1月2日は生憎の雨模様だった。
それでも外出の予定を取りやめるほどの雨脚ではなく風もなかったため、青島と二人で傘を差さして映画館に向かった。
「新年早々、天気悪くて残念ですね」
「そうだな、あまり酷くならなきゃいいが」
「ですね、また雨漏りしたら困るし」
「それは本当に困るな」
夏に折角直してもらったというのに、半年足らずでまた雨漏りされては困る。
素直な室井に青島は笑った。
「すいません、ボロアパートで」
「気にするな、それが良くて住んでるんだ」
雨漏りなんかが気になるくらいなら、端から湾岸荘に住まない。
「さすが室井さん、ボロは着てても心は錦ですね」
「青島、それは使い方を間違ってるぞ」
「まあまあ、それだけ室井さんがいい男ってことですよ」
「調子のいいことを」
呆れるが腹は立たない。
傘をくるくる回し鼻歌を歌っている青島は、機嫌が良さそうだった。
室井は苦笑しながら、歌詞も間違ってるぞと突っ込んだ。
じゃあ正しく歌ってくださいという青島から逃げるように、室井は早足になった。
「正月の映画館は意外と混んでるんだな」
満席ではないが、空席は少ないように見えた。
正月に映画館に来たことが無かったから、意外な人の多さに驚いた。
「ですね、皆意外と暇なんだなあ」
そう呟いた青島が、苦笑いした。
「人のこと言えませんけどね」
室井も青島も暇を持て余しているから映画館に来ているのである。
他人のことをどうこう言えた義理ではない。
「全くだな」
「映画、面白いといいですね」
そしたら有意義な一日だと思えるだろうと笑う。
何を見るかも決めずに映画館に来ていた。
唐突な思い付きで映画に行く事を決めたのだから、それは無理も無かった。
映画館でチラシを見ながら相談して見たい映画を絞り、最終的にジャンケンで勝った青島が選んだ映画に決めた。
「つまらなかったら、俺が選んだ映画も見て帰ろう」
「マジですか?尻が痛くなっちゃうなー」
そう言いながら、青島が笑った。
客席が明るくなっても、二人はしばし無言だった。
「室井さん、ティッシュください」
激しく鼻声の青島に言われて、室井も鼻をすすった。
「途中で君にやったので全部だ、もうない」
二人は視線を合わせた。
青島は目を真っ赤にしてハンカチを鼻に当てていた。
青島ほど泣きはしていないものの、室井の目も少し赤くなっているかもしれない。
「そのハンカチどうするんだ?」
「とりあえず、開いて見る勇気はないですよ」
青島が苦笑するから、室井もつられた。
「トイレ寄って行きます」
「それがいいな」
二人は席を立つと、そそくさとシアターを後にし、トイレに向かった。
鼻かんできますと言い残し個室に入る青島を見送り、室井は鏡を覗いた。
目が少し赤くなっていたが、他人の顔などマジマジと見る人はいないから、気にするほどではない。
そのうち元に戻るだろう。
トイレの外で待っていると、少ししてから青島が出て来た。
「お待たせしました」
「いや」
「室井さん、なんて映画見せるんですか」
青島が憤慨したように言うから、室井は眉を寄せた。
「君の選んだ映画の方が酷かったじゃないか」
「ええ、おかげで良く眠れましたけど」
自分で選んだ映画が本当につまらなかったため途中で寝てしまった青島は、本当にもう一本観たいと言い出し、結局室井が選んだ映画も見ることになった。
結果、二人して涙するはめになった。
「頭痛いな…いやあ、久しぶりに泣きました」
「俺もだ」
途中までは人前で泣くなどと我慢していたが、隣で青島がずるずると鼻をすするものだから、つられて涙腺が緩んだ室井も我慢するのを諦めた。
室井たちだけではなく、シアター中ですすり泣く音が聞こえていたから気にする必要もなかった。
「こんなに泣ける映画だと思わなかったんだ」
「いやあ、でも良かったですねえ…」
なんて映画を見せるんだと文句を言った口で、今度は感慨深そうに呟く。
ここが良かったあそこが泣けたと語っていた青島は、急に眉をひそめて黙った。
「どうした?」
「やめましょう。思い出してたら、また泣けてきた」
鼻をすするから、室井は苦笑した。
「そうした方がいいな、ティッシュももうない」
青島は笑うと、室井を促して歩き出した。
「遅くなっちゃいましたね」
「二本も観たからな」
「尻が痛いや」
