■ Festival(中編)


体育祭、当日。
青島は大忙しだった。
ほとんどの種目に出るのだから、当然である。
100mを走り終えた青島のところに、すみれがやってくる。
「誰にでも特技って、あるものね」
引っかかる物言いに、青島は苦笑した。
「素直におめでとうって、言えないわけ?」
「こりゃ、失敬。おめでと」
「ありがと」
100mは学年で二位だった。
料理部の癖に!と三位だった友人には小突かれた。
確かに料理部には無駄な運動神経である。
そのくせ、料理に多少なりとも必要な手先の器用さはといえば、皆無である。
それでも青島は満足していた。
スポーツは全般的に好きだが、特別やりたいスポーツがあるわけではない。
だから半端な気持ちで厳しい運動部に入るよりも、料理部で良かったと思っている。
料理は相変わらず下手くそだが、楽しいとは思っている。
それに何より、室井に差し入れが出来る。
もとい。
差し入れという口実で、会いにいける。
付き合っているのだからそんな口実はいらないのだが、クラスどころか学年まで違うと中々学校では会えない。
だから、青島は相変わらず差し入れを口実に、室井に会いに行っていた。
「そろそろ、3年生の100mじゃない?」
すみれに言われて、グラウンドに目を向ける。
2年生の競技も終わったらしく、次は3年生の番だった。
室井もいるはずだ。
思わず姿を探すと、すみれが笑った。
「青島君が応援してあげたら、一位も不可能じゃないんじゃないの?」
「…関係ないでしょ、俺のことは」
「そうかしらね〜」
からかうようなすみれの視線をシカトして、青島は再びグラウンドに目を向けた。
スタートラインに立つ室井の姿を見付ける。
思えば、短パンにTシャツ姿の室井は初めて見る。
詰め襟でも袴姿でもない。
少し新鮮だった。
青島は思わず見入ってしまうが、すみれは苦笑してそれ以上何も言わなかった。


「凄いっ」
室井が決勝で三番目にゴールした瞬間に、思わず叫んだ。
隣のすみれを振り返る。
「見た?凄くない?学年三位だよ?」
学年二位の男が、自分がゴールした瞬間よりも興奮しているのを見て、すみれは呆れた顔をした。
そんなことは眼中にない青島は、まだグラウンドにいる室井を眺めた。
友人らしき生徒に声をかけられて、お祝いでも言われているのか、小さな笑みを零している。
―やばい。マジでカッコイイ。
弓を射る室井も壇上で挨拶する室井も、もちろんカッコイイと思っているが、新発見をした気分である。
―こういうのを惚れ直すって言うのかなぁ。
青島は些か興奮したままで、ぼんやりと思った。
「カッコイイわねぇ、室井さん」
何やら含みのあるすみれの発言に、青島は急に現実の世界に戻される。
すみれを振り返ると、ニヤッと笑われた。
「な、何さ」
「そりゃあ、モテるわよね」
「え?」
すみれが顎で何かを指した。
その先を辿って行って、青島は思わず硬直する。
室井のクラスメートと思しき3年の女生徒たちが、室井に声援を送っていた。
甲高い声で、「室井くーん!」との呼び声がかかる。
それに気が付いた室井は、彼らしくそちらに向かって小さく頭を下げた。
彼女たちの笑い声が響く。
「青島君は室井さんに夢中で気が付かなかったかもしれないけど、競技中もあちこちからお声がかかってたわよ」
すみれの指摘通り、全く気が付いていなかった。
青島は意識して平常心を心がけた。
少しだけだとしても動揺したことがバレると、すみれに虐められる。
「応援くらい、普通にするでしょ」
「そうよね〜、普通するわよね〜。しかも、室井さんは生徒会長だし、弓道部のエースだし」
青島の眉間に皺が寄る。
「おまけに頭もいいし、運動神経もいいんだもんねぇ。モテないわけないわよね」
からかうための褒め言葉だったのだろうが、青島は思わず言った。
「ちょっと。室井さんの良いところって、そんな上っ面だけじゃないよ」
「……は?」
青島の妙な反論にすみれは目を丸くした。
だけど青島は大まじめである。
からかわれていることよりも、そっちが気になったらしい。
「きまじめだけど不器用で、責任感が強いから融通は利かないんだけど、頑固だけどそれは意志が強いからで、それにええと優しいし」
支離滅裂で、褒めてるんだかけなしているんだか分からないが、青島は至って真剣である。
すみれはうんざりした顔でそれを遮った。
「分かったから。青島君がどれだけ室井さんを好きかは、良く分かったから」
なんのことはない。
ただの惚気である。
からかって、まさか惚気が返ってくるとは思ってもいなかったのだろう。
適当にあしらうすみれに、青島は軽く赤面しつつぶつぶつと零した。
「別に惚気たわけじゃ…」
「ハイハイ、あ」
「今度は、何!?」
ビクビクしながら尋ねると、すみれにバシバシと肩を叩かれた。
「出番!200mだって!」
言われて青島もアナウンスに気が付く。
「やべっ、じゃあ俺行くね!」
慌てて駆け出す青島に、すみれが大きく手を振ってくれた。
グラウンドを見ると、既に室井の姿は無かった。
恐らくまた本部に戻っていることだろう。
一言だけ伝えたかったが、時間は無いし室井の邪魔もできない。
仕方が無いから心の中で、呟いた。
―おめでとう。
何だか無性に室井と話したかった。


