■ 変わらないもの(2)


帰宅した室井は、リビングに一倉の姿を見付けて、少し眉を顰めた。
明らかに歓迎していない室井に腹を立てることもなく、一倉はソファーに座ったまま片手を挙げて挨拶を寄越した。
「よぉ」
「なんでいるんだ?」
「相変わらず、そっけないなぁ」
確かに、仮にも身内に対して冷たい態度ではあるが、相手が一倉でなければ室井だってもう少し穏やかだった。
つまり、一倉にも問題があるのだ。
「なんでいるんだ」
室井が仏頂面でもう一度尋ねると、一倉は自分の目の前の空いているソファーを掌で指した。
「とりあえず、座れよ」
ここは一倉の家ではなく室井の家だ、一倉に言われるまでも無い。
鞄を置きコートを脱いで、ソファーに腰を下ろす。
「…母さんと父さんは?」
ふと、両親の姿が見えないことに気付いた。
室井が出かける時には、休日のため両親が揃って自宅にいたはずだった。
第一、自宅に誰もいなければ、一倉が中に入れるはずもない。
「俺が来たら、丁度買い物に行くとこだったみたいで、留守番を頼まれてね」
一倉と入れ違えて出て行ったらしい。
留守番を任されていたのなら、冷たい態度は少し酷かったかもしれない。
だからといって、室井の態度が柔らかくなるわけではないが。
「それで、なにしに来たんだ」
再三尋ねると、一倉が呆れた顔をした。
「お前ね、親戚が遊びに来るのが、そんなに不思議なことか?」
「滅多に来もしないくせに」
「おう、じゃあ、頻繁に通おうか」
「止めてくれ、頼むから」
学校以外の場所でまで、一倉と頻繁に顔を合わせたくはない。
一倉は苦笑すると、煙草に火を付けた。
「別に特別な用事はないよ」
なら帰れと思ったが、口に出す前に一倉が続けた。
「受験もうすぐだろ?順調かなーと思ってね」
「まさか、様子を見に来たのか?」
「まさかって言い草はどうかと思うぞ?」
室井が変な顔をすると、一倉が溜め息と一緒に煙を吐いた。
「俺だって、おいっこの受験くらいは気になるさ。一応学校のセンセイでもあるしな」
特に茶化したふうもなく、一倉は本当に室井の様子を見に来ただけらしい。
最近では保健室に顔を出すことも滅多になく、そういえば一倉とまともに顔を合わせるのは久しぶりだった。
保健室で一倉と無駄話しをする時間があるなら、会いたい人が他にいた。
それは事実だが、一倉のこの気遣いまで、無碍にすることもない。
室井は素直に頷いておいた。
「大丈夫だ」
「ま、だろうとは思ったけどな」
そっけない室井の返事にもめげずに、一倉はニヤリと笑った。
「青島とデートでもして不抜けてんじゃないかと思ったんだがな」
室井は眉間に皺を寄せた。
一倉の気遣いに、一瞬でも、ほんの少しでも、感謝してしまった自分が腹立たしい。
心配も嘘ではないのかもしれないが、結局は青島とのことをからかわれるはめになるらしい。
「今日も会ってたんじゃないのか?」
不在だった室井のことを指して言っているようだが、それなら的外れである。
「買い物に行っていただけだ」
本当だった。
ここしばらく、休日に青島と顔を合わせていない。
「なんだ、本当に真面目に受験生してんだな」
どこか面白くなさそうな口調に、室井は呆れ顔になる。
これでも一応、養護教員とはいえ高校の教師なのだから嫌になる。
「受験生なんだから、当たり前だろ」
「まぁ、お前らしいといえばお前らしいが」
生真面目な室井だから、受験が終わるまで青島と―恋人と距離をおくのも理解できると言われて、室井は眉を顰めた。
別に室井が進んでそうしたわけではなかった。
「青島が遠慮して、あまり俺と会おうとしない」
ぼそりと呟いたら、一倉が少し驚いた顔をした。
「受験終わるまで会わない、てか?」
「帰りだけは、一緒に帰ってるが」
一倉は「ふーん」と頷きながら、顎をなぜた。
「…でも、意外だな」
「何が」
「お前がそれを承諾してることだよ」
一倉は室井が青島に心底惚れていることを知っている。
少しの間とはいえ、青島と距離を取っていることが意外だったらしい。
「今は仕方ない」
本音を言えば、室井だって離れていたくない。
出来るだけ一緒にいたい。
だが、今が大事な時期であることも自覚している。
今、室井がやらなければならないことは、志望校に合格するために精一杯努力することだ。
応援してくれている青島のためにも。
「そんなに我慢しなくてもいいと思うけどな」
一倉が苦笑した。
「お前なら、大丈夫だと思うが?」
青島にうつつを抜かして不抜けているんじゃないかと疑っていた男の言葉とは思えないが、一倉なりに室井のことを信用してくれているらしい。
室井自身、青島に夢中になったせいで勉強をおろそかにするようなことはないだろうとは思っている。
青島のことは、自分でもちょっと信じられないくらいに好きだ。
青島に出会って、自分にも誰かを想うことで一喜一憂するような恋愛感情を持てるのだと知ったくらいである。
だが、青島を好きだからといって、それで自分を見失うような男にはなりたくない。
そんな男を青島が好いてくれるとも思えない。
だから、絶対にそんなことにはならない自信があった。
ただ、万が一、という可能性は何事にもある。
「もし、万が一、俺が受験に失敗するようなことがあれば、青島が気にする」
望むままに青島と変わらずに一緒にいて受験に失敗するようなことでもあれば、それが例え室井の力不足であっても、きっと青島は気にする。
自信がないわけではない。
絶対に合格してみせる、とはずっと思っている。
だが、青島の心に負担をかけるようなことは、室井もしたくなかった。
「お前ら、薄気味悪いほど、両思いだよな」
感心半分呆れ半分に半笑いになった一倉を、室井は眉間に皺を寄せながら睨んだ。
「薄気味悪いは余計だ」
「はいはい、仲がよろしくて何よりだ」
「そろそろ帰れ、勉強の邪魔だ」
「青島の半分でいいから、俺にも気を遣ってみないか?」
半眼で言いながらも、一倉は腰を上げた。
受験生の時間をいつまでも無駄にさせる気はないらしい。
「まあ、顔を見た分には大丈夫そうだ」
室井が受験でまいっているようには見えずに、安心したのだろう。
「頑張れよ」
一倉にしては殊勝な応援に面を食らいつつ、室井も素直に頷いておいた。
じゃあなと言って出て行きかけて、一倉が振り返る。
浮かんでいた底意地の悪そうな笑顔に、室井の頬が強張る。
「お前が卒業したら、青島のことは俺に任せろ」
目を剥いた室井を置き去りに、
「安心して卒業しろ」
そう言って、一倉はさっさと部屋を出て行った。


