■ merrymaking(2)


「シンデレラ?」
室井の眉間に皺が寄るのを見て、「ああ、やっぱり」と青島は思った。
放課後の生徒会室。
一人黙々と仕事をしている室井のところに、青島は顔を出していた。
風邪が治ったことを喜んでくれた室井だったが、青島が文化祭の話を始めたらそんな表情はすぐに消えてしまった。
「誰がだ」
きっちり言ったつもりなのだが、聞き返してくる。
室井は信じたくなかったのかもしれないが、青島も何度も言いたくはなかった。
いくらかやけっぱちになりながら繰り返す。
「俺が、女装して、シンデレラやるらしいですよ」
室井の怖い顔が益々怖くなる。
「なんで男がシンデレラをやるんだ」
「そんなの俺が知りたいです」
「しかも、なんで君が」
「だから、そんなの俺が知りたいんだってば」
埒の明かない問答だが、理由を知りたいのは青島の方であった。
強いて探せば、面白そうだからという理由くらいしか見当たらない。
青島も他人事なら、それで納得していただろう。
当事者としては、堪らないが。
「断れないのか?」
「断らせてくれるくらいなら、俺が休んでる間に決めたりしないと思いますよ」
「……」
青島のことだというのに、まるで室井が女装しろと言われたのかと思うくらい、渋面になってしまう。
すっかり室井の眉間の皺には馴染んでしまい、そこにすら愛着を感じるが、室井が苦悩すること自体を喜んでいるわけではない。
「ま、仕方ないから、やるからには一生懸命やりますよ」
青島は気軽に言ったが、室井の表情は晴れない。
「君はそれで良いのか」
室井が自分のこと心配をしてくれているのが嬉しくて、照れ笑いを浮かべる。
「別にいじめられてるわけじゃないですから」
嫌な役を押し付けられて困っているのではないかと、心配されているのだと思ったのだ。
「心配してくれてありがとうございます」
ニコリと笑うと、室井が少し視線を泳がせた。
「そうじゃなくて」
「え?」
「…俺が嫌だっただけだ」
酷く気まずそうに言う。
「君がそんな姿になるのが、嫌だっただけだ」
その一言に、青島は戸惑った。
室井は真面目な男だから、出し物だろうが洒落だろうが、男の青島が女装するなんて不愉快なのかもしれない。
青島はそういうことも冗談で済ませられる人間だが、室井は青島とは違う。
これが他の誰かなら、青島も「そういう人もいるだろう」と思っただけだった。
だが、相手が室井なのでそうはいかない。
自由奔放と思われがちな青島だって、好きな人に不快に思われて平気なわけではなかった。
「や、見に来いとは、言いませんから…」
青島が困った顔で言うと、室井も困った顔になる。
「俺が見に行ったら困るのか?」
「いや、だって、見たくないんでしょ?」
「君が主役なんだろ?なら、見たい」
「え?でも、女装ですよ?」
また室井の表情が曇った。
無理をしなくてもいいと言おうとしたが、先に室井が口を開いた。
「君の女装が見たくないわけじゃない」
言ってから、すぐに変な顔をした。
自分で言った言葉の不自然さに驚いたらしい。
青島だって驚いた。
「いや、そうじゃなくて、見たいわけでもして欲しいわけでもなくて、俺はそのままの君が良いんだが、」
焦って訂正する室井の言葉に、青島は赤面する。
誤解を解くのに必死になるあまり、ただでさえ口下手な室井だから余計に言葉を上手く選べなかったらしい。
訂正というよりは、ストレートな愛の言葉である。
青島は嬉しいが居た堪れない。
「あ、はい、そうですか、ありがとうございます」
