「え?新城さんもあの映画観たんですか?」
「驚くようなことか。私だって映画くらい観る」
「いや、そりゃあそうだけど…面白かったっすか?」
「デキは良かった」
「微妙な評価っすね、俺は面白かったですけど」
「オチが分かりやすかったのが残念だ」
「えっ、俺、最後、物凄い驚きましたけど?」
「最後までオチに気付かなかったのか?」
「ええ、全く。疑ってもみませんでした。お前がか!って思いましたもん」
「お前は人生が楽しそうで、羨ましいな」
「嫌味ですか」
「馬鹿にしただけだ」
「気持ちいいくらいはっきり言いますね……俺は新城さんみたいに捻くれてないんですよ、心が素直なの」
「なんでもかんでも真に受けていたら、そのうち誰かに騙されるぞ」
「騙すよりは、騙される方が良いでしょ」
「それは、嫌味か?」
「そうです」
隣に座った新城が横目で睨んでくるが、青島は肩を竦めてやりすごした。
睨みはしたものの、新城から文句は出ない。
すぐに興味が失せたように視線を反らした。
それを青島も横目で確認し、苦笑を浮かべた。
―なんだろうな、なんか変な感じだ。
新城と二人で酒を飲んでいること自体変と言えば変だが、そんな状況で妙に穏やかな空気を感じていることが、青島には不思議だった。
新城に呼び出され、連れて来られたのは、バーラウンジだった。
カウンターに二人並んで座り、飲んでいる。
新城と話すことなど何もないと思っていた青島だったが、どういうわけか会話は長く途切れることもなく続いていた。
それも、どうでもいい話しばかりである。
既に小一時間新城とこうしているが、新城から重大な話しがあるわけでもないし、特別説教をされるわけでもなかった。
室井の名すら、全く上がらない。
だからといって、青島から振ることもしない。
室井の話は、できることならしたくなかった。
それをしないのであれば、いよいよもって新城に呼び出された理由が分からないが。
「仕事は」
短く聞かれて、青島は視線だけ新城に向けた。
「何がっすか?」
「忙しくないのか」
「暇なわけがないって言ったの新城さんでしょ」
「今日は忙しくなかったのかと聞いてる」
無表情に言う新城に、青島は呆れた。
自分の名を出してでも仕事を抜けて来いと言ったのは新城だ。
青島が、どの口がそれを、と思うのも無理は無い。
でも、そういえば、と思い出す。
最終的には青島の都合を聞いてはくれた。
新城なりに、気にかけてくれているということだろうか。
半信半疑ではあったが、青島から新城にわざわざケンカを売る必要もない。
「ええ、まあ、大丈夫でしたよ」
「そうか」
「新城さんこそ、忙しいんじゃないっすか?」
「暇ではないが、お前を誘う程度には暇だな」
忙しければ無理してまで青島を誘おうとは思わないと言いたいらしい。
青島だって無理して新城と会いたいなどとは思わないが、誘っておいてなんという言い草かと思わず仏頂面になる。
「…そりゃどうも」
横顔を睨みつけると、新城はこちらを見もせずに少しだけ笑ったから、青島は地味に驚いた。
新城らしい、冷笑というわけでもない。
可笑しくてつい笑った、という感じだろうか。
青島がちょっと戸惑っているうちに、新城の表情も元に戻っていた。
グラスに口をつけるその横顔から視線をそらし、青島も自分のグラスを手にした。
意味なく傾けたり回したりして、弄ぶ。
「新城さん」
「なんだ」
―何か話したいことがあったんじゃないんですか。
喉まで出かかったが、言葉にはならない。
新城がどういうつもりで青島を呼び出したのか、会ってからずっと気になっていた。
新城だって用事があるから青島を呼び出したに決まっている。
何故新城が切り出さないのかはわからないが、聞いておくべきかもしれないと思った。
呼び出された理由が気にならないわけもない。
だが、それが室井の話しならば、したくない。
「なんだ?」
いつまでも黙っている青島に、新城が青島を振り返った。
じっと見つめられて、曖昧な笑みを浮かべる。
「いや……いつもこんなとこで飲んでんですか?」
結局聞きたかったことを飲み込み、どうでもいい話題を振った。
呼び出したのは新城である。
話しがあるのも新城だ。
青島には、新城に話したいことなどない。
だから、気にするのをやめることにした。
「悪いか」
気に入らないのかとばかりに新城が言うから、青島は苦笑した。
「悪くないですってば、いい店だと思いますよ。なんか、デートとかで使えそうっすね…あ、新城さんって、こういうとこでデートするんすか?」
