■ 幼馴染(3)


「先日お隣に越して来た青島さんちの俊君」
小学校から帰宅したばかりの室井に、母親はそう言って小さな男の子を紹介した。
言われてみれば、数日前から隣の空き家に誰か引っ越してきていたことを思い出す。
男の子は四年生になる室井から見るとかなり小さい。
―大きな目だな。
それが青島に対する第一印象だった。
室井の母の手を握ったまま、大きな目でじっと室井を見上げている。
そう不安そうにも見えないから、人見知りはしないのかもしれない。
何故家にいるんだろうかと思いながら、礼儀正しい室井は挨拶をした。
「こんにちは」
すると青島はニコリと笑った。
「こんにちはっ」
元気な挨拶が返ってくる。
愛想が良い。
何より、愛敬がある。
室井がぎこちなく笑みを返すと、母親が言った。
「可愛いでしょ、俊君」
母親はすっかり青島が気に入ったらしく、繋いでいない方の手で頭をなぜている。
その手に嬉しそうにしている青島を見れば、室井も素直に頷けた。
「でね、今夜俊君うちに泊まるから」
「え?」
突然の話でさすがに驚いた室井に、青島の両親が急な法事で今夜留守にするというから預かったと教えてくれる。
いつの間に青島家と親しくなったのか知らないが、室井の母親とは思えないくらい社交的な人だっただから、不思議でもなかった。
ただ、事情は理解できるが、こんな小さな子が一人で大丈夫なんだろうかと不安には思う。
「全然人見知りしないから大丈夫って、青島さんの奥さんが言ってたよ」
室井の不安を悟ってか、母親はそう言った。
母親の手を握って機嫌良さそうにしている青島を見れば、確かに平気そうな気もする。
「慎次って言うのよ」
仲良くしてあげてねと、母親が紹介する。
青島はまだじっと室井を見上げていた。
首が疲れやしないかと心配になり、膝を折る。
自分より年下の友達などいないからどうしたら良いのか分からず、少し悩んだ。
悩んで結局また挨拶をした。
「…よろしく」
青島は瞬きをして、パチリとした目を三日月にして笑った。
「よろしく、お兄ちゃんっ」
室井の人見知りなど、青島にかかればものの五分で消しとんだ。


夕飯まで時間があるからといって外で遊べば、玄関を出てすぐに転び膝を擦り剥いた。
半ベソの青島だったが、慌てた室井が飴玉を口に入れてやり絆創膏を貼ってやった後には、もう笑顔になっていた。
公園で遊んで帰る途中、また青島が蹴躓いた。
今度は転ばなかったにしろ、とにかく落ち着きがない子だと分かる。
放っておけない。
見かねて手を引いて歩いてやると嬉しそうな笑顔が返ってきて、室井もつられて笑ってしまった。
帰宅して食事をすれば、火傷しないように冷ましてやり、溢せば拭ってやる。
この辺りの作業は、妹がいるから慣れてはいた。
甲斐甲斐しい室井に感心した母親に頼まれて風呂まで一緒に入るものの、風呂に入っているのか遊んでいるのか分からず、最終的には逆上せる手前で母親に急かされ風呂から上がった。
就寝のために自分の部屋に戻った時には幾分ぐったりしていたが、悪い気分ではなかった。
少なくても、青島の分の布団を室井のベッドの横に敷かれているのを見ても、嫌な気分にはならなかった。


「まだ遊ぶ」
重そうな瞼を必死に持ち上げながら、青島がそう言った。
眠いはずなのに、まだ室井と遊び足りないのだ。
室井は柔らかく笑うと、青島を布団に入れてやる。
「またいつでも遊べるから」
肩まで布団をかけてやると、青島の眼差しが少し輝いた。
「…本当に?」
「うん」
「また遊んでくれる?」
キラキラした目で何度も確認されると照れくさいが、室井は小さく笑って頷いた。
満足したのか、青島も笑って頷き返してくる。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさーい」
豆電球をつけて、室井も自分のベッドに入る。
やはり疲れていたせいか、すぐに眠りに落ちた。


どれくらい経ったのか、室井は不意に目を覚ました。
―誰かが泣いてる?
誰かがすすり泣くような音が聞こえた気がしたのだ。
誰かも何も、この部屋には室井の他に青島しかいない。
青島を見れば、布団の上で体を起こし、顔を拭っている。
「ひっく」
青島が泣いているのだと認識すると、慌てて飛び起きた。
「俊君?」
ベッドから降りて側によると、大きな目が室井を見上げてくる。
ぐすぐすと鼻をすすり、頬が濡れていた。
「どうした?どこか痛い?」
肩に触れて顔を覗き込むと、フルフルと首を振る。
「怖い夢でも見た?」
また首を振る。
困ったことに、室井の頭の中には、夜中に青島が泣いている理由が浮かばなかった。
フルフルと首を振っては鼻をすする青島にどうしたら良いのか分からず、母親を呼びに行こうかと思ったのだが、青島の手が室井のパジャマの裾を掴んでいるのを見て、もしかしたらと気付く。
恐らく、ホームシックだろう。
人見知りは全くしなかったが、親と離れて夜を過ごすことは、少なからず不安だったのかもしれない。
室井は少し考えて、青島の頭をポンと叩いた。
「一緒に寝る?」
瞬きをするせいでまた涙が落ちる。
本当に大きな目だなぁと思いながら、手でゴシゴシと拭ってやると、青島がしがみついてきた。
「うんっ」
見れば、もう笑顔になっている。
やはり一人が不安だったらしい。
室井は苦笑しながらも青島の背中を叩いて、布団に入った。
その後は、もう泣くこともなく、青島も朝まで眠ったようだった。
室井に寄り添ったまま―。