自室のドアを、いらだった気持ちのまま、少し乱暴に閉める。
任せろとは何事かと思う。
青島のことで一倉に任せることなど、一つもない。
からかわれているだけとは分かっていても、腹が立つ。
室井が卒業したって、青島は室井の恋人だ。
「…卒業か」
室井は溜息混じりに、呟いた。
自分の受験のことを考えるよりも、そちらの方が今の室井には気が重かった。
受験はとにかく勉強すればいいからやることがあるが、卒業ばかりはどうしようもなくなす術が無い。
当たり前だが普通に考えて避けようがないのだ。
後数ヶ月で、室井は卒業する。
青島を残して、卒業する。
仕方のないことだが、それを考えると少し憂鬱になった。
もう一緒に下校することは叶わなくなるし、校内で青島の姿を見かけることもなくなるのだ。
もちろん学校が違っても青島への思いは変わらないし、青島もそうであると信じている。
だけど、物理的に距離が開くことは確実で、それが寂しく思えた。


室井は鞄からキレイにラッピングされた箱を取り出し、机の上に置いた。
買い物に出かけていたのは、これを買うためだった。
青島に渡せば、「こんな時期にいいのに」と言われるかもしれないが、どうしても何か渡したかった。
明日は12月13日。
付き合いだして初めての、青島の誕生日だった。










NEXT

2008.3.29

あとがき


室井さんの気持ちを書くために一倉さんにも登場して頂きましたが…。
室井さんにはいい迷惑だったみたいです。
ごめんね、室井さん(笑)

まあ、あれです。
一倉さんじゃないですが、薄気味悪いほど両思いです(笑)
いいじゃないですかね、幸せでっ(開き直るな)

室井さんのことだから、全てが恋愛に左右されるなんてことはない気がするので、
ちゃんと受験勉強できそうな気がします。
でも、念には念を、ということで。
青島君を思うからこそ、我慢もしたりして。
青島君も我慢してますしねっ。
薄ら寒いほど両思いですからねっ(もういいって)


template : A Moveable Feast