■ Next door to me(4)


『今晩暇だったら、また飲みませんか?』
青島はそんなメールを送信した。
送った相手は隣人の室井だ。
初めて室井を月見酒に誘った日から、時々一緒に酒を飲んでいる。
あの時、帰ると言った室井を何となく引き止めて、本格的に飲み直した。
室井は酒が強かった。
青島もそれなりに自信があったため、かなり飲んだ。
そのせいで二人とも口が軽くなっていたのか、随分色んなことを話した。
そのほとんどが事件や警察に関することだったのだが。
―今の警察の体制を変えたい。
室井にそんな話までさせるほどに、二人は酔っ払った。
思わぬ話が聞けたことを、酔っ払いながらも青島は喜んだ。
そんなことを考えているキャリアがいるとは微塵も思っていなかったからだ。
すっかり盛り上がってしまって、翌日二人して二日酔いになった。
意気投合したと少なくとも青島は思っていた。
室井がどう思っているのかを気にしつつ、次に月が綺麗に出た晩にもう一度誘ってみると、日本酒を片手に遊びに来てくれた。
室井も多少なりとも青島に気を許してくれたということだろうと青島は判断した。
それからは、時々青島のテラスで一緒に酒を飲んでいる。
今ではメールアドレスを交換し、こうして約束を取り付けるほど親しくなっていた。
人の縁とは分からないものだ。
などと思いつつ、青島は携帯を眺めて返信を待っていた。
「何、そわそわしてんの?…あー、もしかして彼女でもできた?」
青島の席の後に座っているすみれが、背後から携帯を覗いてくる。
―そわそわ?
青島は振り返って、首を傾げた。
「別にそわそわなんてしてないよ」
「じゃあ、ウキウキ?」
「してないってっ」
返信を待っている相手は室井で、そんな色っぽい話ではないはずだった。
青島が少しムキになったせいかすみれの疑いを深めてしまったらしく、ニヤニヤと笑いながら「ふ〜ん」と呟き丸きり信じていない表情を見せた。
「そのわりに、楽しそうだったけど?」
「楽しそう?」
「うん。メール打ってる時から、楽しそうだったわよ」
一体いつから青島のことを盗み見ていたのか、すみれがそんなことを言うから、青島はちょっと焦った。
そんな自覚は全く無かったから、尚更だ。
確かに室井と酒を飲むのは楽しい。
相手はキャリアでかなり上の上司ということになるのだが、室井が思いの他気さくなせいか、一緒に酒を飲むのは単純に楽しかった。
それが室井を酒に誘う理由だった。
しかし、メールを打っている最中から傍で見て分かるほど浮かれているのは、自分でもどうかと思った。
繰り返すが相手は室井である。
―俺ってもしかして、結構寂しい?
青島は心の中で呟いて、苦笑した。
仕事が忙しいこともあってしばらく彼女がいなかったから、人恋しくなっているのだろうか。
「青島君?」
黙り込んだ青島を、すみれが怪訝そうに見ていた。
青島が何でもないと言おうとした瞬間、携帯が震えた。
メールを受信したというメッセージを読んで、青島は慌てて席を立った。
すみれにからかわれたせいで、ここでメールを開くのが躊躇われたからだ。
またにやけているといわれては、青島も堪らない。
「本当に、そんな色っぽいもんじゃないからね」
すみれに釘を刺し刑事課を出ようとした青島の後姿に、すみれの声がかかった。
「青島君」
「何?」
「何か、恋してるみたいに見えるよ?」
青島は刑事課の壁に思いっきり顔面をぶつけた。

すみれさんってば全くと、ぶつぶつ零しながら喫煙所に向かった青島は、そこでメールを開いた。
『大丈夫だ。良かったら、今日はうちで飲まないか?つまみくらい用意しておくが』
誰に突っ込まれるまでもなく、今度は自分で表情が緩むのが分かった。
これではすみれに疑われても仕方が無いではないか。
そう思いつつも、室井の誘いが嬉しかったのも事実だ。
室井の自宅に誘われるのは初めてだった。
尤も隣の部屋なのだからどっちだって大差はないのだが、それでも自宅に招いてもらえると、青島が想像しているよりも気を許してもらえているのかなと思えてくる。
そして、それを喜んでいる自分がいるのは確かだった。
すみれのツッコミを思い出して、青島は緩んだ表情を引き締めた。
苦手だった上司と親しくなって、向こうも好意的に接してくれている。
これは普通に喜ばしいことだろうと、青島は思った。
―そんなに浮かれてはないよ。うん。
青島はその必要もないのに、まるで言い訳をするかのように自分に言い聞かせた。
そして、室井に返事を送った。


