■ 理由なんてない


時間はもうすぐ午前一時。
そろそろ寝ようかと思いベッドに入った青島は、物音に気がついてた。
耳を澄ますまでもなく、玄関から音がしているのがはっきり分かる。
「鍵、掛けたっけな」
思わず呟く。
刑事のくせに無用心だと良く室井に怒られているのだが、ちょくちょく部屋の鍵を掛け忘れるのだ。
―まさか、泥棒?
泥棒にしては随分騒々しく入ってくる気もするが。
ドタバタとドアを開け閉めする音が響いて、青島は首を傾げた。
だがこんな時間に突然自宅にやってくる知人など、青島にはいない。
まさかな…と思いつつも、少し不安になる。
そっとベッドから抜け出すと、身構えながらそっとドアを開ける。
と、向こうからドアを引かれるのとが同時だったようで、青島は思わず前のめりになる。
「わっ!」
「と、大丈夫か?」
前のめりになる身体を支えられて、青島は目を丸くした。
「む、室井さぁん!」
目の前の見慣れた男に思わず叫ぶ。
「夜分にすまない」
いつものように眉間に皺を寄せて、気難しい顔をする室井。
「いえ、それはいいんですけど」
青島は未だに驚いたままだった。
合鍵を持っている室井だから、青島の部屋に入ってくることは容易い。
そう考えれば侵入者が泥棒と思うより室井かもしれないと思うべきかもしれないが、室井が連絡もなしに、しかもこんな深い時間に青島の自宅にやってくることなど過去に無かったから、青島の頭にすぐに浮かんでこなかったのだ。
「どうしたんですか?」
中々会えない恋人が急に現れて嬉しく思っても、迷惑なわけがない。
迷惑ではないが、不思議ではあったので尋ねてみる。
「理由なんかない」
そうは言うが、室井は相変わらず難しい表情のままだ。
何かあったのかもしれないと青島が思っても、無理はない。
「ただ君に会いたくなっただけだ」
真顔で言われて、青島は口をぽかんと開けた。
たまに室井はこちらの思考回路を停止させるようなことを、平然と言ってのける。
青島は軽く赤面しつつ、頭を掻いた。
「それは…どうもです」
「迷惑だったか?」
「まさか!」
「そうか、それは良かった」
そう言うと、室井は青島の腕を掴む。
室井が何をしたいのか飲み込めていない青島が首を傾げて室井の顔を覗きこむと、そのまま腕を引かれた。
引っ張られて、そのままベッドの上に押し倒される。
「むろっ」
突然のことに驚いた青島が声をあげる前に、唇を塞がれる。
そこで青島は初めて気がついた。
室井がかなり酒を飲んでいることに。
驚きが勝ってすぐに気がつかなかったが、唇を合わせればさすがに分かる。
かなり酒臭い。
「…っん…ちょ、室…」
キスの合間に静止の声を掛けるが、息する間さえ満足に与えてくれない室井は中々青島を解放してくれない。
仕方なく自分に覆い被さっている室井の背中をバシバシ叩く。
何度か続けると、ようやく室井が唇を離してくれた。
「…なんだ?」
少し、不機嫌そう。
止められて不愉快だったのかもしれないが、酔っ払って突然会いに来て押し倒されたのでは、青島の方が不機嫌になるというものだ。
青島はそう思いながら少し呆れたが、珍しくも自制心の薄れた室井が何だか愛しく感じられて苦笑した。
酔っ払っているとはいえ、室井が青島の都合を完全に無視した行動にでることなど、滅多にあることではない。
これも自分に対する甘えなのだろうかと思うと、青島は嬉しかった。
室井の自制心を揺るがすことは、誰にでも出来ることではないから。
青島は室井の頬に手を掛けて、軽くキスを送る。
「なんだ、じゃないですよ。アンタ、かなり酔ってる」
「酔ってない」
酔っ払いらしい返事に、ますます苦笑が深まる。
「酔っ払いは皆そう言います」
「俺は平気だ」
「もう一時ですよ?」
そう尋ねると、いきなり押し倒した室井が初めて躊躇した。
