■ 幼馴染(4)


じりじりと気温が上がりつつある中、青島と二人並んで歩く。
時々、暑さで幻覚を見ているのなら良いのにと性懲りもなく思った。
何度思ったって、隣にいるのは青島俊作本人で間違いない。
ちらりと横を見る。
大きな目に大きな耳に大きくて厚みのある唇、浅黒い肌に柔らかそうな髪の毛。
どこから見たって室井が良く知る青島だったが、一つだけ違っていた。
少し背が伸びている。
正月に会った時にはまだいくらか室井より小さかったが、今は同じくらいかもしかしたら抜かれているかもしれない。
同じ男としては多少複雑ではあったが、そんなことよりも単純に青島の成長に驚いた。
室井と違って、青島は成長期真っ只中であるから当然のことではあるのだが、それだけ会っていなかったのだと改めて実感した。
横顔を盗み見ていたら、不意に青島が振り返った。
ドキリとした室井に気付いた様子はない。
「室井さん」
「なんだ?」
「買い物って、どこまで行くんです?」
冷蔵庫が空だから買い物に行くと言って部屋を出たのだが、実のところ、狭い部屋の中に二人きりでいたら落ち着かないから、外に出たかっただけだった。
幸い多少暑苦しいが外の空気を吸ったら、いくらか落ち着いた。
だからといって、買い物もせずに帰るわけにもいかない。
夕べは外食で済ませたが、冷蔵庫が空なのも事実である。
青島の質問に「近くのスーパーだ」と答える。
室井が良く行くスーパーに向かっていた。
「自炊してるんだ。偉いっすねぇ」
「外食を続けられるほど金がないだけだ」
「あ、食費払いますからねっ」
室井の言葉で思い出したのか、慌てて言う。
催促したように聞こえただろうかと思い、室井は眉を寄せた。
金にゆとりがあるとは言えないが、一人分作るのも二人分作るのも大差はない。
なにより、青島から金を貰うことに抵抗があった。
「…スーパーの前に、寄り道していいか?」
話を逸らすように室井が促すと、青島は首を捻りつつ頷いた。
寄り道は話を逸らすためだけではなく、他に必要なものがあることを思い出したからだった。
スーパーに向かっていた足が少し方向転換すると、青島が室井の後をついてくる。
そのまま室井が向かった店は、百円均一だった。
「室井さんもこういうところ来るんですねぇ」
雑全とした店内を物珍しそうに窺いながら、青島が少し驚いたように言った。
室井のイメージではないのか意外だったようだが、確かに室井も頻繁に来るわけではない。
買い物する時は必要な物しか買わないから、用事が無ければ滅多に来ない。
今も、買わなければならないものがあるから来ただけだった。
室井は食器の売り場で足を止めた。
「うちには、君の分の食器がない」
「え?」
「…安物で悪いが」
室井の部屋には余分な食器など用意がなく、青島の分の茶碗や皿すら満足にない。
貴重なグラスは一倉が一つ壊してしまった。
一月、青島が室井の部屋で暮らすなら、最低限のものはないと不便だろうと思ったのだ。
もっとちゃんとした店で用意してやれれば良いのだが、そこは室井の経済事情を汲んでもらいたい。
だが、青島がそんな文句を言うわけもなかった。
「え、俺の分っ?」
驚いたように、自分の顔を指差している。
落ちてきそうな目を見れば、どうしたって可愛いなと思わずにいられない。
室井は胸中で自分を戒めつつ、頷いた。
「いるだろ?」
「や、わざわざそんな、適当なのでいいっすよ、本当に」
「遠慮しないでくれ…100円で遠慮されると俺も辛い」
難しい顔で呟くと、一拍置いて青島が笑いだした。
「あははは、おかしいなぁ、室井さん」
「笑うな」
「だって、おかしいもん」
「いいから、早く選べ」
笑いの納まらない青島に、室井は気まずそうに促した。
「兄貴面、させておいてくれ」
ようやく笑いを引っ込めると、青島は室井をじっと見た。
そして柔らかく笑った。
「じゃ、甘えとこうかな」
その言葉に室井はホッとした。
―まだ、変わらずにいられる。
そんなことが、室井にとっては救いだった。
室井は青島にとって兄のような存在でいたかったのだ。
だから離れた。
側に居続ければ、いずれそれから逸脱してしまう。
わかっていたから距離を取りたかったのだ。
時間をかけて、自分の気持ちに整理をつけたら、室井はまた青島の『良き兄』に戻りたかったのである。
なのに今、また青島が目の前にいる。
愛しい人が目の前にいる。
普通なら幸せなことだが、今の室井にとっては辛いことだった。
壊しちゃいけない、触れてはいけないと自分に言い聞かせ、そんな自分が後ろめたくて余計に辛い。
それでも、目の前で笑う青島は、昔と変わらず可愛いし愛しかった。
離れようとして逆に逃げ場がなくなってしまったわけだが、今更実家に帰省するわけにはいかないし、青島を追い返すことなどもっとできない。
そうしたら、腹を括るしかなかった。



