■ 明日も一緒に(1)


ベッドに横になったまま、青島は室井の裸の背中を見ていた。
キレイな背中だなと思う。
無駄な肉がついておらず、かといって華奢なわけではなく、抱き締めると思いのほか逞しい。
薄っすらと覚えのある過去の女性のやわらかい身体とは全く違って当たり前だが、それに違和感はなくむしろ心地良かった。
もちろん男の身体が心地良いのではなく、それが室井だからだろう。
今のところ男の身体など室井しか知らないし、知りたいとも思っていなかった。
昨夜何度もすがりついたと思えば何とも照れくさいが、青島は室井の背中を見るのが好きだった。
じっと見つめていると、キレイな背中が少し皺になってしまったワイシャツに隠れる。
ボタンを止め終えると、ベッドの縁に腰をかけたまま室井が振り返った。
それにつられて室井を見上げると視線がぶつかり、室井は少し申し訳なさそうな顔をした。
「早くにすまない」
昨夜は泊まってくれた室井だが、今日は仕事だから早くに帰らねばならなかった。
青島は笑みを零す。
「夕べ引き止めたのは俺っすよ」
いつものように喫茶店に訪れ閉店時間に帰ろうとした室井を、引き止め自宅に誘ったのは青島だった。
今日は仕事だと知っていたのだが、なんとなく別れ難かったのだ。
室井もそうだったのではないかと青島は思ったが、多分自惚れではなかった。
「もう少し、話しません?」
そう自宅に誘った時の、室井の顔が教えてくれた。
その時と同じような顔をしながら、腕時計を嵌めた室井の腕が伸びてくる。
「もう少し、寝てろ」
柔らかく頭をなぜられる。
それがあまりにも心地良かったから、微笑みながら目を伏せた。
「気をつけて行ってくださいね」
「ああ」
「頑張って」
「君もな」
ワシワシと頭を掻き回すと、室井の手が離れていく。
それが寂しいなんて、随分幸せな我がままだ。
青島は内心苦笑した。
「じゃあ、また」
「はい、また」
室井は小さな微笑を残して青島の部屋を出て行った。
ぼんやりと閉じたドアを眺めていたが、室井の足音が聞こえなくなると、青島は枕を抱えてそこに顔を埋める。
室井と過ごす夜は両手で数え切れなくなった。
満たされる日々。
室井と出会う前の青島も、ある意味満たされてはいたのだ。
変わらない毎日を望み、平穏に過ごしていた日々に、不満も不安もなかった。
だけど今になって、その日々がどれだけ味気ないものか知る。
愛する人がいるだけで、こんなに幸せだ。
そう思うと、変な笑いが込上げてくる。
誰も見ている人などいないのに、照れ臭くて枕に顔を強く押し付けた。
しばらくそのままじっとしていたが、息苦しくなって顔をあげた。
仰向けに寝転がり、天井を見上げて、自分自身に苦笑する。
浮かれている自分がおかしかった。
いい歳をしてと思うが、きっとこういうことに年齢は関係ない。
愛しいと思う人に、愛しいと思われていることが実感できる日々。
幸せだと思った。
しんと静まり返った部屋の中で、幸せな時間を反芻し、室井を想って、一人余韻に浸る。
余韻に浸り黙って天井を見上げていると、その静けさに眉を寄せた。
室井がいたって口数が多いタイプではないから賑やかになるわけではないが、室井一人いなくなっただけで部屋の中が暗くなった気がする。
いつもは一人でいることなど気にもならないが、室井が帰った後だけは苦手だった。
要は、寂しいのである。
こんなことは室井には言えなかった。
貴方が帰った後は寂しいですなどとうっかり言ったものなら、室井が青島の家から帰れなくなってしまう。
それは言い過ぎでも、青島を一人にすることを絶対に躊躇う。
例え恋人同士の睦言であっても、室井は真面目に受け止めて悩んでくれるだろう。
室井はそういう男である。
青島の脳裏に、眉間に皺を寄せた室井の顔が浮かんだ。
どうしてさっき見た柔らかい笑みではないのか。
それがおかしくて、青島は笑いながら枕を抱えて目を閉じた。




