青島は三日ぶりに登校してきていた。
流行りの風邪にやられて、珍しく寝込んでいたのである。
学級閉鎖なら嬉しいが、自分が病気で休んでもあまり嬉しくない。
何もせずにひたすら寝ている三日間は、青島にとってはいくらか憂鬱であった。
ただ一つ幸せだったことは、室井が見舞いに来てくれたことだ。
休んだ初日に来てくれたから、もう来なくて良いと伝えてあった。
受験生に風邪をうつしては一大事だし、ましてや生徒会長を勤める室井には忙しい時期でもある。
もうじき文化祭があるのだ。
そんな時期に風邪などうつしたら青島の方が居た堪れないからと説得すると、早く治すことを青島に誓わせて室井は帰って行った。
毎日様子を伺うように電話はくれていたが、室井はそれきり本当に会いには来なかった。
休んでいた間中、青島もじっと大人しく過ごし、いっぱい寝て、とにかく回復に努めた。
約束はお互いに守ったと言っていい。
今日は後から室井のところに顔を出そうと思っていた。
夕方に生徒会室に行けば、必ず会える。
お見舞いの礼はもちろん、何よりも単純に顔を見たかった。
たかだか三日ぶりだが久しぶりのような気持ちで教室に入ると、青島に気付いたすみれが近づいてきた。
彼女もお見舞いに来てくれた一人である。
お見舞いにケーキを持ってきて、きっちり自分の分は食して帰って行ったのが、なんともすみれらしい。
「おはよ、青島君。もういいの?」
「うん、もー大丈夫。お見舞いどうもね」
「私の時はメロンが良いな」
お見舞いの三倍返しはあまり聞かないが、これまたすみれらしいお言葉である。
彼女ならどんなに体調が悪く食欲がない時でも、キレイな花束よりも日持ちのする食い物を要求するだろう。
青島は肩を竦めた。
「安いのでも良いなら」
「わぁい」
絶対だからね!と息巻く彼女が寝込むことはあるんだろうかと思いながら、青島は黙って頷いておいた。
「すみれさん、ノートうつさせて」
自分の席に座り鞄からノートを取り出すが、すみれが差し出してくれたのはノートのコピーだった。
準備しておいてくれたらしい。
なんだかんだと言いながら、すみれは面倒見が良いのだ。
青島は有り難くそれを受け取って、礼を言った。
「あ、ねぇ、そういえばさ」
「ん?」
「文化祭って、何やることになったの?」
この学校の文化祭は、模擬店をやるクラスと出し物をやるクラスの二つに別れていた。
模擬店だと教室を使って喫茶店やお化け屋敷等の催し物をすることになり、出し物だと体育館のステージ上で劇やら合唱やらを披露することになる。
青島が休んでいる間のホームルームで、それが決まっているはずだった。
すみれは澄ました顔で「出し物に決まったわよ」と教えてくれる。
「ふーん…そっか」
青島自身は人前に出ることが嫌いじゃないのでどちらでも良かったが、準備が大変そうだなぁなどとのんきに思った。
「で、何やるのかも決まってんの?」
「劇で、シンデレラ」
「わっ、またそんなベタな」
苦笑気味に言ったら、すみれはニッコリと笑った。
「そうでもないわよ」
「ええ〜?そっかなぁ」
「だって、男女逆転してるし」
すみれの言葉の意味が分からなくて、きょとんとしてしまう。
「はい?」
聞き返すと、今度は丁寧に説明してくれる。
「男子が女装して女子が男装するシンデレラなのよ」
「ええと、つまり?」
「シンデレラを男子がやって、王子様を女子がやるんだってば」
「…マジで?」
すみれが頷くのを見て目を丸くし、それから苦笑する。
もの好きなクラスだと思ったのだ。
女の子の王子様は宝塚みたいで良いかもしれないが、野太い声ですね毛の生えたシンデレラはきっとえげつない。
―ま、それも楽しいかもしんないけど。
などと思った青島は、全くの他人事だった。
次のすみれの一言を聞くまでは。
「ちなみに、シンデレラは青島君で決まったから」
さすがに目を剥く。
「はっ?」
「青島君、シンデレラだから」
練習頑張ってね〜と言って、何事もなかったように離れて行こうとするすみれの腕を、慌てて掴んで引き止める。