ハンバーグとサラダと、ご飯と味噌汁。
室井が用意した夕飯である。
「うまいっ」
ハンバーグを食べて、青島は大袈裟に喜んだ。
尤も、大抵のものは喜んで食べる男である。
味音痴ではないとは思うが、成長期のせいもあってか、質より量というところが無くもない。
それでも青島に嬉しそうな顔をされれば、悪い気はしなかった。
「室井さん、料理上手っすよね」
「ハンバーグくらい、誰でも作れる」
「…俺、作れませんけど」
むうっと唇を尖らせた青島に、室井は思わず口許を緩める。
そういえば、青島はあまり料理ができない。
「どうせ無器用ですよーだ」
「いや、君のは無器用って言うんじゃなくて、大雑把と言うんじゃないか?」
冷静に突っ込みを入れると青島がなお唇を尖らせるから、室井は苦笑した。
青島は手先が無器用なわけでもない。
子供の頃から、工作を作らせたりプラモデルを作らせたりすると、上手だった。
どうも料理を作る行程が面倒くさいらしい。
味付けも大雑把になりがちだ。
そもそも、半ば料理が趣味である室井と違って、青島には料理をする習慣も必要性もないのだから、それも無理はなかった。
「別に料理ができなくても、困らないだろ」
イジケ気味な青島を宥める。
いつか将来困ることがないとは限らないが、実家住まいの学生では当分の間は困らないはずだ。
気にするなと宥めてやると、青島は小さく笑った。
「室井さん」
「ん?」
「ガキの頃、たまに飯作ってくれましたよね」
「ああ…そんなこともあったな」
青島の両親は共働きだった。
そのため青島が小学生の間は休日を室井家で過ごすことが多く、室井がたまに昼食を作ってあげたりしていた時期があった。
カレーライスやシチューなど簡単な料理ではあったが、青島はいつも嬉しそうに食べてくれたことを思い出す。
そういうところは今も昔も変わらない。
懐かしい想い出がまた頭に蘇った。
室井は青島にご飯を作ってやり、一緒に食事をすることが嫌いじゃなかった。
それも、今も変わっていない。
ただ、今は、そうできない理由が他にあるだけだった。
「あの頃ね、凄く嬉しかったんですよ」
室井が視線を向けると、照れたように笑った。
「飯作ってくれたってこともそうだけど、室井さんのおかげで家に一人でいなくてすんだ」
小学生が一人で家にいる時間が長ければ、確かに寂しいかっただろう。
あの頃の室井は青島と過ごす時間が長かったから、あまり寂しい思いをさせずにすんだのかもしれない。
「感謝してるんですよ、これでも」
こんな話をするのは初めてだった。
少し驚いたが、照れ臭そうに、だけど真剣に言われれば、室井も応えないわけにはいかない。
「感謝など必要ない」
その言葉が突き放すように聞こえたのか、青島の顔が少し曇る。
だが、室井はそれに気が付かない。
「君のためにしてたわけじゃない」
室井は別に青島が一人でいることが可哀想だから一緒にいたわけではない。
一人にしておくのが心配だと思わなかったわけではないが、それが理由にもならない。
一緒にいたかったからいただけのことである。
何かと世話をやいたり、食事の面倒までみたのは、単なるなりゆきに過ぎない。
青島が手の掛かる子供だったというのは事実で、一緒にいれば世話を焼かずにいられなかった。
だからしていただけのこと。
好き好んで一緒にいて、好き好んで世話を焼いていただけなのだ。
感謝される理由も道理もない。
「俺が好きでしたことだ」
そう告げると、青島は目を丸くして室井を見た。
じっと見つめられると、座りが悪い。
「な、なんだ」
眉間に皺を寄せた室井に、青島は相好を崩した。
「んーん、なんでも」
「なんなんだ、一体」
「変わんないなーって、思っただけっすよ」
室井は眉間の皺を深くした。
室井が変わっていないわけがない。
特に青島に対しては、変わっていないわけがなかった。
変わっていないように見せているだけ。
そして、その通りに見ている青島に、胸が痛んだ。
「会いに来て良かったな」
青島がぽつりと呟いた声に、室井は現実に戻る。
そういえば、会いに来た理由をまだ聞いていなかった。
すっかり動転していて聞きそびれていたが、気になるところではあった。
夏休みだから遊びに来たのだろうが、それだけで室井のところに一月も泊まりにくるだろうか。
「青島、」
「あ、ねえ、室井さんっ」
青島がテーブルに手をついて、身を乗り出してきた。
近くなった分、室井が離れる。
「な、なんだ」
「明日、どっか行きません?」
遊びに行きましょうよっと誘ってくる青島に、思わず頷きそうになりながら首を振る。
「すまない、明日はバイトが」
「あー…そうっすか〜」
「…すまない」
あまりにも残念そうな顔をするからもう一度謝ったが、青島は慌てて首を振った。
「いえいえっ、邪魔はしないって約束っすから」
気にしないでとニッコリ笑う。
―邪魔だったら、どんなに良かったか。
心の中でひっそりと思って、室井は首を振った。
「…明後日なら」
一瞬遅れて、嬉しそうに笑う青島の顔を見ながら思った。


こんな調子で、青島のことを忘れられるのだろうか。










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2007.5.12

あとがき


青島君のことを忘れるなんて、できるわけないじゃない!(ハイハイ)

というわけで、無駄な抵抗をしつつ苦悩する室井さんでした。
多分もうしばらくこんな感じなんじゃないかと…(^^;

しかし、一倉さんなら床に転がってようが食器が無かろうがひとつも気にしないけど、
それが青島君だったら気になって気になってしょうがない室井さん。
見事な青島バカですねぇ(それはお前だ)



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