ニヤニヤと笑いながら聞いたら、冷たい眼差しが返ってきた。
「一人で来る」
もう一度悪いかと聞かれて、青島は慌てて首を振った。
「だーかーら、悪くないってばっ」
「お前はこういうところでデートするのか」
新城の口からデートという単語が出ると何か違和感を覚えるが、新城だって人間であるからそんな単語を口にすることもあるだろう。
青島はいささか失礼なことを考えながら、首を捻った。
「まあ、金があれば来ることもないことも…」
「なら滅多にないか」
「…ええ、ええ、どうせ官僚様とは一緒になりませんよ」
どうしてこう一々腹の立つ言い方をするんだとは思ったが、青島の方が段々と慣れてきてどうでも良くなってきた。
「俺貧乏っすから、ここ奢ってくださいね」
どうでも良くなったついでに図々しく言ってみたら、新城はふっと笑った。
「分かっている」
今度は冷笑だったから、青島は顔を顰めた。
お前に金がないことくらい分かっている、と言われているらしい。
―やっぱり腹立つ!
そう思っていると、新城が席を立った。
「行くぞ」
「は…、あ、奢れって言ったから帰るんすか?」
ケチくさいですよ新城さんと言いながら一緒に席を立つと、新城は面白くなさそうに青島を見た。
「腹が減った。食事をして帰るぞ」
それだけ言うと、唖然としている青島を置いて、さっさと歩き出してしまう。
余程馴染みの店なのか、カウンターにいたバーテンが頭を下げると、新城も頷き返してそのまま会計もせずに出て行く。
青島もバーテンに一つ頭を下げて、慌てて新城の後を追った。
***
「何、イライラしてんだ?」
一倉に聞かれて、室井は眉間に皺を寄せた。
「してないが」
「事件も無事に解決したってのに、浮かない顔だな」
人の話しを聞いているのかいないのか、一倉はそう言って空いている適当な椅子に腰を下ろした。
捜査一課は、相変わらず刑事たちが現場に出ていて、ひと気が無い。
それをいいことにさぼっていたわけではもちろんなく、室井は自分のデスクで書類を作成していた。
静かで仕事が捗るかと思いきや、実はあまり捗っていない。
それは一倉がいるせいではなかった。
「ここずっと、機嫌悪いだろ」
「普通だ」
「なんか、負のオーラが出てるぞ」
一倉に言われて、益々眉間に皺が寄る。
「別に何もない」
「そんなにイライラしてるのにか」
「だからしてないと言ってるだろっ」
珍しく語気を強めた室井に、一倉は呆れた顔をした。
「それがイライラしてるって言ってるんだよ」
室井はぐっと言葉を飲み込み溜息を吐くと、一倉から視線を反らした。
「…何もない」
パソコンに向かい、仕事を続ける。
―何もない。
そう、室井にはイライラするようなことは何も無かった。
新城が青島のことを好きだ。
それはとんでもないことだ。
そう思ってしばらく考え込んでいたが、良く考えれば、例えそれが事実でも室井には全く関係のないことだった。
新城と、そして青島の問題である。
二人がどうにかなるにしろ、どうにもならないにしろ、室井が口を挟む問題ではない。
新城に変に煽られたから気になって仕方がなかったが、それが無意味なことだと気付いてからは悩むのを止めた。
青島は大事な仲間だ。
青島がどう思っているかは知らないが、もしかしたら上司の枠からは一歩も出ていないかもしれないが、それでも室井からしてみれば大事な仲間なのだ。
新城が青島に対して傍若無人な態度に出るというのなら許せない。
関係の強要や無理強いなど論外だ。
だが、もし万が一、ちゃんと心を通わせた二人が深い関係となるなら、悪いことではないだろう。
男同士ということに障害はあれど結局は当人同士の問題である。
新城の想いを、青島が受け入れるか否か。
それだけのことだ。
―俺には、関係がない。
「だから、何怖い顔をしてんだよ」
一倉に言われてハッとして、見てもいなかったパソコンの画面から顔を上げた。
「親の仇にでもあったような顔をしてたぞ」
「…両親は健在だ」
「知ってるよ、そうじゃなくて、何を怒ってんだと聞いてるんだ」
「怒ってないっ」
「だから、それが」
うんざりした一倉の声を遮るように、室井は深い息を吐いた。
声を荒げた自分自身に、一倉に言われるまでもなく気付いてしまった。
片手で額を押さえると、顔を隠すように俯く。
本格的に室井が煮詰まっていると知ったのか、一倉の声がいくらか神妙になる。
「なにかあったのか?」
そんなことは室井が聞きたい。
怒ってなどいない。
怒る理由が無いのだ。
どこにも見当たらない。
―新城が青島を好きだと?
