■ fortune(6)


室井がパソコンと睨めっこしていると、ドアが開く音がした。
煙草を買いに出掛けていた青島が戻ってきたのだ。
デスクに向かっている室井を見て、ちょっと笑った。
「ただいま〜」
室井が「おかえり」と答える。
青島がこの部屋で寝泊まりするようになって一週間が過ぎ、いつの間にか挨拶が定着していた。
青島は煙草の入った袋をテーブルに置くと、もう一つの袋から小さな植木鉢を取り出した。
それを見て、室井は思わず微笑む。
「気に入ったのが、あったのか?」
青島は笑いながら頷いた。
「ちっちゃい花が、咲くんですって」
嬉しそうな青島に、室井も何となく嬉しく思う。
青島はその植木鉢を、他のコレクション共々窓際に並べた。
それを満足そうに眺めている。
室井はその姿を盗み見ながら、緩んだ口元を書類で隠した。
不意に青島が振り返る。
「休憩します?」
コーヒーでもいれますよーと言ってくれるが、室井はパソコンと時計を見比べて首を振った。
「いや、これだけは片付けてしまいたい」
「そっか。頑張って」
「ありがとう」
青島はニコッと笑って寝室に消えた。
邪魔になると思っているのか、室井が仕事をしている時はあまり寝室から出て来ない。
どこに行ってもいい好きにしていていいとは言ってはあるが、時々買い物に出るくらいで、ほとんど外出もしないでこの部屋にいてくれる。
少し、申し訳なく思う。
拘束はしていないつもりだが、結果的にそうなっているかもしれない。
室井は青島の集めた植木鉢を少しの間眺めて、またパソコンに向き直った。


仕事が一段落ついた頃、インターホンが鳴った。
室井が席を立とうとすると、青島が寝室から出てくる。
「俺出ますよ〜」
室井に向かって片手を挙げて、大股でドアに向かってくれる。
ドアを開けた青島が、「あ」と呟く。
ドアの向こうからも「あ」と呟く声が聞こえた。
声で誰かが室井にもすぐに分かる。
出迎えた青島を見て、本社から戻ってきたばかりの一倉は目を丸くした。
室井は苦笑し、青島は肩を竦める。
「この度、室井さんが一ヶ月契約してくれましてね」
一倉は青島から室井に視線をうつした。
「もしかして、ここに住んでるのか」
「住んでもらってる」
肯定してやるとやっぱり目を丸くして室井と青島を交互に見やったが、やがて笑い出した。
「青島、妙な男に引っかかったなぁ」
「……誰の紹介ですか、誰の」
「誰だっけな」
適当な一倉の返事に青島は溜息を吐いたが、それ以上は責めようとしなかった。
「順調にいったか?」
室井が尋ねると、一倉はもちろんと頷いた。
余計な説明が無いところをみると、本社での仕事は滞りなく終えてきたらしい。
それなら室井も特に聞きたいことはなかった。
そうかと返事をしただけで、仕事の話は終えた。
「折角だから、一緒に飯でも食いに行くか」
一倉の提案に、室井は露骨に嫌そうな顔をした。
「何が折角なんだ」
「冷たいな。青島がいたら、俺とは飯も食えないってか」
「…酒の肴になるのはごめんだ」
何をどうしたって、からかわれるに決まっているのだ。
青島の前で醜態は晒したくないし、青島を口説き落とせていない現在、一倉にからかわれると気まずいだけである。
「俺、ここで待ってますから、二人で行って来たらどうです?」
遠慮したわけでもないのだろうが、青島がそんなことを言う。
室井は即答した。
「一倉と面つき合わせて飯を食うより、君と食う方がずっと楽しい」
青島が少しだけ引きつり、二人を見比べた一倉は声を立てて笑った。


