■ wedding march‐2(2)


「なんかいいことあった?」
溜め込んでいた報告書を書いていた青島は、背後からすみれに覗きこまれて、首を傾げた。
「何の話?」
「気付いてないの?今、鼻歌歌ってたわよ」
呆れた目で見られて、青島は目を丸くした。
そして若干引きつる。
無意識に鼻歌を歌っていたようだ。
最近の自分のテンションが上がりっぱなしであることの自覚はあったが、さすがに無意識に鼻歌が出るようでは浮かれ過ぎである。
初恋でもあるまいしと自分を戒めつつ、青島は無理して表情を引き締めた。
「いや、別に何でもないよ」
「鼻歌歌ってたのに?」
「ほら、今日は天気いいじゃない、だからね」
「変な青島君」
すみれが怪訝そうな視線を寄越した。
「なんか、室井さんと付き合いだした時より、最近の方が楽しそうよ」
そうでしょうともと思いながら、青島は適当に笑って誤魔化した。
当初の室井との交際が嘘であったことは、結局すみれにも話していなかった。
付き合っていたのは嘘だったけど実はずっと両思いで今は本当に恋人同士ですと説明するのも、紛らわしいし面倒くさい。
それに、課程はどうであれ結果は一緒なわけだから、わざわざ説明する必要もないだろう。
だから、室井と相談して、これまで通りということにしてあった。
「幸せそうでいいわねー」
すみれが溜め息混じりに呟くから、青島は苦笑した。
「別に普通だってば」
「あら、青島君、幸せじゃないの?」
改まって聞かれれば、幸せではないなどとは口が裂けても言えない。
ずっと好きだった人と付き合っているのだから、幸せでないわけがなかった。
しかも、室井には結婚を前提にと告白され、婚約指輪まで貰っている。
そのことも、すみれには話していない。
貰った指輪も職場にはしてこなかったから、気付かれてはいなかった。
婚約指輪なんかをして仕事に来たら、また幹部が結婚しろ結婚しろと騒ぎたててうるさいだろうし、すみれたちにも冷やかされるに決まっている。
そんなことは結婚する時の一度で十分と、これも室井に相談し、指輪は大事にしまってあった。
「幸せじゃないの?」
すみれにもう一度聞かれて、青島はぼそぼそと口の中で答えた。
「…いや、そんなことはないけど」
すみれがほらみなさいという冷たい眼差しを寄越す。
「あーあ、室井さん誰かキャリア紹介してくれないかなー」
「どうかなあ…そういうことが得意な人じゃないと思うけど」
すみれが本当に玉の輿を狙っているとも思えないが、時々見合いをしているようなので結婚したくないわけではないようだった。
すみれなら黙っていても相手に困らないような気はするが、とりあえずは見合いの席で回し蹴りするような足癖は直した方がいいかもしれない。
「ダメ元ってこともあるでしょ、室井さんにいいのがいたら紹介してって言っといて」
「りょーかい」
苦笑した青島に、すみれはニッコリと笑った。
「それから、またきりたんぽご馳走になりますって言っといてね」
随分と図々しいすみれに青島は呆れた顔になった。
青島の仮同居が同棲という形に変わって、本人たちの次に喜んでいるのは、間違いなくすみれだった。


