■ 誘拐(1)


青島は欠伸を噛み殺しながら、公園で突っ立っていた。
平日の真昼間だが、別に仕事をさぼっているわけではない。
証拠に珍しく制服を着ている。
制服を着て突っ立っていると言うと尚更人聞きが悪いが、それが今の仕事だった。
交通課の交通安全運動のイベントに、お手伝いとして青島も借り出されたのだ。
公園に仮設された簡素なステージの上で、交通課の婦警やピーポ君が子供たちを相手に、面白おかしく交通安全の重要性を説いている。
青島はそれをぼんやり眺めていた。
イベントが始まる前には子供たちを誘導したり、悪戯っ子とそれなりに真剣にケンカしたりしていたが、イベントが始まると途端に暇になってしまったのだ。
―あまりぼんやりしてると、カッコ付かないなぁ。
青島は顔に力をいれて、表情を作った。
たまにチラチラと子供たちの視線が青島に向かうのだ。
不祥事で警察官の信頼が落ちようとも、子供たちにはあまり関係がない。
ならばちゃんと正義のヒーローでいることは、警察官の、大人の役目である。
子供の視線を避けたくなるような大人になってはいけないなぁと思うのは、こんな時だ。
尤もその子供たちと真剣にケンカするような男が大人の男と言えるのかは、甚だ疑問ではあったが。
キリリとした表情で立っていると、見目が良い分、素敵な警察官に見える。
そのせいかどうかは分からないが、女の子が一人近付いてきた。
まだ低学年くらいだろうか。
不安そうな顔で青島を見上げてくる。
「お巡りさん…」
かわいらしい声で呼ばれて、青島は表情を崩すと女の子の前で膝を折った。
「どうしたの?」
「ママがどっか行っちゃったの」
どうやら、母親と逸れたらしい。
イベントは大盛況というほどじゃないが、公園内はそれなりに人でいっぱいである。
小さな子供一人では、母親は見つけられないだろう。
「そっかぁ…よし、お巡りさんと一緒に捜そっか」
青島は立ち上がり女の子の手を握ると、ニコリと笑った。
「大丈夫大丈夫。ママも君のこと捜してるはずだから、すぐに見つかるよ」
お巡りさんの言葉だからか、それとも脳天気な笑顔がきいたのか。
女の子はホッとしたように表情を和らげた。
「名前、なんて言うの?」
女の子の手を引いて歩きながら青島が聞くと、元気な声が返ってくる。
「お巡りさんは?」
「うん?お巡りさんはねー」
アオシマシュンサクって言うんだよーなどと、平和な会話をして歩きながら、公園の中を散策する。
そんなに広い公園ではないし、さっき青島が言った通り母親も彼女を捜しているだろうから、母親を見つけることは難しくないだろう。
それに公園の広場でイベントをしているのは警察である。
母親も警察頼っているかもしれない。
「ちょっと、あっちのお巡りさんとこ行ってみようか。お母さんも来てるかもしれないし」
頷いた女の子を連れて、イベント本部に向かって歩き出した。
すると、胸ポケットで携帯が鳴る。
「ちょっと、ごめんね」
女の子の手を握ったまま携帯を取り出した。
履歴を見ると湾岸署である。
「青島です」
『すみれだけど、事件ー』
簡素な物言いが、すみれらしい。
「ええ?でも、俺、今、交通課手伝ってる最中なんだけど」
『本店からの応援要請で、強行犯係はそっちのお手伝いしろってさ』
「また、手伝いぃ?俺はお子様か…」
思わずぼやいてしまって、視線を落とす。
女の子と目が合って、愛想笑いを浮かべた。
「いや、お手伝いって大事だよね」
『何気持ち悪いこと、言ってんの?』
「よし、頑張ろうっ」
『…うん、じゃあ、早く署に戻ってね』
薄気味悪そうに呟いて、電話が切れた。
青島は切れた電話をしまい、溜め息をつく。
仕方がないとはいえ、お手伝いばかりとは楽しくない。
しょんぼりしていると、握っていた手を引かれる。
「お巡りさんも、お手伝いするの?エライね」
子供に慰められ、青島は苦笑して頷いた。
「お手伝いは大事なことだからね〜」
見知らぬ女の子にも気を使う青島は、案外保父さんに向いているのかもしれない。