「こんばんはー」
ドアが開いて、すみれと雪乃が顔を見せた。
カウンターの椅子に腰をかけ煙草を吸っていた青島は、すぐに煙草を消して笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ」
灰皿を脇にどけ、カウンターをダスターで拭き、二人に席をすすめる。
「暇そうね」
席につくなりすみれが遠慮の欠片もなく言う。
「失敬な…まぁ、暇だけど」
失礼な言い草を咎めつつ素直に認めた青島に、雪乃が笑った。
「今日は二人?真下は一緒じゃないの?」
「残業みたいです」
「真下君、今張り切ってるからね〜」
すみれが意味ありげに言うと、雪乃は少し照れくさそうに目を伏せた。
照れくさそうだが幸せそうな雪乃の表情に、青島の目尻が下がる。
つい最近、雪乃と真下は正式に付き合い始めた。
大学時代からの付き合いで今更な感じはあるが、微妙な関係を続けてきた二人を見守ってきた青島たちにしてみれば、あるべき形に落ち着いてくれたことはめでたくて嬉しいことだった。
もっとも、誰よりも嬉しいのは二人だろうが。
「何か変わった?」
二人の前にお冷やのグラスを置きながら尋ねると、雪乃は肩を竦めた。
「特に、これといって」
「まぁ、今更ラブラブになるのもねぇ」
すみれが苦笑した。
確かに知り合って10年近く友人関係を続けてきたのだから、付き合いだしたからといって急に何が変わるわけではないかもしれない。
でも、確実に何かは変わっているはずだった。
「真下君は舞い上がってるけどね」
すみれが言うから、青島が吹き出し、雪乃は苦笑した。
そういえば、先日仕事帰りだと言って真下が寄っていったが、いつにもましてテンションが高く一人で盛り上がって帰っていった。
長年の片思いが実ったのが余程嬉しかったのだろう。
見るからに浮かれている真下には多少呆れてしまうが、雪乃への愛情を隠しもしない真下を微笑ましく思った。
青島はお祝いだと言ってコーヒーをご馳走してあげていた。
「ま、ちょっと頼りないけど、雪乃さんのことは大事にしてくれるでしょ」
青島はグラスを磨きながら微笑んだ。すみれも頷く。
「雪乃さんのこと大好きだからね、頼りがいはないけど」
「なんですか、頼りない頼りないって二人して……あれでもたまには頼り甲斐あるんですよ」
雪乃が少し唇を尖らせて、フォローにならないフォローをいれた。
今日ばかりは、真下も来られなくて良かったかもしれない。
青島は笑いながら、話を変えた。
「二人とも、ケーキ食べる?」
「なぁに?売れ残り?」
仕方ないから食べてあげてもいいよ言いつつ身を乗り出してくるすみれに呆れつつ、冷蔵庫の中からケーキの箱を取り出す。
「売れ残りじゃなくて、試食品」
青島の喫茶店では父親の代からずっと、近所にある老舗のケーキ屋からケーキを仕入れていた。
そのケーキ屋が、新商品の試食品を持ってきてくれたのだ。
5個貰ったが、青島一人で試食するには多すぎる。
常連に食べてもらって感想を聞こうと思っていたのだが、良いタイミングで二人がやってきてくれた。
ケーキを皿に乗せ、二人の前に置く。
「美味しそう〜」
すみれの目が輝いた。
「いいんですか?」
嬉しそうに雪乃が聞いてくるから、青島は頷いた。
「俺の舌より確かだと思うから感想聞かせてよ」
「はーい」
すみれと雪乃の声が重なる。
ウキウキとフォークを握る様を見れば可愛らしくて笑みが零れる。
女の子は可愛い。
そう思うくせに、青島が好きになったのは、愛想のない恐面の男前だったりするから、世の中分からない。
今頃何をしているだろうか。
今朝まで一緒にいたというのに、ふとそんなことを思う。
「ホットコーヒーでいい?」
青島は二人の返事を聞きながら、緩んだ表情を隠すように背中を向けた。










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2009.3.31

あとがき


書く書くと言い続けていた同居編になります。
とはいえ、まだ同居の一文字もありませんがっ(笑)
のんびりした連載になりそうな予感がしております。
皆様にも気長にお付き合い頂ければ幸い!

青島君がどろっどろに幸せそうですね。
まぎれて、雪乃さんと真下君も幸せそうですけど(笑)
真下君の告白は、きっとプロポーズと同時でしょうね。
付き合い出すのに時間はかかったけど、結婚は早そうなお二人です。

そういえば、試食品という言葉であっているのかしら?
食べ物も試供品って言いますよね…。
試供品の方がしっくりきますかね。
どうでもいいですかね(笑)


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