■ ここから(1)


「こんなもんだろう」
テントの設置を終えた青島は、手を軽く叩いて埃を払った。
テントの影から真下が顔を出す。
「結構な重労働なんですねぇ」
この男は社会人二年目にして初めてキャンプを経験するらしい。
お坊ちゃまなので、アウトドアに出かける機会が無かったのだ。
学生時代からアウトドアが大好きな青島とは大違いである。
「お前ね、テント張っただけで情けないこと言うなよ」
青島は呆れ気味に言いながら、クーラーボックスから二本の缶ビールを取り出し、真下に一本ほうってやった。
真昼間から飲酒をしていてもアウトドアの最中だと健康的に見えるから不思議である。
青島は缶を開けて口を付けた。
良く冷えたビールが喉を流れていくのが、はっきりと分かる。
ビールはこの一口が一番美味い。
ご満悦の青島につられるように、真下もビールを飲んだ。
丁度良いところに、すみれと雪乃が帰ってくる。
「あーっ、二人だけずるいー!」
「あ、本当だ、いいなぁ」
二人は炊事場で夕飯の準備をしていたのだ。
青島は苦笑しながら、二人の分のビールも出してやる。
「いっぱいあるんだから、怒らないでよ」
とても4人分とは思えない量の酒と食べ物を買って来ている。
大半を食すのは一番小柄なすみれだ。
男女4人でキャンプに来ているというのに、恋人同士の人はいない。
会社の先輩後輩という間柄で、休日にプライベートでキャンプに来るほどには、仲が良かった。
だが色っぽい関係では一つも無い。
ちなみに真下は雪乃が好きなのだが、今のところ相手にされていないようだった。
はぐらかされているらしい。
青島は何度か真下に相談を持ちかけられている。
ひっそりとお似合いなのになぁと思っているが、雪乃に知れたら怒られそうだから、とりあえず黙っていた。
「んーーーっ、美味いっ」
当然のようにビールを煽るすみれが唸るから、青島は笑った。
「すみれさん、おっさんくさいよ」
「失礼ねぇ…あ、青島君」
「んー?」
「お使い行ってきてくれない?」
青島は目を丸くした。
「買い忘れたもの、あったの?」
ここに来るまでの間に、買い物は済ませてきていたはずだった。
「チーズ」
「は?」
「ワイン買ったのに、チーズ忘れた」
まだアレ以上食い物がいるのかと思ったり、キャンプに来ているのにワインにチーズだとこだわらなくてもいいのにと思ったり。
だが、食べ物のことですみれにたてついて、勝てるわけがない。
青島は真下を振り返った。
「だってさ」
「ええ?僕ですかぁ?」
「真下君じゃ、ダメよ」
真下に押し付けようとしたのだが、すみれに拒否をされて顔を顰める。
ほっとしている真下の脇腹に軽く拳をいれた。
「なんで」
「真下君じゃ、スーパーまで歩かせたら、行き倒れて帰ってこれないわよ」
ここから買い物に行くとしたら、キャンプ場に来る途中にあったスーパーまで行かねばならず、長い坂道を下って30分くらいは歩かなければならない。
確かに真下なら、行き倒れるだろう。
「車で行けばいいでしょ」
「ダメですよ、二人とも飲んでるじゃないですか」
雪乃に言われて、言葉に詰まる。
確かに二人どころか、全員が飲酒している。
青島はすみれと雪乃を恨めしそうに見つめた。
「…なら、二人とも飲む前に言ってよ」
「あはははは、ごめんごめん」
ちっとも悪びれずに謝るすみれに、青島は溜息を吐いた。
「この炎天下の中、チーズのためだけに一時間も歩けって?」
無意味と知りつつ、食い下がってみたが。
「頑張ってね」
返事は変わらない。
青島は深い溜息を吐いた。


