■ 夏祭り


店の前を箒で掃除していた青島は、日差しの強さに顔を顰めた。
8月に入り気温は連日30度を超えて、暑さはピークに達していた。
幸い喫茶店の中はクーラーを効かせているため、青島はそれほど苦痛に感じることはなかったが、営業職の室井を思うと不憫だった。
ふと青島の視界の隅を、色鮮やかな浴衣が横切った。
見れば、浴衣を着た若い女性が下駄を鳴らして歩いていた。
髪をアップにし露わになった項が色っぽくて、通り過ぎていった女性をなんとなく目で追った。
「ああ…そういえば、今日はお祭りか…」
青島には縁がないので忘れていたが、今日は近所の神社で夏祭りが行われていた。
学生の頃には毎年のように行っていたが、働くようになってからは一度も行っていなかった。
大人になり興味が薄くなったせいもあるが、喫茶店をやっているせいもある。
別に一日くらい閉めたって構わないのだが、閉めてまで行きたいと思うこともなかった。
でも、今はちょっとくらい覗いてみたい気もした。
室井と行ったら面白いのではないかと思うからだ。
だからとはいえ、今日も休日出勤をしているらしい室井を夏祭りに誘い出すのも気が引けた。
そもそも室井が祭りに興味があるとも思えない。
今年も行くことはないかなと思ったが、それもちょっと寂しい。
青島は少し考えて、あることを思い出した。
「そうだ、あれがあったかな」
ふっと笑みを浮かべると適当に掃除を終えて、青島は自宅に戻った。


寄れたら寄ってくださいとメールしておいたおかげか、単なる毎日の日課のせいか、23時過ぎに室井がやってきた。
いつものように喫茶店にやってきて、出迎えた青島を見て驚いていた。
目を丸くした室井に、青島は笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ、室井さん」
室井と入れ違いに唯一の先客が席を立つ。
会計を済ませて客を見送る青島を眺め、室井は呆けていた。
二人きりになると、ようやく疑問を口にした。
「どうしたんだ、その格好」
青島はいつものエプロン姿ではなく、浴衣を着ていた。
浴衣は学生の頃に母親が用意してくれたもので、昼中その存在を思い出し押入れから引っ張り出したものだった。
「今日ね、近所でお祭りやってんですよ」
「ああ、そういえば、駅の近くで浴衣姿の人を見かけたな」
祭りは既に終わっている時刻だが、近くでまだ遊んでいる人がいるのだろう。
「俺は行けなかったですけど、雰囲気だけでもと思ってね」
「そうだったのか…びっくりした」
「はは、そんな驚きました?」
驚くかなとは思っていたがその予想は外れなかったようで、青島は嬉しげに笑った。
対照的に室井は怖い顔でじっと青島を見つめてくる。
少し気まずさを覚えて、青島は顔を強張らせた。
「なんすか?似合わない?」
「いや、似合ってる。かわいい」
慌てたのか、室井はあまり口にしない褒め言葉で青島を褒めた。
ぎょっとした青島は、「カッコイイと言ってください、カッコイイと」と言って照れを誤魔化しながら、喫茶店のドアの鍵を閉めた。
「青島?」
「ちょっと早いですけどね、今日はもう閉店です」
店の電気も落として、室井を自宅に誘った。
室井はもちろん断ることなく、青島に従った。

