■ 痛いよ……


「別れてください」
青島は申し訳なさそうに、だけどはっきりと告げる。
言われた室井は驚いた顔で青島を見返した。
それを青島は静かに見返す。
「……何故だ?」
当然聞かれるだろうと思っていた質問。
青島は何度も繰り返して練習した台詞を口にする。
「他に、好きな人が出来ました」
感情的過ぎないように、かといって冷静になり過ぎて不自然にならないように。
室井に対して申し訳なさそうな演技をするのは、そう難しいことじゃない。
本当に申し訳ないという気持ちがあるからだ。
理由は違うけど。
してもいない心変わりに対してではなく、嘘を吐くことに対しては申し訳なく思っていた。
「…誰か、聞いても良いか」
「室井さんの知らない人です。会ったことのない人」
すみれの名前を出そうかと思ったが、すぐにバレる嘘では意味がない。
せめて室井が結婚するまでは、騙し通せる嘘でなければ。
必要なのは、リアリティのある嘘。
「俺の片思いなんですけどね。他の人を思ったまま、室井さんと一緒にいるなんて出来ない」
まっすぐ室井の目を見て告げる。
室井も目を逸らさない。


どうか騙されて。
最初で最後の嘘だから。


室井は静かに視線を逸らした。
「…分かった。今までありがとう」
室井ならそう言ってくれると思っていた。
青島が本気で他の誰かを好きになったと知ったら、青島のために何も言わずに別れてくれるはず。
室井のそういうところが、青島は大好きだった。
「室井さん、約束は」
「心配するな、それだけはちゃんと守る」
室井が真摯に見つめてくる。
「必ず」
青島は密かに息を吐いた。
欲しかったのは、その一言。
この約束があるなら大丈夫。
「こちらこそ、ありがとうございました」
青島は頭を下げた。
そのまま顔を上げない。
室井が踵を返し部屋を出て行くのを、静かな足音で悟る。
ドアが閉まる音。
それを待ってから、青島はしゃがみ込んだ。
膝に顔を埋めて頭を抱える。


泣くもんか。


自分で決めた最後だった。
室井と付き合いだして5年。
いい加減自分の存在が足枷になっているのは良く分かっていた。
知りながら先送りにした。
少しでも一緒にいたかったから。
室井が上に行くためには結婚をしないわけにはいかない。
その方が室井にとっても楽なはずだった。
唯でさえ、厳しく辛い道のりだから。
少しだけでも、室井が楽になれる道を。
そう思えば、青島にしてやれることは室井と別れてやることだけだった。
青島と別れれば、室井はいずれ結婚するだろう。
愛した相手かもしれないし、政略結婚かもしれない。
それでも室井のことだから相手にちゃんと愛情を持って生きていくだろう。
願うのは彼の幸せな未来。
例え、彼の隣に自分の姿がないとしても。
離れていても室井とは約束という未来で一生繋がっていけるはず。
室井が「必ず」と約束してくれた。


―俺にはそれで充分だ。


青島は膝に顔を埋めたまま、小さく笑う。
泣く権利は自分にはない。
自分で選んで決めたこと。
自分から手を離すのだから。
「……っ」
青島は奥歯を噛み締めた。
何度も悩んで、何度も考えて、ようやく出した結論だった。
それでも。
込上げてくるものは、押さえようが無かった。
頭を抱えた両手が震える。
歯を食いしばっても嗚咽が漏れる。


「痛いよ、室井さん…っ」


生真面目で不器用で優しい人。
本当に、大好きだった人。
抱きあうことも、キスすることも、触れ合うことも。
もう二度とない。


これで良かったんだ。
今はまだどうしてもそう思えない。
でも、いつか。
きっとそう思える日が来る。


遠い未来に。
約束が叶えられた時に。


青島はそれだけを待っている。








「こんなのおかしい」に続いています。

END

2004.4.21

あとがき


無理して、シリアスぶってみました(笑)
ハッピーエンドが好きなくせに、別れ話…。
続き書きました。
アンハッピーエンドのままだと、私が落ち着きませんので(^^;

いったいいつ頃のお話なんでしょうね。
付き合いだして5年後と書きましたが、特に理由があるわけじゃありません。
それだけ付き合ってると普通の恋人でも結婚を考えないわけにいかなくなるから
じゃあその辺で、と決めました(笑)


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