48.今更   お題23「嘘つき」の続きです。












「無理しちゃって・・・」

青島が投げ捨てたアメスピのケースを拾ってすみれが喫煙所に入ってきたので、青島はぎょっとし

て顔を上げた。

驚いた表情がすぐに気まずげに歪む。

嫌なところを見られてしまった。

すみれは苦笑しながら拾ったケースをゴミ箱に捨てる。

「いいの?このままで」

一瞬とぼけようかとも思ったが、意味があるとは思えなかった。

すみれには全てお見通しのようである。

青島も苦笑した。

「いいんだ。このままで」

それが、自分の望んだこと。

室井の結婚が決まったことを聞いてから、何度も自分に言い聞かせてきたことをまた繰り返す。

ところが、すみれはそれで納得はしなかった。

「良くない」

「すみれさん?」

「いいわけないじゃない」

何故か怒ったように言うと、ソファーに座っている青島の目の前にしゃがみ込んだ。

「全然いいって顔してないわよ?」

「・・・そんなこと」

「あるわよ」

憤然と言われて、青島は返答に困る。

すみれの言う通りだということは青島も自覚している。

きっと、ひどい顔をしているはず。

このままでいることを望んでおきながら、室井が愛した女性がいるのかと思うと嫉妬でどうにかな

りそうだった。

だけど、だからこそどうにかできるわけもなかった。

「万に一つも受け入れられることがないなら、せめて今のままでいたいんだ」

青島が苦しそうに漏らすと、すみれが悲しそうな表情を浮かべた。

「受け入れられるかどうかなんて、伝えてみなくちゃ分からないじゃない」

「室井さん、結婚が決まったんだよ?俺が今更何を言えるっていうんだ」

「伝えてみなくちゃ分からない」

すみれは力強く繰り返した。

何かを確信しているような口調だったが、それどころではない青島は気がつかなかった。

緩く首を振る。

「絶対にありえないことだけど。ほんの少しでも可能性があるとするなら、尚更言えない」

「どうして!」

「室井さんが幸せになるのに、それを邪魔する権利が俺のどこにある?」

真っ直ぐ見つめると、すみれは言葉を飲み込んだ。

青島は微笑むと、すみれの肩をぽんっと叩いて立ち上がる。

「ありがと、すみれさん」

「何も、してないわよ」

「ちょっと元気になった」

すみれは頬を膨らまして視線を逸らした。

気遣いを無駄にしてしまって怒らせたのかな。

青島は思ったが、それは的外れだった。

元気になったと微笑む青島の、ちっとも元気じゃない笑顔を見ていられなくなっただけだった。




すみれの目には両想いにしか映らない。

青島と室井のことだ。

青島の室井に対する想いに気がつく方が先ではあったが、そう思って意識して見ると室井の青島に

対する態度は絶対おかしい。

部下の、ましてやノンキャリアの一所轄刑事に対するそれじゃない。

いくら室井がキャリアとは思えない変わり者だとしてもだ。

傍で見ているすみれでさえ気がついているのに、どうして当の本人が気付かないのか。

室井にしたってそうだ。

青島は基本的に優しい男だから、自分が特別だと気付くのは難しいかもしれない。

だが、出世に興味のない青島が、キャリアの室井と個人的な付き合いをしようと思う理由などそう

そうないだろうに。

お互い、相手からは純粋な好意しか得られていないと思っているのである。

すみれに言わせれば、どちらも究極に鈍いのだ。

このままでは室井は本当に結婚してしまう。

青島は一生打ち明けることの出来ない想いを引きずってしまう。

すみれは何とかしなければ、と思ってはたと気付く。

何故自分が何とかしなくてはいけないのか。

思考の波に囚われていたすみれは苦笑した。

すみれが何とかしなければならない理由はどこにもない。

だけど、すみれはこのままなのは嫌だった。

当の本人たちが諦めているのに、部外者のすみれが嫌だというのもおかしな話だが。

