■ チェンジ(5)


「…てわけです」
真下が締め括るのを待って、青島は煙草の煙を吐いた。
「で?」
短く尋ねると、真下は肩を竦める。
青島の自宅へやってきた真下は、この三日間何をどれだけ調べていたのかを切々と話し終えたところだった。
青島はもう一度尋ねる。
「つまり?」
「なーんにも分かりませんでした」
あっけらかんと言われて、ガックリと項垂れた。
「お前ねぇ〜」
「いや、僕も一生懸命やったんですよ?でもですね、ここまでなんの手掛かりもないと…」
口元に伸びかけた青島の手が一瞬だけ止まる。
真下の言う通りだった。
あまりにも手掛かりがなさすぎる。
情報を探すにしても、なんの情報を探したら良いのかも分からない状況だ。
―それだけの、異常事態なんだよな。
青島は苦く笑って、煙草を咥えた。
「あ、いや、まぁ、ほら、ね?」
急に歯切れが悪くなった真下に、青島が訝しげな視線を向けると、真下は脳天気に笑った。
「室井さんたちも皆で捜査してるわけだし、きっとすぐに何かしら分かりますよ」
真下なりの励ましらしい。
青島が落ち込んでいるように見えたのかもしれない。
青島は咥え煙草で破顔すると、真下の髪を乱暴に掻き回した。
「わーってるよっ」
「わわっ、ちょっともー、先輩…」
抵抗するように青島の手首を掴んで、真下は動きを止めた。
手首を掴まれたまま、青島は首を傾げる。
「…?なんだよ?」
「手首細いっすねぇ…先輩」
しみじみと言われても困る。
どういうわけか性別が変わってしまってから、身体つきは完全に女性になってしまった。
骨格の作りはもちろん違うし、筋肉のつき方もまるで違っている。
女性らしい丸みを帯びて柔らかみは増しているが、どこもかしこも華奢になった。
それは青島自身が一番痛感していることだ。
「仕方ないだろ」
ぶすっと答えると、真下は慌てて首を振った。
「いや、別にそれがどうとかっていうわけじゃないんですけど」
「わかったから、とりあえず離してくれよ、痛いって」
強く握られた手首が痛かった。
真下はハッとしたように、青島の手首を解放した。
「す、すいませんっ、大丈夫ですか?捻挫とかしてません?」
必死な真下の形相に、青島はつい微苦笑した。
「するかよ、手首掴まれたくらいで」
「はぁ…なら、いいんですけど」
真下の心配そうな視線がいくらか気まずい。
女扱いされているわけではないのだろうが、今まで通りの青島と思って接しているわけでもないだろう。
青島には変わりが無いとは思っているのだろうが、今みたいにふいに今までの青島との違いに気付いて、戸惑う時があるのかもしれない。
それも無理はなかった。
―気まずいのはお互いさまか。
青島の手首を掴んでいた手を無意味に開いたり閉じたりしている真下を見て、青島は内心で溜息を吐いた。
「ま、頼むよ、真下君」
できる限り軽くお願いすると、真下は笑顔で頷いてみせた。