「ちょ、ちょっと!どういうことさ、すみれさん!」
「だから、シンデレラに決まったんだってば。反対の一つも、対抗馬もなく、満場一致で」
「酷いよ、俺が休んでる間に決めちゃうなんて」
「仕方ないじゃない、休んだ人の宿命ね」
席替えで教卓の前にされたり、嫌な委員を任されたり、確かにそういうことはある。
あるが、そういう立場に立たされると、これ以上理不尽なこともない。
青島は困った顔になった。
「やだよ、俺」
「あら、皆楽しみにしてんのよ?」
「なんで?そもそもなんで俺?」
青島は自分自身でもお調子者だという自覚はある。
劇をやるなら何かしらの役が回ってくるかもしれないとは思っていたが、まさか女装を押し付けられるとは思ってもいなかった。
しかもシンデレラだ。
主役でラッキーとは到底思えなかった。
「それだけ人気者だってことよ」
そう言いながら、内心では「皆が見てみたいと思ってるからじゃないの」とすみれは思っていたが、当然青島には届かない。
膨れっ面な青島に、すみれは苦笑しながら肩を叩いてくる。
「ほら、いつまでも文句言わないの。どうせ誰かがやるんだもん、青島君でも良いじゃない」
激しく他人事な慰めをくれるから、青島は溜息をついた。
青島もどうしても、何がなんでも嫌だと思っているわけではない。
やりたいかと聞かれればもちろん嫌だし、断れるものなら断りたいが、やると決まってしまえばそれなりに頑張るつもりでいるし、どうせなら楽しくやりたいとも思う。
青島が面白くなかったのは、青島がいない間に勝手に決められていたという理不尽さだった。
しかし、それも仕方が無いのかもしれない。
そんな大事なことを決める時に休んでしまったのだから、押し付けられる可能性は元々高かったのだ。
そう思って、不運と諦めるより他にない。
青島はもう一度溜息をついた。
「まさか…」
「ん?」
「王子様はすみれさんだったりする?」
青島とすみれはとにかく仲が良い。
たまに恋人なんじゃないかと噂されるくらいだ。
青島もすみれもその噂を知ってはいるが、特に気にしてはいなかった。
仲の良い友人たちは青島とすみれがそんな色っぽい関係ではないことを十分知っている。
誤解されたら困る人間だけが知っていてくれれば良いし、否定して歩くのも不自然だ。
気にしないのが一番良い。
幸いなことに二人ともわりと図太いので、それは難しいことではなかった。
「青島君のせいで彼氏ができない!」
とすみれに何度か言われたが、青島はすみれの逆恨みと思っていた。
すみれに彼氏ができないのは、すみれ自身がその気にならないからだろう。
すみれはフリーだし、青島には他に恋人がいるが公表はできない。
そんなわけで、二人の噂は時々流れていた。
だから青島がシンデレラならすみれが王子様なのかと思ったのだ。
「残念ながら、私じゃないわよ」
青島の予想を裏切って、すみれは首を横に振った。
ちっとも残念そうじゃない口調に、それもそうかと思いなおす。
すみれは自分が被害を被らないように立ち回れる程度にはちゃっかりしている。
きっと上手に回避したことだろう。
ついでに青島のことも助けてくれればよかったのに…と思ったが、楽しそうなすみれを見ていればそれが無理だということが分かる。
「室井さんが知ったら、何て言うかしらね〜」
すみれの小さな呟きに、青島はまた溜息をついた。
何と言われるかは分からない。
ぶっちゃけ、あまり教えたくもない。
誰だって好きな相手に「女装してシンデレラやります」とは言いたくないものだ。
だけど、知らせないわけにもいかない。
文化祭実行委員長の生徒会長の室井に、隠し果せることでもない。
どこかで女装姿を見られて知られるよりは、先に話しておくほうが、お互いの心臓のためにも良い気がした。
―しょうがないなぁって、笑ってくれればいいんだけどな。
生真面目を絵に描いたような室井の反応を思って、青島は更にブルーになった。
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