「戦友が浮かない顔してるのを見るのも嫌だしね」

すみれはそう呟いて、自分のするべきことを決めた。







後悔なんて今更だ。

室井は目の前で食事をする女性を見ながら思う。

結婚を決めたのは他でもない、自分だ。

それなのに。

何故、今になって・・・。

あまり進まない箸を何とか進めながら、室井の心中は複雑だった。

正直、先日青島にお祝いを言われてから、鬱々とした気分が抜けなった。

割り切ったつもりだった。

諦めたつもりだった。

なのに。

「室井さん」

不意に呼ばれて、室井は慌てて顔を上げた。

「はい」

「お口に合いませんでした?」

小首を傾げて尋ねてくる。

今日食事に訪れたレストランは彼女の案内だったのだ。

「いえ、美味しいです」

「そうですか」

嬉しそうに笑う。

笑顔が青島に似ている。

顔が似ているわけじゃないから、笑い方がきっと似ているのだろう。

そんなことを思って、また自己嫌悪に陥る。

「室井さん」

再び呼ばれて視線を向けると、彼女は小さく笑っていた。

「眉間、寄ってますよ?」

指摘されて、室井は思わず眉間に手を当てた。

「失礼・・・。どうも私の癖らしくて」

「ええ、分かります」

彼女がまた笑う。

今度はどこか寂しげだ。

「私の知人でも、いましたから・・・」

その誰かを思い出しているようだったが、自分の気持ちの整理をするだけで手一杯の室井は気がつ

かない。

その時の室井が思っていたことは、寂しげに笑うと青島とは似ていないなということだけだった。

ぼんやりそんなことを考えていると、胸ポケットで携帯がなった。

「失礼」

一言断って、席を立つ。

外に向かいながら、ディスプレイを覗いて室井は目を見開いた。







すみれの行動は早かった。

室井の式の日取りでも決まってしまってからでは、後戻りが出来ないからだ。

携帯で室井を呼び出すと、驚きつつも時間を取ってくれた。

室井の都合を考えて、本庁近くの喫茶店へ呼び出す。

「私に用事とは?」

すみれに呼び出される覚えが全くないのだろう。

席につくなり切り出した室井に、すみれは呼び出しに応じてくれたことに礼を言ってすぐに本題に

入った。

「青島君のこと、好きでしょ?」

室井は目を剥いて、すみれを見つめた。

何を言われているのか、一瞬分からなかったのだろう。

「それなのに、他の人と結婚していいの?」

呆然としている室井に、すみれは構わず続けた。

肯定どころか否定する間も与えない。

どうせ素直に認めるわけがないのだ。

それこそ、返事を待つだけ時間の無駄というものである。

「彼女も室井さんも幸せになれる?気持ち隠したままで」

そこまで言うと、さすがに室井も反応を示す。

眉間に深い皺を寄せた。

「君には・・・」

「関係ないわね。余計なことをしている自覚はあるの。悪いわね。迷惑かけるわ」

しれっと言い返すすみれに、室井はまたも目を剥いた。

すみれの物言いに、場違いにも室井は一瞬某友人を思い出した。

謝罪とは思えないすみれの謝罪に面食らっていた室井に、すみれはとどめをさす。

「青島君、貴方のこと好きよ」

室井は今度こそ、絶句した。

こんなことは本来すみれの口から伝えるべきではないことは、すみれ自身自覚している。

しかし、時間がない。

青島もしくは室井のどちらかを説得して告白に至るまでもっていくには、かなりの時間がかかると

思われる。

どちらも究極に鈍く、どちらも相手の立場を考えているからこそ、どうしても一歩が踏み出せない

のだ。

室井の婚約が済んでしまった以上、少しでも早く二人に自分たちの関係を自覚させる必要があると

すみれは思った。

室井は信じられないというような顔ですみれを見つめている。

信じてもらえないこともすみれの予想通りである。

「本当に?嬉しい。早速口説きに行ってくる」

と、言える男だったら、こうなる前にとっくに青島とくっついているはずだ。

