■ merrymaking(3)


「ミスター&ミスコンテスト?」
「今年の生徒会の企画はそれに決まったらしいよ」
「へぇ…意外ね、あの室井さんが」
「室井さんの案じゃないけどね」
「ま、それもそうか。室井さんがやりたがるような企画じゃないもんね」
「室井さんの頭だったら、どこをどう捻ってもそんな企画浮かばないよ」
「なんでもいいけど、青島君」
「ん?」
「そろそろ行くわよ?」


すみれに促された青島は一度すみれを見て、自分の体を見下ろし、またすみれを見る。
「どうしてもやらなきゃダメ?」
うなだれた尻尾と耳が見えるが、そんなものが絶大な威力を発揮するのは、相手が室井の時くらいである。
すみれは当然とばかりに頷いた。
「主役がやらないで、誰がやるのよ」
「でもさー」
青島はもう一度自分の体を見下ろした。
ひらひらのふりふりのきらきら。
自分が身に纏った衣装を表現すると、青島にはその言葉しか出てこない。
青島が今着ているのは、クラスメイトの女子たちの力作、シンデレラのドレスだった。
器用なものだと感心はするし、他人事だったら褒めてあげたい出来栄えだったが、着るのは青島自身だ。
有り難くもなんともない。
青島は金髪のかつらを指先でいじくりながら、情けない顔をした。
「この格好で校内を練り歩くのはちょっと」
ちょっとどころか、かなり抵抗がある。
目立つことは嫌いなタイプではないが、女装して楽しめるほど奇特でもない。
「しようがないじゃない。劇の宣伝するなら、主役がした方が分かりやすいでしょ?」
出し物をやるクラスは、学園祭の一週間前から各自で宣伝して良いことになっている。
生徒の出し物の観覧は強制ではないので、宣伝の効果はないこともない。
宣伝を見て興味を持ってもらえたら、劇を見に来てもらえるかもしれないからだ。
しかし、青島の胸中は複雑である。
折角やるのだから盛り上げたいという気持ちはあるが、そこまでして女装姿を晒したいわけでももちろん無い。
だが、青島の葛藤など、すみれには関係のないことだった。
「ほら、いつまでも駄々をこねてないで、行くわよ」
「駄々をこねてるわけじゃ」
「やるって決めたんだから、諦めなさいよ。男でしょ?」
男だからこそ躊躇っているのだが、これ以上は時間の無駄だと青島も悟った。
やらなきゃいつまでも終わらないのだ。
いつまでもドレスが脱げない。
青島は一つ溜め息をついた。
「ハイハイ、分かりましたよ」
「返事は一回」
「…さっさと、済まそう」