女の子を婦警に任せ、本店からの応援要請があったことを伝えると、青島は一足先に署に帰ることになった。
幸い公園から湾岸署へは、徒歩で行ける距離である。
青島は早足にひと気のない裏道を歩く。
なんだかんだと言って、事件と聞いて青島が大人しくしていられるわけがない。
密かに、不謹慎だがウキウキしながら歩いていると、公園を出たところで声をかけられた。
「お巡りさん」
また迷子か?と思いながら振り返ろうとしたが、それは適わなかった。
足を止めた瞬間に後頭部に強い衝撃を受けたのだ。
「ッ」
一瞬目の前が白くなり、地面に崩れ落ちる。
次第に視界が真っ暗になっていった。
青島の最後の記憶は冷たい地面の感触ではなくて、身体が浮き上がる浮遊感だった。





***





その頃、室井は本庁の刑事を数名連れて、湾岸署に向っていた。
本庁捜査一課で追っていた指名手配犯が、湾岸署管内で目撃されたという情報が入ったのだ。
湾岸署に協力を依頼して、捜査に当たるつもりだった。
「しっかし、湾岸署は色々とあるとこだな」
移動中の車の中、資料を見ていた一倉が言った。
湾岸署が悪いわけではないのだが、確かに湾岸署は事件が多い。
「さては、問題児がいるからか?」
一倉がニヤリと笑うから、室井は眉を寄せた。
「青島が事件を呼び込んでるわけじゃないだろ」
「別に青島とは言ってないけどな」
「……」
「お前も問題児と思ってるってことか」
「違うっ」
他に誰を指しているんだと思ったが、それでは結局一倉の指摘を肯定することになる。
室井は別に青島を問題児とは思っていない、一倉ほどは。
トラブル体質にある気は何となくするが、青島のせいだけではないだろう。
「まぁ、湾岸署の管轄でよかったじゃないか」
微妙に不謹慎な発言をする一倉に、室井は呆れた顔をした。
「そんなこと、言ってる場合か」
「とか言っちゃって、青島と一緒に捜査できて嬉しいくせに」
室井は思わず運転席を見た。
偉いもので、運転している部下は、こんな会話をしていたって振り返りすらしない。
が、室井が気恥ずかしくないわけでもない。
「だから、不謹慎だぞ」
「じゃあ、お前は思わなかったのか?」
「……」
そう聞かれて、また返事に困る。
室井だって本当はちらっと思わないでもなかったからだ。
室井が依頼して、神田が青島を差し出してこないわけがないから、青島は絶対手伝いにくる。
そう思えば嬉しくないわけではなかったが、やはり捜査中に不謹慎な気がする。
さすがの一倉もそこまで非常識ではなかったようで、
「何も事件が起こって良かったって言ってるわけじゃないさ。どうせ捜査するなら湾岸署で良かったじゃないかってことだよ」
そう言うが、やっぱり少し不謹慎な気がして、室井は難しい顔のまま、一倉のコメントへの返答を差し控えた。