すみれはやっぱり室井の返事を待たない。

室井が口下手なのをいいことに、話を進める。

「私も考えてみたのよ。青島君も室井さんも一歩踏み出せない理由はお互いにあるのでしょうけど

ここはやっぱり室井さんに踏み出して貰わないとダメだと思うの。室井さんの踏み出せない理由も

分かるのよ。男同士だし、部下になるわけだしね。後は精精、俺みたいな口下手で面白身のない男

が相手にされるわけないよなーとかでしょう」

大分失礼な分析もあったが、すみれにはそう間違っていない自信があった。

室井からはやはり反論がでない。

先ほどからずっと何を言ったら良いかわからずにいるようだ。

衝撃から立ち直ってもいないようだった。

「だけど、青島君の方はね。もっといっぱいあると思うのよ。室井さん、キャリアだし。出世する

ためには結婚も必要だっていうしね。上に行ってもらわないと青島君との約束もかなえられないし。

・・・私も期待してるけどね」

一旦区切って、すみれは笑った。

「室井さんのことを思えば思うほど、青島君は貴方に告白なんて出来ないのよ。受け入れて貰える

とか貰えないとか以前に。これ以上重荷になることを恐れてる」

だから、室井さんから踏み込んであげてほしいの。

すみれは室井の目を見つめてそう言った。

興味本位で首を突っ込んだわけではない。

願うのは戦友たちが・・・一人はちょっと立場が違うが、本当に幸せになること。





室井はひどく困惑した顔でその言葉を聞いていた。

何も言えない。

ただただ信じられない思いで、すみれの言葉を聞いていた。

すみれの方はというと、言うべきことは言いきったと思っていた。

すみれの言葉をどれだけ信じてくれるかは分からないが、後はもう室井に任せるしかない。

この説得を聞き入れてくれないのであれば、あるいは青島に対する気持ちがないと言い張るのなら、

すみれが青島にしてやれることはもうない。

何を言っても同じことだから。

すみれは伝票を手にして席を立つ。

室井にはそれを気にする余裕もない。

「ごめんなさい」

立ち去る前に、すみれが振り返って言う。

「室井さんの立場も婚約者の方の存在も無視して話させてもらっちゃった。仕方ないよね、私青島

君の味方だし。その辺は勘弁してやって」

それだけ言うと、すみれは室井を残して喫茶店を出た。

少しだけ歩いて振り返る。

室井が出てくる気配は無かった。







すみれと別れた後はろくに仕事にならず、室井は早々と仕事を終えて帰宅した。

事件の資料を目で追いながら、考えていることはずっと一つだけ。

青島のことだけだ。

すみれの言うことが、もし本当だとすれば・・・。

そう思っては、そんなバカなことがあるはずがないと打ち消してみたり。

しかし、すみれがそんな嘘を吐いてなんになるとも思う。

彼女は自分で言った通り、青島の味方のはずだ。

青島が困るような嘘を吐くとは思えない。

すみれは室井の気持ちに気がついていた。

室井に否定も肯定もする間を与えてはくれなかったが、室井の気持ちを確信していたのだ。

そうであるなら、すみれの口から出た青島の気持ちも・・・。

そこまで考えて、ようやく鳴っている携帯に気がつく。

ディスプレイを覗いて、室井は大事なことを思い出した。

自分には婚約者がいるのだ。

「・・・・・・・・・今更」

そう、今更だ。

例え、すみれの言う通りだったとしても・・・。

もう遅い。

今更、どうしようもない。

室井は通話ボタンを押した。

「はい」

「室井さん?私です」

彼女だった。

明日の晩、自宅に行っても良いかという確認だった。

婚約者が来ると言っているのに、断る理由も無い。

室井は返事を返して、電話を切った。















「何でそんなこと言ったんだ!」

青島の怒鳴り声。

珍しくも真剣な声だ。

そして、言われているのも珍しくすみれである。

正真正銘間違いなく怒っている青島に、すみれは黙っていた。

