青島は揺り起こされて目を覚ました。
遠くどこかに行っていた意識が戻ってきただけで、覚醒しきってはいない。
目も満足に開かない。
ひたすら眠かった。
「んー…」
うなり声はあげるものの起きようとはしない青島の体を、誰かがなおも揺する。
風邪をひくから布団で寝た方がいい。
そんな内容の声をかけられて、青島はニンマリ笑った。
―室井さんがいる。
そう思ったのだ。
ぼんやりとした視界に人影を見付けて、迷わず手を伸ばす。
首にしがみつくと引き寄せて、唇を重ねた。
室井からの反応は全くないが、青島はそんなことには気付かない。
眠たいだけでなく、酔っぱらってもいたのだ。
意識も感覚も正常には働いていない。
甘えるようにしがみつき、舌を差し入れキスを深くした。
その途端に、肩を掴まれ引き剥がされる。
「ちょ、ちょっと、せんぱいっ」
焦った声が耳に届き、青島はパチリと目を見開いた。
目の前にいるのは半泣きになった真下正義である。
その情けない顔を見て、目を剥く。
慌てて辺りを見回すが、当然のように室井の姿などどこにもない。
衝撃で酔いは一気に覚めたが、何が起こっているのか飲み込めず、呆然と真下を見上げる。
真下が異様に近い。
真下が青島を押し倒すように覆い被さっているのは、寝ていた青島が真下を引き寄せたせいだろう。
青島からなんとか距離を取ろうと、真下の手が青島の肩を掴んでいる。
青島は真下を引き寄せていた腕を放し、思わず手の平で真下の額を押した。
「近いよ」
青島のあんまりと言えばあんまりな一言に、真下は更に情けない顔をしながら身体を離した。
言われるまでもなく、真下だって離れたかったに違いない。
「先輩がしがみついて来たんですよっ」
それは青島も分かっていた。
身体を起こすと、気まずそうにガシガシと頭を掻く。
しがみついただけではすまなかったことも分かっている。
夢であればいいとは心底思うが、悲しいことに感触を覚えている。
なんとか気のせいということにできないかなぁと思った青島は、まだ少し寝ぼけていたのかもしれない。
そんなことはできるわけがない。
その証拠に、真下は相変わらず半泣きである。
「しかも、唇まで奪われたっ」
真下の情けない叫びに、青島もぎょっとして叫ぶ。
「気持ちの悪い言い方、するんじゃないよっ」
「舌までいれられた〜」
この世の終りだとばかりに嘆く真下に、さすがに赤面する。
「室井さんと間違ったんだよっ!」
一瞬の間の後、真下まで赤面し、怒られる。
「生々しいこと言うの止めてくださいよっ。そうだろうとは思ってましたけど……想像しちゃったじゃないですかぁ」
青島と室井のラブシーンを想像してしまったらしく、いよいよもって本気で泣きそうである。
青島だって泣きたい。
「想像しなきゃいいだろ、そんなもんっ」
「あんな濃厚ちゅーしかけてきた先輩が悪いんですよっ」
「ちゅーとか言うなよ」
そう何度も繰り返さなくても、自分が真下にキスをしたことくらいは、ちゃんと認識している。
少し考えてどうやら反芻したらしく、真下が頬を薄っすらと赤らめて、青島の顔を伺うように見た。
「……いつもあんなふうなんですか?」
嫌がってるわりに、青島と室井のことが多少気になるらしい。
「だから、想像すんなってばっ」
青島は真っ赤になりながら、怒鳴った。
真下を室井と勘違いするなど、一生の不覚である。
とりあえず落ち着こうと煙草を取り出し、口に咥える。
火を点けながら、こうなった原因を思い出していた。
久しぶりに湾岸署に来た真下と酒を飲みに行き、飲みすぎて帰るのが面倒臭くなり、青島の自宅よりも近かった真下の部屋に転がりこんでいたのだ。
うっかりリビングで寝こけていたところを、気を遣った真下が起こしてくれたようだが、どうやら恩を仇で返したらしい。
真下は未だにぶつぶつと溢している。
「なんで先輩とディープキスなんか」
それはこっちの台詞だと思ったが、真下の唇を奪ったのは、死ぬほど不本意だが、青島の方である。
「…悪かったてば」
煙草の煙を吐きつつ、素直に謝る。
「雪乃さんともまだしてないのに」
次いで、真下が溢した情けない一言には、思わず笑ってしまった。
「なに、まだなの?お前ら」
あやふやな関係ではあったが、台場役員殺人事件以降、二人は付き合っているはずだった。
未だにキス一つできていないとは、真下らしすぎて笑えてしまう。
「何やってんだ、情けない」
からかうと、真下は唇を尖らせた。
「今はそんな話しどうでもいいんですよ」
「言ったの、お前」
青島の突っ込みを何事もなかったように無視し、真下が詰め寄ってくる。
その分、青島も仰け反った。
「な、なんだよ」
「室井さんに知れたら、一大事ですよ」
「…大袈裟だろ」
言いながらも、視線が泳ぐ。
これは間違いなく浮気なんかではない。
青島自身、同姓との、ましてや真下とのキスなど、罰ゲームか交通事故としか思っていない。
真下が知れば「僕の台詞ですっ」と泣くか怒るかするだろうが、とにかく青島と真下のキスに意味などあるわけがないのだ。
今のだって、青島が室井と真下を間違えるという、言わば事故である。
やましいところは一つもない。
ただ、酔っぱらっていたから、酔っぱらって寝こけていたから起こった事故ではあった。
それを室井に知られたら、間違いなく怒られるだろう。
室井は鈍感で唐変木に見えるが、青島に対しては嫉妬深く過保護なのである。
「…ま、わざわざ言うほどのことでもないよな」
単に室井に伝えることに気後れしただけだが、青島は自分を誤魔化した。
真下もすぐに乗ってくる。
「そう、そう、そうですよ。大したことじゃないですからね」
真下も室井に知れるのが怖いらしい。
確かに、青島に唇を奪われたあげく、室井に嫉妬でもされようものなら、踏んだり蹴ったりとしかいいようがない。
青島が真下だとしても絶対にごめんだと思うから、真下の気持ちは良く分かった。
視線を合わせると、どちらからともなく頷きあう。
この件は無かったことに、ということで話がついたのだ。
「先輩」
「ん?」
「灰落ちますよ」
指摘されて、指に挟んだ煙草が大分灰になっていることに気付いた。
「うち、灰皿ないですよ」
一瞬目で灰皿を探した青島に、真下が今更教えてくれる。
よく考えたら、真下も非喫煙者だった。
「そういうことは先に言えよ」
肩を竦める真下に唇を尖らせ、脱ぎ散らかしてあったコートのポケットから携帯灰皿を取り出すと煙草を消した。
「……」
「……」
沈黙が生じる。
二人とも、妙な虚脱感があった。
折角気持ち良く酔っ払っていたというのに、台無しである。
尤も、青島は自業自得だった。
「じゃあ…もう寝ますか」
真下の提案に青島も頷く。
酔いが覚めたとはいえ、今更自宅に帰るのも面倒くさい。
「来客用の布団引いてあるから、使ってください」
「ん、悪いね」
頷いた青島を、真下は横目でちらりと見る。
「もう襲わないでくださいね」
「くどいよっ」
誰が素面でお前なんか襲うか!と言ったら、室井さんなら襲うんですか?と返ってきたので、青島は遠慮なく蹴りを入れてやった。
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