刑事課に入ると、袴田がすぐに飛んでくる。
「これはこれは」
「お世話になります」
軽く頭を下げて挨拶をすると、無意識に視線を滑らせる。
席には青島の姿がなかった。
本部の設置に借り出されているのかもしれないと思いながら、袴田に指示を出して刑事課を後にする。
「室井さん」
行きかけたところを呼び止められて振り返ると、すみれが立っていた。
「ちょっと青島君に電話してみてくれません?」
妙なお願いに、室井は眉を寄せる。
すみれにまでからかわれているのかと思ったが、そうでもないらしい。
少し不安そうに見えた。
「何故だ」
「青島君に外出から戻るように連絡したんですけど、戻ってこなくて」
「子供じゃないんだから、そのうち戻って来るだろ。どっかで寄り道してんじゃないのか?」
それこそ子供じゃないんだから、というようなコメントを吐く一倉を放っておいて、室井は顎に手を当てた。
「もう一度電話もしてみたんですけどね」
「出ないのか?」
「ええ……だから、ほら、室井さんからの電話なら、出るかもと思って」
すみれがニコリと笑うから、室井はまた眉を寄せた。
やっぱりからかわれているような気がしなくもない。
だが、青島のことは気になった。
青島が事件と聞いていながら、理由も無く署からの電話を無視するとは考えにくい。
聞けば、近場に外出していたというから、中々戻らないというのも気になる。
事件と聞いてはりきっていないわけがないから、尚更おかしい。
室井は携帯電話を取り出して、青島の携帯に掛けてみた。
呼び出し音が続くだけで、なんの反応も無い。
普段ならあまり気にしない。
出られないときもあるだろうと思う。
だけど、今は少し嫌な感じがした。
室井は眉の溝を深めた。
「やっぱり、出ない?」
「…ああ」
電話を切ると、すみれを見た。
「そう…」
目を伏せるようにして考え込んでいたが、ちょっと笑うと首を振った。
「まあ、すぐ戻るわよね、きっと。心配いらないわよ」
室井に言っているというよりは、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
彼女も青島のことは心配なのだ。
「愛されてるなぁ、あいつは」
場違いな一倉の発言に、室井は脱力し、すみれは肩を竦めた。
「愛してるわけじゃないですけど、放っておくとなんか心配なのよね、青島君」
可愛らしく髪をかきあげながら小首を傾げるすみれに、一倉も頷く。
「まあ、それは分からなくもないな」
「あ、一倉さんは放っておいてあげてくださいね」
「おい、どういう意味だそれは」
「手を出すなって、意味です。ね、室井さん?」
ね?と今度は室井に向って小首を傾げるから、
「俺にふるな」
精一杯顰め面で応じた。


「た、大変です!」
緒方の叫び声に、三人とも刑事課に視線を戻した。
受話器を持った緒方が、顔を真っ赤にして立ち尽くしている。
室井たちだけじゃなく、その場に居合わせた全員の視線が緒方に注がれる。
「どうしたのよ、緒方君」
魚住が近付くと、緒方は硬い動きで唇を動かした。
「青島さんが、」
何者かに連れ去られたそうです―。


室井は一瞬心臓が止まったかと思った。










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2006.5.5

あとがき


のらねこ様からの71517HITリクエスト、
「誘拐された青島君を救出する為、団結するキャリア’s(室青希望)」です。

ええと、ええと;
最初から言い訳で申し訳ないのですが、
私の書く事件物ですので果てしなく緩くて温いです(汗)
そしてシリアスではなくて、ギャグを目指しております。
いや、ギャグというほど笑えるお話にはならないと思うのですが(どっちだ>汗)
期待せずにお付き合い頂けると嬉しいです。
なにとぞ、宜しくお願い致します…。

青島君が酷くストレートに誘拐されておりますね(笑)
冒頭の子供と青島君の絡みに一切の伏線はございません。
単なる私の好み(笑)
子供と青島君って何か好きなんです。
悪がき相手だと一緒に子供になって、
イイコ相手だと優しいお兄さんっぽくなってる気がします。

い、一応できるだけのキャリアを登場させたいと思うのですが、
わたし、登場人物が多いお話を書くのが不得意だったりします(^^;
ちゃんと役割り(台詞とか)を振り分けてあげられないんですよねぇ。
その辺修行不足ですが、頑張ります!



のらねこ様へ
大分お待たせしてしまいまして、申し訳ありませんでした;
しかも相変わらず大した事件物は書けそうにありません…。
精一杯頑張りますので、生暖かい目でご覧になってやって頂けると嬉しいです。
宜しくお願い致します!



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