すみれが室井に会いに行った翌日である。

青島に黙っているのは、青島に対しても室井に対してもフェアじゃない気がして、洗いざらい全て

話してしまったのだ。

青島が怒るのを承知の上で、だ。

当然である。

あれだけ気持ちを押し殺してきた青島だ。

室井のことを思って、一心に隠し続けた思いだったはずだ。

それをいくらすみれとはいえ、他人にバラされてしまっていいわけがない。

すみれもそれを分かっていてバラしたのだし、青島にそれを打ち明けたのだ。

「何で、そんなこと・・・っ」

怒りとショックで震えている青島の声を聞きながら、すみれはキッと青島を睨んだ。

青島が驚いてすみれを見返す。

すみれが逆切れして睨んできたと思ったからではない。

睨みつけながらすみれが泣いていたからだ。

「悪かったわよ。ごめんなさい。すみませんでした」

「ちょっ、ちょっと、すみれさん」

怒鳴るほど怒っていたくせに、泣き出したすみれに大慌ての青島。

お人よしなのだ。

もちろんすみれもそこにつけこんだわけではない。

自然と出た涙だった。

だが、自分の行動を後悔しているわけではない。

「だって、嫌だったのよ。好きあってるのに伝えようともしない二人が。なんでよ。いいじゃない。

大好きな人と一緒にいるのが一番自然でしょ。このままでいいなら、なんで青島君は無理して笑う

のよ。なんで室井さんは辛そうなのよ。おかしいじゃない」

ポロポロと涙を零しながら、言う。

すみれはあれを切欠に事態が好転してくれることを、青島に怒られながらも切実に願っている。

「すみれさん・・・」

「勝手なことして悪かったわよ。青島君の気持ち、分かってるのに・・・」

青島の怒りも当然だと思いながら、涙が止まらない。

逆に青島の方は、落ち着きを取り戻してきた。

一つ溜息を吐くと、手を伸ばしてすみれの頭を撫ぜた。

「怒鳴ってごめん」

「・・・いい。怒られるのは覚悟してたから」

「ありがと、すみれさん。俺のためだよね?」

「青島君だけじゃない。室井さんのためでもある」

そこだけは、青島にはまだ腑に落ちないようだった。

室井が青島のことを好きだという点が、室井同様信じられないのだ。

すみれの頭上で青島が苦笑した。

ふわりと抱き寄せられる。

「すみれさんにここまでしてもらってるのに、俺が何もしないなんて男じゃないよね?」

「青島君・・・?」

抱き寄せられたまま、すみれは顔を上げた。

青島を見ると、意志の強そうな瞳が輝いている。

すみれと視線を合わせると、にこっと笑った。

「当たってくだけてくる」









約束の時間の10分前にインターホンが鳴って、室井は腰を上げた。

いつも約束の時間のちょっと前に現れる。

だから、彼女だと思ってドアを開けた室井が、青島を見て悲鳴を上げそうになっても無理はない。

「そ、そんなに驚かせました?」

幽霊でも見たような室井の反応に、青島は苦笑した。

室井だって普段ならここまで驚かないが、時が時である。

昨日のすみれの爆弾宣言から立ち直ってはいないし、これから婚約者は来ると言っているし。

「いや・・・すまない。どうかしたか?」

「話があって来ました」

そう言われるだけで、心拍数が上がった気がした。

何せ、昨日の今日である。

話とは確実にすみれがした話と関係があるだろう。

それを今ここでするのは、室井は避けたかった。

どんな話になるにせよ、これから婚約者が来る。

青島にも婚約者にも平常心で対応する自信が全く無かった。

「すまない、青島。明日じゃだめか?」

室井は青島が「当たってくだけろ」と思って来ていることなど、微塵も知らない。

なので、やんわりと先送りにしょうとしたのだが、青島の方はそうもいかなかった。

「すいません、すぐ済みますから。一言だけ、聞いてくれれば帰ります」

室井は確実に心拍数が上がるのを感じた。

心臓がやけにうるさい。

