■ 幼馴染(1)


夕暮れ時の、気だるい空気が流れる教室の中。
室井は教授の言葉をルーズリーフに書き留めながら、話を聞いていた。
大学の90分の講義はいささか長く集中力を維持するのが結構大変なのだが、二年生にもなればいい加減慣れる。
興味のある講座を受講していたこともあって室井には苦にならなかったが、それでも講義が終わり教授が退出するとホッと一息吐いた。
騒がしくなった教室で机の上を片付けていると、隣に座っていた男が声をかけてきた。
「この後暇か?」
ちらりと横目で見る。
一倉は大学に入ってから知り合った友人だった。
特に気が合うとも思ってはいなかったが、何故かわりと親しい。
同じ講義の時には、隣の席に座る程度には親しかった。
室井は自由奔放な一倉のことを仕方のないヤツだと概ね呆れて見ていたが、講義をさぼらないこと、講義中は真面目であることは評価していた。
尤も、その一倉も室井のことをクソ真面目で融通のきかない男だと呆れて見ているから、案外似たもの同士なのかもしれない。
「合コンならいかないぞ」
室井は興味もなさそうに一倉を見ながら言った。
過去に数回、この男に合コンに誘われたことがあったのだ。
自分で言うのもなんだが、良く自分のような面白みのない、仏頂面の男を合コンに誘う気になるなと不思議に思っていた。
一倉は苦笑すると首を振った。
「誘ったって、お前来ないからな」
もう諦めたと、合コンの誘いではないことを告げる。
「久しぶりに酒でも飲まないか?」
「…未成年、なんだが」
「日本酒好きのくせに、何を今更」
一倉に鼻で笑われる。
室井もちょっと言ってみただけである。
一倉とは既に何度か酒を飲んでいた。
語り明かすほど話すこともないので、ひたすら朝まで酒を飲んで飲み比べのようなことをしたこともある。
二人とも酒に強かった。
「明日から夏休みだからさ、気兼ねなく飲めるだろ?」
一倉の言う通り、大学は明日から夏休みに入るところだった。
一ヶ月以上の長い休みとあって浮き足立つ気持ちは分かるし、室井自身いくらか気持ちが緩んではいたが、初日からハメを外すのはいかがなものかと思う。
思案顔な室井に、何食わぬ顔で一倉が言った。
「手元に美味い酒があるんだけどな。この間、親父が買って来たんでね」
室井の眉がピクリと動く。
さっき一倉が言った通り、日本酒は大好きである。
しかも、親に仕送りしてもらっている大学生の身では、美味い酒などそう飲む機会はない。
したがって、一倉の誘いは魅力的であった。
表情が変わった室井に、一倉はにやりと笑った。
「決まりだな」
酒に惹かれたことを見抜かれたらしく、室井の眉間に皺が寄る。
だが、やっぱり断れない。
「場所は提供しろよ」
一人暮らししている室井の部屋を貸せと言っているのだ。
室井はしぶしぶと頷いた。