また連絡すると言った真下を送り出して、青島はソファーにひっくり返った。
今日は室井は特捜が忙しいらしく、遅くなると言っていたから、当分一人きりだ。
室井は青島の身体に異変があってからずっと、青島の部屋で寝泊りしている。
すみれが衣類等を調達してくれたおかげで、外には出られるし特別不自由もしていない。
だから青島がお願いしたわけではないが、室井は何も言わずに傍にいてくれる。
心配してくれているのだろう。
仕事も忙しいというのに申し訳ないとも思うが、正直有り難かった。
突然変異で性別が変わってしまったが、あまりにも突然すぎたため、初めは青島自身あまり深刻なことと思っていなかった。
突然変わってしまったのだから、また突然元に戻るのではないか。
なんの根拠もないが、そう信じていた。
青島は楽天的なのだ。
楽天的だが、もちろん不安が全くないわけではない。
時間が経つにつれて、不安は大きくなった。
―きっとすぐ戻れる。
室井が言ってくれた通り、すぐに戻れると信じている。
だけど、青島だって考える時はある。
―もしかしたら、ずっとこのままなんじゃないか。
―男には戻れないんじゃないか。
―そしたら、湾岸署には、刑事には戻れないんじゃないか…。
どうしても考える。
特に今みたいに一人で何もしていないと、そんなことを考える。
考えてみても仕方が無いことだとは分かっているが、ぼうっと天井を見上げていると心に浮かぶことはそんなことばかりだ。
だから、室井がこの部屋に帰って来てくれて、嬉しかった。
傍にいてくれるだけで、暗い気持ちがいくらか軽くなった。
また、室井がいるから明るくいようという気持ちにもなったのだ。
暗い顔をしていれば室井が心配する。
室井にあまり心配を掛けたくない。
そう思ったら、できるだけ笑っていたい。
笑顔になれれば、気持ちは不思議と浮上する。
病は気から、とは良く言ったものだ。
やはり青島は楽天的で単純なのかもしれない。
「室井さん…早く帰ってこないかなぁ」
思わず一人で呟いて、テーブルの上のアメスピに手を伸ばした。
手に取る直前に、同じくテーブルの上に置いてあった携帯電話が鳴った。
アメスピに伸ばした手をそのまま携帯電話にうつして、名前を確認する。
気分がいくらか浮上するのを感じながら、通話ボタンを押した。
「室井さん?」
『お疲れ様、変わりはないか?』
「ないですよー、女の子のままです」
苦笑気味に答えたら、電話の向こうで室井も苦笑したらしい。
『そうか』
「なんかありました?」
『いや…一倉が』
声のトーンがいくらか低くなる。
悪いことがあったわけではないだろうと思った。
室井が一倉の名前を挙げるときは、大抵一オクターブ下がる。
『一倉の知人に医者がいるらしいんだが、信頼できるから一度診て貰わないかと』
「医者?」
『…まあ、原因や元に戻る方法が分かるとは思えないが、身体に異常がないかどうかくらい調べてもらった方が良いんじゃないか』
身体のことは、室井も初めから随分心配してくれていた。
性別が変わったこと以外で、なにか良くないことがないかどうか気になっていたようだ。
青島本人は全く何も感じていなかったのだが、身体の中のことまでは分からない。
「うーん…どうしようかなぁ」
『一倉には再三確認したが、信頼できる医師と病院であることは確かなんだと思う』
「いや、そこはそんなに心配してないんですけどね」
青島は室井が一倉を信頼している程度には、一倉のことを信頼している。
一倉が「信頼できる」と言い、室井がそれを信じたなら、青島もそう信じられる。
青島は至って健康なので病院に行って診てもらう必要があるのかどうか考えていたのだが、考えたところで分かるわけもなく、診てもらうことで室井は少なからず安心するだろうから、それなら病院に行ってみてもいいのかもしれないと思った。
「ん、じゃあ、行ってみようかな」
『そうか…一倉がこれから迎えに行くと言ってる』
「え?これから?一倉さんが?」
驚いた青島に、室井の苦々しい声が返って来る。
『俺も一緒に行きたいんだが、どうしても外せない会議があって』
「いや、それはいいっすよ。そっち優先してください」
さすがにそこまで室井を束縛するわけにはいかない。
一倉と二人きりと思うと多少げんなりするが、一倉だって忙しい時間を割いて付き合ってくれているわけだから、むしろ感謝すべきだろう。
「支度して、待ってます」
『……気をつけてくれ』
何にだと聞き返したら一倉にだと返ってくるから、青島は苦笑するしかなかった。


***


迎えに来た車に乗り込もうとして、目を丸くした。
運転席にいるのが草壁だったからだ。
後部座席にいた一倉が、中からドアを開けてくれる。
「よお」
「どうも…」
軽い挨拶を返して、とりあえず車に乗り込む。
「えーと…なんて草壁さん?」
草壁は振り返らずに、ルームミラーで青島を見ていた。
いや、ちらっと見ては視線を逸らし、またチラッと見るという行動を繰り返している。
その挙動不審っぷりから、草壁も青島が女の子になってしまったと聞かされているひとりだと、青島は悟った。
「それが、室井のヤツがなー」
一倉は苦笑していた。
「よっぽど俺とお前を二人きりにするのがイヤだったと見えて、たまたま本庁にいた草壁について行ってくれと頼み込んだんだよ」
失礼な男だよなーと同意を求められても、青島も困る。
さすがに大袈裟だとは思うが、室井が心配したくなる程度のセクハラは青島も受けている自覚があった。
男の自分なら対処の仕様もあるが、今の自分では難しいかもしれない。
尤も一倉がそこまでするとは到底思えないので、やっぱり室井の行動は失礼な気もした。
「はぁ…草壁さんも、災難っすね」
他人事のように言ったら、ルームミラー越しに草壁と目があった。
が、すぐにそらされる。
なんだかこんなことに巻き込まれた草壁が不憫でもあった。
可哀想に…と思ったが、さすがにあまりにも他人事染みているので、口には出さない。
「大体俺は既婚者だぞ?女のお前に手を出したら浮気じゃないか」
一倉の微妙な反論に、青島は若干の引っ掛かりを覚える。
「…男の俺なら?」
「それなら、浮気にならないな」
「いやいや、ダメでしょう」
あっさりと断言されて、思わず全力で否定した。
「同性同士なら、酔ったノリでキスくらいするだろう」
「…まあ、そういうこともあるでしょうけど」
「その延長だよ」
いや絶対違うと思ったが、この話を深く掘り下げるのはやめることにした。
そもそも女性化した今の自分より、元々の男の自分の方が身の危険がなくもないなんて可笑しな話である。
青島は今後のためにも聞かなかったことにしようと思った。


