■ 第4章 1.買い出し


ジンギスカンをやるから参加しないかと誘いに来たのは、隣の部屋のすみれだった。
なんでジンギスカンなのかと不思議に思ったが、北海道に出張していた魚住が土産に買ってきてくれたかららしい。
なんの仕事をしているのか良く知らないが、魚住は全国をぐるぐる回っているようだった。
先日はサーターアンダーギーだったなと思いつつ、参加するなら買い出しよろしくと渡されたメモ用紙を反射的に受け取り、室井は了解と答えた。
湾岸荘に来てからというもの、この手の誘いを断ったことはない。
すみれにも当然参加するものと思われていたようだ。
参加するからには買い出しに協力することにも異存はない。
「すいませんけど、立替えよろしく」
「ああ、分かった」
メモ紙に視線を落とし、こんなに食うのか?と思ったが、目の前の食いしん坊を見て、これくらいなら食うかと思い直した。
「なにか?」
室井の胸中でも推し量ったのか、すみれが顎を逸らして見上げてくるから、室井はなるべく平静を装った。
「なんでもない」
「そ?」
「ああ」
「他に食べたいものあったら、追加していいですからね」
「…ああ」
これ以上か?と思ったが、やっぱり余計なことは口にしなかった。
すみれの並々ならない食への執着心に一々疑問を抱いていてはキリがない。
そう思える程度には、室井は湾岸荘に慣れていた。
「じゃ、よろしくー」
すみれはニッコリ微笑むと、スキップしそうな足取りで階段を降りて行った。
それを見送り、室井はそっと息を吐き、無意識に胃を抑えた。
まだ何も食べていないのに何故か満腹感を覚えて首を捻った。

玄関を出て湾岸荘の裏にある駐車場に向かうと、青島が後を追うように駆けてきた。
「室井さん」
呼ばれてそれに気づき、室井は足を止め青島を待ち首を傾げた。
「どうした?」
「俺も行きますよ、荷物持ちに」
すみれにでも聞いてきたのか、室井の買い出しを手伝ってくれるつもりらしい。
車で行くし一人で運べないことはなかったが、折角の申し出だからと室井は遠慮しなかった。
人手があるのは助かるし、何より青島と二人でいられる。
そんなことが嬉しかったからだ。
「助かる」
室井が短く礼を言うと、青島は嬉しそうに笑った。
青島に車に乗るように促しながら、助手席に乗せるのは初めてだなと思った。
それがどうしたというわけでもないが、気分が少し高揚し、子どもみたいな自分に内心で呆れた。


スーパーの駐車場に車を止めて店に入ると、青島がカートを押してくれた。
すみれに渡されたメモ紙を見ながらそのカートに必要なものをいれていく。
「かぼちゃ、さつまいも、じゃがいも…」
「芋ばかりこんなにいるものか?」
「あー、女子は芋好きですしね」
「芋だけで腹が膨れそうだが」
「ははは、本当だ。でも、買って行かないと、後が怖いですよ」
「尤もだな…後は?」
「ええと、とうもろこし?」
「もう季節的に売ってないんじゃないか?」
「残念、焼くと美味いんだけどなあ」
「それから…骨付きカルビ?」
「手羽先もですね」
「ジンギスカンじゃなかったのか?」
「ジンギスカンの肉だけじゃ足りないと思ったんじゃないですか?」
どんどんと山になっていく買い物カゴを見下ろし、二人は目を合わせた。
誰がそんなことを思うかは、わざわざ言葉にしなくても分かる。
青島が肩を竦めた。
「ビールも買って来いって」
「そうか」
室井はカートを押して歩く青島の後について歩いた。
「外でバーベキューするのも最後ですかね」
「飯を食うには、そろそろ寒くなってきたからな」
「寒くなったら、鍋が美味いんですよねー」
名残惜しそうだったのも一瞬で、すぐに目を輝かせる青島につい笑ってしまう。
食に弱いのは、何もすみればかりではない。
青島の場合は、皆で宴会をするのが好きなのかもしれないが。
一人で自室にこもっていることもなくはないようだったが、良く食堂で彼の姿を見かける。
そうすると、なんとなく住人の足も食堂に向くようで、意味もなく集まっていることが多い。
もちろん室井もその一人だ。
「そうだ、室井さん」
「ん?」
「寒くなったら、きりたんぽ鍋食わせてくださいね」
以前、何かの折に、きりたんぽを作るのが趣味だと話したことがあった。
趣味といっても頻繁に作るわけではないが、時々食べたくなって作ったりする。
故郷の名物は東京でも買えないわけではないが、食べ慣れているせいか自身で作った方が食べやすく感じた。
それを青島に話したら、是非食べてみたいと言われていた。
寒くなったらと約束していたことを室井も忘れていない。
そんな機会があればいいなと、思っていたくらいだ。
とはいえ、自分の作るきりたんぽを彼が食べてみたいと言ってくれたことが嬉しかっただけであり、趣味で作るだけのきりたんぽの味に絶対の自信があるわけではない。
「あまり期待するなよ」
「大丈夫大丈夫、室井さんの作る飯美味いし」
楽しみだなと鼻歌を歌う青島を見れば、食わせてやりたいなと思わずにはいられない。
そのうち作ろうと決めた。

会計を済ませてスーパーを出ると、出口で青島が足を止めた。
壁に貼ってあったポスターを眺めている。
「あー、これ公開になったんだ…」
観たかったんですよね、と呟く声に誘われて室井もポスターを眺める。
特に詳しくもない室井でも知っているような有名な俳優が主演している映画のようだった。
「どんな映画なんだ?」
「サスペンスなんですけどね」
青島が簡単なあらすじを説明してくれる。
室井もサスペンス映画は嫌いではなく、興味をそそられ、相槌を打った。
「面白そうだな」
「でしょ?あ、良かったら、一緒に観に行きません?」
名案だとばかりに誘う青島に、室井は目を見開いた。
青島は物凄く良いタイミングだと思い気軽に誘ってくれたのだろうが、誘われた室井の方はそんなに気軽に受け止められない。
当たり前である。
青島にとっては友人を映画に誘うような気楽さだっただろうが、室井にとっては片想いの相手にデートに誘われたと言っても過言ではない。
突然の幸運にすぐには言葉が出ない室井を見て、室井が戸惑っていると思ったのか青島は慌てて付け足した。
「映画は一人で観たい人ですか?それなら、無理にとは…」
「いや、そんなことはない」
青島の言葉を、今度は室井が慌てて遮った。
勢いが良過ぎたのか、目を丸くしている青島と視線がぶつかり少し気まずい。
だが、青島に前言撤回されては困る。
室井は自身を落ち着かせるように一つ咳払いをしたが、青島から目を逸らさずに聞き返した。
「一緒に行ってもいいか?」
きょとんとしていた青島が嬉しそうに笑う。
「もちろん」
いつにしようかと予定を立てている青島と並んで歩きながら、室井は密かに内心で浮かれていた。
どんなに浮足立っても、見た目には一向に変わらないのは幸いである。

青島にとってはそうではないのだろうが、室井にしてみれば紛れもない青島との初デートだった。










NEXT

2013.5.12




template : A Moveable Feast