室井たちが通う大学の近くに作られた、学生向けのアパートに室井は住んでいた。
ワンルームで決して広くはないが、一人で済む分には充分である。
一人で暮らすには充分だが、一人増えるといくらか狭かった。
約束通り、一倉が持参してきた日本酒を飲みながら、コンビニで適当に買ってきたつまみをつまんでいた。
室井は普通のグラスで、一倉はマグカップで飲んでいる。
前に室井の部屋で酒盛した時に、数少ないグラスを酔っ払った一倉が割ってしまったのだ。
それ以降、室井の部屋で酒盛をする時は、当然のように一倉には適当な器を押し付けている。
本当はグラスくらい買えばいいのだが、一人暮らしとあって食器はそれほど必要ない。
生憎と恋人はいないし、頻繁に尋ねてくるような友人は一倉くらいだ。
不都合は特になかった。
不都合なのはたまにやってくる一倉くらいだから、室井にはどうでも良かった。
「夏休みは、実家に帰らないのか?」
一倉に聞かれて、室井は頷いた。
「そのつもりだ」
「お前、あんまり実家帰りたがらないよな」
そう遠くないんだからたまには帰ったらどうだと言われて、室井は眉間に皺を寄せた。
一倉の指摘通り、室井の実家から大学に通うには困難でも、帰省に腰が重くなるほど遠くは無かった。
帰ろうと思えばいつでも帰れる距離であるにも関わらず、大学に入ってから帰省したのは、入学してすぐのゴールデンウィークと正月だけだった。
今年の正月以降実家には帰っていない。
一倉はそれを不自然に思っていたようだ。
「家族仲でも悪いのか?」
時間がないから帰れないとうほど多忙でもなく、帰省に金ががかかるから帰れないというほど実家は遠くない。
だとしたら、家に寄り付かない理由としては、一倉がそう考えるのも無理は無かった。
室井はすぐに返事ができない。
眉間に皺を寄せたまま返答に窮していると、一倉は肩を竦めた。
「無理に話すことはないけどな」
このまま黙っておくと、複雑な家庭環境なのだと勘違いされるかもしれない。
室井は仕方なく首を振った。
「いや、家族は別に問題ない」
実際、室井家はわりと仲が良かった。
今でもたまに電話はするし、滅多に帰らないことを母と妹には怒られるし、子供の頃のように父と遊んだりはしないが会えば普通に話ができる。
両親は教育に熱心な方ではなく、室井の将来は室井に任されているから、何事も押し付けられることもなく、実家を敬遠する理由はどこにも無かった。
だが、実家に帰省したくない理由はちゃんとあった。
「じゃあ、何で帰らないんだよ?」
不思議そうに問われても、やっぱり返事に困る。
不意に一倉が笑った。
「あ、じゃあ、女か」
露骨に顔を強張らせた室井に、自分で言ったくせに一倉は驚いた顔をした。
「まじでか」
「…そんなんじゃない」
「お前に限ってとは思ったんだが」
「違うって言ってるだろう」
訂正するが、一倉は聞いちゃいなかった。
「ただ単に堅いだけかと思っていたが、通りで彼女も作らないはずだよ」
片想いの相手でもいるのかそれとも何か悪さでもして顔向けできない相手でもいるのかと、一人盛り上がって聞いてくる。
今度は違う誤解を招いたらしいが、一倉の指摘は当たらずとも遠からずだった。
ただ、「女」ではなかった。
一倉には到底説明ができない理由で、室井は実家に帰りたく無かったのだ。
「違うって言ってるだろ」
そうとしか言えない室井に、一倉が酒を勧めてくる。
「まぁ、飲め」
酔わせて吐かせるつもりだろうが、酒では一倉に負ける気がしない。
室井は遠慮なく酒を注がれながら、否定することだけは忘れなかった。


***


翌朝、室井はインターホンの音で目を覚ました。
布団を敷くこともせずに床に直に寝ていたため、体の節々が痛い。
半身を起こして、頭を掻く。
飲み散らかしたままで、荒れている部屋に眉を顰めた。
一倉の姿はない。
朝方早くに、今日は彼女と約束があると言って帰って行った。
元気な男だと、室井は半ば呆れ気味に感心した。
二日酔いで彼女に怒られていなければいいがと、ひと事ながらに思った。
室井がぼんやりしていると、もう一度インターホンが鳴る。
腕時計を見ると、10時を過ぎていた。
来訪するのに非常識な時間ではない。
室井は重い腰を上げると、玄関に向かった。
欠伸を噛み殺してドアを開ける。
眩しさに目を細めたのは一瞬で、次の瞬間には目を剥いた。
視線の先には、少年が一人。
室井に向かってニッコリ笑っている。
「お久しぶりです、室井さんっ」


実家に帰省したくない理由が、何故かそこにいた。










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2007.4.14

あとがき


AQUA様からのリクエストで、
室青の二人がお家が隣同士の幼馴染で成長して微妙な関係になるお話です。
…ま、まだ、実家の設定が出てきておりませんが、
お家が隣同士の幼馴染の予定です!(汗)

大学生室井さんも、のんべえにしてしまいました(笑)
これも私の好みかなぁ…。
室井さんは昔からずっと真面目だったんじゃないかと思うのですが、
お家は極々普通のお家だったようなイメージです。
ちなみにこのお話では、特別秋田生まれを意識してはないです。
青島君も同じところでしょうしね。

しかし、大学生一倉さんのイメージがさっぱり湧かない…(滝汗)
うっかりすると、若かりし一倉さんまでオヤジにしてしまいそうなので
そこだけは気をつけたいと…思います。
もう無理ですか?(笑)

長くなりそうな予感はしているのですが、どれくらいかかるか分かりません;
気長にお付き合いくださいませ。
宜しくお願い致します!

タイトルが分かりやすくてすみません…(笑)



AQUA様へ
大変お待たせいたしました!
ようやく連載を開始しました;
ちょっとどれくらいの長さになるのか分からないのですが、
しばらくお付き合い頂けると嬉しいです(^^)
学園パラレルのように、AQUA様に少しでも好いて頂けるよう、頑張りますねー!



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