■ またここで(5)


「それがさー、ちょっと聞いてよ〜」
店に入ってくるなり、すみれはぼやいた。
「ハイハイ。何よ、すみれさん」
カウンターに腰を下ろしたすみれの前に、水の入ったグラスを差し出してやる。
礼を言って受け取ると、すみれは一気にそれを飲み干した。
余程お怒りなのか。
青島は苦笑した。
「三連休に実家に帰ったのよ!そしたらお見合い話山ほど聞かされてさ〜」
もううんざりと言うすみれに、青島は首を傾げる。
「あれ?でも、この間は『お見合いなの』って張り切ってなかった?」
「あれは、エリートとだったからよ!」
「…あ、そ」
ということは、今回のお見合いはエリートとではなかったということだろう。
「そのエリートとはどうなったのさ」
「エリートでも、マザコンじゃあねぇ…あ、コーヒーくれる?」
「かしこまりました」
青島は噛殺せない笑みを漏らしながら、コーヒーを落とし始めた。
すみれも青島の大学時代の友人だった。
今もここに頻繁に遊びに来てくれる。
「はぁ…誰かいい人いないかしら。高学歴高収入のいい男が」
これはすみれの口癖だが、丸っきり嘘ではないが、完璧な本音でもない。
エリートとのお見合いとあらば喜んで出席しているくせに、上手くいったためしはなかった。
これはすみれが振られてばかりいるということではない。
どんな相手でも、すみれが乗り気にならないだけのことだ。
かといって、冷やかしや遊びで見合いに出ているわけでもない。
多分、縁があれば良いなぁとは、本人も思っているのだ。
青島はすみれの前にコーヒーカップを置くと、カウンターに肘を付いて、少し身を乗り出した。
「すみれさんってさ」
「何よ」
「実際、どういう男がタイプなわけ?」
「えー?」
すみれは顎に手を当てて、ちょっと考え込むような仕草をした。
そんな姿のすみれは素直に可愛いと思うが、
「優しくて、カッコ良くて、大人で、真面目だけどユーモアがあって、退屈じゃなくて、私の言うことを聞いてくれて」
言っていることは、段々可愛くなくなってくる。
呆れ気味の青島に向かって、すみれはわざとらしく、ニッコリと笑った。
「私より強い人、かな」
「それが一番難問だねぇ」
「どーいう意味?」
素直に言ったら、すみれに睨まれて、肩を竦める。
「そーんな、都合の良い男がいるわけないでしょ」
「もちろん、エリートっていうのは必須条件ね」
「人の話聞いてないし」
「やっぱり、甲斐性のある男じゃないとね〜」
やっぱり全く話を聞いていないすみれに、青島は溜息を吐いた。
長い付き合いだが、青島にはすみれの好みの男がいまだに分からなかった。
学生時代にすみれが付き合っていた男のことは覚えているが、線の細い優しそうな男だった。
―案外優しくてお人よしな人に、ほだされて結婚しちゃったりして。
青島はひっそりと思った。
何にせよ、すみれには幸せになって欲しいと思う。
すみれと、それから真下と雪乃は、青島の家族が他界した時、毎日青島の家に通ってくれた。
別に何をするわけでもなく、延々といつもと同じようにバカ話をして帰っていくのだ。
青島が「大丈夫だから」と言っても聞かず、勝手に来ては勝手に帰っていく。
それを四十九日が過ぎるまで続けてくれた。
四十九日を過ぎて、青島が大学を辞めて喫茶店を継ぐことを決めると、三人ともそれからは喫茶店の常連として遊びに来てくれるようになった。
それが今も続いている。
青島にとってはかけがえの無い友人たちだった。
「青島君こそ、どうなのよ」
不意にすみれに言われて、青島は苦笑した。
「俺?俺はー…」
言いかけると、丁度店のドアが開いた。
ドアの隙間から姿を見せた室井に、青島は目を丸くする。
今日は日曜日で、室井が日曜日に来ることは今までになかったからだ。
しかもスーツのところを見ると、休日出勤だったらしい。
「いらっしゃいませ…日曜なのにお仕事ですか?」
「そうなんだ」
すみれがカウンターにいるせいか、室井はカウンターに来るのを躊躇っているようだった。
青島は手招きをすると、すみれの横を指差す。
「どうぞどうぞ」
「あ、ああ…」
振り返って室井を見ていたすみれに、室井は軽く頭を下げて、一つ間を空けて隣に腰を下ろした。
すみれも小さく頭を下げて、大きな目で室井をじっと見つめている。
青島はすみれの視線を気にしつつ、室井に思わず言った。
「室井さん、大丈夫です?働きすぎじゃないですか?」
毎日遅くまで働いて、休日出勤までしていたら、一体いつ休むのかと思ったのだ。
仕事を好きだという話は聞いていたが、あまり無理をしないで欲しかった。
