人間だもの」
「ふーん、室井さんの失敗談とか聞いてみたいわね」
「ちょっと気になるね」
和久までそんなことを言うから、青島も調子に乗って思わず身を乗り出した。
「それが、昨日の朝なんだけどさ、寝ぼけてたみたいで…」
言いかけた途端、青島の胸で携帯が鳴った。
まるでそれ以上言うなとばかりに鳴った携帯はメールを受信していて、その相手が室井だったから青島は笑いを堪えるのに酷く苦労した。


すみれたちと別れた後、二次会に行きたがる真下をタクシーに押し込み、青島は一人適当な喫茶店で時間を潰した。
20分ほど調整してから駅に向かうと、改札口で室井を待った。
春先とはいえ夜はまだ涼しいが、アルコールが入っているせいか寒くは無かった。
ほどなくして、室井が姿を現した。
「すまない、待たせたか」
「いえ、全然。室井さんこそ大丈夫でした?接待だったんでしょ?」
青島が真下に絡まれていた頃、室井は室井で別件の飲み会に参加していた。
室井は接待だったようだが、どうせ長居はしないからと帰りに待ち合わせをしようと約束していた。
青島が飲み会の途中で受信したメールは、待ち合わせの確認のメールだった。
「一次会に出れば十分だ、あんなものは」
うんざりした顔で溜め息を吐く室井に、青島は苦笑した。
下っ端は下っ端で大変だが、官僚は官僚でいいことばかりではない。
特に室井にとっては、下手な事件よりも接待や会食の方が難題だったりするようだ。
室井は意識して気分を返るように、声のトーンをいくらか上げた。
「君こそ大丈夫だったか?盛り上がっていたんじゃないのか」
「大丈夫大丈夫、荒れ気味の真下がベロベロになる前にって、早々に解散しましたから」
「そうか、真下君は何かあったのか?」
「雪乃さんに相手にされないーって、まあいつもの泣き言ですよ」
「いつもなのか…」
室井はやや呆れたような顔をした。
青島は笑って頷き、預かっていた伝言を思い出した。
「真下が、今度は室井さんも連れてこいって言ってましたよ」
「俺を?」
目を剥いた室井を見る限り特に迷惑そうではないが、誘われたことに驚いているようだった。
騒がしい湾岸署の連中との飲み会など室井には興味ないだろうが、気の張るような飲み会ばかりでは疲れるし、たまには息抜きにいいのではないだろうかと青島も思った。
「俺が行けば、気を遣わせるだろ」
「そんなこともないと思いますけどね、すみれさんなんか見てると」
官僚を官僚とも思っていないというか、室井を官僚と思っていないというか。
なにしろ、全く気を遣わっていないとは思わないが、室井相手に緊張するような人たちではない。
「ま、気が向いたら一度来てくださいよ、知らない仲じゃないし」
室井は少し考えるように間を取ったが、結局頷いてくれた。
いつか実現したらいいなと思いつつ、もう一つの伝言も忘れずに伝える。
「後、すみれさんが次のきりたんぽ鍋パーティはいつですかって」
「…いつからパーティになったんだ」
露骨に嫌そうな顔をした室井だったが、眉間に皺を寄せたまま「今度連れてこい」と言ってくれた。
食わせるまで言われ続けると思ったのかもしれない。
青島は破顔して頷いておいた。

どうせ同じ家に帰るのというのにわざわざ外で待ち合わせをしたのは、寄り道がしたかったからだ。
台場公園の桜が丁度見頃を迎えていた。
聞き込みでウロウロしている最中にそれに気付いた青島が、室井を花見に誘い夜中のデートとなった。
台場公園は桜が見頃とあって人出が多かったが、流されるように歩きながら見上げた桜は中々きれいなものだった。
「きれいだな」
隣で桜を見上げていた室井が呟く。
「そうですね」
「明日にも散り始めそうだ」
「ギリギリでしたね、間に合って良かった」
見に行くと決めても、すぐに二人の予定がたつわけではない。
だが、桜は花開いたままゆっくりと待ってはくれない。
散る前に室井と一緒に見に来られて良かったと思った。
「桜は散るところもきれいだが」
「でもちょっと寂しくないです?きれいなものが枯れるのを見るのは…」
「来年また咲くために枯れるんだ、そう寂しいものでもないだろ」
なるほどそういうものかと、納得する。
言われてみれば、滅多なことがない限りは来年も桜の木は花を咲かすだろうし、そもそも年中満開であれば誰も桜に注視しなくなるだろう。
そこにあるのが当たり前になるというのは、いいことばかりでもないのかもしれない。
青島は少し考えて、そっと室井の手を握った。
驚かせたのか、僅かに目を見開き振り返る室井に小さく笑う。
「来年も、一緒に見ましょうね」
来年の今も室井とこうしていられる保障はないが、そうあれるように努力をすることは出来る。
室井が強く手を握り返してくれた。
「毎年、一緒に見たいな」
つまり、思うところは一緒ということだ。
青島は嬉しさを隠しもしないで笑った。

酔いに任せて、その日は珍しく手を繋いだまま歩いた。
駅についてそっと離したが、心は繋がったままだった。










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2013.2.22

あとがき


お花見デートは何回も書いている気がしますが…(^^;
でも、手を握らせられたので満足!

結婚が決まったら、挨拶がてら室井さんは彼らの飲み会に参加するかもですね。



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