笑い声とヤジとからかいまじりの応援が飛び交う中、青島は廊下を歩く。
隣には宣伝用のプラカードを手にした草壁が、怖い顔をしながら歩いている。
仏頂面が地顔な、青島のクラスメイトだ。
あまり気安く話すタイプではないが、青島とは仲が良い。
本当は草壁は青島が少しだけ苦手なのだが、青島はそれを全く気にしていない。
「草壁さん、少し笑ったら?」
後ろをついてくるすみれが苦笑気味に突っ込む。
ちなみに、何故『さん』付けかというと、草壁は「草壁さん」というあだ名なのだ。
面構えが怖くて年上に見えるからだ。
「だ、だから、俺はこういうことは苦手だと…」
草壁の語尾がぼそぼそと小さくなる。
プラカードを持って校内を練り歩くなど、草壁が進んでやりたがるわけがない。
何故草壁がこんなことをしているかというと、王子役が草壁になったからだ。
男女逆転のシンデレラの予定だったのだが、王子役だった女の子が「青島君の隣に立つなら、背が高い草壁さんの方が似合う」と言い出し、クラスメートが「言われてみれば」とあっさり納得したからだ。
もちろん草壁は全力で嫌がったが、そこを青島がお願いして引き受けてもらったのだ。
嫌々、渋々、仕方なく引き受けてもらったので、今も不服顔だ。
「いいじゃないの、それくらい」
「目立つことは、好きじゃないっ」
「女装させられてる男もいるんだよ?それくらい我慢してくれても良いんじゃない?」
お願いしたわりにふてぶてしい青島だったが、それでも青島を不敏には思ってくれているのか、草壁はむうっと顔を顰めたまま押し黙った。
すみれだけが楽しそうに笑う。
「大柄なシンデレラと、人相の悪い王子様ね」
「楽しそうだねすみれさん」
さすがに青島も仏頂面になるが、そこにヤジが飛んだ。
「笑ってよ、シンデレラ」
隣のクラスの男子だった。
体育の授業で一緒になるから、青島とは面識がある。
そのせいか、気安い声をかけてくる。
青島がやけっぱちに微笑んだ。
「高いわよ〜」
ご丁寧に裏声でオホホと高笑いしてやると、また笑いがおこる。
「キャラ変わってるよ、シンデレラ」
「継母にいじめられて性格が悪くなったんですのー」
「王子、怖いって!」
「顔は怖いけど心は優しいの、ね、ダーリン」
更に顔を強張らせた草壁に、また笑いがおこる。
こうなると元々お祭り好きな青島だ。
ノリノリである。
「うちの劇見に来ないと、後ろの悪い魔女に呪いをかけられるわよー」
後ろはもちろんすみれで、青島の背中に拳が入った。
「見に行ってやるから、なんかサービスしろよ」
「しょうがないわねぇ」
青島がしなを作ってスカートの裾を持ち上げた。
膝の上まで持ち上げて、生足を晒す。
「続きが見たかったら、劇を見に来てね」
ウィンクさえして見せた青島に、大きな笑いが起こる。
「どんなシンデレラだよ、それ」
「いかがわしいぞ、シンデレラー」
「トランクス見えてるぞ」
「脛毛剃ったらー?」
―ウケてるウケてる。
してやったりと内心ホクホクの青島だったが、廊下の先で固まっている男を見て青島も固まってしまった。
作っていた表情をなくし、掴んだスカートを下ろすことも忘れ佇んでいると、眉間に深い皺を寄せた室井がズカズカと歩いてくる。
生徒会長が怖い顔で現れたから、周囲も静かになった。
「む、室井さ…」
「ちょっと来い」
スカートを掴んでいた青島の手を引ったくるように掴んで、室井は歩き出した。
焦って、すみれと草壁を振り返る。
草壁は困った顔をしつつ、室井を引きとめようとしてくれたのか、片手が宙に浮いたままだった。
すみれにいたっては、笑顔で見送ってくれるだけである。
―薄情モノー!
胸中で叫ぶ。
大好きな室井だが、怒っている室井は青島だって怖かった。