勝手にすればいいと思う。
室井には関係がないのだ。
そんなことを室井に申告されても困るだけだ。
だから今まさに困っている。
怒る理由が見当たらないのに、得体の知れない焦燥と怒りを感じているのは事実だった。
それは自覚しているのに、その理由だけが見当たらない。
どんなに考えても見当たらず、靄がかかったようにすっきりしない心と、時々腹の底から湧いてくるような怒りに戸惑うばかりである。
だから、室井はイライラしていた。
「一番大きな事件も解決したんだ、少し休んでストレス発散でもするんだな」
室井が何も言わないと理解したのか、一倉は苦笑するとらしくもなく励ますような言葉を吐いた。
先日の連続殺人事件の特捜は、無事に犯人を逮捕し解散した。
暇になったわけではないが、少し時間にゆとりができたから休暇は取れるだろうが、取ったところで自分の悩みが解決しないことも知っている。
だが、一倉の言葉を否定することもなく、室井は浅く頷いた。
「そうだな…」
「気分転換も大事だぞ?」
「お前の気分転換は?」
「娘と風呂に入ること」
似合わないが、真顔なところを見ると、嘘ではないのだろう。
「期間限定の気分転換だな」
苦笑した室井に、一倉は顔を顰めたがすぐに肩を竦めた。
「ま、確かに、この先ずっとというわけにはいかないな」
雑談は終了とばかりに、一倉は腰をあげた。
適当に頑張れという適当な応援を残して捜査一課を出て行こうとするが、行きかけて足を止める。
「そういえば、夕べ珍しいものを見たぞ」
なにやら可笑しそうに笑っている一倉に、室井は首を傾げた。
「新城と青島が一緒に飯食ってたぞ」
室井が目を剥いたのを単純な驚きととったのか、一倉は苦笑した。
「変な取り合わせだよな」
今日が晴れているのが不思議だと窓の外を見るそぶりを見せる。
一倉は、新城が青島を毛嫌いしていたことを知っているし、青島が室井以外のキャリアに懐かないことも知っている。
そんな二人が一緒にいるところを見て、驚いたのだろう。
だが、室井の驚きとは、きっと衝撃が違う。
何も言えずにいる室井に、一倉は続けた。
「心配しなくても、青島も嫌々呼び出されたふうではなかったぞ」
中々楽しそうにしていたと、一倉なりの気遣いで室井に教えてくれたのだろうが、今の室井にとっては逆効果でしかなかった。
「ま、いきなり仲良くなられても、こっちとしては面食らうけどな」
あの男はキャリアに取り入るのが上手いなと、苦笑気味に呟いて、一倉は出て行った。
残された室井の脳裏には、二人きりで食事をする二人の姿が浮かんだ。
そんな姿は今まで一度も見たことが無い。
それなのに鮮明にその姿が想像できた。
ここ数日、ずっと二人のことを考えていたせいかもしれない。
それでも仲睦まじい二人など想像したことがない。
今の今まで、想像もできなかった。
―二人で食事をしていた。
たったそれだけのこと。
それだけのことだが、これまでの二人の関係を考えれば有り得ないことだ。
新城が青島を好きだというくらい、有り得ないことだった。
だが、一倉が見たというのだから、それはきっと事実なのだろう。
有り得ないことが起こってる。
新城が青島と近くなろうとしている。
そのせいか、室井から急に青島が遠くなってしまった気がした。
室井と青島の距離など、変わるはずもないのに。
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