文化祭当日。
室井は朝から忙しかった。
朝一で体育館に全校生徒を集めて開会式を行ったが、この仕切りは生徒会の仕事だ。
その後もイベントの進行をしなければならないし、自分のクラスの模擬店にも顔をださなければならない。
クラスの女子に少しでもいいから来いと頼まれているのだ。
クラスの一員として手伝うことは当然なのでなるべく顔を出そうと思っていた室井は、彼女たちの目論みに気付いていなかった。
室井のクラスは喫茶店をやることになっているのだが、そこで室井にウェイターをさせたかったのである。
生徒会長の室井は校内ではすこぶる知名度が高いし、見目も悪くない。
ウェイター服姿は案外似合うだろうと女子たちは踏んでいたのだ。
つまりが客寄せパンダだ。
室井は当然それに気付いていない。
時間を作って自主的にパンダになりに行こうと思っていた。
その前に、 室井にはしたいことがあった。
本部になっている生徒会室でプログラム表と時計を見比べる。
もうじき、青島のクラスの劇が始まる時間だった。
室井は決して青島の女装が見たいわけではない。
青島はそのままでいいのだ。
そのままの青島が笑っていてくれたら、室井は幸せなのである。
だが、自分の知らない青島がいるというのも面白くない。
本人は「女装だし、みっともないから見に来なくてもいい」とは言うが、曲りなりにも青島は主役である。
折角の晴れ姿なのだから、一目見たいとも思った。
恋人なのか保護者なのかすっかり分からない室井だが、青島を深く思っていることだけは確かだった。
「室井さん、休憩なさってはいかがですか?」
生徒会室に戻ってきた沖田が、そう声をかけてくれる。
彼女は新城と一緒に体育館で進行に当たっていた。
「もうじき、青島君のクラスの番ですよ」
微笑とともに言われて、室井は頬を強張らせた。
どこまで知っているのかは分からないが、沖田も室井と青島が仲が良いことは知っている。
青島が生徒会室に良く遊びにくるからだ。
「見に行ってあげたらいかがですか?」
それは有り難い申し出だった。
「…いいのか?」
「もちろん」
沖田の厚意に甘えてしまって良いものか少し悩んだが、答えなど決まっている。
礼を言った室井に、沖田は微笑を崩さずに言った。
「彼のクラスの劇は人気がありそうですね」
女装シンデレラは人気があるのだろうか?と首を捻った室井だったが、沖田が言いたいのはそういう意味ではなかった。
「青島君もミスターの候補の一人ですので」
「…そうなのか?」
「カッコイイですから、青島君」
さらりと言われて、思わず眉間に皺がよる。
青島を誉められることはやはり嬉しい。
青島がカッコ良くて可愛いことは室井が一番良く分かっているが、他人にもそう思われているのかと思うと、少し落ち着かない。
恋する男の胸中は複雑だった。
そんなことを知ってか知らずか、沖田はニコリと笑った。
「室井さんも候補でしょうけどね」
「俺が?」
目を丸くした室井に、沖田は小さく頷いてみせる。
少し考えて、室井は納得した。
―沖田君の社交辞令だな。
青島を誉められた時には疑いもしなかったくせに、自分の名が出た途端そう思う辺り、謙虚というべきか、青島バカというべきか。
どちらにせよ、沖田の社交辞令と思い込むことで、室井はすっかり平常心に戻った。
「後を頼む」
本部を沖田に預けて、室井は体育館に向かった。
青島たちの宣伝効果があったのか、はたまた沖田の予想通りなのか。
彼らの劇の開演を前にして、体育館はそこそこ混み合っていた。
室井は体育館の中程の端っこで比較的空いている席に腰を下ろした。
近くで見たいという気持ちもあったが、前の方の席はもう大分埋まっていたし、近すぎればさすがに青島もやりづらいと思い、少し離れた席を取った。
青島は「みっともない」などと言ってたが、そんなことはないことを室井は既に知っている。
先日シンデレラの衣装を着て、けしからんことにやじに応えて太股を剥き出しにしながら廊下を歩いているところを目撃したからだ。
怒りが勝って何も言えなかったが、可愛いとは思った。
女装が似合うというほど女顔ではないが、長い髪で輪郭を、ドレスで体の線を隠し、後は黙ってさえいれば、ちゃんとシンデレラだった。
室井に女装を見られて気まずそうに困った顔をしてうつ向く姿があんまり可愛いから、思わず頬にキスしてしまったくらいだ。
女装が良いわけじゃない。
くどいが、そのままの青島が好きだ。
だけど、知らない顔や知らない姿を知ることには、喜びを感じる。
だから、青島が演じるシンデレラも、ちゃんと見ておきたかった。
自分が知らない青島を誰かが見ているなんて、嫌だった。
青島が絡むと、室井はどうも狭量になるらしい。
不特定多数の人間に嫉妬するなどばかげていることだと分かってはいるが、面白くないものは面白くないのだ。
