■ fortune(3)


室井が強引に引き止めたせいで初めこそ仏頂面だった青島だが、諦めたのか開き直ったのか、徐々に元の態度に戻り始めていた。
室井が注いでやったウィスキーを舐めながら、今はソファーで寛いでいる。
上着を脱ぎ、ネクタイも外していた。
「んで?何を、話すんですか?」
背もたれに寄りかかって、向かいに座る室井を上目使いで見つめてくる。
しまった、と思った。
引き止めるのに必死で適当なことを言ったが、初対面の男と気軽に会話を楽しめるほど社交的な男ではないのだ。
「何でスーツなんだ?」
何を話したら良いのか分からなかったので、当たり障りのない話を振ってみた。
苦肉の策とバレたのか、青島が失笑した。
だが、ちゃんと相手をしてくれる。
「一倉さんから、会社の社長さんだって聞いたから。あんまりらしくない格好で部屋に行くと怪しいでしょ?」
気を使ってくれたらしい。
「それは、わざわざすまない」
青島は呆れたような困ったような顔をしてから、堪え切れないとでもいうように、笑った。
「本当に変な人だなぁ。アンタは俺を買ったんですよ?そのアンタが俺に気を使わないでくださいよ」
偉そうにしていればいいんだと言われて、室井は眉間に皺を寄せた。
そういうものかと思ったが、どうせ室井の態度は変えられない。
変える気も無かった。
「一倉とはいつ知り合ったんだ?」
「三ヵ月くらい前です。あん時も出張で来てるって言ってましたけど、また出張なんですってね」
そういえば、以前にも同じ場所に一倉は一人で出張に来ていた。
どうやって知り合ったのか、どういう…そういう知り合いなのか、などという下世話極まりない質問が頭を過ぎって、室井は自分自身に呆れた。
そんなことを知ってどうしようというのか。
少なくても、一倉の不道徳を責めるためではない。
一倉のことなど、むしろどうでもいい。
信じられないことに。
気になって仕方ないのは、目の前にいる男のことだった。
一人苦悩している室井を見て、青島は苦笑した。
「…室井さんは独身ですか?」
不意に青島が会話を振ってくれる。
室井がいらぬことに頭を悩ませているのを、会話に困っていると受け取ったらしい。
「ああ…君もか?」
と聞き返して、馬鹿なことを聞いたと思った。
青島が既婚者のわけがない。
かなり頭の悪い質問をしてしまったことを、すぐに後悔した。
さぞかし呆れているだろうと思って青島を見ると、少しの間の後、爆笑し始めたから驚いた。
「あはははっ…、お、俺が結婚してるわけないでしょっ」
どうやらツボにはまったらしい。
室井は呆れられなかったことにホッとした。
笑い転げる青年を見詰めて、室井も表情を緩める。
「すまない、馬鹿なことを聞いた」
「いいえぇ〜……ああ、可笑しかった」
ようやく笑いの発作が落ち着いたようで、青島は一つ深呼吸した。
「室井さんは何で結婚しないんですか?」
「何でと言われても……相手がいない」
「相手には困らなそうですけど。男前だし、紳士だし、真面目そうだし、優しそうだし……まぁ、後半は俺の勘ですけど」
室井は苦笑を浮かべて首を振った。
「最近じゃ、どうやって女性と付き合ったら良いのかよく分からない」
社長になる前はもちろん恋人がいた時期もあった。
だが自分と一緒にいても、相手が退屈してしまうだろうと思うと上手く付き合えなかった。
気の利いた台詞は浮かばないし、冗談も言えない。
真面目だけがとりえでは恋愛もままならないのだ。
「俺は面白みの無い男だから…」
呟くと、青島が大袈裟に驚いた。
「え?俺を爆笑させたのに?」
思わず室井の眉間に皺が寄る。
「俺がさせたんじゃなくて、君が勝手にしたんだ」
あれは笑わせたのではなく、笑われたのである。
言わば失言を吐いただけだから、それで面白がられても嬉しくない。
青島は肩を竦めた。
「そうっすか?俺は面白いと思うけどなぁ。ていうか、室井さん、天然っぽいですよ」
言われて、室井は目を剥いた。
天然ボケだなんて言われたことは、初めてだった。
眉間の溝が深くなると、青島は苦笑した。
「自覚なしですか?」
「俺は普通だ」
「変わってますよ」
「どこが」
「ヤらないのに、俺を買ったところとか」
青島のからかうような視線に晒されながら、室井は返事に詰まった。
確かに自分でもおかしなことをしていると思っている。
駄々を捏ねてまで彼に金を払い、この部屋にいてもらって、何をしているのかといえばくだらない話。
室井が上手く会話をすることが出来ないせいで、青島に助け舟を出してもらう始末である。
何がやりたいのか、室井自身良く分かっていないのだから、青島に変わり者だと言われても反論のしようが無かった。