強い日差しの中、青島は坂道を下っていた。
行きはまだいい。
帰りはコレを登るのだ。
考えるだけで、ゾッとする。
青島は最早うんざりしながら、額の汗を拭った。
「あつ…」
―早く帰って、冷えたビールを飲みたい。
そう思いながら、足を動かす。
通り道にあった別荘地に通りかかって、青島はちょっと視線を動かした。
立派な別荘が何軒か並んでいる。
「はぁ〜…誰が買うんだろうね、こういうの」
別荘だろうから、年中暮らしているわけではないだろう。
なのに結構な豪邸ばかりだ。
田舎だから土地は安いだろうが、自宅の他に別荘を持てるだけでも充分だ。
少なくても青島の金銭感覚では不可能である。
「一泊くらい、させてくんないかな」
阿呆なことを呟きながら、別荘群を横目で見ながら坂道を下る。
―いや、今はそれよりビールだなぁ。
豪邸に一泊より、今すぐビールの方がいっそ魅力的に感じる。
スーパーについたら、まずはビールを買おうなどと思ってしまう。
「本当に暑いなぁ」
ぽつりと呟いて、キャンプは海でも良かったかなぁなどと思った。
その瞬間。
「!」
顔面に水が掛かって、青島は思わず目を閉じた。
一瞬雨かと思ったが、そんなわけがない。
目を開けた青島は、自分の身体を見下ろす。
どうやら頭から水を被ったらしく、シャツまでべちゃべちゃだ。
―いや…海にすれば良かったかもとは思ったけど…。
当然だが、水浴びをしたかったわけではない。
青島が呆然としていると、別荘の敷地から一人の男が飛び出してきた。
「す、すまないっ」
慌てている様から、その男が青島に水をかけたと推測できる。
男の背後に、芝生の上に投げ出されたホースが見える。
どうやら暑いからホースで芝生に水を蒔いていたようだ。
男は申し訳なさそうに呟いた。
「人がいると思わなくて…」
急なことで固まっていた青島だが、事情が分かると笑みを零した。
「あ、いいですよ、気にしないで」
元から懐は深い男だから、こんなことで目くじらを立てたりはしない。
片手で濡れた顔を拭うと、男がそっとハンカチを差し出してくる。
ちらりと男を見ると、少し眉を寄せていた。
―断るのも悪いかな。
青島は遠慮なくそのハンカチを拝借した。
「本当にすまない…シャツまで濡らしてしまったな」
「暑いし、すぐに乾きますよ」
そう言って、青島はニコッと笑った。
「いっそ、涼しくなって丁度良かったです」
男は目を丸くした。
じっと青島を見て、また眉を寄せる。
今度はグッと深くなってしまったから、変なヤツだと思われたかな?と思った。
青島は洗って返すわけにもいかないハンカチを相手に差し出した。
「あの、もう大丈夫ですから…」
「どこへ行くんだ?」
「え?」
「その格好で…大丈夫か?」
男に指摘されて、青島はもう一度自分の姿を見た。
確かにシャツはべちゃべちゃだし、髪も濡れて重く感じる。
いくらキャンプ場傍とはいえ、雨も降っていないのに、こんな格好でスーパーに行くのは多少抵抗を感じる。
しかし、チーズを買って帰らないわけにもいかない。
すみれに怒られる。
青島は苦笑した。
「すぐ乾きますよ」
繰り返すと、男が言い辛そうに言った。
「…良かったら、服を乾かしていかないか?」
「え?あ、いや、そこまでしてもらわなくても」
慌てて首を振る。
「乾燥機で乾かせばすぐに乾くだろうし、髪も乾かして行った方が良くないか」
それはそうかもしれないが、そこまで気を使ってもらうと青島の方が恐縮してしまう。
単に水を掛けられただけだというのに。
青島が躊躇っていると、男が少し目を伏せた。
「いや…無理にとは言わないが」
余計な申し出をしたと後悔しているのかもしれない。
その男のすまなそうな顔を見ていると、何故か青島の方が申し訳ない気分になってしまう。
逡巡したが、結局青島は頷いた。










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2005.11.26

あとがき


須藤様に捧げました。


小話掲示板で連載していたものを、再アップです。
こちらにアップしてある方が見やすいですからね。
捧げモノなので移動させました。

避暑地の恋です(笑)
まあ、そんな色っぽいモノじゃないですか〜。



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