■ fortune(8)


約束の一月まで、後三日。
二人の関係は相変わらずだった。
室井だってただぼうっとしていたわけではない。
ちゃんと口説こうとしたのだ。
青島が乱暴されて帰ってきた日に、初めてキスをした時に、もう青島を手放せ無いと自覚した。
だからちゃんと青島を捕まえておきたくて、告白しようとしたのだ。
だけどその度に、はぐらかされている。
そういう雰囲気になると、話を逸らしたり席を立ったりするのだ。
おかげさまで、口説くどころか告白にすら至っていない。
いっそのこと押さえつけてでも聞かせてやろうかとも思うが、聞かせるだけでは意味が無かった。
室井の苦悩を余所に、青島は上機嫌で風呂を沸かしている。
外出から帰って来てからの青島は、何故か上機嫌だった。
訳を尋ねた室井に「気に入ったものが買えたから」と説明してくれた。
植木鉢のコレクションが三鉢ばかり増えていた。
一度に複数の鉢植えを買ってくるのは珍しいので、余程気に入っているのだろう。
室井はそう思っていた。
「風呂、入りません?」
風呂場で湯加減をみていた青島が戻ってくると、室井に尋ねた。
「君から使っていいぞ」
青島は首を振った。
「じゃなくて」
「ん?」
「一緒に入りませんかー?って誘ってるんです」
室井が目を剥くと、青島は笑った。
「いいじゃないですか、たまには」
「し、しかし」
「男同士でも、温泉なら一緒に入るでしょ」
「いや…ここは温泉じゃないが…」
「細かいことは、気にしないっ」
青島は室井の腕を掴むと、風呂場にズルズルと引っ張っていく。
さすがに室井も諦めた。
青島と風呂に入るのが嫌なわけではない。
強いていえば。
―欲情したら、どうするんだ。
浴場で欲情。
室井の頭にくだらないオヤジギャグが過ぎったのは、少し動転していたからか。
青島はさっさと全裸になると、バスルームに入っていく。
その後姿をあまり視界に入れないように注意しながら、室井も服を脱いで青島の後を追う。
バスタブに浸かると青島は幸せそうに目尻を下げた。
「ここのお風呂、いいっすよね〜。広いしキレイだし」
「…そうだな」
確かに大の大人が二人で入っても余裕のあるバスタブは広いといえた。
青島は広い浴槽だというのに膝を抱えて、室井を見ている。
幸せそうに微笑されては、室井も堪らない。
オヤジギャグが現実のものとなる前に、室井は青島を口説かなければならなかった。
思えば逃げ場の無い風呂場というのは、チャンスである。
だが室井が口を開こうとする直前に、青島に先を越される。
「室井さんはさ」
「……何だ?」
「夢ってある?」
ちょっと意表を衝かれる質問だった。
軽く目を見張っていると、青島が苦笑する。
「社長さんに聞くには寝ぼけた質問だったかな」
室井は首を振った。
「いや、二十歳を超えてから聞かれたことの無い質問だったから、驚いただけだ」
素直に言うと、青島は声を立てて笑った。
30を超えた人に将来の夢を聞く人はあまりいない。
だが青島がわざわざ聞くということは、青島にとっては意味の無い質問ではないのだろう。
室井はそう思い、少し考える。
―夢。
会社の維持。
間違いではないが、夢とは言わないかも知れない。
将来のことを考えてみて、室井は眉を寄せた。
「俺は面白みのない男だな・……会社の維持や繁栄以外、これといって浮かばない」
真面目に答えると、青島は緩く首を振った。
「面白みが無いんじゃなくて、室井さんは責任感が強いんですよ。だから自分自身のことより、会社の未来が気になるんだ」
真顔で言われて、室井は照れ臭くなる。
「君は?」
聞き返すと、青島は明るい目で室井を見つめた。
「俺はありきたりですけど、幸せな家庭を築くことですかねー」
言われて、ハッとした。
青島は構わずに続ける。
「ちょっと年下の可愛い奥さんもらって、子供は女の子と男の子一人ずつ産んで。大きくない家を建てて、庭で犬を買うんです」
嬉しそうに語る青島に、室井は暗い気持ちになった。
ありきたりと言いながら、幸せな家庭を望む青島の気持ちが痛い。
だがそれ以上に、室井には重い言葉だった。
青島の夢は、望む未来は、室井にはどうすることも出来なかったからだ。
子供どころか結婚すら望めない室井では、お話にならない。
いきなり頭を殴りつけられたように、視界が一気に暗くなった気がした。
表情を無くした室井に、青島はわざとらしく唇を尖らせて見せた。
「あー、俺が結婚できるはずないって思ってるでしょ?」
「……そんなことは」
青島は明るく笑った。
「俺、絶対幸せになってやりますよ!」
室井は何も言えずに目を伏せた。


