■ (青島視点)1.12月


大きな笑い声に驚いて青島は目を覚ました。
一瞬わけが分からなくて焦ったが、なんのことはなく笑い声はテレビの音声だった。
バラエティ番組を点けっ放しにしたまま転寝していたのだ。
食堂のソファで横になっていた青島は、欠伸を漏らしながら起き上がった。
そろそろ22時になろうかという時間だったが、湾岸荘には青島しかいないようだった。
全員の予定を一々聞いているわけではないが、和久は娘のところに泊まりに行くと言っていたし、魚住と草壁は出張中だ。
残りは飲み会なのか残業なのか、誰も姿を見せない。
こんな日に一人で食堂にいても仕方がないのだが、誰かが帰って来るのを待っていた。
なんとなく人恋しい時があるもので、今日の青島は誰かと話がしたい気分だったのだ。
だから食堂で誰か帰って来ないかなと待っていたのだが、そんな日に限って誰も帰って来ない。
青島は手持ち無沙汰で煙草を手に取ったが、誰もいないとはいえ匂いがつくと嫌がる人がいるから、ここでは吸えない。
換気扇の下で吸うか、外に出るか。
それくらいならいっそ自室に引き上げればいいのかと思い至り、青島は苦笑して腰をあげた。
その途端に、タイミングがいいのか悪いのか、玄関で戸の開く音がした。
なんとなく、室井のような気がした。
根拠は全くなくて、室井であればいいなと思っただけだ。
ここ一週間ほど、挨拶以外の会話がほとんどない。
別に室井に避けられているわけではなく、室井の仕事が忙しいからだった。
夜中に帰って来て、朝早くに出勤しているらしい。
二日前の朝に出勤前の室井とたまたま顔を合わせて、そんな話を聞いていた。
しばらくちゃんと話しをしていなかったせいか、無性に室井の顔が見たかった。
顔を合わせたところで室井が饒舌にあれこれ話してくれるわけではないのだが、室井と過ごす時間は青島にとって楽しいものだった。
時には呆れた顔をしながらも、青島のくだらない話に良く付き合ってくれた。
たまに笑ってくれたりすると、普段が普段なだけに余計に嬉しくなる。
室井が時々見せる優しい笑みは、青島の心のどこかを確実に刺激していた。
妙に室井に懐いている自分には、青島自身気付いていたから、しばらく会えずにいて寂しいと感じる自分に違和感は覚えなかった。
食堂から青島が顔を出してみると、予想通りというか希望通りというか、室井が玄関で靴を脱いでいた。
「おかえりなさい」
青島が声をかけると、室井が顔をあげた。
「ただいま」
「遅かったですね、今日も残業?」
「いや、飲み会だったんだ」
飲みに行く時間がとれるようになったということは、仕事が一段落ついたということなのかもしれない。
なら、誘っても迷惑ではないだろうか。
「もう少し、どうですか?」
青島が食堂を指差すと、室井は頷いてくれた。
「いいな」
短い一言だが嬉しい。
室井の好意が伝わるからかもしれなかった。