青島には何を言う権利もないのだが、室井が倒れでもしないかと心配にもなる。
室井は苦笑すると、緩く首を振った。
「大丈夫だ。明日代休を取れたから、今日の分はちゃんと休む」
「あ、そうですか。なら、いいんですけどね…あんま、無理しないで」
頷いた室井に、青島はニコリと微笑む。
「いつものでいいです?」
「今日はカフェオレを貰おうかな」
「了解です」
あれから、室井はたまにカフェオレを注文してくれる。
気に入ってくれたらしい。
自宅でもたまに作るが、ここで飲むみたいな味にはどうしてもならないと笑っていた。
青島には室井がここを気に入ってくれていることが、凄く嬉しかった。
「私、恩田すみれと申します。青島君と、古い友人なんです」
会話が途切れると、すみれが自己紹介をした。
すみれが他の客に話しかけるのは珍しいことだった。
軽く面食らっている室井に、青島は慌てて二人を紹介する。
「あ、すいません。真下たちと一緒で大学時代からの友人のすみれさんです。こちらは、室井さん。うちの常連さん」
「室井です…宜しく」
また軽く頭を下げた室井に、すみれはニッコリと笑った。
「お名刺、くださる?」
「ちょっと、すみれさん?」
「いいじゃない、名刺くらい貰ったって」
「いきなり失礼でしょ、初対面なのに…」
「初対面じゃなかったら貰わないわよ」
「……」
それはそうだ。
親しい人から名刺を貰う機会は少ない。
だからといって、すみれの主張が正しいとも思えない。
すみれが室井から名刺を貰わないといけない理由が無いではないか。
室井に迷惑がかかるといけないと思い言い募ろうとした青島を、室井が制してくる。
「青島、いいから。名刺くらい」
苦笑して、懐に手を入れた。
名刺入れから名刺を取り出すと、すみれに一枚渡す。
すみれは礼を言いながら、それを両手で受け取った。
「君にも、一枚渡しておく」
室井はそう言って、青島にも名刺を差し出してくれる。
一瞬きょとんとしたが、慌てて手を伸ばした。
「あ、ありがとうございます」
「いや…」
名刺を見ると、当然だが室井の名前が書いてある。
名前の横には、良く見聞きする会社名が書かれてあった。
「エリート」
すみれがぽつりと呟いた。
「は?」
名刺から顔を上げて、思わずすみれを見る。
「エリートじゃないの、室井さん」
嬉しそうなすみれに、青島は呆れ、室井は目を剥いている。
青島は額を押さえた。
「すみれさん…」
「こんなエリートとお知り合いだなんて。青島君、何で私に言わないの」
「な、何で言わないといけないの。てか、だって、俺も今知ったんだよ、室井さんの勤め先…」
「お近付きになりましょう」
すみれがニッコリ笑って室井に言ったから、今度は青島が目を剥いて、室井が絶句した。
いや、先ほどから、室井はちっとも喋っていないのだが。
絶句している室井の代わりに、青島が慌てる。
「ちょっと!すみれさんっ」
「青島君だって、この会社知ってんでしょ?大企業も大企業、超エリートじゃないの」
「やめてよ、室井さんに失礼でしょ」
「褒めてるんじゃない、エリートだって」
「別に室井さんのいいところ、そんなところじゃないよっ」
言ってしまってから、青島はハッとする。
かなり的の外れたことを言ってしまった。
すみれはきょとんとしているし、室井は呆然としていると言っていい。
青島は軽く赤面した。
「……勤め先だけ褒められても、嬉しい人いないでしょ」
ぼそぼそと言い訳をすると、すみれは肩を竦めた。
「あら、別に私は初対面の室井さんの人格を否定したわけじゃないわよ」
「なら…いいけど」
「お近付きになって、できたらどなたか独身のいい男を紹介してもらえると嬉しいなぁと思っただけで」
「すみれさんっ」
それまでずっと黙っていた室井が、不意に呟いた。
「申し訳ないが」
不愉快に思ったのだろうと思い、青島は慌てて室井に頭を下げる。
「あ、すみません、室井さん、気にしないで…」
「そういうことは得意じゃないから、誰も紹介してあげられないと思うのだが」
すまないと真顔で謝られて、青島もすみれも目を丸くした。
やがてすみれが声を漏らして笑い出す。
「やっだもー、真面目な人ね、室井さん」
ケラケラと笑うすみれに、青島もつい笑みを零す。
「室井さんが謝る必要、どこにもないですよ」
「……そうか」
気まずそうに眉を寄せた室井に、すみれは尚も笑っていた。
どうやらすみれも室井が気に入ったらしい。
それからほどなくして、すみれ自身の名刺も室井に手渡して、先に帰っていった。


