■ チェンジ(3)


俺は珍獣か?と思ったが、今の自分がそれに近いことを思い出し、青島は内心で溜息をついた。
仕方がないとは思うが、居心地が悪いことには変わりがない。
「これ、本当に青島君?」
室井にそう聞いたのはすみれだった。
「嘘でしょ?これが先輩?」
真下にご丁寧に目の前で指をさされ、青島は肩を竦める。
室井が難しい顔で頷くと、二人はもう一度マジマジと青島を見た。
「本当にコレが?」
「すみれさん、気持ちは分かるけど、コレコレ言わないでくれる?」
「うわっ、声まですっかり可愛くなっちゃってっ」
大袈裟に仰け反りながら言われても嬉しくない。
青島は真下の腹に拳を入れた。
あまり手加減する必要もない。
「てか、この青島君、本当に可愛いわよ」
軽く咳き込む真下を気にすることも無く感心したように言われるが、まさかすみれの腹を打つわけにはいかない。
青島は乱暴に頭をかいて、唇を尖らせた。
「すみれさん、俺、困ってんだけど」
「…まぁ、そうでしょうね」
見た目がこれだけ変われば困るに決まっている。
すみれはふざけるのを止めると、紙袋を差し出した。
受け取って確認すると、中身は衣類らしかった。
「とりあえず、私の服貸したげる」
「わ、助かるよ」
二人は室井が連れて来たのだ。
もちろん協力をしてもらうためだが、真下はたまたま湾岸署に来ていたからついでに連れて来たらしい。
真下の交渉術は役に立たなくても、色々な情報は持っているので何かの役には立ってくれるかもしれない。
が、今のところ、ただ変わり果てた青島に驚いているだけだ。
「室井さんが『恩田君と同じくらい』だなんて言うから持ってきたけど、ちょっと小さいかもね」
「…ほとんど同じじゃないのか?」
室井の目から見ると、すみれと今の青島の体型は大差なく見えたようだ。
だが、確かに背丈は同じくらいだが、青島のほうが一回り大きかった。
太っているわけではないが、スレンダーなすみれに比べると青島のほうが肉付きが良い。
「ていうか」
すみれにジロリと睨まれて、青島は首を傾げた。
不意に胸を鷲掴みにされ、ぎょっとする。
「なんで青島君のほうがグラマーなのよ」
「す、すみれさんっ」
「憎たらしい〜、何よこの胸〜」
「セクハラ、セクハラだよ、すみれさんっ」
「中身青島君だもん、セクハラのうちに入いんないわよ」
「そんな無茶なっ」
助けを求めるつもりで室井を見たら、顔面を引き攣らせて赤面していた。
それでも一応すみれを止めようとしたのか、右手が宙に浮いているがどうしたら良いのか分からないらしく、そのまま宙に浮きっぱなしである。
こんな時に、室井が役に立つわけがなかった。
ちらりと真下を見るが、何を考えているのか、鼻の下が伸びている。
真下も触りたいとか思ってるなら殴ってやる、いや雪乃さんに言い付けてやると思いながら、仕方がないので、青島は自力ですみれの手から逃れ、室井の背後に隠れる。
隠れてみて、室井の背中に隠れられる自分に、今更ながら少し驚いた。
室井よりも小柄なのだから当然だが、今までに見たことがない景色だった。
室井の背中越しの風景。
―変な感じだなぁ。
ぼんやりと思っていると、室井が仲裁してくれる。
「い、いじめないでやってくれないか」
青島の位置から見える室井の耳が、まだ赤い。
子供のケンカの仲裁じゃないんだからと思うが、この人なりに一生懸命なのだろうと思うとそれはそれで愛しい。
すみれは苦笑して頷いた。
「はいはい、悪かったわよ」
漸く、本題に入れそうだった。