それから少し他愛の無い世間話をした。
こういう仕事をしているせいか、本人の性格のせいか、青島は会話をするのが上手だった。
話し上手で聞き上手、室井から話しを引き出すことにも長けていて、口下手な室井には有り難かった。
深い時間になり、青島が切り出した。
「寝ますか?」
ぎょっとして青島を見ると、笑っている。
「だから、お客さんを襲ったりしませんて。もう寝ますか、って聞いてるだけです。それとも朝まで何か話しますか?俺はそれでも良いけど、室井さんの方が大変そうっすよ」
言われてみれば確かにその通りだ。
室井は明日も当然仕事だった。
「……寝よう」
室井が頷くと、青島は満足そうに頷いて立ち上がった。
「俺はどこで寝たらいいです?」
室井はまたも返事に詰まった。
迂闊なことに考えていなかったのだ。
ベッドは寝室にあるキングサイズのベッドだけである。
「君が寝室を使ってくれればいい」
青島は心底呆れた顔をした。
「アンタねぇ……はぁ、もういいや」
青島は何やら急に投げ出すと、室井の腕を掴んだ。
「寝室はどっちですか?一緒に寝ましょ」
「あ、青島君、ちょっとまっ」
一人慌てる室井に、青島は取り合わない。
「呼び捨てでいいっすよ」
「…青島、寝室はそっちだが、それは君が」
「どうせデカイベッドでしょ?二人で寝るくらいなんでもないでしょ」
「し、しかし」
往生際の悪い室井を、青島が睨み付けた。
「俺の傍で寝るの、気持ち悪い?」
「まさかっ!」
間髪入れずに答えると、青島は少しだけ目を細めた。
「なら、一緒に寝ましょう。どうしてもダメなら、俺がソファーで寝ます」
しばらくじっと見つめ合うと、青島は困ったように眉を寄せた。
「室井さん、俺はお客さんじゃないんですよ」
確かに青島を買ったのは室井で、青島は室井の客人ではない。
また妙なことを言い出して、青島を困らせているらしい。
室井はそう気が付くと、あっさり頷いた。
「分かった、一緒に寝よう」
少し驚いたようだったが、青島もそれで納得したらしい。
青島を先導して寝室に向かいながら、室井は言った。
「青島」
「はい?」
「確かに俺は金で君の時間を買ったが、それとこれとは別で」
「……?」
意味が伝わらなかったらしく、青島は首を傾げている。
「俺は君の客になるのかもしれないが、いや、なるわけだが、君に何をさせたいわけでもなくて…いや、ここにいてくれとは頼んだが」
青島はますます首を捻っている。
それはそうだろう。
室井だって何を伝えたいのか分からない。
だけど、「そうじゃない」ということだけは伝えたかったのだ。
「俺が君に金を払うのは、君の時間に対してだけだ。だから、君が俺に何をする必要も無いし、俺が君に主人面することも無い」
青島は複雑な表情で室井の言葉を聞いていた。
不快そうではないが、もちろん喜んだりしてもいない。
きっと困惑している、というのが正しいだろう。
「……伝わった、だろうか?」
室井がいささか不安そうに尋ねると、青島は少しだけ口角を上げた。
「何となくは、ね」
「そうか…なら、一つ宜しく頼む」
少しの間の後、青島は弾かれたように笑った。
「やっぱり変な人っ」
失礼な話しだが、室井は青島が笑ってくれたので、それで良いことにした。










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2005.5.15

あとがき


ここまでが、出会い編…のつもりです。
出会いだけで三話も書いちゃいました;

室井さんのヘタレっぷりに、リチャードギアはどこいったって感じです(笑)

「プリティ・ウーマン」を目指しているつもりなんですけど。
目指してるつもりなんですけど。
なんですけど(滝汗)

頑張ります;



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