人が幸せな家庭を望む。
当たり前のことだった。
青島が何故今の仕事をしているのか、今の仕事を選んだのかは分からない。
それでもいつかは足を洗って、その後は本当の自分の人生を歩くつもりなのだ。
男として、人として当たり前の人生を。
であれば、室井が青島を救うなどとは、おこがましいにもほどがある。
青島はもしかしたら、それを伝えたくてこんな話をしたのかもしれない。
室井に想われることは、青島にとって迷惑なことでしかないのかもしれない。
室井が青島を欲しいと願うことは、青島の不幸を願うようなもの。
そんな気がして、自分の気持ちを口に出して伝えることすら躊躇われた。
―それでもどうしても…青島が欲しい。
想いはどんどん増すばかりだ。
言えない言葉が喉に詰まって、苦しくなる一方だった。




明かりを落として、ベッドに入る。
いつものように隣にいる青島を抱き寄せようとしたが、逆に青島の方が動いた。
身体ごと乗り上げられて、驚く。
「あ…青島?」
青島を見上げると、暗闇の中で微笑していた。
「ね、室井さん…」
青島の手が室井の喉元を撫であげた。
ダイレクトに下半身に響く。
やばいと思った室井は、青島の肩を掴んで身体を起こそうとしたが、逆にしっかりと押さえ込まれてしまう。
室井はさすがに慌てた。
「青島…っ」
「お礼がしたいんです」
微笑んだまま、青島は室井の胸に手をついた。
心拍数がまた上がる。
「この一月…優しくしてもらったから」
お礼でセックスするというのだろうか。
そんなことは、望んでいない。
そんなことを望むなら、とうに抱いていた。
「俺を嫌いじゃないでしょう?」
室井の頬が熱くなる。
青島を力いっぱい突き放した。
さすがにベッドからは落ちなかったが、室井の上からは退いていた。
暗闇の中だから離れてしまうとはっきりとは見えないのだが、青島の表情が歪んだ気がした。
空気が振動する。
青島が笑ったようだった。
「ははっ…すいません。一月もしてないから、俺、溜まってたみたい」
酷く悲しい台詞を言わせてしまった気がする。
青島はもう一度謝ると、室井の隣に納まった。
「おやすみなさい」
くるりと背を向けられる。
室井は深い溜息をついた。
上手くやれない自分にも、室井の気持ちを知りながら「礼」などと口にした青島にも腹が立つ。
「……青島」
室井が青島の肩に触れると、身体が小さく弾んだ。
そんなことより室井を驚かせたことは、その肩が小刻みに震えていたことだ。
室井が息を飲むと、青島は身を捩って、その手から逃れようとする。
室井はその手に力を込めて、自分の方を向かせた。
「青島…」
室井は青島が泣く姿を初めて見た。
乱暴されて帰ってきた時ですら、涙一つ見せなかった男が。
室井に拒まれただけで泣いている。
「…っ、なんすか…もうっ」
ぽろぽろと涙を零している青島の頬にそっと触れる。
「青島…傷付いてるのは俺の方だぞ」
「たから…謝ったじゃないですか…っ」
子供のように泣く青島が余計に愛しい。
そのまま頬を撫で続けると、青島がいっそう表情を崩した。
「……一度くらいっ、アンタに抱かれたかったんだっ」
室井は鳥肌が立つのを感じた。
感動で全身の毛穴が開く感覚は、初めての経験だった。
青島が望んで、室井に抱かれたいと言う。
その理由は一つしかないはずだった。
室井の視線から逃れるように、青島はまた身を捩る。
当然だが、室井はそれを許さない。
今しかないと思った。
青島を引き留められるのは、青島が本音を零した今しかないはずだ。
今度は室井が青島の上に覆いかぶさるようにして、青島の頬を両手で包んだ。
青島の表情が更に歪む。
室井の手を嫌がるように首を振る。
構わずに何度も頬を撫ぜ、優しく触れた。
「青島…」
「離してくれ、室井さん」
室井はそれを無視して言った。
「好きだ」
青島はキツク目を閉じて、視界から室井を追い出してしまう。
きっと聞きたくない言葉だったに違いない。