夕方になり、室井からメールがあった。
早く帰れそうだという連絡だった。
何が食べたいかと聞いてくれるから、料理を作って待っていてくれるつもりだと分かる。
青島は時計を確認し、自分も早く帰れそうだから待ち合わせをしないかと返信した。
帰宅時間が揃うことは珍しかった。
定時過ぎに仕事を終えた青島はそそくさと身支度を整え、新たな事件の通報でもあったら困るとばかりに足早に湾岸署を後にした。
自宅の最寄り駅に着くと改札を出たところに、室井の姿があった。
「すいません、待ちました?」
青島が駆け寄ると、室井は首を振り今来たばかりだと言ってくれた。
「仕事、大丈夫だったか?」
「ええ、今日は比較的ヒマで」
「それはいいことだな」
警察なんかヒマに越したことはないと、室井は思っているようだ。
青島もそれには同感だった。
「そうですね、ま…ちょっとは刺激も欲しいですけど」
いらないことを付け足すと、室井に白い目を向けられる。
愛想笑いでごまかした青島に、室井は小さく溜め息をついた。
「全く…刺激求めてまた怪我なんかするなよ」
怪我をした時に、室井が真剣に怒ってくれていたことを思い出した。
あの時は室井が青島に対して恋愛感情を持っているとは知らずにいたから家族と言われたことが寂しくもあったが、怒るほど心配してくれたことはひどく嬉しかった。
今の注意も真剣だと分かるから、青島は素直に頷いた。
「気をつけます」
室井も頷き返し、青島と並んで歩き出した。
室井と待ち合わせをして帰宅するのは初めてのことだった。
帰宅時間が重なることなど滅多にないからそれで当然だったが、たまにはこんな短いデートもいいなと思う。
仕事終わりに待ち合わせをしてスーパーに買い物に行く、そんな日常に今更ながら本当に室井と恋人になれたのだと実感できて、自然と顔が緩んだ。
駅からの帰宅途中にあるスーパーに寄ると、青島がカゴを持ち、一緒に売り場を歩いた。
「室井さん、何食いたいですか?」
「特にないな、なんでもいいぞ」
「肉と魚なら?」
「魚かな」
「んー…あ、なら、鯖の味噌煮がいいです」
室井が小さく笑った。
「本当に気に入ってるんだな」
「え?」
「いや、何でもない。鯖の味噌煮にしよう」
青島は忘れていたが、室井は青島がすみれにそう自慢していたことを忘れていなかった。
偏に嬉しかったからだが、言った本人はそんなことは忘れてしまっていた。
魚売り場に向う室井の後を、青島は首を傾げつつ着いて行った。

「室井さん室井さん、新商品だって」
「買わないぞ」
「でも、ほら、試食もらいましたよ。はい、室井さんの分」
「……美味いな」
「ね、買いましょうよ。酒のつまみにいいですよ」
「一つな」
「はーい…あ、明日の朝はパンでいい?」
「ああ、構わない」
「じゃあ、買って行こうっと」
「青島、朝から焼きそばパンはちょっと」
「あれ?嫌ですか?じゃあ、これは俺の分だけね…室井さんは何がいいですか?サンドイッチも美味そうだなー」
「じゃあ、それでいい」
「一口くださいね」
「…ああ」
「なんで笑ってんですか?」
「いや、恩田君と似てきたんじゃないかと思って」
「…失敬な」
「焼きそばパンも一口もらおう」
「仕方ないなー」
「なんでもいいが、青島」
「はい?」
「そんなに試食をつまむと、夕飯が入らなくなるぞ」
子どものような注意をされつつ、多少余計なものまで購入して買い物を終えスーパーを出ると、二人は家路を急いだ。