「すみませんでした…何か」
居た堪れなくなって頭を下げると、室井は苦笑して首を振った。
「いや、大丈夫だ。なんだ、その…面白い女性だな」
一倉に対する青島の感想と似ている気がして、青島は笑みを零した。
「ええ、凄く」
室井がすみれを嫌いにならなくて良かった。
そんなことが、何となく嬉しい。
自然と緩む表情のまま、青島はニコリと笑った。
「お代り、作りましょうか?」
そう尋ねたら、じっと見つめられて、思わずドキリとする。
室井の眼差しは力強いのに、時々凄く柔らかい。
その瞬間は嫌いじゃないが、あまり心臓には良くなかった。
「室井さん?」
そっと声を掛けると、室井は静かに言った。
「…嬉しかった」
「え?」
「君が言ってくれたこと…凄く嬉しかった」
一瞬なんのことか分からなかった。
少し考えて、恐らくすみれに言った台詞だろうと思い至る。
『別に室井さんのいいところ、そんなところじゃないよっ』
思い出すと、また照れ臭くなる。
青島も照れ臭いが、照れ臭かったのは室井も同じだったようで、目を伏せてしまった。
「お代り、もらえるか」
「あ、はい」
微妙な照れ隠しだったが、青島は素直に頷いて、二杯目のカフェオレを作り始めた。


すみれの「エリート好き」は言わば口癖で、本音であり本音じゃない。
分かっていたのに、室井をああいう風に言われることは我慢が出来なかった。
室井が「エリート」と呼ばれることも、すみれが室井に取り入ろうとするような発言をすることも、無性に気に入らなかった。
すみれが人の価値をエリートかどうかで決めるわけが無いし、すみれが本気で室井を狙っているわけでもないことは分かっていたのに。
―室井さんはうちの大事な客なんだから…大事に思って当然だよな?
―室井さんだから、特別ってわけじゃない。
そう思ってしまって、気が付く。
それでは室井が特別だと認めているようなものだ。
少し早くなった動悸に、青島は眉を寄せた。
「青島?」
動きを止めてしまった青島に、室井がそっと声をかけてくる。
青島は慌てて、笑みを作った。
「今すぐ、作りますから」
「急がないでいい……今日は閉店まで時間があるから」
小さく微笑んでくれる室井に曖昧に微笑みを返して、青島は目を反らした。


室井が自分にとってどんな存在か、急に考えたくなくなった。
室井はただの客だ。
頻繁に通ってくれる、マナーの良い客。
青島にとって有り難いお客様だ。
それだけの関係。
青島が望む、室井との関係はそれだけだった。
それだけの、はずだった。



誰かに執着するのが、怖い。
大事な人を失った時の喪失感は大きすぎる。
それが分かっているから、青島は特別な人を作るのが怖かった。
だからかもしれない。
室井のことを、真剣に考えようとしなかったのは。










NEXT

2005.10.10

あとがき


意地でも自覚しようとしない青島君(笑)
早く認めてあげないと、室井さんが可哀想です。

すみれさんと青島君の仲良さげなところを書くのが好きですv
ドラマでも見てて好きだなーと思います。
ああいうの、いいですよね(^^)

次からちょっとお話が展開します。
ようやく(笑)
切なくなっているのかどうか微妙ですが…;

全部で8話か9話になる予定です!



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