リビングにもう一つ浴衣を用意してあった。
それを室井に差し出す。
「室井さんも着ません?」
「どうしたんだ?これは」
「親父が着てたヤツです。嫌じゃなかったら」
室井は少し驚いた顔をしたが、神妙な顔つきでそれを受け取った。
「借りていいのか?」
「一緒に着てくれたら嬉しいです」
青島は笑って頷いた。
亡くなった父親の浴衣を着てもらうのは重たいかなとも思ったが、父親の渋い色合いの浴衣は青島よりも室井の方が似合う気がした。
だから、それを室井用に取っておいたのだが、室井は嫌がらずに着てくれたから、青島はホッとした。
スーツを脱ぎシャツを脱いで浴衣を羽織る室井の背後に回り、帯を締めるのを手伝った。
「うん、似合う似合う」
浴衣姿の室井を眺め、青島は何故か誇らしげに頷いた。
「室井さん、和服似合いますね」
「そうか?」
「うん、カッコイイ」
素直に言ったら、今度は室井が照れてしまった。
眉間に皺を寄せた室井を見て、互いに似たようなことを褒め合っていることに気付き、ちょっとバカップルっぽいなと苦笑して、それ以上室井を褒めるのをやめにした。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って室井をリビングに残し、青島は台所に向かった。
戻ってきた青島の手には焼きそばと缶ビールがあった。
それを窓際において、窓を開けた。
ベランダには花火とバケツが用意してあった。
やきそばも花火も、昼中に思い立って準備してあったものだった。
「祭りっぽい雰囲気でしょ?」
冷凍庫にかき氷も入ってますと笑う青島に、室井も小さく笑った。
「本当だな」
「ま、雰囲気だけだけど」
「十分だ。祭りなんて、ここ十何年も行っていない」
青島に対する気遣いもあるかもしれないが、室井がどことなく嬉しそうだったから、青島も嬉しかった。
自分がしたいからしただけだが、室井にも喜んでもらえたらいいなという気持ちはあった。
青島が窓際に腰を下ろすと、室井もそれに倣って隣に座った。
二人並ぶと、缶ビールをぶつけて乾杯する。
「うん、うまい」
ごくごくと喉を鳴らしてビールをあおり、青島は満足げに笑った。
日中が暑かった分、仕事を終えてのビールはまた格別に美味かった。
それは室井も一緒らしく、ビールを口にしては美味そうに目を細めた。
「雰囲気というのも、大事なものだな」
ビールが美味かったからか、この状況を楽しんでいるからか、室井がそんなことを口にした。
普段、あまり雰囲気やシチュエーションにこだわる男ではないが、たまには気分を変えるのも良いものだと思ったのかもしれない。
それは青島も一緒だった。
「たまにはいいっすよね、浴衣は新鮮だし、ビールは美味いし」
機嫌良さそうな青島を眺めて、室井が呟いた。
「来年は、祭りに行ってみるか」
少し目を見開いて室井を見ると、室井は穏やかな目で青島を見ていた。
きっと室井も凄く祭りに行きたいわけではないだろう。
青島と一緒にだったら行ってみたい。
そんなふうに思ってくれたのかもしれない。
青島は笑みを浮かべて頷いた。
「来年は一緒に行きたいです」
「きっと」
室井も頷いて力強く約束してくれたから、きっと来年叶う約束だ。
そう思ったら、早くも来年の今日が楽しみになった。
だが、今年の夏祭りも悪くはない。
青島は缶ビールを床に置いて、そっと室井に身を寄せた。
意図を察したのか、室井からも近づいてくる。
青島が首を伸ばして室井に軽くキスをした。
「今年は行けなくて良かったかも」
吐息がかかるほど近くで、悪戯っこのような笑みを見せる。
「こんなことできないしね」
室井は眉間に皺を寄せると、青島の手を握り真顔で呟いた。
「そういうことを言われると、来年もここがいい気がしてきた」
青島は笑いながら室井の手を握り返した。


祭りの後にいっぱいしましょうと誘ったら、返事は唇に返ってきた。










END

2010.8.2

あとがき


お子さんとの夏祭りにお疲れ気味なSさんにぷれぜんとふぉーゆー。

夏祭りだ浴衣だというイメージで書いたのですが、
結局夏祭りに行ってない…すみません、Sさん(^^;
翌年行ったんじゃないかと思います!

青島君の浴衣はかわいーだろーなー!
絶対かわいいよ。何着ててもかわいいもん(…)


どうでもいいですが、このシリーズの室井さん、
どうして営業職にしたんだろう(本当にどうでもいい)
こんな無愛想な営業がうまくいくわけがないし、
室井さんがニコニコ愛想よく営業してても嫌だし…。
自分で書いた設定なのに、どうして営業職だったのか、
それが不思議です。


※瀬尾さんがこのお話の続きを書いてくださいました!幸!⇒「夏祭り 改」
(2010.8.18)



template : A Moveable Feast