先送りにしようとしたくせに、今では自分に「期待するな」と言い聞かせている。

ここで一瞬にして室井の頭から婚約者のことが抜け落ちた。

頭にあれば、せめてドアくらい閉めさせるべきだったのだ。

青島は開いたドアを押さえたままドア口に立っていた。

室井の視界に婚約者の姿が入った時。

「俺、室井さんが好きです」

青島がやっとの思いで告げた。

その背後で彼女が驚いて目を丸くしている。

室井は最早、どちらに驚くべきか分からなかった。

絶句している室井に、青島は怪訝そうな顔をした。

そして、ふと背後に気付く。

振り返って、青島まで絶句した。

小柄な女性が一人。

青島にはそれが誰だかすぐに分かったようだった。

「あ、あの、俺、すいません。帰ります」

何をどう言ったらいいのか、分からなかったのだろう。

焦った青島が取り繕うに取り繕えず、さっさと出て行こうとする。

慌てたのは室井である。

彼女に一礼をして出て行く青島の腕を思わず掴んだ。

「ま、待て、青島」

振り返った青島はほとんど半泣きのような顔で室井を見た。

「離してください!」

そう言われても、室井にこの手は離せない。

「あの・・・室井さん」

彼女が遠慮がちに声をかけてくる。

「こちらの方は?」

室井は一瞬だけ躊躇って、意を決する。

が、室井が口を開く前に青島が慌てて言った。

「む、室井さんのストーカーです!」

唖然としたのはむしろ彼女より、室井である。

「何を・・・」

言うんだ、このバカは。

室井はそう思った。

室井のためだろう。

青島が告白した所を見られてしまったので、それを誤魔化そうとしたのだ。

ストーカーであれば、好かれた室井に非はない。

たぶんそれだけで「ストーカー」だと自ら名乗ったのだろう。

そんなストーカーは普通いない。

室井は心底バカな男だと思った。

そして、死ぬほど愛しい男だと。

室井は彼女を真摯に見つめる。

「俺の好きな人です」

彼女が目を見開く。

彼女だけじゃない。

腕を捕まれたまま、青島が阿呆みたいに口をポカンと開けていた。

室井は一人真顔である。

青島の告白を聞いてしまった、今。

もう自分の気持ちは誤魔化せないし、自分すら誤魔化せないのに彼女と結婚することは到底出来そ

うに無かった。

青島は真っ青な顔で呆然としている。

ちょっとの沈黙の後。

不意に彼女が笑い出した。

気が触れたような笑い方ではもちろんなくて、本当に楽しそうな。

声を漏らしながら笑っている。

今度は室井が唖然とする番だった。

青島もぎょっとして彼女を見ている。

「ご、ごめんなさ・・・っ、でも、す、ストーカーって・・・っ」

必死に押さえながらも殺しきれない笑い声が漏れる。

呆然と顔を見合わせる室井と青島。

何がどうなっているのか、全く分からなかった。

少しだけ待つと、彼女の呼吸が落ち着いてくる。

「・・・ごめんなさい」

再度謝り、二人に頭を下げる。

室井は慌てて首を振った。

「い、いや。それはいいのだが・・・」

口ごもる室井に、彼女はニッコリ笑った。

「ええと、じゃあ、少し。三人で話しましょうか」

修羅場になるはずだったのが、一転してご歓談の雰囲気である。

首を捻りつつ、二人は彼女に従って室井の部屋に上がった。





私もお話しなきゃいけないことがあります。

前の恋人についてです。

つまらないことでケンカしてしまって・・・。

私から別れると言えば、絶対にNOと言う人ではありませんでした。

生真面目で不器用で優しい人。

ええ、ちょうど誰かさんみたいですね。

私に迷惑がかかるくらいなら、自分から引いてしまうような人です。

私はそんな所が好きで、そんな所が嫌いでした。

今回のお見合いのお話が来た時、最初は断ろうと想いました。

でも、室井さんのお写真を見て・・・。

青島さん。後で室井さんに写真を見せてもらってください。

お見合いの写真だっていうのに、眉間に皺が寄ってるんですよ?