今は嵌っていない嵌め殺しのドアがノックされて、室井はドアを開けた。
Tシャツにジーンズというラフな格好の青島が笑顔で立っていた。
「お疲れ様です〜。お言葉に甘えてご馳走になりにきました」
「入れ」
室井は青島を招きいれながら、苦笑した。
室井はもう何度も青島の部屋に招きいれられているが、行く時はいつもこの嵌め殺しのドアからだった。
青島もやっぱりこのドアからで、お互いが行き来するのに玄関が使用されたことは今までに一度も無かった。
それがちょっと可笑しかった。
ふと一緒に暮らしてるみたいだと考えてしまい、馬鹿なことをと考え直した。
いつの間にか、青島と酒を飲むことが室井にとって当たり前のことになってしまっていた。
そのせいか、頭に妙なことが浮かんだ。
「室井さん?」
青島を招きいれたまま硬直した室井に、青島が首を傾げていた。
顔を覗きこむようにされて、室井は思わず顔を逸らした。
「何でもない」
「?」
「飯、出来てるぞ」
「わっ」
室井がテーブルを指すと、それなりに豪華なテーブルを見て青島は相好を崩した。
席につくように勧めると、尻尾を振って腰を下ろした。
室井の目にそう見えただけで、もちろん尻尾が本当に存在しているわけではない。
室井は苦笑して酒の用意をした。
「凄いっすね、室井さんが作ったんですか?」
「ああ」
何故か一緒に酒を飲む機会が増えたが、誘ってくれるのは必ず青島だったため、成り行き的にいつも青島の部屋で飲んでいた。
室井が酒を持参していくことはあったがご馳走したことは無かったので、礼も兼ねて今日は室井の部屋に招いていた。
だから、今日の酒のつまみと言うには豪華な食事は、室井のお手製だった。
「…こういうことは、わりと好きなんだ」
ほとんど自炊をしないらしい青島がやけに室井の料理に感動しているので、そう付け足した。
「食っていいですか?」
「駄目なら、呼ばないだろう」
「それもそうっすね。頂きますっ」
嬉々として箸を出した青島のグラスにビールを注ぎながら、室井はちらりと青島を見た。
箸を運ぶ青島の口元に、思わず注目してしまう。
「…んまいっ」
青島が笑うと、室井は肩の力を抜いた。
「それは良かった」
「室井さん、料理上手いんですね」
「そうか?好きなだけだ」
「いいなぁ…俺、ヘタクソだから、自炊する気にならないんですよね」
それは自炊しないからヘタクソなのではないかと思わなくも無かったが、余計なことは言わないでおいた。
「俺も一人じゃ、そんなに作らない」
「あ、やっぱりそういうもんですか」
一人分を作るのにも手間は掛かるというのに、作った物を一人で食べるのでは張り合いがない。
時間がそれほど無いということもあるが、室井だっていつもちゃんとしたものを作って食べているわけではなく、外食も多かった。
昔から料理を作るのは好きだったため、今も必要があれば作ることが苦にならないというだけのことである。
そんな話をすると、青島は納得したように頷いてから、「あ」と呟いた。
「じゃあ、また呼んでください。喜んでご馳走になりに来ますから」
言われて、室井は一瞬固まった。
単純に驚いただけだったのだが、室井の反応に青島は慌てた。
「あ、さすがに図々しいっすよね。冗談ですから」
へらへらと愛想笑いを浮かべる青島に、眉間が寄った。
「…また作ってやる」
短く言うと、青島が目を丸くし、それから満面の笑みを浮かべた。
室井は眉間に皺を寄せたまま、グラスを口に運んだ。
不機嫌になったわけではなく、また呼んで欲しいという青島の言葉が自分自身でも驚くほど嬉しかったことを、顔に出さないようにしていただけだった。