「…っ」
ゴールした青島は顔をしかめた。
膝から血が出ている。
障害物競争で、網に引っ掛かり派手に転んだのだ。
「情けないなぁ」
思わず零す。
気を抜いていたわけじゃないけど、少しだけ余計なことを考えていたかもしれない。
「怪我して三位なら情けないということもないだろう」
不意に声を掛けられて慌てて振り返る。
新城の姿を見つけて、目を丸くした。
「し、新城さん?あれ?何でここに?」
「俺もコレに出るんだ」
「ああ…」
選手ならばここにいてもおかしくない。
新城は無表情に青島の足の傷を見下ろした。
「保健室、行ったらどうだ」
新城に気を使われているらしい。
その事実に青島はまた驚いた。
新城の眉間に皺が寄る。
「何だ?」
「い、いえっ」
慌てて愛想笑いを浮かべる。
「…いいから、行って来い」
「あー、いや…大丈夫ですよ、これくらい」
「ダラダラ血を流して何を言ってる」
「う」
確かに膝から流れ出した血がソックスまで汚している。
それにかなり痛かった。
「あ〜やっぱ、行った方がいいっすかねぇ」
他人事のような言い草に、新城は呆れたように溜息をついた。
そして青島の腕を取る。
「連れて行ってやる」
「ええっ!?」
一体何の前触れだと、青島は胸中で失礼なことを叫んだ。
それくらい、新城に優しくされることなど無かったのだ。
「い、いいですよ!一人で行けます!」
「足を引きずってるくせに何を言ってる」
「でも新城さん、出番は」
「まだ先だ。ほら、行くぞ」
半ば強引に歩き出した新城に、青島は仕方が無いのでそれ以上逆らわなかった。
新城には嫌われているとしか思えなかったから、優しくして貰えるのは少し嬉しくもあった。
「大丈夫か?」
「ええ、どうもすみません」
「いや」
青島を気遣いながら歩いてくれているらしく、歩調はゆっくりだった。
今日は生徒にも開放されている職員用の玄関を通り、校舎に入る。
正面玄関はここからでは遠いのだ。
「…すまない」
いきなりの新城の謝罪に、青島は目を剥いた。
新城に謝られる覚えは一つもない。
「な、何がです?」
「嘘を吐いたことだ」
「嘘?…ああ」
少し考えて、漸く思い到った。
室井が青島を嫌っているという、新城が吐いた嘘のことだ。
今更の謝罪に、青島は苦笑する。
「もういいですよ」
あの時はかなり辛い思いをさせられたが、新城の嘘がなければ、青島と室井はまだ両思いだと気付いていなかったかもしれない。
困らされただけの嘘では無かった。
ただ分からないこともある。
「ええと、でもなんであんな嘘を?」
青島が伺うように新城の顔をのぞき見ると、新城は眉間に皺を寄せた。
―ああ、俺のことがただ気にくわなかっただけかもしれないよな。
青島を生徒会室から遠ざけるための嘘だったのかもしれない。
そう思うと肩を竦めた。
「あ、やっぱりいいです。俺ももう気にしてませんし、新城さんも気にしないでください」
そういうと、新城は酷く複雑な表情を浮かべた。
「…?」
青島が首を傾げていると、不意に手が離される。
「保健室、ついたぞ」
「あ、ありがとうございました」
慌てて礼を言うと新城は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「…校医が苦手だから、中までは付き添わない」
意外な告白をして踵を返した。
―新城さんも一倉さんに何かされたのかなぁ。
などと考えながら、青島はその背にもう一度礼を言った。
「ありがとうございました」
新城の足が止まる。
少しだけ振り返った。
「青島」
「はい?」
「俺はお前のことは嫌いじゃないんだ」
青島は目を丸くした。
今度こそ意外過ぎる告白。
それでも青島は単純に嬉しかった。
「良かった!俺もっすよ!」
笑顔で言うと、新城は一瞬だけ表情を崩した。
泣きそうに見えたのは、青島の気のせいか。
直ぐに踵を返すと、そのまま新城は去って行ってしまった。
「……?まぁ、いっか」
良く分からなかったが、新城は青島を嫌ってはないらしい。
それならそれにこしたことはない。
青島は一人そう納得すると、保健室のドアをノックした。