それ以上言われる前に、室井の言葉を遮った。
「嬉しい、です」
それは本当のことだった。
そのままがいいなんて言われたら、誰だって嬉しいに決まっている。
赤面したままの青島に、室井も大胆な言葉を言ったことに気付いたのか、うっすら赤面した。
「つ、つまり、そういう姿を他人に見せたくないというか、いや、だからって俺の前だけでして欲しいとか思っているわけではなくて、あまり人目をひいて欲しくないというか」
珍しくも、室井がしどろもどろしている。
言われている内容はやっぱり恥ずかしいが、室井でもこんなことがあるのかと、やや場違いではあるが感動する。
自分のことで動揺する室井は、室井には申し訳ないが可愛く見えた。
「…聞いてるのか?青島」
じとっと睨まれて、半ば上の空だった青島は慌てて頷く。
「聞いてます聞いてます、聞いてますけどー…」
青島ははにかむように笑った。
「室井さん、心配しすぎ」
そんなにモテませんから心配いりませんよ〜と朗らかに言ったが、室井は難しい顔のままである。
心配性だなぁなどと青島がのん気に思っているからこそ室井が心配しているのだが、人のことには聡いが自分のことにはとんと疎い青島がそれに気付くわけがない。
「せいぜい男らしくシンデレラを演じきってみせますよ!」
良く分からない方向に張り切って胸を張ったら、室井も諦めたのか苦笑を浮かべた。
「…君なら器用にやりそうだ」
「室井さんは?室井さんのクラスは何するんですか?」
「うちは喫茶店らしい。どっちみち俺はあまり参加できないが」
室井には生徒会の仕事があるから、あまりクラスの行事には参加できないのだろう。
「そういえば、生徒会主催の企画って何やるんですか?」
青島は足を広げて座り、椅子に手をついて身を乗り出した。
毎年生徒会主催で企画をやる習慣があると、青島は聞いていた。
ちなみに去年はクイズ大会で、一昨年はカラオケ大会だったらしい。
「沖田君や新城たちが企画を立てているはずだが…」
まだ決まってはいないようだ。
「なんか、あの二人なら、すっごい堅そうな企画になりそうっすね」
無表情で「詩の朗読会が良いと思う」と主張する新城が、何故か頭に浮かんだ。
詩になんぞ興味は無いだろうが、学生らしいという理由だけでそういう選択をしそうなイメージがあった。
新城と同じく二年生で生徒会役員の沖田とは挨拶くらいしかしたことがないので、どんな人物なのか青島は良く知らない。
青島の中で沖田は美人でちょっと恐い先輩というイメージしかなかった。
きっとそれほど間違えたイメージではないだろう。
「新城だけならそうなるかもしれないが、沖田君がいるから大丈夫だろう」
「そうなんですか?」
「彼女は華やかなことは好きなんだ、と思う」
「あー、まー、見た感じも華やかですもんね、沖田さん」
美人だからということもあるが、沖田は雰囲気そのものが華やかでもあった。
彼女なら、そんなに地味な催し物は考えないかもしれない。
そうなると、新城とぶつかりはしないのだろうか。
「……てか、新城さんと合うんですか?」
あの二人が話し合ってちゃんと話がまとまるのだろうかと、いささか失礼なことを考えた青島に、室井は苦笑した。
「あれで、意外と合うと思うんだが」
「そうですか?まあ、室井さんが言うなら、そうなんでしょうけど」
「それに…」
言いかけて一度口を閉ざし、言い辛そうに続けた。
「新城とピッタリ合う人間は、そういない気がする」
これまた失礼な言い草だが、それこそ納得のいく一言で、青島は笑みを零した。


