■ 明日も一緒に(9)


女子高生の二人連れというのは世間的に珍しいものではないが、青島の店にしては珍しい客だった。
駅には近いが場所がオフィス街だったし、若い女の子が好むようなオシャレなカフェとは言い難い地味な喫茶店だったからだ。
女子高生に限らず、若年層の客は少なかった。
だから、時々カフェオレを飲みに来るセーラー服の女子高生を、青島は覚えていた。
「いつもありがとうございます」
釣り銭を渡しながらニッコリと笑うと、女子高生は俯いた。
セミロングの髪が顔にかかり表情は見えない。
青島は首を傾げた。
「どうしたの?」
具合でも悪いのかと心配になる。
後ろに一歩引いて立っていた連れの女子高生が、彼女の背中を軽く押した。
それに勇気づけられるように女の子は顔を上げると、青島に手紙を突き出した。
「す、好きですっ」
青島はあんぐりと口を開いた。
勘違いでなければ、青島は今女子高生に告白されている。
青島だって告白された経験がないとは言わないが、この歳になって女子高生に告白されるとは思いもしなかった。
正直に言えば、嬉しい。
高校生だからまだ幼い顔立ちだが、可愛らしい顔をしている。
こんなかわいい、しかも歳の離れた子に告白されて、嬉しくない男はあまりいない。
だけど、喜んでばかりもいられない。
「迷惑かなとは思ったんだけど、言わずにいられなくて」
青島を見上げる真っ赤な顔を見れば、彼女が必死なことが分かる。
青島に差し出したままの手紙を持つ手も震えていた。
一生懸命青島を想ってくれていることが伝わって、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
どんなに想ってもらっても、青島は彼女の気持ちに応えてやれない。
「ごめんね」
謝ると、彼女の顔が歪む。
「年下は駄目ですか?」
青島は首を振った。
年齢ではない、彼女だから駄目な理由があるわけでもない。
室井でなければ、駄目なだけだ。
「好きな人がいるんだ」
彼女はもう一度顔を伏せると、手紙を更に突き出した。
「貰ってください、貰ってくれるだけでいいから」
青島は逡巡したが、手紙を受け取った。
「ありがとう」
素直な気持ちで礼を述べると、彼女はぶんぶんと首を振り、回れ右をした。
逃げ出すように店を出ようとする背中に声をかける。
「あの、迷惑じゃなかったら、また遊びに来てっ」
彼女は振り返らなかったが、深く頷いて店を出て行った。
連れの女子高生も青島に会釈をし、彼女を追って店を出て行った。
青島は呆然としたまま、手の中の手紙に視線を落とす。
丸っこい可愛らしい字で「青島さんへ」と書いてある。
ラブレターというヤツだろう。
彼女たちが時々喫茶店に現われるのは、青島に会うためだったのか。
そして、客がはけて手紙を渡せる隙を探していたのかもしれない。
青島は手紙を開き、カウンターの椅子に腰かけた。
手紙を読みながら、片手で煙草を取り出し口に咥えた。
素直な告白や願望が綴られた手紙に、青島の目尻が下がる。
気持ちはやっぱり嬉しかった。
そして、何故か少しだけ羨ましい気持ちになった。
素直になることは、大人になればなるほど難しくなる。
わりと思ったことが口から零れ落ちてしまう青島でも、そうだった。
分かる訳でもないのに、つい相手の気持ちを図ってしまう。
望みや願いを口に出すのは、時々難しかった。
例えば、室井と一緒に暮らしたいとか。
その願いを口に出せずにいる。
室井はギプスが取れたら自宅に戻るという。
室井ととりあえず一緒に暮らせるのも、後僅かだ。
この際だから、言ってみるだけ言ってみようかとも思うが、中々切り出せない。
「君には君の生活がある」
室井はそう言ってくれたが、それはつまり「室井には室井の生活がある」ということだ。
腕を固定しているギプスはもちろんだが、青島との同居そのものも窮屈なところがあったのではないだろうか。
青島は神経質とは程遠い性格をしているから気にならないが、室井は気疲れしたりするのかもしれない。
ましてや、室井にとっては他人の家だ。
青島の家を居心地悪く思われているとは思えないが、もしそうだとしたら悲しかった。
室井がどう思っているのか知るのが恐くて確認してみることができず、一緒に暮らしたいとも言えずにいた。
一か八かで尋ねて、室井と気まずくなるのは嫌だった。
それくらいなら、やっぱり元の生活に戻る方が良い。

一緒に暮らせないから何だと言うのか。
室井はいつも青島に会いに来てくれる。
不満などなかった。
少し、寂しいだけである。
青島は煙と一緒に溜め息をはき、手紙を丁寧に折り畳んで封筒にしまった。
家に置いて来ようかなと思ったが、店のドアが開き新しく客が入ってきたため、とりあえずエプロンのポケットに押し込んだ。