客にお茶も出さないのかと怒られて、何故か室井が慌てて入れたコーヒーを飲みながら、すみれが言った。
「室井さんに話しを聞いた時は、とうとう壊れちゃったのかと思ったわよ」
「とうとうとは、どういう意味だ」
眉間に皺を寄せる室井に、すみれは肩を竦める。
苦笑して答えたのは真下だった。
「それも、仕方ないでしょう。室井さんが冗談を言うわけがないし、ましてや事実であるわけがない…いや、結局事実だったわけですけど」
また真下がマジマジと見つめてくるから、青島は仏頂面でコーヒーを啜る。
「なんだよ」
「い、いえ……本当に先輩?」
「くどいよ」
真下の視線が、胡座を掻いた青島の股間にうつる。
「下、なくなっちゃったんですか?」
青島が嫌そうな顔をして、室井が物凄い形相で睨み、すみれが煎餅をつまみながら「それこそセクハラー」と言うと、真下は慌てて首を振った。
「いや、ほら、純粋な好奇心でしょ?てか、どうしても気になるじゃないですかー」
このデリカシーのなさが、未だに雪乃となんの進展もない理由だろう。
素直なことはある意味では美徳だが、大人として社会人として交渉人として、いかがなものかと思う。
三人が呆れる中、真下は一つ咳払いをした。
「これからどうするんですか?」
「室井さんに嫁に貰ってもらえば〜?」
「すみれさんっ」
青島が怒鳴ると、すみれは舌を出して悪びれた。
そんな簡単に済む話しではない。
―大体戸籍はどうするんだ。
一瞬思ったが、もちろんそんな問題でもない。
突然女性にされても、青島も困る。
30年以上も男をやってきたのだ。
それに何よりの問題は刑事を続けられるかどうかにあった。
楽天的な青島でも、そこだけは不安に思う。
「元に戻す方法を探すことを含めて、君達には協力して欲しい」
言ったのは室井だった。
「あら、折角こんなに可愛くなったのに〜」
すみれの緊張感の無い一言に青島はまた声を荒げる。
「すみれさんっ」
「恩田君っ」
今度は室井も一緒だった。
すみれは小さく溜息を吐くと、「冗談よ、冗談」と言った。
その表情はもうふざけてはいない。
「ま、うちらも、青島君がこのままじゃ困るしね」
「そりゃあ、協力するのは良いですけど、一体何をしたら良いんでしょうかねぇ」
本庁初のネゴシエーターがとても頼りない発言をするが、気持ちは青島にも室井にも良く分かる。
二人だって、元に戻す方法が分からないどころか、その方法を探す方法すら皆目見当がつかない状態だ。
沈黙した二人に、真下も無意味な質問をしたと思ったらしく、話しを変えた。
「まずは、原因から探ってみたらどうですかね?」
「原因…」
「思い当たる節は?」
「節…」
青島は考え込むが、全く思い当たらない。
なんせ寝て起きたらこうなっていたのだ。
「夕べから今朝にかけて、何か変わったことはなかった?」
今度はすみれに尋ねられて考えてみるが、やはり特に何もしていない。
―強いて言えば。
ちらりと室井を見る。
強いて言えば、珍しくも室井が夜中にやってきた。
変わったことと言えば、それくらいだろうか。
室井が青島の視線に気付いて、どうかしたのかと目で問われる。
「室井さん、青島君に何かしたわけ?」
青島が室井に視線を向けていたせいか、すみれが不思議そうに首を傾げた。
青島は慌てて首を振る。
「いや、そういうわけじゃなくて」
「知らない間に一服盛られたとか」
「何故俺が青島に一服盛らないといけないんだ」
憮然とする室井だが、そもそも一体何を盛れば青島がこんなことになるのか。
すみれにもそんなことが分かるはずもないから、本気で言っているわけでもなさそうだ。
「そうよね、室井さんにそんな大それたことできるわけないわよね」
それはそれで失礼な納得の仕方であったが、確かに室井が青島に一服盛れば、青島が口に含む前にバレそうではある。
青島はおろか、室井自身でさえ反論が難しかった。
「おかしなプレイでもしたんじゃないですか〜?」
真下の更に本気とは思えない発言。
くどいが、何をしたらこんなことになると言うのか。
青島は顔をしかめて、真下を睨む。
「夕べは何もしてないよ」
「夕べは、って辺りが生々しいっすねぇ」
「うるさいなっ」
室井が「とにかく」と言った。
二人を連れて来たのは、わざわざからかわれるためではない。
「とにかく、真下君は情報を集めてくれ」
「情報って言われてもなぁ…雲を掴むような話しですけど」
困った顔で室井を見、青島を見て、腹を括ったように頷いた。
「とりあえず医療関係とか薬物関係とか、当たってみます」
「頼むよっ」
思わず青島がニッコリ笑うと、何を思ったのか真下が軽く赤面した。
「任せてくださいっ」
一オクターブ上がった真下の声に、青島は怪訝そうな顔をした。
すみれが冷静な声で突っ込む。
「真下君、ナリはそんなでも、ソレ青島君よ」
「わ、分かってますよ」
「本当か?」
念を押したのは何故か室井である。
真下はまるで夢から覚めたと言わんばかりの真顔で、ガクガクと頷いた。
室井の顔が一瞬仁王のようになったので、無理もない。
「ねぇ、私わぁ?」
すみれが煎餅に手を伸ばしながら室井に尋ねる。
それを見ていて、青島はいつぞやの爆弾事件を思い出した。
彼女にかかると、何事も大したことではないように見えてくるから不思議である。
そのくせ食べ物が絡むと末代まで祟られるのだ。
「青島がその…こうだと」
室井がちらりと青島を見る。
「女性の助けがいると思うんだ」
着替えを用意してもらったように、女性でなければ難しいことは確かにあるかもしれない。
「りょーかい」
言いながら睨んでくるすみれに、青島は引き攣る。
「女の子になっちゃった青島君がこんなに可愛いなんて釈だけど、面倒はみてあげるわよ〜」
同僚のよしみでね、と付け足されたが、二人の協力は仰げたということだ。
いくらかホッとして室井を見ると、室井も肩の力を抜いていた。
「言うまでもないが、このことは」
「分かってるわよ。第一誰に言ったって、信じちゃくれないわよ」
すみれや真下が言ったって、冗談としか取られないだろう。
嘘が下手で冗談も言えない室井だからこそ、すみれも真下も半信半疑で信じたのだ。
すみれはじっと青島を見つめると、ぽんぽんと軽く青島の頭を叩いた。
「人手が足りないから、青島君でもいないと困るのよ。早くなんとかしてよね」
でもという言葉はひっかかるが、すみれなりの気遣いに、青島は苦笑し頷いた。