「…おい、青島」
室井は困り果てた表情で、青島を呼んだ。
視線の先では、青島がテーブルに突っ伏すような格好で酒を啜っていた。
ほぼつぶれていると言っていい。
室井の呼びかけに「あい?」となんとも怪しい返事を寄こすが、目はとろんとしていて焦点があっていない。
今まで何度も青島と飲んだが、こんなに酔っ払っている姿を見るのは初めてだった。
珍しいこともあるものだと思った。
「青島」
「なんですか〜?」
「もう、寝た方が良さそうだ。明日も仕事だろう」
室井がそう言うと、青島がむうっと膨れた。
「いたら、迷惑ですか」
「いや…そういうことじゃないが、大分酔っ払ってるだろう」
「全然酔ってないです」
子供っぽく膨れた青島に睨まれて、室井は苦笑した。
こうなった酔っ払いは厄介者以外の何者でもないが、どういうわけか微笑ましく感じた。
そんなふうに感じて、室井は自分も結構酔っ払っているのかもしれないと思った。
室井は立ち上がると青島の腕を掴んだ。
「ほら、立てるか?」
大丈夫ですよ〜となんとも間延びした説得力の無い返事を吐きながら、何とか立ち上がる青島の肩を抱いて支えた。
「足元気をつけろよ」
青島に声を掛けながらゆっくりと歩き、ドアを開けて青島の部屋に入ると、そのままベッドに向かった。
部屋の中は暗いが、月明かりがあったため歩くのに差し障りはなかった。
「気持ち悪いとか、無いか?」
ベッドに青島を座らせると、一応尋ねてみる。
「何か気持ちいいです」
見事に酔っ払った返事が帰ってきて、室井は思わず吹き出した。
慌てて口元を押さえるが、酔っ払った青島は不思議そうな顔で室井を見上げるだけだった。
視線が合って、室井は動きを止めた。
思ったよりもずっと澄んだ瞳と目が合い、何故か驚いた。
元から印象的だった青島の強い眼差しが、暗闇の中で光って室井を見上げていた。
月明かりが差しているせいかもしれないが、それが酷く綺麗に見えた。
室井もそれなりに酒が入って酔ってはいたが、それが一気に醒めるような思いだった。
―長く見ているべきではない。
反射的にそう思って、室井は硬直を一瞬で解いた。
「ほら、横になれ」
視線を逸らし、青島の身体を横にしてやる。
「はぁい」
気の抜ける返事を聞きながら、その身体に布団をかけてやると、青島はすぐに目を閉じた。
童顔がさらに幼く見えた。
黙って青島を見ているとしばらくして小さな寝息が聞こえてきて、室井は苦笑した。
何だか振り回された気がしないでもないが、悪い気はしない。
そう思いながら、自分の部屋に帰ろうと青島に背を向けた途端、
「むろいさん」
声が掛かったので、室井は驚いて振り返った。
「何だ、寝て…」
なかったのか、とは続けられなかった。
青島が目を閉じて、ちゃんと眠っていたからだ。
室井は溜め息を吐いて、肩の力を抜いた。
「なんだ、寝言か」
呟いてから、更に驚いた。
寝言ということは、室井の夢でも見ているのだろうか。
室井は動転した頭でそう思うと、一瞬にして赤面した。
思わず青島を凝視したが、完全に眠ってしまっている青島はピクリともしない。
穏やかな寝顔に薄っすら笑みが浮かんでいる。
ドクドクと鼓動が強く打ち息苦しさを感じて、室井はすぐに自分の部屋に逃げ込んだ。
ドアを閉めてしまうと、その壁に寄りかかって座り込んだ。
心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に、自分のことなのに酷く驚いた。
こんな感覚は遠い昔に覚えがあった。
久しく感じたことは無かったが、確かに知っている痛み。
だが、同じ痛みでも、こんなに衝撃的だったことは過去に無かった。
耳障りなまでに早く打つ鼓動に室井は愕然とした。
「…バカな」










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2004.11.19

あとがき


乙女系室井さん…(死刑)
ヘタレの次は乙女かよ!と思われた皆様、申し訳ありません…。
これで攻めだって言うんだからイヤになります(お前がな)

ちょっと展開が急な気もします。
こ、これでも書き直して、少しはマシになった方だったり(汗)
申し訳ないです…。



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