***


「ミスコン?」
室井が聞き返すと、沖田は頷いた。
「ええ。全校生徒の中から一人選んで投票してもらって、その結果を閉会式で発表するんです」
生徒会の今年の企画は沖田と新城が中心に進めることになっているから任せてはいたが、まさかそんな催し物が出てくるとは思わず、室井は眉を寄せた。
「他の案はないのか?」
「あら、室井さんは反対ですか?」
わざとらしく目を見開いたが、少し芝居がかった仕草が似合ってしまうのが沖田だ。
誰に聞いても美人と答えるだろうが、ハキハキした物言いとキビキビした動作は、どこか男性的でもある。
そのせいか、彼女は密かに女子からの人気も高かった。
「新城がこんな案を出してくる方が意外だが」
室井は二人が作成した計画書に目を通しながら首を傾げた。
二人とも真面目な人間だったし、新城にいたっては洒落が通じる相手ではない。
「そんなものの何が楽しいんだ」くらいは言いそうだ。
「最初は反対してましたけど、明確な反対理由がなかったので、押し通しました」
微笑を浮かべて言うから、なんとなく恐ろしい。
「くだらない馬鹿馬鹿しいでは、反論とは呼べません」
きっと新城もそう言われて、丸め込まれたのだろう。
室井は顎に手を当てて、少し考える。
絶対ダメだと反対するほどの理由は確かにない。
この学校は進学校のわりに風紀が緩い。
自由な校風でのびのびと育てればいいじゃないの、が神田校長の口癖だからだ。
神田は得意じゃないが、 神田の考え方は室井も嫌いじゃない。
ただ、神田ならこの企画を「面白そうだねぇ」としか言わないだろう。
校則からとりたてて違反しているとも思えない。
だからといって文化祭でやるべきことか、考えてしまう。
つまり、一番真面目なのは室井だということか。
「いじめや好奇の対象にならないか?」
「嫌いな人を選ぶわけじゃない、好感がもてる人を選ぶんです。選ばれた人も悪い気はしないのではないでしょうか」
「…そうかもしれないが」
「投票は強制ではありませんし、参加したい人は誰でも参加できるイベントです。悪くないと思いますけど」
「選ばれたくもないのに、選ばれた人はいい迷惑な気もするが」
「賞品を出します」
露骨に顔をしかめた室井が異論を唱える前に、沖田は続ける。
「賞品と言っても、一ヶ月間の学食フリーパスです」
ミスコンなら元手がさして掛からないから、それくらいの予算が余るという。
文化祭で賞品を出すのもいかがなものかと思うが、学食のフリーパスなら許容範囲だろうか。
「他学年の生徒など誰も知らないんだ。学年によって、票が割れるんじゃないか?」
「各クラスの模擬店やステージ発表を見て選んでもらえば良いのでは?」
その方が生徒同士の交流も図れて良いのではないかと言う沖田の主張も、あながち間違ってはいない気がした。
それに、先にそういう触れ込みをしておけば、各クラスの模擬店やステージ発表も盛り上がるかもしれない。
結果として文化祭が盛り上がるのであれば、生徒会の企画としての役割りは果たしているとも言える。
室井が沖田を見ると、沖田は「いかがですか?」とばかりに微笑してみせる。
新城ではないが、彼女を打ち負かすには確固たる反論がなければ無理だろう。
両手を挙げて賛成というわけではないが、どうしても反対したい理由もない。
新城や沖田が話し合って決めたことならやってみても良いかという気持ちもあった。
室井は少しだけ考えこんでから、一つ頷いた。
「やるからには、盛り上げよう」
少し柔らかく笑って、沖田も頷いた。
そうすると迫力が薄れ、可愛らしくも見えた。


この後、ミスコンが、ミスター&ミスコンテストだと知って、室井は地味に驚かされる。










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2007.1.28

あとがき


初書き沖田さんが、まさか学園パラレルとは…(笑)
ただ、生徒会役員沖田さんは似合う気がしませんか?
役職はなんだろうなぁ…すっごい厳しい会計とかかも。
料理研究部(設定を思い出した…>笑)の部費アップのために、
すみれさんが室井さんに青島君を差し出したりするんだけど(酷い)、
沖田さんに突っ返されたりして…(笑)

今回は新城さんの出番はないかもしれません(^^;
そういや新城さんの役職もきめてないなぁ(おいおい)
副会長かな。どうでしょうかね。

室井さんは例に漏れず青島バカですが、宜しいでしょうか?(誰に聞いてんの)
室井さんはきっと、誰の目にも青島君が自分と同じように見えていると思っているのでは(笑)
一倉さん辺りに目を覚ましてもらったらいいです。
いや、青島君は可愛いので、無理もないですけどね!(お前の目も覚まさせてもらってこい)


中々進まなくて申し訳ありません〜!



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