■ Festival(後編)
「むろっ」
思わず口をパクパクさせる。
―いつから、ここに!
青島はこれ以上ないくらい気まずい思いをしているというのに、一倉の方は平然としたものだ。
「おお、良いところに。水を止めてそこのタオルを取ってくれ」
青島の身体を支えているせいで身動きが取れないのだ。
本来であれば一倉の言うことなど一つも聞きたくないだろうが、青島の事である。
室井は渋面のまま水を止め、タオルを手に取った。
そしてそのまま青島の足を拭ってくれる。
「む、室井さんっ、自分でやるから…っ」
妙に気恥ずかしくて室井を止めようとするが、背後から一倉に押さえられて動けない。
「また転ぶぞ。室井にやらせとけ。あ、傷のところは拭くなよ」
一倉の指示などなくても、室井は傷口をちゃんと避けてくれていた。
「…もういいぞ」
室井が言ってくれたので、青島はそっと足を下ろした。
それを待ってから、室井は一倉の腕から青島の身体を離させる。
ちょっとの間でも触らせておくのが嫌らしい。
手を引いて、診察台に座らせてくれた。
青島は室井を見上げて礼を言った。
「ありがとうございます…でも室井さん、何でここへ?」
室井の眉間に皺が寄る。
怒っているわけじゃなさそうだが、機嫌は良くなさそうだった。
「ほら、貸せ」
室井の返事を貰えないまま、一倉に促されて足を差し出す。
消毒液が傷に染みて、思わず眉が寄った。
「室井がここに来た理由なんか、お前が怪我したからに決まってんじゃねーか」
傷の手当てをしながら一倉が何の気無しに言う。
青島は驚いて思わず室井を見上げた。
「え?あれ?こけたとこ、見てました?」
眉間に皺を寄せたまま、室井は小さく頷いた。
青島は頭を掻く。
―カッコ悪いとこ、見られちゃったなぁ。
揚句心配をかけて、保健室まで足を運ばせてしまった。
室井が不機嫌そうなのも頷けるかもしれない。
沢山の種目に出ると言った青島の心配をしてくれていたと言うのに、「大丈夫」と言っておいてこの様である。
青島は取り繕うように笑った。
「面目ないです〜」
室井はしばらく黙って青島を見ていたが、やがて深い溜息をついた。
呆れられたかな、と内心焦る。
「室井、青島がビビってるぞ」
一倉が苦笑しながら口を挟んだ。
「青島、心配するな。こいつは怒ってるわけじゃねぇから」
「え?」
「色んなことが気になって渋い顔をしてるだけだ」
「一倉っ」
怒鳴った室井には構わず、一倉は器用な手つきで青島の足に包帯を巻いていく。
青島は困惑した顔で室井と一倉を交互に見やった。
「ほら、終わったぞ」
「あ、どうも…」
「残りの競技は欠場な」
「ええっ?」
驚いた青島に、室井も一倉までも呆れた顔をした。
「出る気だったのか?」
「膝曲げるのも痛いだろ、それじゃあ」
二人に揃って呆れた顔をされては、さすがに気まずい。
青島は首を竦めて、ちょっと小さくなる。
「いやぁ…でも出るって約束しちゃいましたしね…」
残っている競技はリレーだけだが、今から辞退するとクラスメートに迷惑が掛かる。
それが気になった。
「青島」
室井に睨まれた。
「はい」
迫力に押されて思わず背筋を伸ばす。
「リレーにどうしても出たいのか?」
「え?」
「どうしても走りたいのか?走らないと一生後悔するか?」
青島は目を丸くした。
そんな大袈裟なことは、青島も考えていない。
「いや、さすがにそこまでは」
「なら、休め」
「で、でも…」
「間違った」
室井は淡々と言った。
訳が分からず青島は目を白黒させる。
「はい?」
「俺の頼みを聞いて欲しい。休んでくれないか?」
真顔で言われて、青島は室井を見上げたままやや暫く呆けた。
室井が「間違った」と言ったのは「言い方を間違えた」という意味だろう。
命令じゃなくてお願い。
室井が青島にお願いをしているのだ。
それも青島のことを心配しての、お願いである。
青島は軽く赤面した。
無性に照れ臭い。
「休んでくれるか?」
下手に出てくれているはずなのだが、妙な迫力を感じる。
こう言えば青島が無茶できないことを、室井は分かっているのだろう。
「わ、分かりましたよ」
子供みたいに意地を張るわけにもいかないので、青島は頷いた。
それを見て、室井は漸く力を抜いたようだった。
「んで?お前はいつまでもこんな所で油を売ってていいのか?」
ニヤニヤ笑う一倉を、室井は睨む。
「もう、戻る」
「あ、忙しいのにすみませんでした!」
青島が謝ると、室井より先に一倉が返事をした。
「気にするな。室井が勝手に来ただけだ」
「…そうだが、お前が言うな」
うんざりした表情の室井だが、これはこれで仲が良いのだろうと思う。
青島は苦笑した。
「室井さんも、リレー出るんですよね?」
「ああ」
「んじゃ、俺も戻ります」
立ち上がると、痛みに少しだけ眉を寄せる。
室井が手を貸そうとしてくれるから、やんわりと断った。
治療もしてもらったし、一人で歩けないほどじゃない。
「ここで休んでいたらどうだ?もう少しで体育祭も終わるし」
「おお、暇だから話し相手してくれよ」
一倉の戯言に、室井は顔をしかめ青島は苦笑した。
「応援くらいしたいし」
「…そうか」
出れないまでも自分のクラスの応援をしたいという青島の気持ちを汲んでか、室井も直ぐに納得してくれた。
一倉に礼を言って、室井と連れ立って保健室を出る。