「……やっぱり、迷惑だったか?」
酔っ払っていても、この辺りが室井である。
青島は慌てて首を振った。
「だから、迷惑じゃないですって!嬉しいですよ!」
酔っ払いながらも自分に会いに来てくれたことは、素直に嬉しかった。
実のところ、このまま致すのも満更ではない。
ただ。
「でも、室井さん」
「ん?」
「かなり、酔ってる」
室井がどんなに大丈夫だと言っても、かなり酔っ払っていることは間違いがない。
このまま事に及んだとしても、明日の朝後悔するのは室井の方だろうと思う。
酔っ払って自宅までおしかけて青島を抱いたとなれば、絶対正気の室井は気にする。
「酔ってない」
再度主張する室井の目は据わっていた。
絶対酔ってる。
そう思ったが、どう言っても聞いてはもらえなさそうだ。
青島がどれだけ明日の室井のことを気にかけても、今の室井には伝わるはずも無い。
青島は溜息を吐くと、室井の背中に腕を回した。
「知りませんよ?」
「何が」
大人しく抱きついてくる青島に満足したのか、青島の額に口付けを落として微笑を浮かべる室井。
「明日、どうなっても」
「…明日どうにかなるのは、君の方じゃないか?」
「…!俺に一体何させる気っ」
青島の苦情は室井の唇に吸い取られる。
普段の室井からは想像できないほど性急に求められて、青島はすぐに文句の言葉を忘れた。
室井の手が青島のパジャマを肌蹴させると、青島も室井の背広に手を掛ける。
唇を合わせたまま背広を脱がせて、ネクタイを引き抜いた。
青島のパジャマが完全に肌蹴ると、その首筋に室井が顔を埋めてくる。
「……っ」
青島が小さな声を漏らすと、室井が動きを止めた。
止めたと思ったとたんに、急に室井の身体が重たく感じられる。
「…?室井さん?」
不審に思い、少しだけ身体を起こして、室井の顔を覗きこむ。
首筋に顔を埋めたままだから表情は見えないが、何が起こったのか青島にはすぐに分かった。
室井の身体が重く感じられるのは、室井が身体の力を抜いたから。
身体の力が抜けた理由は。
「…すー……すー…」
室井が寝てしまったからだ。
青島は絶句した。
それから思わず、憮然とした表情になる。
「何それ…」
半ば強引に押し倒しその気にさせておいて、これからというときに人の上で寝るとは何事か。
青島は乱暴に身体を起こして、室井を仰向けに転がした。
が、全く起きる気配は無い。
勝手に乗っかってやろうか、などと一瞬だけ思う。
だが、すぐに諦めた。
どうせ虚しくなるのは自分である。
青島は溜息を吐くと、肌蹴たパジャマのボタンを留めなおす。
そして、室井の寝顔を覗き込んだ。
酔っ払っているせいか、もしかしたら青島を抱きしめている夢でも見ているのか。
いつもよりも幾分締まりのない寝顔をさらしている。
青島は室井の鼻をつまんだ。
「…サイテーだぞ、室井慎次」
そう言いつつ、苦笑している。
いつもきっちりしている恋人のこんな姿を見るのも悪くはない。
途中で投げ出された埋め合わせはいずれしてもらうとして、気持ち良さそうな睡眠を邪魔するつもりは青島にはなかった。
シャツとスラックスを脱がすと布団を掛けてやり、その横に自分ももぐりこむ。
「起きたら精々苦悩してくださいね」










翌朝

2004.9.23

あとがき


「イヤだって言ったのに室井さんが無理やり…」と嘘泣きする青島君に、
起きた室井さんが真っ青になっておろおろしてくれると楽しいです(酷)

「いいかげんにしろ」では青島君に酔っ払ってもらったので、
今度は室井さんに酔っ払ってもらいました。
どちらも結局室井さんが苦悩しそうなお話になってしまいましたが(笑)
たまになら泥酔する恋人もいいのではないかと。
しょっちゅうだったら、腹立ちますけど;



template : A Moveable Feast