結局一倉と三人で食事に出かけ、室井と青島は同じ部屋に帰った。
二人とも少々酒が過ぎたので、早々とベッドに納まった。
布団に入ると、青島を抱き枕のように抱きしめる。
毎日そうやって眠っているのだ。
「高い抱き枕だと、思いません?」
呆れたような、それでいて照れ臭そうな青島の声に、短く答える。
「全く」
「金持ちの考えることは、良く分かんないな」
苦笑していたが、ちょっと考え込んでから首を振った。
「いや…分かんないのは金持ちじゃなくて、室井さんの考えてることだ」
室井の顔を覗き込むように、青島が上目使いで見つめてくる。
室井は眉間に皺を寄せた。
「そんなに、おかしいか?」
「おかしい。すこぶるおかしい」
眉間の皺が深くなると、青島が笑った。
「おかしいと思ってない辺り、尚更おかしいです」
笑いながら室井の胸に顔を埋めた。
室井は背中を抱いていた手で、青島の髪を梳く。
まるで恋人のように、青島を抱きしめた。
こうなると青島は顔をあげようとはしなかった。
でも逃げたりは決してしない。
室井に身体を預けて、そのまま眠る。
青島は、多分もう室井の気持ちを知っている。
好きだと言わなかっただけで、口説いたことには変わりがなかったからだ。
「誰にも抱かれないでくれ」だなんて、青島に惚れていなければ絶対に言わない台詞だ。
青島が気付かないはずもない。
その上で、青島は室井の好きにさせてくれている。
逃げだそうと思えば、投げ出そうと思えば、青島にはいつでもできたはずだった。
室井は青島に酷なことを強いているのかもしれないと思った。
罪悪感を感じながらも、どうしても青島が欲しい。
その気持ちには変わりは無かった。
室井は青島をキツク抱きしめて目を閉じた。


モーニングを食べながら新聞を読んでいた青島に、室井は少し驚く。
「…読めるのか?」
失礼な質問だったが、青島が読んでいる新聞が英字新聞だったから、仕方がない。
青島は肩を竦めてみせたが、憤慨した様子は特にない。
「読めますよ。英語なら普通に喋れます」
青島は頭が悪いわけではない。
会話をしていて、頭の回転が早いことは室井も感じている。
だから意外ではあったが、青島が英語を喋れると聞いても納得がいった。
「そうか」
「中国語も少し話せますよ。大学で習いましたから」
これにはさすがに驚く。
室井は目を丸くして思わず尋ねた。
「大学を卒業してるのか?」
室井の驚きっぷりが可笑しかったのか少し笑みを浮かべて、青島は頷いた。
そして、意味も無く胸を張ってみせた。
「実は会社員だったこともあります」
室井は性懲りも無く、青島はやはり男娼なんかではないのではないかと疑ってしまう。
極極普通の家庭に生まれて健やかに成長し、大学を卒業して一般企業に就職。
現在もサラリーマン。
その方がどう考えてもしっくりいく。
たが、そんなわけはない。
一倉は実際に青島と関係を持っているし、室井は関係してないだけで金を支払っている。
青島は会社を辞めて、何らかの理由で今の仕事を始めなければならなかったのではないだろうか。
「今の生活、楽で気に入ってるんですけどね」
室井が言葉を失ってしまったせいか、青島が茶化すように笑って言った。
聞きたいことは沢山ある。
だが青島のバックグラウンドに触れるような話しを訊くのは、どうしても気が引けた。
どうでもいいことだと思っているからではない。
他人の室井が干渉すべきことではないと思うからだ。
干渉したいなら、まずは他人で無くなること。
それが先決だった。
「…そうか」
「負け惜しみに聞こえます?」
青島は苦笑しながら、室井を上目使いに見た。
「いや…」
室井は緩く首を振った。
「俺は、おかげで君に会えた」
今度は青島が目を丸くした。
間違えても、青島が男娼で良かったと思っているわけではない。
平穏無事な人生を青島が望んでいないわけがないからだ。
出来ることならそうあって欲しいと、そうだったらどんなに良かったかと、室井も思っている。
だが室井が青島と出会えたのは、青島が男娼だったからだ。
青島が男娼で、一倉と関係をもったからだ。
男娼で良かったと思っているわけではないが、それだけは事実だった。
しばらく呆然と室井を見ていた青島だったが、軽く赤面すると視線をそらした。
「また、阿呆なこと言ってる」
「本音だ」
「…それが阿呆だって言ってんですよ」
「なら、阿呆で構わない」
「…っ」
言葉に詰まると、青島は席を立った。
怒らせたのだろうかと思い、室井も思わず席を立つ。
「青島…」
「別に、どこも行きゃあしませんよ!」
そう言って、バスルームに向かっていった。
そういえば夕べは風呂に入っていない。
乱暴にバスルームのドアを閉めると、やがてシャワーが流れる音がした。
室井は溜息を吐いて、椅子に座りなおす。
「……上手く、口説けないな」
自分の不器用さが、これほど恨めしいと思った時は無かった。










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2005.5.24

あとがき


こうして慣らされていく青島君……みたいな(笑)

話がちっとも進まなくてすみません;
書いても書いても終わらないのは、室井さんのせいのような…。
室井さんが相変わらずまどろっこしいことしてるからだよなぁ。
いい加減がばっといきなさいよ〜(お前が言うな)

次で少しは進むはずです。
たぶん;



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