聞きたければ、「お礼」などと称して室井を押し倒したりはしなかっただろう。
青島は室井の気持ちに気が付いていたはずだ。
室井の気持ちを受け入れる気があるなら、もっと素直に関係を持ったはずだった。
つまり青島は、約束を果たしたら出ていくということだ。
約束の日まで後三日という今日にお礼だなんて口にしたと言うことは、もうすぐにでも出ていく気かもしれない。
室井はキツク閉じた青島の瞼に唇を落とす。
青島の身体がピクリと反応したが、瞳は開けない。
「ずっと傍にいてくれないか」
返事は当然無い。
室井は構わずに言いたいことを喋り出す。
「一月だけなんて足りない。ずっと一緒にいたい。もう誰かに君を触れさせたくない」
青島の頬が赤くなり、閉じた瞼が小さく痙攣している。
室井は、一方的に勝手な告白を続けた。
「君の恋人になりたい。君の生活に、人生に俺もかかわりたい」
堪え切れないというふうに、青島は唇を震わせた。
「……・室井さんとは、付き合えない」
「目を開けて言ってくれないか」
青島の唇がまた震えた。
「俺を見て、ちゃんと言ってくれ」
少しの間の後、青島はゆっくりと瞼を持ち上げた。
涙は止まっていたが、いつものように眼差しに力が無い。
それでもはっきりと繰り返した。
「室井さんとは、付き合えない」
「俺を嫌いか?」
力のない眼差しが、余計に揺らぐ。
視線を泳がせ、仕舞いには唇を噛んだ。
「……嫌いじゃない」
「なら、好きか?」
「好きじゃないっ」
今度は躊躇わずにはっきりきっぱりと言った。
「でも、俺は好きだ」
青島の両目から止まっていたはずの涙が零れ落ちる。
堰を切ったように流れる涙が、室井の手を濡らし、シーツを濡らした。
「俺は…好きじゃない……アンタなんか、好きじゃない…」
涙を流しながら、繰り返す。
「好きじゃない…室井さんなんか好きじゃ……」
まるで自己暗示でもかけているように、何度も繰り返した。
その様が痛々しくて、見ていられない。
室井は思わず青島の唇を塞いでしまった。
唇を重ねると青島の身体が強張ったが、室井は躊躇わずに舌を差し入れる。
青島の舌は全く動かない。
応えることもしないし、室井の舌を追い出そうともしない。
どうしたら良いのか分からないでいるのではないかと、室井は思う。
触れた唇から、青島の迷いが伝わってくるようだ。
頭では室井を拒んでいるのだろうが、心が反発している。
青島の心はきっと室井を受け入れてくれている。
室井は勝手にそうとると、青島の舌を求めて絡めていく。
頬を撫ぜながら、髪を梳きながら、青島に口付けた。
「……っ」
不意に青島の両腕が室井の首に回された。
堪えきれなくなったように、青島の舌が室井を求めてくる。
室井は夢中で舌を絡めて吸い上げた。
「青島…」
キスの合間に名前を呼ぶ。
「言ってくれ…一言でいいから…」
「室井さ…っ」
余計なことを考える隙を与えないように。
青島が室井のことだけを考えるように。
何度も唇を重ねながら、懇願した。
「聞きたい…青島」
唇を噛んで鳴咽を堪えた青島は、室井の首筋にしがみついた。
そこに顔を埋めて、掠れた声で、一度だけ呟いた。
「好きです」
室井は青島をキツク抱きしめた。


初めて、室井は青島を抱いた。










NEXT

2005.5.28

あとがき


そういうわけで、期限ギリギリでようやく初夜を迎えたらしいです(笑)
えー…色々言い訳したいですが、ここは潔く!(今更)

ラブラブなお風呂に出来なかったのが残念ですが、
お風呂のシーンもなんとか入れられて良かったです。


次でラストです。
こんなところで切ると皆様も気持ち悪いでしょうから(笑)
本当は一緒にアップしたかったのですが、
エピローグが思いのほか長くなってしまい、まだ書き終わっておりません(^^;
なるべく早くアップできるように、頑張ります!



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