■ wedding march(2)


池神局長に頭を下げて退出した室井は、無表情の下で内心笑いそうだった。
先日の見合い話の続きで呼び出されたのだが、きっばりと断りを入れ、将来を考えている人がいると告げた。
その相手があの湾岸署の青島俊作と知ると、池神は苦虫を噛み潰したような顔をした。
室井が青島と一緒になれば、また面倒が増えると思っているのかもしれない。
だが、さすがの池神も別れろとまでは言えないのか、本当にいいのかとしつこく確認するに止まった。
特別な関係になったばかりでまだ結婚が決まったわけではないと、事実を混ぜて説明すれば嘘も吐きやすかった。
嘘の恋人同士という異様な関係はある意味で特別な関係には違いないし、できるはずもないから結婚など決まっていないに決まっている。
室井が自信を持って吐いた事実でもある嘘に一応納得したのか、池神によく考えろと一言添えられて、室井は局長室を後にしていた。
当分、池神からこの話が上がることはないだろうと思われた。
間違えても池神が青島との結婚を勧めてくるわけがないし、相手がいると言う室井に他の人間を勧めてはこないだろう。
これで一つ気が楽になった。
礼がしたいと青島を呼び出してみようかと、ふと思った。
下手な口実だと我ながら失笑してしまう。
嘘の恋人同士であると考えれば虚しいことをしているのかもしれないが、青島に会える口実になるならそれでも良かった。
青島とは精神的な深い繋がりがあると信じているが、接点は思いの外少なかった。
上司とはいえ職場は違うし、もちろん友人と呼べる程の付き合いではない。
理由がないと、青島を飲みに誘うこともできなかった。
だから今度のことが一つの理由になるのなら、口実に使うのも悪くないと思った。
だが、その数日後、室井が連絡を取るより先に、青島の方から連絡があった。
大変恐縮しながらだったが、何故だか湾岸署への呼び出しだった。


室井が刑事課に訪れると、待っていたとばかりに青島が駆け寄ってきた。
「すいません、呼び付けたりして」
「それは構わないが、どうかしたのか?」
青島が室井を署に呼び出すということは、これまでに無いことだった。
何か普通ではない事が起こっていると思われた。
だから、室井は仕事に都合をつけ、すぐに湾岸署に足を運んでいた。
青島は申し訳なさそうに頭を下げ、室井を促して刑事課を出た。
「それがですね、署長たちが室井さんに確認したいことがあるって言うもんで…」
「神田署長が?なんの話だ」
「それが、そのー…」
青島は困ったように苦笑した。
「池神局長から、青島と室井はどうなってるんだ、って問い合わせがあったらしくて」
室井は目を剥いた。
まさか、池神が湾岸署に問い合わせをしているとは思ってもみなかった。
青島の話だと、池神から二人のことを問い質された神田が驚き慌てて青島に事実を確認し、青島がそれを認めると室井に挨拶にあがると言い出したらしい。
湾岸署の名物管理職が三人揃って本庁の室井を尋ね、青島との交際についてあれやこれやと騒がれたりでもしたら室井に迷惑が掛かると青島は踏んだ。
気を利かせて室井を湾岸署に呼び出すことで神田たちを抑えてくれたようだったが、確かに室井にとってはその方が有り難かった。
自分で望んだ青島との偽りの関係だが、職場であの三人に騒がれたりでもしたら、後々仕事に支障が出そうだった。
「すいません、なんか大事になっちゃって…」
青島が室井を署長室に案内しながら詫びるが、青島に詫びてもらう理由はなかった。
「こちらこそすまない、迷惑をかける」
「いや、俺は別に…署長たちがうるさいのはいつものことだし」
肩を竦めて苦笑した青島に、室井もつられて苦笑した。
それにしても、室井が池神に打ち明けてからまだ数日しか経っていない。
あまりに早く他人に知れることとなった関係に、室井は驚いていた。