「なんだこれは…?」
室井は首を捻りながら、床に落ちていた封筒を拾い上げた。
薄い水色の封筒に女子高生が書くような可愛らしい字で「青島さんへ」と書いてある。
青島宛の誰かからの手紙だと悟った。
何故床に落ちているのかというと、青島がソファーに放り投げたらしいエプロンが床に落ちかかっていて、その下の床に封筒があったから、エプロンのポケットから落ちたものだと思われた。
封筒には差出人と思われる見知らぬ女性の名前もあった。
青島の全ての友人を知っているわけではないが、少なくても青島が今現在親しくしている友人の中にはいない名前だ。
消印はなく、郵送されたものではない。
ということは、直接手渡された手紙だろう。
「……」
室井は難しい顔で、手にした封筒に視線を落とした。
もちろん「青島さんへ」とはっきり書かれた青島宛の手紙を勝手に見るわけにはいかないが、無性に中身が気になった。
第六感が働くタイプではないが、なんとなくこの手紙には感じるところがあったのだ。
所謂、ラブレターというものではないだろうか。
根拠はないが、可愛らしい丸い文字と事務的な茶封筒ではない封筒に、引っ掛かりを覚えた。
「あれ?室井さん、寝てても良かったのに」
青島がタオルで濡れた髪を拭きながら風呂場から出て来た。
やましいことをしていたわけではないが、いくらか気まずい心持ちで振り返ると、青島は室井の手元に気付いて目を丸くした。
「あ…それ…」
「すまない、床に落ちてたんだ」
室井が差し出すと、青島は慌てて受け取った。
「いやいや、室井さんが謝ることないっすよ、うん、俺がだらしないから」
あははと乾いた笑い声を上げるが、室井がじっと見つめると困ったように目尻を下げた。
ガシガシと乱暴に髪を拭い、タオルを首からぶら下げる。
「ええと、あのー、これはそのー」
「ラブレターか」
青島が言いにくそうにしていたからつい先走ると、青島は苦笑した。
「ラブレターつーか……まあ、そういうようなものです」
煮え切らない言い方だが、ラブレターで間違いなかったらしい。
自然と室井の眉間に皺が寄る。
青島は慌てて首を振った。
「いや、その、ちゃんとお断りしたから大丈夫ですよ」
相手に青島の意思が伝わっていることには安心したが、だからといって何も気にならないなんてことはない。
根掘り葉掘り聞く気はないが、黙ってもいられなかった。
「相手は誰なんだ?」
青島はちょっと躊躇ったが、室井の気持ちを汲んでくれたのか、質問に応えてくれた。
「お客さんです」
「常連か?」
それなら室井も見たことがある人かも知れないと思ったが、青島は首を振った。
「いや、常連って程では……最近時々来てくれてた女子高生でした」
「じょ」
室井の口から驚きの声が漏れると、青島は苦笑した。
「ね、びっくりですよね」
俺もびっくりしたもんと肩を竦めて見せた。
相手が女子高生と聞いてびっくりしたが、落ち着いて考えてみたらそうおかしなことではないかもしれない。
あの年代の子は年上の男に憧れる場合があると聞いたことがあるようなないような。
彼女たちから見れば10歳以上年上のはずだが青島は童顔だし、何より男前で見栄えがいい。
これが仏頂面の室井だったら有り得ないが、青島が若い女の子に見初められたからといって不自然はなかった。
室井は真剣に思ったが、青島はというと晴天の霹靂とばかりに苦笑している。
「まさかこの歳になってセーラー服に告白されるなんて思いもしなかったですけどね、いい経験させてもらいました」
自分で茶化して笑う青島を見れば、青島の中で終わった出来事と処理されていることが分かる。
告白されてお断りしたのだからそれも当然かもしれないが、室井には何か釈然としないものがあった。
青島がその女子高生とどうにかなるとは思っていない。
青島が好きなのは室井だ。
その気持ちは全く疑っていない。
だからといって、恋人が誰かに告白されて気にならないはずもない。
しかも相手は女子高生だ。
世の中には女子高生というだけでときめく男もいるという。
そんな彼女が青島に告白するのは反則ではないだろうか―反則というのもおかしいが。
それに青島は喫茶店のマスターである。
彼女にその気があればこれからだって喫茶店に通うことはできるのだ。
青島に会いに。
そんなことを考えたら、内心非常に面白くない。
だが、そんなことは言えない。
単なる嫉妬だと自覚しているからだ。
「室井さん?」
黙り込んでしまった室井に、青島が不安そうに声をかけてくる。
室井の機嫌が悪くなったと思ったのか、取り繕うようにいった。
「本当に何もないですからね」
「ああ、それは分かってるが…」
「室井さんが気にする必要、全くないですから」
青島のその言葉には、室井は頷けなかった。
これは、室井が気にしてはいけないことなのだろうか。
室井が係わってはいけないことなのだろうか。
青島を好きだと言う人のことは、室井には関係のないことなのか―。
「室井さん…?」
再び、おっかなびっくり青島が声をかけてくる。
眉間に深い皺ができていることには気付いていたが、自分ではどうしようもない。
室井は青島のタオルを掴むと、片手で青島の髪を少し乱暴に拭った。
「わ…っ」
「ちゃんと乾かして寝ろよ」
「あ、はい…」
「おやすみ」
手を離すと、青島に借りている寝室に逃げるように納まった。
ドアを閉めて溜め息をつく。
青島はきっと、室井がたまたま手紙を拾わなければ、女子高生に告白されたことを室井には言わなかっただろう。
それが悪いというわけではない。
そんなことで青島を疑うつもりもない。
言い出し辛いことであることも理解できる。
ただそれが、青島自身の問題であって室井には関係のないことと思われての行動だとしたら、少し寂しかった。
そこに悪意がないことは分かっているし、実際青島自身の問題であるとも思うが、青島に係わることを望まれていないことが悲しかった。
嫉妬して拗ねているような自分が恥ずかしく空しかった。
明日も彼女は来るだろうか。
自分もずっと喫茶店に張り付いていようか。
出来るわけがないがそう思った。
誰も付け入る隙もないくらいずっと傍にいられたら。
そう願って、自嘲した。
そんな理由で同居がしたいなどとは、口が裂けても言えなかった。










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2010.8.28





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