二人を帰すと、室井は溜息を吐いた。
「疲れました?」
ソファーの隅に座り、隣に室井のスペースを作ってやる。
ちらりとソファーを見下ろした室井は、素直に腰を下ろした。
「彼らと話すと、いつも疲れる」
これまた素直な愚痴に、青島は笑みを零した。
室井はすみれや真下を嫌っているわけじゃない。
ただ、苦手なだけだ。
押しの強いすみれには勝てず、軽い真下にはついていけないだけである。
「俺でさえ疲れる時ありますからね」
室井なら余計だろうと思ったが、すみれや真下に言わせれば「こっちの台詞だ!」と怒られるだろう。
つまりどっちもどっちということか。
室井はそうかと呟くと、口元に笑みを浮かべた。
すみれたちの声が聞こえたのかもしれないが、青島は気付くことなくソファーに伸びをした。
「うーん…」
「君も疲れたか?」
「いやぁ、俺は今日なんもしてないっすからね」
苦笑すると、室井は少し眉を寄せた。
出勤どころか家から出るわけにも行かず、今日は一日中家にいた。
室井に外に出るなとも言われているが、どのみち出られないのだ。
服はまだしも、履ける靴が一足もない。
あまりに暇なので、30センチ定規で自分の足を量ったら、23センチにも満たなかった。
5センチ近く小さくなっている。
「女の子の手だなぁ…」
青島は自分の手の平を眺めた。
手の平も小さくなり、指もぐんと細くなっている。
昔の彼女の指輪のサイズはいくつだったか。
ふと、どうでも良いことが頭に浮かぶ。
遠い昔に彼女に贈った指輪が、今の自分なら嵌められそうだと思い、苦く笑った。
ぼんやりと自分の手を見ていたら、その視界に室井の手が伸びてきた。
手を握られて振り返ると、室井はこちらを見てはいなかった。
「きっと、すぐに戻れる」
青島は難しい顔をしている室井の横顔を見ながら、不思議だなぁと思った。
なんの確証もないのに、室井の言葉なら信じられる。
信じたら、元気が出てくる。
不思議―というか、現金なだけかもしれない。
青島は握られた手を恋人繋ぎにして握り返すと、視線の高さに持ち上げて見せた。
「今なら、結婚指輪も似合いそうっすよ」
目を剥いて青島を見る室井に、笑顔を向けた。
少しの間の後。
「ほんじなす」
呆れたように、だけど暖かい声が返ってきた。










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2006.11.1

あとがき


自分で書いているくせに、脳内の青島君はオナゴではなくて、
普通の青島君だったりします。
きっと、室井さんの目には普段通りの青島君が見えていたりするのですよ!
だって、青島君は常日頃からとっても可愛いし!(笑)
…どうも私の描写力では、想像しようにも限界がありそうです(^^;
皆様の想像力に期待!(うぉい)

すみれさん、大好きです(いっつも言ってますけど)
どうも贔屓しがちだなぁ。
真下君も好きなんですけどね?出てきやしませんけど、雪乃さんだって大好きですよ?
すみれさんを書くときは、妙な力が入ります。
結果にちっとも結びつきませんが(おいおい)

ささ。
青島君には、早いところ、本庁を制覇してもらわないと!
…嘘です。そんなに書けません(^^;
でも、新城さんと一倉さんは出します!
できたら、草壁さんも出したいのだけど〜っ。



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