「それで、結婚はいつですか?」
手を揉みながら笑いかけてくる神田に、室井は困惑した。
署長室に通されて、室井が青島の交際を認めるとすぐに、そんな話題になったからだ。
いくらなんでもせっかちに過ぎる。
おそらく最初からそれが聞きたくて室井に挨拶に行くつもりだったのだろう。
「青島君もイイ歳だからねぇ、早めにお婿に行かないとねぇ」
署長のおっしゃる通りとお決まりの相槌を打つ秋山と、仲人は署長に決まりですねと持ち上げる袴田を見る限り、湾岸署の幹部三人は室井と青島の交際に両手を挙げて賛成らしい。
何故かといえば、青島の相手が官僚の室井だからだ。
青島に本庁とのパイプを作ってもらい、自分たちの出世の足掛かりになればと考えているのだろう。
湾岸署の幹部の打算はいつも全く隠し切れておらず、非常に分かりやすいためかあまり腹も立たないが、これ以上ありもしない結婚話で盛り上がってもらっても困る。
それは青島も同じ気持ちなのか、いつになく青島を褒めちぎり思いつく限りのセールスポイントを語って青島を押し売ろうと必死な神田の演説を途中で遮った。
「署長、室井さんとは付き合い出したばっかりなんです、結婚なんかまだ分かりませんよ」
青島が言うと、神田は不服そうに眉を顰めた。
「でもね、こういうことは早いうちにちゃんと決めておかないと…ね、袴田君」
「そうだよ、君ももう若くないんだし、いつまでもフラフラしてないで、室井さんに貰ってもらいなさいよ」
「若くなくて悪かったですね」
横目で隣の青島を見ると、青島は膨れっ面だった。
可愛いなと思ったが、呑気に眺めているわけにはいかない。
室井は神田に向き直った。
「青島の言う通り、まだ先のことは分かりません」
「いや、しかしねぇ…ねえ、秋山君」
「はい、この際、婚約だけでもしておいた方が」
「ああ、いいじゃないですか」
勝手に話を進める三人に呆れた青島がテーブルを叩いて注意をひいた。
「だから、付き合いだしたばっかだって言ってんでしょうがっ」
「そんな悠長なこと言ってて、後悔することになっても知らないよ」
「ええ?」
「今はまだ物珍しくていいのかもしれないけど、そのうち君みたいに落ち着きのない騒々しい男に飽きて、室井さんに捨てられたらどうするの。そうなる前に既成事実を作っておきなさいよ」
ある意味青島にも室井にも失礼なことを言い出す神田に、青島は眉をつりあげた。
「物珍しいってなんすか、人の事を珍獣みたいに」
「大差ないでしょ、君みたいなのがその辺にゴロゴロしてる方が困るよ」
本当に心の底から迷惑そうに言う袴田に、青島は益々顔をしかめて噛みつく。
「どういう意味っすか」
「青島」
愚にもつかない口論になりそうだったから、室井は青島を止めた。
ちらりと室井を見た青島はまだ不満そうだったが、室井が首を横に振ると仕方なさそうに口を閉じてソファに背中を預けた。
室井は小さく息を吐いて、神田に真顔を向けた。
「青島君とのことは真剣です、然るべき時が来たら報告しますから」
神田たちは室井の気が変わらないうちに青島とまとめてしまおうという腹積もりだったようだが、真剣だと言う室井の言葉が効いたのか官僚の機嫌を損ねたらまずいと思ったのか、それ以上は強く押して来なかった。
室井は嘘は吐いていない。
青島本人すら知らないことだが、室井が青島に真剣に惚れているのは事実だ。
報告できる日が来ることがないのが、残念だった。
「そういうことなら、ねぇ…」
神田が愛想笑いをして一応の納得を見せると、ようやく二人は解放された。

酷く疲れた気分で署長室を後にすると、青島が深い溜め息を吐いた。
「すいませんでした、面倒に巻き込んで…」
疲れた顔をしている青島を見れば、申し訳なくなってくる。
池神は青島との結婚に賛成するわけがないから室井の身辺はしばらく静かになるだろうが、青島の身辺は逆に騒がしくなってしまうかもしれないと思った。
池神に打ち明けたからには、室井と青島の交際は早晩湾岸署にも知れることになるかもしれないとは思っていたが、まさかこんなに早く知れ渡り、こんなに幹部が乗り気になるとまでは考えが至らなかった。
青島もこうなることはさすがに予想外だったはずだ。
いくら青島から申し出てくれたこととはいえ、甘えるべきではなかっただろうか。
「巻き込んだのは俺の方だろ。大丈夫か?」
室井がいささか不安そうに尋ねると、青島は笑って頷いた。
「大丈夫ですよ、ほっときゃそのうち飽きますから」
いい加減な上司に慣れっこの青島が事も無げに言うから、言われてみればそうかもしれないとも思えた。
らしくもなく室井が楽観的なのは、青島と恋人同士であるという偽りの関係を続けたかったからに他ならない。
青島が良いと言ってくれるなら、嘘でもいいから彼の恋人でありたかった。
我ながら浅ましいと思い内心で自己嫌悪したが、それでも自分からはやっぱりやめようと言い出せなかった。
青島は室井の複雑な胸中に気づくこともなく、屈託無かった。
「室井さんが融通利かないってことくらい、そのうち思い出しますよ」
例え青島と結婚したところで、室井は青島の上司の神田たちに便宜を図るような融通が利くタイプではない。
そのことを思い出せば大人しくなるだろうと、青島は気楽に笑っていた。
融通が利かないと言いきられてしまうのは複雑だが、その通りではある。
いずれにせよ、青島が構わないと言ってくれる限り、室井はその言葉に甘えるだけだった。
「ありがとう」
室井が言うと、青島は笑って頷いた。
「室井さん、この後時間あります?飯でも食って帰りません?」
わざわざ来てもらったんで奢りますよと誘われ、室井は二つ返事を返した。
もちろん、奢りにつられたわけではなかった。
青島との時間がこうして増えるのであれば、それだけでも嘘の関係を始めた甲斐があったと思った。










NEXT

2012.12.7

あとがき


こうして外堀から埋まってく二人…みたいな(笑)
ちゃんと室井さんにもどこかで頑張ってもらおうと思っているのですが!

あまり話が進まなくて申し訳ないです…
亀の歩みになりそうなお話です(^^;


template : A Moveable Feast