***


室井は懐かしい記憶を思い返していた。
何故今そんなことを思い出しているかといえば、もちろん想い出に浸るためではない。
むしろ室井は苦悩していた。
目の前には一組の布団がある。
その横には、青島が持ち込んだ寝袋が置いてある。
室井の部屋には布団が一組しかない。
君が布団を使えとは言ってみたが、青島は頷かなかった。
折角遊びに来てくれたのに、そんなもので寝かせるのはいくらなんでも可哀想だ。
他の術はないものかと考えているうちに、子供の頃のことを思い出していたのだ。
子供の頃なら、寝袋なんぞで寝なくても、同じ布団で一緒に眠れば良かった。
今となっては、それも難しい。
二人とも身体が大きくなったから狭いということもあるが、それよりも何よりもそんなことをしていては室井の精神が持たない。
同じ部屋で一晩を過ごすだけでも、かなりの緊張を強いられているのだ。
隣で寝られでもしたら、一睡もできないだろう。
「シャワーありがとうございました〜」
ハッとして振り返ると、風呂場からバスタオルで髪を拭きながら青島が出てきていた。
Tシャツとスウェットがパジャマ代わりらしい。
「はー気持ちよかった」
「冷蔵庫にミネラルウォーター入ってるぞ」
「わーい」
礼を言って冷蔵庫を開けると、青島は美味そうに水を飲んだ。
思わずじっと見つめて、盗み見るような自分の視線に気付き、そっと視線を逸らした。
「室井さん」
途端に声をかけられて、慌てて振り返る。
「なんだ」
「室井さんも、風呂入ってきたら?」
「…そうだな」
その方が、色々とスッキリしていいかもしれない。
そう思って、パジャマを手に素直に立ち上がる。
ちらりと青島を見れば、寝袋を袋から出していた。
やはりなんだか可哀想に見えて、眉が寄る。
一倉だったら床で転がってようが気にも留めないが、相手が青島だとどうしても気になる。
しかし、布団だけはどうにもならない。
動かない室井に気付いたのか、青島が室井を振り返った。
「室井さん?どうかしました?」
「いや……先に寝ていていいから」
「…あ、はい」
青島が少し寂しそうな顔をしたが、室井は気付かない。
「明日は、交代しよう」
きょとんとして首を傾げた青島に続ける。
「明日は、俺が寝袋で寝るから」
一日交代にしようと言って、青島の返事も聞かずに風呂場に向う。
「ちょっと、室井さーん」
風呂場のドアを閉めたら、ドアの向こうから青島の声が追ってきた。
「あ、ありがとうございます〜?」
困ったようなお礼に、室井は思わず笑みを零した。
―もっと素直に甘えてくれていいのに。
そう思ったが、そうできなくしたのは、恐らく距離を取ろうとした室井のせいだろう。
室井の目が、少し暗くなる。
子供の頃のままだったら、青島は室井にもっと気を使わなかったはずだ。
それは、子供らしい、年下らしい甘えで、不愉快ではなかった。
青島に甘えられることは、室井にとってもは嬉しくさえあったのだ。
ただ、いつまでも子供のままではいられない。
変わっていくことも、仕方が無いことだった。
それは、室井自身、身を持って知っている。
ただただ青島が可愛かった、可愛い幼馴染だった頃に戻れれば、あのままでいられたら、苦しむことも回りくどいことをすることもなかった。
室井は服を脱ぐとバスタブに入り、シャワーのお湯を頭から被る。
そんなもので誤魔化せるのは、吐き出した溜息の音だけだった。










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2007.5.5

あとがき


ビックリするほど話が進まない!(滝汗)
まだ、再会した日のままですよ;
三話も書いたのに…
すみません、頑張ります〜(><)

幼少青島君、想像するだけで可愛いのですが、私の書き方じゃなんとも(苦笑)
子供を書くのは難しいなぁ。
幼少室井さんはもっと難しい(笑)
口調がね〜;
大人室井さんの喋り方じゃ可笑しいし、物凄く人懐っこくても違和感あるし。

母親が呼ぶから、最初の呼び方は「俊君」にしてみました。
青島君も「お兄ちゃん」
いづれ、「俊」「慎ちゃん(慎にいちゃん)」となるんじゃないかと。
でも、大人になったら、名字(笑)
これは単純に私の好みですね〜。

青島君の手を引いて歩いてみたいなぁ〜〜〜。



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