―自覚のない青島も悪いんだ。
青島に濡衣を着せて、室井が一人心の中で開き直っていると、上演開始のアナウンスが入った。
舞台の幕が開く。
そこにあった灰被り姫の姿に、声援とやじが飛ぶ。
普通の劇ならやり辛いかもしれないが、話を女装シンデレラに合わせてコメディ調にアレンジしてあるらしいので、それくらいで丁度良いのだろう。
シンデレラが魔法使いに魔法をかけてもらう前のシーンだから、衣装が前回のドレスと違う。
ご丁寧にかつらも変えていた。
床を磨いていた青島、シンデレラが顔を上げる。
少し視線がさ迷い、何故か室井のところでピタリと止まる。
たまたまではなくて、室井を探していたように見えた。
軽く目を見張った室井に照れくさそうに笑った。
笑ったまま、シンデレラは「かったるい」と言って雑巾を投げ出した。
どうやら怠惰なシンデレラらしい。
室井はひっそりと微笑んだ。
芝居に入る前に、ほんの一瞬だけ、青島は室井を探し、室井に笑みを溢した。
一瞬だけ、確実に室井だけに笑ったのだ。
来なくていいと言いつつ、来ることを望んでいたのかもしれない。
室井の姿を見付けて、喜んだのかもしれない。
そう考えるだけで、室井は嬉しかった。
舞台の上で、青島は精一杯コミカルなシンデレラを演じている。
室井は それを最後まで見つめていた。
***
それなりに盛大な拍手を聞きながら舞台袖に下がると、青島は深い息を吐いてかつらを外した。
多少の恥はかいたかもしれないが、舞台は盛り上がったと言っていい。
青島は調子に乗りやすいので、盛り上がってくるとどんどん楽しくなってくる。
嫌がっていたわりにはノリノリでテンションの高いシンデレラを演じきった。
「お疲れ様」
裏方にいたすみれが声をかけてくる。
「も〜疲れたよ〜」
青島が素直に溢すと、すみれは苦笑した。
「まぁまぁ、青島君よりぐったりしてる人がいるんだから」
すみれが指を指した先には、燃え尽きた草壁がいた。
パイプ椅子に腰をかけ、呆然としている。
青島は思わず笑みを溢した。
草壁はかなり無口な王子の役だった。
最初の台本ではもう少し台詞があったのだが、草壁が上手く喋れなかったので、更に省いたのだ。
覚えが悪いのではない。
台詞は完璧に頭に入っているのだが、いざ演技するとなると言葉が出てこないのである。
そして、つい先ほどの本番では、緊張のあまり片言しか喋れなくなってしまい、結局青島が一人でベラベラ喋ってフォローをするような場面もあった。
青島のアドリブで王子さまは外国人になってしまったが、それもウケたので結果オーライである。
「大丈夫?草壁さん」
近付いて行って顔を覗き込むと、草壁は青島を見て顔を顰めた。
そして、ボソボソと呟く。
「…すまん」
台詞が出てこなかったことを気にやんでいるらしい。
こういうことが苦手なのを承知の上で、草壁に役を押し付けたのは青島たちだ。
誰も気になどしていない。
するくらいなら草壁に王子役など押し付けない。
生真面目な草壁がおかしくて、青島は笑った。
「気にしない気にしない、かえって面白かったよ」
「……それも複雑だ」
本当に複雑そうな顔をするから、すみれまで吹き出した。
「二人ともお疲れ様〜後はのんびり文化祭楽しんでね」
劇が終わってしまえば、青島たちにすることは何もない。
―後で室井さんのところに行ってみようかなぁ。
ぼんやりと思った。
室井はやっぱり見に来てくれていた。
ついうっかり舞台上から探してしまったが、姿をちゃんと見つけた。
来なくていいとは言っておいたが、室井なら来てくれるような気もしていたのだ。
女装姿はあまり見て欲しくなかったが、見に来てもらったらやっぱり嬉しい。
後で会ったら何か言われるかなと思うと、少し照れくさかった。
何はともあれ、青島の仕事はこれで終りだ。
「これでやっと自由の身だ!」
早くフワフワした衣装が脱ぎたくて仕方がない。
「もう着替えちゃうの?」
「当たり前でしょ」
「その格好、評判いいのに」
残念そうなすみれに、青島は眉を寄せた。
そんなことを言われても、ちっとも嬉しくない。
『笑える』という意味では評判もいいかもしれないが、好奇の目でみられ続けるのでは堪らない。
「冗談じゃないよ」
「ミスコン、狙えるかもよ?」
それこそ冗談ではない。
からかうような眼差しのすみれを睨む。
「どうせなら、ミスターがいい」
「図々しい」
ピシャリと言われて、青島は溜め息をついた。
―女装でミスコンの方が図々しいと思うけど。
劇の後、面白がって、青島に票を入れた人間が山ほどいたことを、青島はまだ知らない。
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