車を発進させてからしばらくして、草壁がようやく口を開いた。
「本当に青島なのか?」
これを聞かれるのは何度目だ?と些かうんざりするが、聞きたくなる気持ちも良く分かる。
青島だって、自分に聞きたい。
これが本当に俺なのか?と。
答えはもちろん、青島本人が1番良く分かっている。
「青島ですよー」
後頭部に両腕を回して踏ん反り返り気味に答えると、草壁はルームミラー越しに怖い顔をした。
いや、元から草壁の顔はわりと怖いので、そんなに表情は変わらないのかもしれない。
「お前…」
隣の一倉がしみじみと言った。
「胸デカいなぁ」
一倉のストレートなセクハラに、青島は引き攣った。
今日は厚手のトレーナーを着ているから形が分かるわけではないが、競り上がった膨らみは隠しようもない。
居心地が悪くなって、青島は猫背気味になった。
「知りませんよ」
「何カップだ?」
「だから、知らないって!」
「い、一倉さん、それはセクハラでは」
見かねたのか草壁から助け舟が出たが、
「青島は男だぞ?男に胸がデカイと言ってもセクハラにはならないだろ」
と一倉に反論されて、すぐに口ごもってしまった。
草壁の口に期待するほうが間違っている。
自分で何とかするしかない。
「一倉さんには関係ないでしょ」
「純粋な好奇心だろ」
真下も同じようなことを言っていたが、一倉の方がいかがわしく感じるのは何故だろう。
不思議に思いつつ、青島はさりげなく話しを変えた。
「すいませんね、面倒をかけて」
打ち切りだとばかりに話しを変えた青島に苦笑したが、一倉も素直にその話に乗ってくる。
「ま、異常事態だから、仕方ないだろ。お前と室井だけでどうにかできることでもなさそうだし」
「協力してもらえるのは、有り難いです」
「室井に恩も売れるしな」
ニヤニヤしながらどうしても一言多い一倉に呆れる。
「恩を売るなら、俺にじゃないの?」
「お前の恩は室井の恩だ」
「…室井さんで、あんまり遊ばないでくださいよ」
げんなりしつつも、室井には同情したくなる。
そして、何故この男と友人なのか、問い質したいところだ。
不意に一倉が青島の肩を抱いた。
「代わりにお前が遊んでくれるか?」
心底嫌そうな顔で一倉を見上げると、それは楽しそうな笑顔があった。
―もう既に遊んでんじゃないの。
文句を言おうと思った矢先に、草壁が急ブレーキをかけた。
何事かと草壁を見ると、凄い形相で睨まれて驚く。
「一倉さん、それはやはりセクハラでは」
睨まれていたのは一倉らしい。
「だから相手は男だぞ」
「今は男に見えない。見るからに犯罪くさい」
顔を真っ赤にして指摘する草壁を見て、それから肩を抱いたままの青島を見下ろし、一倉は納得したように頷いた。
「ま、そう見えるだろうな」
「そう思うなら、離してくださいよ」
グイッと身体を押し返すと、一倉は素直に離れた。
「分かった分かった。室井の判断は正しいってことだな」
自分で言うな!と青島が突っ込む前に、一倉は草壁を促した。
「青だぜ、草壁」
慌てて車を発進させる草壁の耳は、まだ赤い。
それを見た青島は、こんなことに巻き込まれて可哀相にと、また思った。


一倉の指定した病院に着くと、一倉はもちろん草壁も車を降りて着いて来る。
ちらりと見上げると、草壁は真顔だった。
「室井さんと約束したからな」
「え?」
「無事に家まで送り届ける」
車の中での一倉のセクハラを見ていて、心配になったのかもしれない。
それを聞いた一倉は肩を竦めた。
「冗談が通じないヤツだな」
「アンタの冗談がたち悪いからですよ」
一倉に冷たく言って、青島は草壁を見上げて笑った。
「ありがとうございます」
草壁は一瞬顔を強張らせて、先に歩き出した。
「早く行くぞ」
照れているらしい。
その姿が微笑ましく苦笑した青島に、一倉は囁いた。
「あいつはムッツリだな」
返事をする気にもならない。
「ムッツリなら、お前の好みか」
笑いながら草壁に着いて行く一倉に、ワンテンポ遅れて青島が怒鳴った。
「それ、どういう意味ですか!」










NEXT

2006.11.26

あとがき


それは、室井さんがムッツリだということですよ、青島君(笑)

どうも、一倉さんを書くと、ただのセクハラオヤジにしかならないのですが;
セクハラシリーズなんて書いてた後遺症でしょうか…(おいおい)
違いますね、セクハラする一倉さんと、セクハラされる青島君が、
好きなんでしょうね、私は(最低)

草壁さんは多少メロメロなんじゃないかと…ってこんなんばっかりですね。
メロメロキャリアが上手に書けなくって、本当に申し訳ありません〜!


病院に行くお話は、ただ草壁さんが書きたかっただけなので、
今後どこにも発展しません(笑)
が、いらない設定としまして、先生は都倉先生でお願いします。
でも、都倉先生が一倉さんと知り合いだったら、
やっぱりセクハラされている気がしなくも無い…って、
一倉さんをどんな男だと思ってるんでしょうか、私は;
司馬先生じゃない理由は、司馬先生を良く知らないからです(笑)
いらない設定なので、どちらでも良いのですが(大笑)



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