室井指導のもとではあるが、二人で台所に立ち料理をした。
時間が合わないから中々ないが、こういう時がもてるようになったことも、青島には嬉しかった。
食事を終えてソファで寛いでいる姿を見れば、室井も今の状況を楽しんでいるように見えて、そのことも凄く嬉しかった。
「どうした?」
ぼんやり煙草を吹かしていた青島を室井が気にしてくれるが、幸せに浸ってましたともさすがに言えない。
青島は笑ってごまかした。
「いや、満腹でちょっと眠くなって」
「先に寝てもいいんだぞ」
柔らかな表情で言ってくれる。
室井は付き合い出してからも、普段はそれほど態度が変わらない。
そもそも愛想が良くなったり可愛くなったりする室井など想像もつかない。
だが、それでも時々笑ってくれて、時々愛の言葉のようなものをくれたりするから十分だった。
それに、青島を見つめる室井の目は、前よりも優しくて甘い。
室井の気持ちを知っているからそう見えているだけかもしれないが、あながち間違えてはいないだろう。
青島は煙草を灰皿に捨てると、室井の隣に座り寄り添った。
室井の手を取り指を絡めると、そっと握ってくれる。
青島はからかうような瞳を向けた。
「先に寝ちゃって、いいんですか?」
言葉の意味に気付いたらしく、室井が目を剥いた。
珍しく二人とも帰宅が早く、時間にゆとりがあるのだ。
そんな夜に全くの期待がないとは言わせない。
少なくても、青島は期待していた。
それが室井にも伝わったのか、ぐっと手を握る指に力をこめると、唇を寄せてくれた。
瞼を落として、軽く唇を合わせる。
室井の手が頬を撫ぜた。
「良くない、って言ってもいいのか」
さっきまでの柔らかい眼差しと違い、室井の目に熱がこもっている。
青島の誘いに簡単に乗ってくるくらいだから、室井も期待がなかったわけではないようだ。
駄目なら誘うかと思いながら、青島は頬を掴む室井の手を握り笑った。
「室井さんが言わないなら、俺が言います」
まだ寝ちゃだめですよと囁きながらキスすると、室井が青島の腰を抱き口付けて来る。
長く深い口付けに、室井に求められているのが分かる。
青島はゾクゾクと背中を震わせながら、唇を開き、舌を伸ばして室井に応えた。
「青島…」
常とは違う興奮に掠れた男の声に応えるように、もどかしげに背中を抱きしめる。
ソファに押し倒され、見下ろされ、軽く唇を重ねて、室井が首筋に顔を埋めた。
肌に吸いつく唇や這う舌、性急にシャツの襟を開く熱い手に、青島は吐息を乱した。
理性的な男と良く知るだけに、自分を欲しがる時の欲を隠さない室井が愛しくて堪らない。
室井と肌を合わせたことはまだ数えるほどしかなくて、身体を開かれる羞恥が全くないわけではないが、どうせすぐにそんなことも良く分からなくなる。
青島はシャツの裾から忍ばせた手で室井の背中に触れて、意味もなく名前を呼んだ。
それにつられるように顔を上げた室井が見下ろしてくる。
視線が絡むと、室井は半身を起こして、青島の上から退いてしまった。
やっぱりその気にならなかったのだろうかと少し残念に思うが、すぐに手を引かれてひっぱり起こされる。
「室井さん?」
引っ張られるまま素直に起き上がった青島に触れるだけのキスをし、室井は立ち上がった。
そのまま手を引かれ導かれた先は室井の部屋だったから、青島の心配は杞憂に終わった。
安心しつつも、笑みを浮かべて室井をからかう。
「仲良く一緒に寝ましょう、ってことじゃないですよね?」
室井は嫌そうに眉を顰めたが、青島をベッドに押し倒すと思い直したように呟いた。
「それもいいな」
「ええ?」
それなら俺が困るなと思った青島に一つキスをし、室井は小さく笑った。
「全部終わってからな」
身体を合わせた夜は、なんとなくそのまま朝まで一緒に眠る。
密かにそんなことが嬉しかった青島だが、それは室井も同じだったようだ。
青島は破顔して、室井を抱きしめた。










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2013.2.11

あとがき


同棲中の二人にこんなにいちゃいちゃべたべたさせておいて、
私は結婚した後の二人に何をさせるつもりでしょうか(遠い目)
とりあえず、当初の目的通り、幸せな結婚目指して書いております!
結婚して終了したらすみません…(笑)

職場だと結婚指輪以外の指輪をしている男性を見かけないので、
どうしようか悩んだのですが、青島君も婚約指輪は普段していないことにしました。
二人でデートの時にでもしたら良いんじゃないかしらv


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