■ Next door to me(1)


夜中に帰宅した青島は、ダンボールだらけの部屋の中を見てげんなりした。
唯でさえ疲れているのに、更に疲労が増してくる。
それまで住んでいたマンションを建て替えのために追い出されてしまい、慌てて今の家に越して来てから早一週間が経っていた。
とりあえずの住居と思って引越してきたのだが、住み心地が良ければここに居座ろうと思っている。
部屋は広くはなかったが一人で住むには十分だし、家賃を考えれば充分優良物件だ。
しかも、小さいながらもテラスまである。
慌てて探したわりにはいい部屋だったようで、わりと快適な住まいだと言えた。
部屋さえ片付いていれば。
運悪く引越と同じ頃から事件が立て込んでしまって、部屋を片付けている暇が全く無いのだ。
おかげで部屋のあちこちに中身の詰まったダンボールが山積みになっている。
目下のところ、青島の一番の悩みは一向に片付かない部屋だった。
「いい加減なんとかしないとな…」
青島は思わず呟いた。
視線の先には、一際高く積まれたダンボールの山。
何となく、そのままダンボールの山の向こうに視線を移す。
何故か新しく越して来たこの部屋には、嵌め殺しのドアがあった。
不動産屋で「嵌め殺しのドアのある部屋」と聞いた時は何だそりゃと思い、借りようかどうしようか少し悩んだのだが、実際に引越してきて生活してみるとあまり気にはならなかった。
ドアの向こうに見知らぬ人が住んでいるのかと思うと多少奇妙な感じはするが、開かないドアは唯の壁と変わらない。
その壁を見ながら、隣にまだ挨拶すらしていないことを思い出した。
引越してきてからというもの帰ってくるのが毎日夜中なので、挨拶に行っている暇が無いのだ。
そのうち顔を合わせることもあるだろうからその時でいいかと、青島は割り切ることにした。
夜中に挨拶に行くよりは常識的だろう。
青島は溜息を吐くと、ネクタイを引き抜き背広を脱いだ。
脱いだ背広を手近なダンボールの上に放ると、シャツの袖を捲る。
そろそろ着替えも足りなくなってきているから、必要最低限のものは出しておかなければならない。
とはいえ、どのダンボールに何が入っているのか、青島には既に分からなくなっていた。
ダンボールの側面に何を入れたか書いておけば良かったのだが、それを面倒くさがった結果、更に面倒くさい事態を引き起こしていた。
仕方が無いので、手当たり次第にダンボールを開けて中を確認してみるしかない。
まずはそのままにしておいても危ないので、嵌め殺しのドアの前で山となっているダンボールから手をつけることにした。
そう決めて一番上のダンボールに手を掛けたのだが、思いのほか重たくてビクともしない。
誰だ、こんな重たいものを一番上に載せたヤツは。
思わず心の中で引越屋に文句をつけながら、再度力を込めて引っ張ってみた。
が、青島は自分で思っているよりも疲れていたのかもしれない。
足に思うように力が入らず、バランスを崩した。
あ、と思うまもなく、ダンボールの山の中に身体を突っ込んだ。
その拍子に、ダンボールごと嵌め殺しのドアにタックルしてしまった。
ヤバイと思っても、時既に遅し。
ドアはバキッと嫌な音を立てた―。