室井に連れて行かれたのは生徒会室だった。
部屋の中は誰もいなくて幸いだったが、室井はそれを知っていてここに連れて来たようだ。
生徒会室のドアを閉めると、室井はようやく振り返る。
怖い顔で睨んでくるから、青島は引き攣った。
「む、室井さん…あのぉ」
「何を考えてるんだお前はっ」
おっかなびっくり声をかけた青島だったが、室井の一睨みに思わず口を閉ざし、唇を尖らせる。
青島だって好きで女装しているわけじゃないし、恥を晒して歩いているわけでもない。
大体、クラスの出し物で女装することは室井にも言ってあった。
今更怒られても、青島も困る。
「仕方ないでしょ。クラスの出し物なんだし」
「…そういうことじゃない」
「主役なんだから、宣伝にくらい協力しないといけないし」
「だから、そうじゃないっ」
また怒鳴られて、青島はビクリと肩を竦めた。
注意をされることはあっても、こんなに怒らせたことはない。
それだけ不愉快だったのかといくらか不安になり、目で室井の様子を窺うと、室井は険しい表情を尚更険しくした。
「…女装がダメだと言ってるわけじゃない」
「え?」
じゃあ何がと問う前に、室井が言い辛そうにつぶやいた。
「足を」
「へ?」
「足を出して歩くことはないだろうっ」
目を丸くして、青島は瞬きを繰り返す。
「ト、トランクスまで見えてたんだぞ」
怖い顔のまま赤面しつつ、ぼそぼそと呟く。
室井が怒った理由が、青島にもなんとなく伝わった。
室井は青島の女装に怒っているのではなく、足を出して歩いていたことに怒っているらしい。
青島は思わず唖然としてしまう。
女の子じゃあるまいし、そんなことで怒られるとは思いもしなかったが、とりあえず突っ込んでみる。
「足くらい、体育でいくらでも出しますけど」
夏場は体育の授業で短パンになる。
言ってしまえば、見た目はトランクスで歩いているのと大差はない。
それを思えば、今更足の一本や二本くらいなんだと言うのか。
青島はそう思ったのだが、室井は納得してくれなかった。
「見えているのと、見せているのとじゃ、違うだろ」
「ええ?結果は一緒じゃないっすか」
「そういう問題じゃないんだ」
またピシャリと言われて、青島は口をつぐむ。
「…それに、体育じゃ、そんな格好しないだろ」
室井にまじまじと見つめられて、青島は頬を強張らせた。
そういえば、青島はシンデレラの衣装のままだったのだ。
室井の突然の登場とあまりの剣幕にすっかり頭から抜けていた。
思い出したら、今更ながら恥ずかしくなってくる。
かつらを引っ張って外して、手に持つ。
「ま、こんな格好で運動はできませんからね」
なんとなく笑ってごまかしてみるが、室井はじっと見つめるだけで笑ってはくれない。
「……」
「……」
「…室井さん」
「なんだ」
「視線が痛い、です」
耐えかねて青島から先に視線を逸らし、気まずさに俯いた。
不意に顔に影ができると、頬に小さな温もりを感じる。
一瞬遅れて、青島は弾かれたように顔を上げた。
すぐ近くに室井の顔があって、青島の頬が熱くなる。
こういう接触の後には大抵照れくさそうな顔をする室井だったが、今は怖いくらい真顔だった。
「室井さん…?」
「足は出さないこと」
「は、はい?」
「約束してくれ」
室井に真顔で迫られたら、ノーとは言い辛い。
頷くまでこの部屋から出してもらえないんじゃないかと疑いたくなるほど、室井は真剣だった。
たかが足くらいで何をそこまでと思うが、青島も別に足を出して歩きたいわけではない。
室井が何をそんなに心配しているのか青島には良く分からなかったが、ここは自分が折れるべきだろうと本能的に納得した。
「この格好で足は出しません」
「絶対だぞ」
「分かりましたよ」
「約束だからな」
「わかったってばっ」
まだジッと見つめてくる室井に、青島は半眼になる。
「くどいよ、室井さん」
ようやく納得したのかホッとしたのか、室井の眉間の皺が消えて、青島もホッとした。


―俺の足が一体なんだって言うんだろう?
それを室井が明確に説明できる日はきっとこないので、青島のその疑問は一生解けない。









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2007.2.1

あとがき


勢いばかりのお話で申し訳ないです;
とりあえず、謝罪を二点(^^;

まず、男女逆転シンデレラのはずが、青島君が女装するだけのシンデレラになってしまいました。
これは、私が草壁さんを出したくなったからです;
なんでか、草壁さん、好きなんですよね。
草青も好きなのですが、もしかしたらそれよりもお友達な二人の方が好きなのかもしれません。
草壁王子、すこぶる似合いませんが、
草壁さんは青島君の頼みをなんだかんだで断れないといいなぁと思います(笑)

それから、文化祭のクラス発表って、きっと強制参加でしたよね;
書いた後に思い出したのですが、
部活や個人のバンド発表とかは自由参加でしたが、
クラス発表は全員体育館に集まって見ていたような…
学校によって違ったりするのかもしれませんが〜
おかしなところがありましたら、申し訳ありません。
この学校が特殊なんだ、と思って頂けると嬉しいです。
ほら、神田校長だし(笑)

足くらいなんだと思いますが、青島君の足なら見たいと思うので、
室井さんの気持ちも分からなくないような…気がしなくも無いですよね(^^;



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