「失礼しま〜す」
ドアを開けると、一倉が壁に寄り掛かって煙草をふかしていた。
「よっ」
軽い挨拶に、どこから突っ込もうか、青島は思わず悩んだ。
校医らしからぬ態度については後回しにして、とりあえず。
「一倉さん」
「ん?」
「立ち聞きしてました?」
「心配するな、室井には言わないから。青島が天然で男をタラシ込んでたとは」
青島は痛む頭を押さえた。
ドア側の壁にくっついているから、怪しいと思ったのだ。
それにしたって聞き捨てならない。
「何、阿呆なこと言ってんですか。どこがタラシ込んでるって言うんだ」
青島が呆れたように言うと、一倉は大袈裟に首を振った。
「何も分かってないな」と無言で言われた気がして、青島は渋面になった。
「まぁ、気にするな。どれ?ケガを見よう」
一倉は煙草を揉み消すと、保健室の窓を全開にして煙を逃がした。
青島の腕を取って診察台に座らせると、足を覗き込む。
「こりゃあ、またぱっくりと割れてるな」
「あ、そうっすか?」
「とりあえず洗った方がいいな」
保健室内にある水道に連れていかれる。
「足、届くか?」
「まぁ、何とか」
無理な態勢ではあったが、膝を蛇口の下にいれる。
一倉がそっと水を出した。
傷に染みないようにとの配慮だろうが、そっと掛けられても染みるものは染みる。
「…っ」
青島は眉をひそめて、目をつぶった。
「ところで、青島」
背後に立った一倉が声をかけてくるから、青島はそっと目を開いた。
「いててて……何です?」
「室井とどこまでいった?」
青島の頬が一瞬にして赤くなる。
反射的に振り返ろうとしたが、殆ど片足で立っていたせいでバランスを崩す。
「わっ!」
「と、危ねぇなぁ」
倒れ掛かった青島の背中を一倉が支えてくれるが、もちろん感謝する気になどならない。
なるはずがない。
「…セクハラじゃないんですか?それって」
首だけで背後を振り返り、赤い顔で一倉を見上げる。
一倉は肩を竦めてみせた。
「堅いこと言うなよ。甥っ子の恋愛は気になるだろ」
「悪趣味だ」
「訂正。心配だろう?」
「…白々しい」
室井が聞いたら余計なお世話だと怒ったことだろう。
青島は心から室井に同情した。
一倉はそんな青島の心情など気にすることもなく続ける。
「あいつも奥手だからなぁ。子供というか」
自分のことでも無いのに、青島は思わずムッとする。
「室井さんは、大人ですよ」
実際数ヵ月前まで中学生だった青島には、高三の室井は随分大人に見えていた。
ムキになった青島を見下ろすように、一倉が身体を密着させた。
「おっ。もう、何かされたか?」
嬉しそうに笑う一倉に、青島はさすがに呆れた。
「それが、養護教員の言う台詞ですか」
「じゃあ、保健のセンセイらしくしよう。いくら子供が出来ないからと言って、中だしさせるなよ。室井が病気持ちとは思えんからそっちの心配は無いかもしれないが、腹を壊すぞ」
前にも聞いた台詞な気はするが、青島はこれ以上ないくらい赤面した。
見上げていた一倉から視線をそらす。
「どこが保健の先生らしいんですか!」
「ん?らしいだろう。性教育は立派な教育だぞ?」
「アンタのはただのセクハラだろっ」
「失礼なヤツだな。折角ちゃんとした知識をだな」
「いりませんよ!」
「まぁ、聞け。男同士でもコンドームは必需品だぞ。それから」
「うるさいなっ」
「何をしている」
真っ赤になってぎゃあぎゃあ騒いでいた青島がハッとして振り返ると、ドアの所に渋面の室井が立っていた。










NEXT

2004.4.4

あとがき


私は新城さんをどうしたいんだろうか…(大笑)
青島君を好きな設定なのは確かなんですけどね。

何かもう、イベントがあっても無くてもやってることは変わらないですね。
設定を活かしきれずに、申し訳ありません;
いつもそうだと言えばそれまでなのですが(滝汗)

次で終わる予定です。
もう少々お付き合いくださいませ〜。



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