自宅に持ち帰った捜査資料に目を通していた室井は、一瞬何が起こったのか分からなかった。
存在すら忘れていた嵌め殺しのドアがいきなりバキッと派手な音を立てて開いたかと思うと、ダンボールが雪崩のように押し寄せてきたのだ。
人間と一緒に。
それを呆然と眺めていたが、呆気に取られている場合ではない。
先月から空き部屋になっていた隣室に、一週間程前に誰かが引越して来ていたことを思い出した。
隣人と顔を合わせたことは無かったが、その日の朝に引越しのトラックを見かけたから、それだけは知っていた。
とすると、当然、突然の乱入者は隣人であろう。
何があったかは知らないが、とりあえず無事かどうかは確かめてみるべきだろうか。
「…大丈夫か?」
他に聞きようもなく、悩んでそれだけ尋ねると、乱入者がようやく身体を起こした。
それを見た室井は、また呆然とした。
「…ってぇ…あ、ど、どうもすみま……」
男は慌てて室井に謝罪しようとして、ぽかんと口を開いたまま硬直した。
室井も一緒である。
ある意味先程より衝撃的であった。
「……青島君?」
信じられないという顔で名前を呼ぶと、青島も信じられないという顔で叫んだ。
「む、室井管理官!な、な、なんでここにいるんですか!」
「何でも何も、ここは私の家だが…」
君こそ何で…と言いかけて、飲み込む。
答えは分かりきっている。
引越してきたのだ、室井の自宅の隣に。
室井の眉間に思わず皺が寄る。
室井はこの刑事に成り立てだという青島という男が苦手だった。
キャリアにも物怖じせず何かと言えば口を挟んでくる。
正直やりにくいし、鬱陶しかった。
「俺も一週間前に隣に引越して来て…」
青島は困惑したように目を白黒されていた。
「そうか…」
「あ、挨拶が遅れました。よろしくお願いします」
動転しているのか天然なのか知らないがいきなり間の抜けた挨拶を寄こした青島に、室井も眉間に皺を寄せたまま「よろしく…」とだけ返事をした。
それきり、二人とも沈黙する。
話すことなんかあるわけがない。
青島は思い出したように慌てて頭を下げた。
「すいません!積んであったダンボールが倒れちゃって…」
それを支えようとして支えきれずに、段ボールと一緒に乱入してきたということだろう。
室井はそんなふうに解釈した。
苦手な刑事だが、こんなことで目くじらを立てるつもりは室井にはなかった。
「そうか。怪我は無いか?」
室井が尋ねると、青島はちょっと驚いた顔をした。
室井だって鬼ではないから、トラブルにあった人を見れば心配くらいする。
ただ、捜査が関わってくると話は別だった。
捜査上必要だと思ってしていることでも、自分でやりながら酷いことをしていると思うことは度々あった。
それを傍で見ている青島が室井をどんな風に認識しているかなど分かりきったことだった。
鬼だと思われていても仕方が無いかと思っていると、青島が屈託無く笑ったため室井は驚いた。
「ええ!大丈夫です」
「…そうか」
この男は誰にでもこんなに愛想がいいのだろうか。
室井は答えながら思った。
そうでなければ、恐らく嫌っているであろう自分に対して、こんな笑みを向けたりはしないだろう。
「すみません、すぐに片付けますから」
中身の飛び出したダンボールを片付けながら、青島が言った。
室井も黙って手を貸す。
「え、あ、いいです、大丈夫です」
慌てた青島に、室井は無表情で答えた。
「二人で片付けた方が、早く済む」
「すみません、ありがとうございます」
申し訳なさそうに苦笑いした青島と二人、ダンボールに適当に中身を戻し青島の部屋に運びいれた。
不意に青島の部屋の惨状を目の当たりにしてしまった室井は、思わず呆れた顔をした。
「部屋、片付けないのか?」
言ってしまってから余計なお世話だったなと思ったが、青島は全く気にした様子は無かった。
むしろ面目ないといった態で、笑っている。
「いや、事件続いちゃって…帰って来るの毎日遅いんですよ」
「それでも毎日少しずつでも片付けないと、ずっとこのままじゃないのか?」
青島が気にしていないようなので余計なお世話ついでに付け足すと、思いもよらない返事が帰ってきた。
「あ、でも、夜中にごそごそしてるとうるさいでしょ?迷惑掛かると思って」
室井は失礼にも驚いた。
そういう気の使い方をする男だとは思っていなかったのだ。
「…私も夜は遅いし、早くに寝ていることはないから、気にしないでいい」
それだけ言うと、きょとんとしている青島に背を向けて、自分の部屋に戻った。
「あ、室井さんっ」
背後から慌てた声が掛かり仕方が無いから振り返ると、青島がまたニコッと笑った。
「ありがとうございました!今度、月見酒でもしましょうね」
そう言って、青島はテラスを指差した。
そこで酒を飲もうと言っているのだ。
室井は軽く頷いて、ドアを閉めた。
社交辞令は言い慣れていないが、言われ慣れてはいる。
だから、青島のそれも真に受けずに頷いた。
ドアを閉め閉ざしたドアに寄りかかり、溜息を吐いた。
隣に同業者が住んでいるというのは、なんとも落ち着かない。
これからのことを思うと少し気が重かったが、恐らく部下である青島の方がしんどいだろうと思うと隣人が少し不憫だった。
本来なら、室井がそんな心配をする必要は全くない。
先に住んでいたのは室井の方で青島は後から入って来たのだから、室井には何等責任はない。
無いが、キャリアと所轄という、どうしても交じり合わない間柄で隣人という環境を思うと、やはり気が重かった。
室井は深い溜息を吐いた。










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2004.11.9

あとがき


こなゆき様から頂いた30000HITリクの
「ラストクリスマスな室青(室井さんの家の隣に青島君が越してくる)」です。
もう、まんま、ラスクリの設定です(笑)
ドア一枚で繋がっている家に住んでるって、いいですよね〜。
とても萌える設定です。

どこに置こうか迷ったのですが、結局パラレルに。
…パラレルですよね、これって?
時期的には、一話目の後辺りのつもりなのですが…伝わったかどうか(汗)
なるべく距離感のある二人にしたかったのですが、
室井さんに「鬱陶しい」とか思わせるのが精一杯でした(笑)

何で青島君がキャリアの室井さんと同じ家賃の家に住めるのかだなんて、
突っ込みは無い方向でお願いします!
室井さんがキャリアにしては安い家賃の家に住んでるんですよ、きっと(^^;
部屋のイメージもラスクリのまんまです。
青島君がケンジさんの部屋に越して来たようなイメージで書いてます。
テラスって表記であってるんでしょうかね?あそこって。
ベランダ?なんていうんだろう。

何か、まだまだ言い訳したいのですが、
一話目から後書き長すぎるのでこの辺で(^^;
結構な長さになりそうです。
まだ終わりが見えてないのでなんとも言えませんが…。
お付き合い頂けると嬉しいです(^^)



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