ふふ。でもその皺をみて、あの人を思い出して・・・。

あの人も良く眉間に皺を寄せていましたから。

お見合いしてみたら、顔が似ているわけではないですが、表情が良く似ていてビックリしました。

初めは、室井さんとならきっと上手くやっていけると思って、この話をお受けしたんです。

上手くやっていけるという気持ちには今も変わりはないです。ですが、だんだんと室井さんを通じ

てあの人を見ている自分がいることに嫌気がさして・・・。

今日はそれを打ち明けようと思って来ました。





最後に彼女は、「私も当たって砕けてきます!」と前の恋人に会いに行くことを宣言して帰ってい

った。

二人には「お幸せに」と笑顔を残して。

彼女が帰った後に待っていたのは、恐ろしく気まずい沈黙である。

玄関先で彼女を見送って、二人ともそのまま玄関に立ち尽くしていた。

お互い勢いにのって告白したはいいが、一旦仕切り直しにされるとどうしていいか分からない。

「俺も、帰ります」

青島が言い出して、当然室井は慌てる。

やっと気持ちを伝えるに至ったのに、何の確認も約束もせずに帰せるわけがない。

ドアに向かう青島の腕を掴んで、引き寄せて、抱きしめた。

青島も抵抗しない。

本気で帰るつもりは無かったのかもしれない。

室井の腕の中で、青島は小さく笑った。

「・・・室井さん」

「何だ」

「後悔してません?破談になっちゃいましたよ?」

首を傾げて、室井の顔を覗きこんでくる。

室井は苦笑した。

「どのみち、破談だった」

「そっか」

「君がいなくても」

「・・・そっか」

「君のせいじゃない」

「・・・」

青島が室井の背を抱き返してくる。

いくら鈍い室井でも、すみれにあそこまで言われれば、今青島が何を考えているか大体分かる。

恐らく罪悪感でいっぱいだろう。

いくら、彼女にも室井に対して秘密があったにせよ。

その話を室井にしようとして来たと言っていたが、破談にするほどの思いでいたかどうかなど彼女

にしか分からない。

どちらにせよ青島と室井の告白が、彼女にあっさりと破談という選択をさせたのは間違いなかった。

いや。

青島がどうかじゃない。

室井が青島を好きだと言ったから、彼女は無かったことにしましょうと言ってくれたのだ。

「責任の全ては俺にある」

室井が青島を抱きしめたまま言うと、青島が驚いたように頭を上げた。

「室井さん、それは」

「自分の気持ちははっきりしていたのに、誤魔化して彼女と結婚しようとした」

破談になったことも、彼女を少なからず傷つけたことも、原因は自分である。

「君を好きだったのにな」

室井は切なく微笑して、青島の頬を撫ぜた。

「室井さん・・・」

「君に気持ちを伝えることは考えなかった。相手にされないと思った。それならば、ずっと友人で

いられることを望んだ」

「俺も、俺もです」

青島の表情も歪む。

どちらのせい、というわけではない。

強いていえば、二人とも臆病だっただけ。

室井は両手で青島の頬を包むと、額をあわせた。

「青島」

「はい」

「大分遅くなったけど、今更だけど」

「・・・はい」

「俺と付き合ってくれないか?」



声にならない返事は室井の唇に飲み込まれた。








この翌日から一月ばかり。

二人はすみれに全く頭が上がらなくなる。

























END
(2004.7.3)


アンケートでご要望のありました、「嘘つき」の続きです。
本当に終わったところから始まってますね。
長くなってしまってごめんなさい(汗)
前後編にすれば良かった・・・。

そして、そして。
ご都合主義のお話で申し訳ありません(笑)
ありえませんが、できるだけ皆幸せにと思ったらこんな話に。
本当、ありえないなぁ(^^;

個人的に泣くすみれさんとストーカーと自称する青島君が書けて楽しかったです。