青島が話し終えるまで、室井は難しい表情でじっと聞いていた。
「…じゃあ、まだ、分からないんだな?」
「はい…結果待ちです…」
「そうか」
俯いている青島の手を、室井がそっと握ってくれる。
「そんなに悩むな」
「でもっ…」
「まだ分からないのだろ?」
青島は顔を上げると、室井を見つめた。
室井を見ているだけで、泣きたくなる。
病気は確かに怖いし不安だが、それだけではない。
自分がもし大きな病気だとしたら、どう考えたって室井の負担になる。
付き合い始めてまだ一月だ。
病気の自分と付き合っていこうと思うほど、室井が自分を思っているかどうかなど青島には分からなかった。
「青島?」
室井の顔を見たまま固まってしまった青島に、室井が優しく声をかけてくれる。
「もし…」
「?」
「もし、俺が病気だったとしても…」
そこまで言うと、青島の目から涙が零れ落ちた。
―俺の傍にいてくれますか。
言葉には出来なかった。
青島が一番怖かったのは、室井が離れていってしまうことだったのだ。
目を剥いた室井から、青島は慌てて視線を逸らす。
「…っ、すいません…」
手の甲で涙を拭うと、その手を室井に取られる。
「青島」
「まだ分かんないっすもんね」
室井の視線を避けるように顔を逸らしたまま、青島は無理やり笑った。
「青島」
取られた手を引っ張られて、そのまま抱きしめられる。
「君のことは、俺が守る」
「…!」
不意に言われた一言に、青島は絶句した。
「君が病気だったとしても、俺がそれを治してあげられるわけじゃない。だけど、君の傍にいて、君を助けられるのは、俺だけだと思うんだ」
顔を上げて室井を見る。
室井の眼差しは真剣だった。
その目を見るだけで、室井が本気で言ってくれているのが分かる。
青島が何も言えずに呆然と室井を見つめていると、室井は真摯に言った。
「君の人生を、俺に預けてくれないか」
青島は呆然としたまま、ポツリと呟く。
「室井さん…病気の俺の人生なんて貰って、どうする気ですか…」
「一緒に生きる」
それが当然とでもいうように、言い切った。
青島は何も言わずに、室井に抱きついた。
首に腕を回してしがみ付くと、室井もぎゅっと抱きしめてくれる。
―捨てられると思った。
例えそうでも文句は言えないと青島は思っていた。
ただでさえデメリットの多い同性同士の付き合いである。
この先、室井の負担になるような付き合いしかできないのであれば、振られても仕方が無いと思ったのだ。
「……預けた」
どうしようもなく震えた声でそれだけ伝えると、室井は優しく背中を撫ぜてくれる。
「ありがとう」
「預けましたよ、俺の全部…」
そう言って、そっと室井に口付ける。
何度か触れるだけのキスを繰り返すと、青島から舌を絡めていく。
一瞬躊躇った室井も、すぐに応えてくれた。
唇を吸いあって、激しく舌を絡める。
室井と触れ合っているだけで恐怖が薄れていくのが、青島にははっきりと分かった。
不思議なほど、今は気分が良い。
夢中でキスをしているうちに、青島は床に押し倒されていた。
「ちょ…ちょっと、待って…」
キスの合間に青島が言うと、ハッとした室井が急いで身体を離した。
「す、すまない。体調の悪い君に」
酷くバツの悪そうな顔をしている室井に、青島は照れくさそうに微笑んだ。
「そうじゃないです」
「…?」
「そっち、」
青島は指でベッドを指した。
「いきましょう」
目を丸くした室井が、心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫、なのか?身体…」
「平気です」
「しかし…」
「室井さんと触れ合っていたい。ダメ?」
躊躇う室井に、青島は駄目押しをする。
キスをしながらほぼ無意識に青島を押し倒した室井である。
ダメなはずがない。
緊張からか眉間に皺を寄せて、青島の手を引いた。
「無理そうだったら、途中でもいいから言ってくれ」
「大丈夫、な気がします」
身体的にも精神的にも、室井を拒む理由はなさそうだった。
大丈夫だと繰り返す青島に、それでも室井は不安だったのか。
「イヤだったら、殴ってでも止めてくれ」
真顔で言うから、青島は破顔した。
目を閉じて荒い呼吸を繰り返していた青島は、額に触れる室井の唇の感触にそっと目を開けた。
「大丈夫か…?」
優しく青島を見下ろす室井に、微笑みを返す。
それでも慣れない行為に疲労しているのがはっきりと分かるせいか、室井は少し申し訳なさそうに、労るように青島の頭を撫でた。
「しんどそうだ…無理をさせた」
体調不良で体力が落ちている中での行為だったから、正直に言えばしんどかった。
だがそんなことよりも、満たされたもののほうがずっと大きい。
青島は首を伸ばして軽くキスをする。
「失敗しましたね」
「?」
「もっと早くにこうなっていれば良かった」
時間を無駄にしたと言ったら、室井は目を丸くした。
笑いながらもう一度室井にキスをすると、室井も笑みを零す。
「そうだな」
だるい腕を伸ばして室井を抱きしめる。
「室井さん」
「ん?」
「ありがとう」
何に対する「ありがとう」か、室井は聞き返して来なかった。
「礼なんかいらない」
「俺が言いたかっただけです」
病気に対する恐怖が消えて無くなったわけではない。
だが薄れたのは事実だった。
室井の言葉や触れてくる優しい手に救われたと思った。
心の底からの感謝を室井に伝えたくて、青島はもう一度言った。
「ありがとう」
室井は何も言わずに、ただ抱き返してくれる。
そのホッとするような温もりに、急速な眠気を感じた。
とろんとした目をした青島に気付いたらしいく、室井が小さく笑った。
「眠っていいぞ」
「…すいません、限界かも…」
「おやすみ」
「おやすみなさい……あ…室井さん」
そういえば、言い忘れていたことがある。
「うん?」
これだけは伝えなければ。
「好きですよ…」
目を剥いている室井に構わず、青島は眠りに落ちた。
青島からの初めての告白だった。
それにもかかわらず、告げた本人は既に夢の中である。
室井は苦笑した。
「俺がどれだけその言葉を聞きたかったと思ってる」
言い逃げしたなと呟いた室井の表情は穏やかだった。
聞きたかった言葉をやっと聞けたのだ。
素直に嬉しかった。
「青島」
室井は青島を抱きしめたまま、眠っている青島を呼んだ。
「君には俺がいる。一人じゃないんだ。忘れないでくれ」
どこまでも真摯な室井の言葉を、青島が聞くことはなかった。
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