「俺は腰が痛い」
映画の内容から映画館への若干の不満に話題を転じながら、映画館を後にした。
青島が食べたいというから、ラーメンを食べて帰ることにした。
正月らしさは皆無だが、しばらく食べていなかったし室井も異論は無かった。
映画館近くにあった適当なラーメン屋に入り、テーブル席に座った。
二人とも初めて入る知らない店だったが、空腹に耐え兼ねて入った店だった。
出て来たラーメンをすすって、二人は目を合わせた。
青島が半笑いになるから気持ちは同じらしい。
まずいのだ。
「なんかアレですね」
青島が小声で囁いた。
「うん?」
「今日はハズレが多いですね」
すみませんと苦笑した。
ハズレの映画もラーメン屋も、選んだのは青島だった。
「そんな日もある」
「そうかな」
「これも食えないことはない」
「のびきってますけどね」
「胃に入れば一緒だ」
「室井さん、本音言ってもいいんですよ」
「…俺の方が、まだ美味く作れそうな気がする」
青島が弾かれたように笑った。
「その通りだと思います」
室井も小さく笑う。
正直に言えば、ラーメンは美味しくなかったが、これはこれで悪くはない。
選択ミスばかりのデートは、それはそれで思い出になるだろう。
もっともデートなどと思っているのは室井一人だ。
一日を無駄にしたと青島が思っていたら可哀想だが、まずいラーメンを笑いながら食べている青島を見ればそうでもなさそうだった。
なんとなく青島を眺めていると、彼と目が合った。
目で何かと問われるから、室井は思い付いた言葉を口から出した。
「そのうち、リベンジしよう」
瞬きをした青島が、嬉しそうに笑った。
「美味いラーメン屋、調べておきます」
映画はまた室井さんチョイスでね、と笑う。
次のデートの約束をした気になった。
室井の箸の動きが、俄然良くなる。
相変わらずラーメンは不味いが、全く苦にならなかった。
駅を出ると、雨は上っていた。
「良かった、天気良くなったみたいですね」
青島が夜空を指差した。
「星、出てますよ」
つられて見上げれば確かに星が見えたいて、明日は晴れそうだと青島が喜んでいる。
冬の風は冷たかったが、気持ち良かった。
それに青島がいれば、夜風も苦にはならない。
「口直しに、コーヒーでも飲んで帰りませんか?」
余程ラーメンが不味かったらしい。
室井は苦笑したが、頷いた。
「それもいいな」
もう少し一緒にいたかったから余計に、青島の提案は魅力的だった。
「俺、美味いカフェ知ってますから」
湾岸荘の近所は青島の庭だろう。
彼に任せて着いて行くが、着いて行った先で青島が肩を落とした。
カフェのドアに掛かった「close」の文字が悲しい。
「…またやっちゃいましたね、俺」
眉尻の下がった青島に、室井は肩を竦めた。
「まだ2日だ、正月休みであっても不思議ではなかったな」
元旦から営業している店が昨今では増えたから油断していたが、良く考えたらまだ三が日なのだから営業していない可能性もあったのだ。
うっかりしていたのは、室井も一緒だ。
だが、今日一日何かとハズレばかり引いている青島は、自身のせいだと落ち込んだようだった。
「すいません」
「気にするな、別に君のせいじゃないだろ」
「なんか遠回りさせただけになっちゃったな」
「大した距離じゃない、夜の散歩も気持ちいいしな」
嘘のつけない室井らしく、慰めの言葉に嘘はなかった。
ただ、「夜の散歩」には「青島と一緒の」という枕詞がかかっていることは、黙っておいた。
「コーヒーなら、湾岸荘でも飲めるだろう」
室井が小さく笑って誘うと、青島はじっと室井を見つめていたが、表情を崩して頭を掻いた。
「男前だなあ、室井さん」
「ほんじなす」
「え?」
「何でもない」
口からつい零れた方言が聞き取れなかったらしく目を丸くしていたが、青島はそれ以上問い返すこともなく嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、美味いコーヒー淹れてあげますね」
そう言って、先に湾岸荘に向かって歩き出した。
鼻歌を歌いながら離れていく背中が愛しい。
抱き締めたいなと思いながら、その背を追った。
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