足を引きずって歩く青島に合わせて、室井もゆっくり歩いてくれる。
「…転んでも三位か、凄いな」
何気に誉められて、青島は照れ笑いを浮かべる。
そして、さっきも同じようなことを言われたことを思い出した。
「それ新城さんにも言われました。あ、実はゴールした後にですね」
新城が保健室まで送ってくれたことを説明しようとしたのだが、室井に遮られる。
「知ってる」
「え?」
「見てたから、知ってる」
青島は思わず、隣を歩く室井を振り返った。
室井は真っ直ぐ前を見ているので視線は合わないが、眉間に皺が寄っているのが横顔からでもはっきりと分かった。
「新城が君を連れて保健室に向かう姿を見ているから、知ってる」
「…そうですか」
もしかして、室井が不機嫌そうなのはそのせいだろうか。
鈍い青島もそれくらいは感じ取れた。
室井は青島が新城と接触するのが嫌なようだった。
きっかけは新城が室井と青島の仲を裂くような嘘をついたせいだったが、それだけではないように青島には思えた。
「あのぉ、前みたいに新城さんに絡まれたりはしてませんよ?」
一応言ってみた。
新城が以前のように青島に突っ掛かって来なくなったのは事実だった。
理由は青島には分からないが、先ほど「嫌いじゃない」と本人に言われた通り、嫌われてはいないらしい。
青島はそれで満足していたし、室井にも自分のことであまり気を揉んで欲しく無かった。
新城に虐げられているわけじゃないから安心して欲しい。
そう思った青島は激しく勘違いをしていた。
室井もそれに気付いていただろう。
室井が心配していることはそんなことではなかった。
それでも、今はその話を青島にするつもりはないようで、それ以上何も言わなかった。
「…そうか。ならいいんだ」
「何かいっつも心配かけちゃってすみません」
首を竦めると、室井が肩を軽く叩いてくれる。
「俺が好きでしてることだ」
視線を合わせると、どちらからともなく微笑んだ。
―怪我してラッキーなこともあったなぁ。
不謹慎にも少しだけ思う。
忙しい室井には申し訳ないのだが、少しだけでも独り占め出来て、正直嬉しかった。
校舎を出る直前、青島は室井のジャージの袖を軽く引いた。
振り返った室井に微笑む。
「応援、してますから」
リレーのことである。
応援がしたいと言ったのは自分のクラスの事ももちろんだが、それだけじゃなかった。
室井のクラスメートのように、黄色い声援は送れないけど。
心の中では誰よりも大きな声で応援してるから。
「頑張ってくださいね」
大きく笑うと、室井が一瞬眩しそうに目を細めた。
ふいに手を引かれて、教職員用玄関の脇にある下駄箱の裏に連れて行かれる。
背の高いロッカーに二人の姿が完全に隠れてしまった。
「むろ…?」
きょとんとした青島の頬を両手で包むと、いきなり唇を重ねてきた。
「!」
青島は驚いて反射的に目をつぶる。
「…っ…」
角度を変えて何度も重ねられる唇を、青島は黙って受け入れた。
どうしたらよいのか、さっぱり分からなかったのだ。
分からなかったが室井の唇が不快なわけがなく、自分の頬を包み込むように触れる室井の手に縋って、室井がくれるキスをただひたすら受け止めていた。
「青島…」
室井の呼ぶ声で、青島はキスの終わりを知らされた。
慌てて目を開ける。
揺れる視界に室井をぼんやりと捕らえて、視線を逸らす。
どうにも直視出来ない。
「大丈夫か…?」
気遣わしい室井の声に、青島はちらりと室井に視線を戻す。
不安そうな顔の室井を見て、青島は何だか可笑しくなってきた。
室井の肩に額を押し付けて小さい笑みを漏らす。
「大丈夫ですけど…急だから驚きました」
本当は心臓が痛くてあまり大丈夫ではなかった。
「すまない」
室井の手が青島の髪をすいてくれる。
その手の心地良さに、思わずここがどこだか忘れてしまいそうだった。
青島は名残惜しかったが身体を離すと、照れ臭そうな笑みを零した。
「…本当にすぐでしたね」
「ん?」
「数え切れなかった」
キスの数だ。
正確には余裕が無くて数えられなかったのだが、結果は一緒である。
室井は苦笑した。
「そうだな…だけど困ったな」
「何がです」
青島をちらりと見た室井が爆弾発言をした。
「数え切れないほどしたのに、まだしたりない」
青島の顔が一気に真っ赤になる。
硬直した青島に、掠めとるような口付けをして。
「時間が無いから先に行く」
室井は逃げるように去って行った。
青島は口元を手で抑えて、ずるずるとしゃがみこんだ。
膝の痛みなど、どこかに飛んでしまった。
「…言い逃げされた…」
いつか仕返ししてやる。
などと思ったのは、青島が落ち着きを取り戻して校舎の外に出られるようになってからだった。
END
2004.4.5
あとがき
きゃー恥ずかしいー!!(二度目)
またも、こっ恥ずかしいものをお目に掛けて申し訳ありません;
高校生にしては初々しすぎますかね?(苦笑)
でも、ちょっと前まで、青島君は中学生だったはずなのですが…。
それでもアレかしら;
それにしても恥ずかしすぎて、碌なコメントが出ません(いつもか)
那智様。
リクエストをありがとうございました!
お待たせした挙句、こんなデキで申し訳ありませんでした(><)
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