■ こんなのおかしい


室井がドアを閉めた音が響く。
彼がこの部屋に訪れることはもうない。


「痛いよ…」


青島は呟いたきり、膝を抱えて蹲り動かなかった。
動けなかった。
青島に出来たのは、嗚咽を噛み殺すことだけ。
情けなくも涙が止まらない。
膝に額を押し付けて、頭を抱えていた。
だから、気づかなかった。
室井が部屋を出て行っていないことに。


「青島」


声を掛けられて、青島はビクッと身体を痙攣させた。
―なんで、だって、さっき…。
青島は混乱しながらも、顔はあげない。
あげられるわけがない。
別れを告げた自分が号泣しているのでは、話が合わない。
―どうしよう。


「青島」


近づいてくる足音に、青島は身を固くする。
「…帰って、ください」
他に言えることなんか何も無かった。
「そのままでいいから聞いてくれないか」
すぐそばで声がする。
青島の目の前で膝をついた気配。
あまりの息苦しさに、青島は喉が詰まりそうになる。


「いくら俺でも、君の嘘くらいなら見破れる」
室井が溜息まじりに呟く。
「君のことなら、きっと君より詳しい」
青島は耳を塞ぎたくなった。
きっと聞いてはいけない。
「君が何で別れを口にしたかは何となく想像がついてる」


嘘だとバレてしまえば、青島が考えていることが室井に分からないはずもない。
青島が考えたように、室井だって考えたことがあったはずだ。
結婚に対する不安は二人ともにあったから。
二人が結婚できるわけもないから、いつかお互い違う人と…。
そんな日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。
生涯を共に出来るパートナーが出来ることは室井にとっても青島にとっても幸せなことだ。
あげく、室井に至っては結婚しないことが足枷にすらなる。
だからこそ青島は室井との別れを考えずにはいられなかったのだ。
相手のことを思えば思うほど。


「結婚して子供が生まれて、それは幸せなことだろうな。遅れっぱなし昇進も少しは早くなるかもしれない」
室井が苦笑する声が聞こえる。
頭を抱えていた青島の手にそっと触れながら、「だけど」と呟く。
「すまないが、君の望む将来を歩めるとは思えない」
青島の肩が揺れる。


そんなことを言わないで。
「君と別れても、結婚するつもりはないんだ」
何故。
「考えてもみろ。俺が愛してもいない人と結婚出来ると思うか」
これから愛せる人が出来るかもしれないじゃないか。
「先のことは分からないが、少なくともこの先一緒にいたいと思う相手とは、もう将来の約束をしてるんだ」


―だ、誰と!
思いがけない室井の発言に、青島はつい顔をあげてしまった。
そして、酷く優しい顔をした室井と目が合って、顔を上げてしまったことをすぐに後悔した。
「君と、約束しただろう?」
青島は呆然と室井を見詰めた。
驚いたせいで涙は止まっていたが、濡れた頬はそのままだ。
室井がそっと頬に触れてくる。
「君と別れても、俺は一生君と歩いていくものだと思っている」
「意味が……違う」
「違わない」
室井が微笑む。
「先のことを約束したのは君だけで、同じ未来を望んだのも君だけだ」


―ああ、もうダメだ。


これ以上我慢が出来なかった。
青島は腕を伸ばして室井に抱きついた。
当然のように抱き返してくる優しい腕。
もう2度と触れられないと思った人。
青島は室井の肩に顔を埋めた。
「こんなのおかしい」
「青島…」
「絶対間違ってる」
文句を言いながら、それでも力強く室井を抱きしめる。
「室井さん、バカだ。絶対いつか後悔する」
「青島」
「バカだっ…っ」
しがみ付くように抱きついてきた青島の背中を、室井はきつく抱き返した。
「ばか、か」
「バカですよっ、絶対。ずっと先に後悔しても、もう知りませんよっ」
青島が怒ったように言うと、室井は嬉しそうに微笑んだ。
それは、ずっと先まで室井と一緒にいようと、青島が心を決めた証拠。


「いいな」
「何が」
「後悔する時にも、君が側にいてくれるなら」
「っ」


「きっと、幸せだ」










END

2004.4.24

あとがき


ちょっと室井さんが臭すぎませんか…(笑)
でも、青島君が幸せならそれでいいかなーと(おい)
私の妄想の中でくらい、幸せな結末を。

「痛いよ」のすぐ後のお話にしてしまったため、あっさり元サヤです(笑)
盛り上がらなくて申し訳ないです。

他のお題の方が良いかなとも思ったのですが、
「最後は青島君に罵られる室井さん」と考えていたので、
「こんなのおかしい」にしてみました。



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