コンビニで買ってあった安い赤ワインで乾杯する。
つまみはナッツとチーズしかないが、室井は既に飲み会で腹が膨れているようだし、青島も夕飯に親子丼を作って食べていたから空腹ではなかった。
「仕事落ち着いたんすね」
「うん?」
「ここのとこ、忙しそうだったから」
あんまり会わなかったからと言えば馴々しいだろうかと考えたが、考えすぎなような気もした。
「ああ、しばらくゆっくり出来そうだ」
そっと息を吐く室井は、肩の力が抜けてみえた。
張り詰めたところを感じさせない室井の表情に、青島もなんとなく嬉しい気分になる。
何故だか深く考えてもみなかったが、誰だって思い詰めているよりは穏やかな方がいいに決まっている。
「良かったですね、もうじき冬休みだし」
既に12月に入っていた。
大学はクリスマスくらいから二週間程冬休みのはずである。
だが、室井は肩を竦めた。
「学生は冬休みだが、俺はずっと休みなわけではないぞ」
「ああ、そういや、夏休みも出勤してましたもんね」
講義がなくとも、やることはあるのだろう。
室井は夏休み中も毎日ではなかったが出勤していた。
冬休みも変わらないのだ。
「だが、正月休みは取るし、ゆっくりできるな」
「正月は帰省するんですか?」
「いや、今年は帰らないつもりだ。君は?」
「やー、帰省って言っていいもんだか…うち、両親ハワイっすからね」
「そういえば、そうだったな」
「両親がこっちに来てくれればいいんだけど、冬の東京は寒いから嫌だって言うんすよね」
ずっと東京で生きていたくせにすっかりハワイに馴染んでしまっている両親に苦笑する。
「まあ、元気にやってるみたいだからいいんですけどね」
中々会えないが、メールのやり取りは時々していて、両親共に元気であると知らせは受けていた。
そのうちハワイまで会いに行こうとは思っているが、何も旅費の高い正月に行くこともないので、この正月も青島は湾岸荘で過ごす予定だった。
室井もそのつもりらしい。
内心で嬉しく思う。
湾岸荘の住人は大体正月は帰省してしまうから、一人で年越しをすることが多かった。
今年は室井がいてくれる。
それが嬉しかったのだが、言葉にはしなかった。
何故か、言葉にするのが躊躇われたからだ。
「しかし、もうそんな季節なんだな」
室井が小さく笑った。
その穏やかな笑みに、青島は少し戸惑った。
戸惑ったのは、穏やかな笑みを見せる室井にではなく、室井の笑みをどう受け止めたらいいのか分からなくなる自分に対してだ。
最近は室井といるとそうなることが、時々あった。
「いつの間に飾ったんだ」
食堂の隅に飾ってあったクリスマスツリーを指差した室井に、青島は慌てて笑みを作った。
「3日くらい前かな?そろそろいいかなと思って」
青島は毎年食堂に、クリスマスツリーを飾っていた。
クリスマスに対して特別な思い入れがあるわけではなく、イベント毎が好きなのだ。
時期が時期なだけに皆が参加してくれるとは限らないが、クリスマスパーティーも開こうと計画中だ。
「今まであまり気にしたことはないが、季節感があるというのはいいもんだな」
室井がツリーに目をやったまま呟くから、青島の顔に自然と笑みが浮かんだ。
ここでの生活が室井にとって少しでも良いものであるなら、嬉しかった。
「やりすぎだって、言われることもあるんですけどね」
室井がツリーから青島に視線を戻した。
「去年のハロウィンにジャック・オ・ランタン作ったんですけど、作り過ぎちゃって。湾岸荘のあちこちに置いておいたら、夜中に見たら不気味だって不評でした」
昨年はカボチャを買い込んでどうせだからと住人を巻き込み、総出でジャック・オ・ランタンを大量に作った。
作る時は珍しさも手伝ってか、皆意外と楽しそうに作業していたが、終わってみたら廊下に点在する光るカボチャ頭が不気味だとか、くりぬいたカボチャを毎日食べなくてはならずもう飽きたとか、最終的には結構不評だった。
「今年は、玄関に一つしか無かったようだが」
「ええ、今年はジャック・オ・ランタン禁止令が出てたんで、一つだけ」
それでも一つは作った青島がおかしかったのか、室井が苦笑した。
「君は変なとこマメだな」
「そうなんすよね、凝り性なもんで…て、変なとこってなんすか」
「深い意味はない、聞き流せ」
「いや、なんか聞き捨てならない」
「…ツリーがあると、明るくなっていいな」
「あ、そうすか?今年ライトを新調したんですよー…て、誤魔化されませんよ」
室井と視線を合わせて、どちらからともなく笑みを零した。
こうして室井と話していると、自分が帰宅を待っていたのはこの人だったのかと思った。
誰かと話したかったのではなく、室井と話したかったのだ。
青島にとって、室井と過ごすこういう何でもない時間が大事になっていた。
それがどういうことなのか、青島はまだ気付いていなかった。










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2013.6.22


今度は青島君がぐるぐるする番!


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