青島は手足を拘束されたままという異常な状況の中で脱力しきっていた。
「うわ、やっぱり本物は違うなぁ」
感心しているのか感動しているのか。
どちらにしても浮かれた男の声がする。
「一度着てみたかったんですよね」
しみじみと言う男は、その念願を叶えていた。
もちろん目隠しをされている青島には何も見えていない。
だが、耳だけでも、充分把握できた。
男は青島の制服を脱がした後、アンダーシャツとトランクス一枚になった青島には目もくれず、脱がした制服に夢中だった―見えないが、恐らく。
青島拉致の目的は、青島自身でも警察官でもなかった。
警察官の制服だったのである。
―制服マニア。
青島はげんなりしていた。
自分が殴られ拉致された原因が制服欲しさのためだなんて悲しすぎる。
腹立たしい半面、情けない気持ちでいっぱいだった。
自身の身の危険が取り急ぎなさそうなのは良かったのだが、とはいえ警察官が制服を剥がれて良いわけもない。
手足を拘束されているからどっちみち帰れないし、拉致されていること自体には変わりなく、それは大問題だった。
青島の制服に夢中な男に、青島はとりあえず自分の存在を思い出してもらうことにした。
「おーい、もしもーし」
「…あ、すいません、なんですか?」
なんですかじゃねーよと思いながら、青島は下手に出てみる。
「制服が欲しかったんなら、もう手に入ったでしょ?俺のこと解放してくれない?」
「お兄さん解放すると、逮捕されるでしょ?」
さすがにそこまでバカじゃないらしい。
だからこそ青島を拘束し、目隠しまでしているのだろうが。
「君さ、俺をどうするつもりなわけ?」
青島を拉致した理由は、納得し難いが、よく分かった。
本当ならその場で制服だけ脱がせられれば良かったのだろうが、人目もあるし近くには他の警察官もいたため、拉致するという手段をとったのだろう。
本当に安全策を取るなら、あんなところで警察官を殴り倒したりはしないだろうが、そこは制服マニアである。
制服にムラムラして、ついうっかりやってしまったのかもしれない。
うっかり殴り倒された青島にしてみればたまったものではないが、そこまでは理解できなくもない。
ただ、青島を拘束して監禁して、今後どうするつもりなのかが分からなかった。
犯人に凶暴性がみられないとはいえ、邪魔になって殺害でもされてはたまらない。
どころの騒ぎじゃない。
青島は男がどういうつもりなのか知りたかった。
聞いて素直に教えてくれると思っていたわけではないが、
「どうしましょう?」
返ってきた犯人の少し途方にくれたような声に、激しい頭痛を覚えた。
この男はやっぱり底なしのバカなのかもしれない。
「あ、本当に心配しなくても、乱暴なことは」
「うん、分かった。それはなんとなく分かったけど。まさかずっと俺を監禁しとく気?」
「うーん…そんな犯罪めいたことはしたくないんだけど…」
今現在、既に犯罪を犯していることに気付いていないのだろうか。
青島はさっきまでと少し違った薄気味悪さを感じた。
「うん、まあ、とりあえず」
男が動く気配がした。
「…?」
「ちょっと散歩行ってきます」
「…は?」
「制服着て、パトロール。一度してみたかったんですよねー」
「ちょ、ちょっと待て」
「じゃあ、行ってきます」
男の能天気な声と共に、人の気配が消える。
「悪用するなよ!」
思わず叫ぶと、少し離れたところから「しませんよー」と朗らかな返事が返ってきた。
そしてドアの閉まる鈍い音がする。
男が出て行ったのだと悟ると、青島はしばし呆然として、やがて深い溜息をついた。
「マジかよ…」
***
青島が拉致されて一夜明けた。
湾岸署の中は相変わらず騒然としていて、徹夜で朝を向えた者が多かった。
身内が拉致されたとなればそれも当然だろう。
湾岸署署員、それから新城が呼んだ応援の本庁刑事たちは、聞き込みや目撃者・不審者への事情聴取、検問等にあたっていた。
捜査本部に詰めていた室井も当然徹夜である。
眉間に皺を寄せながら資料を睨んでいると、テーブルにコーヒーが置かれる。
顔を上げると一倉がいた。
「少しは休んだらどうだ」
「大丈夫だ」
「寝不足だと頭も働かないだろう」
それは一理あるが、生憎と室井の頭はスッキリとしていた。
「どうせ眠れそうもない。それならできることをする方が良い」
室井は有り難くコーヒーを飲んで、また資料を見た。
「ま、無理もないか」
「新城はどうしてる?姿が見えないようだが」
「上に口出しさせないように根回ししてるみたいだぞ」
資料に滑らせていた視線を止めて、ちらりと一倉を見上げると、一倉は少しだけ笑って見せた。
「お前の不得意なところは、新城が引き受けてくれたようだな」
上から横槍が入ってこなければ、確かに捜査はずっとやりやすい。
今回は警察官の拉致だ。
警察はスキャンダルを嫌うから、上も早期解決を望んでいるはずだ。
そこに新城が上手く働きかけてくれているなら、有り難い限りだった。
「そうか…助かる」
口下手な室井には、上層部を誤魔化すことも利用することも、中々上手くやれない。
そのくらいの自覚は、室井にもあった。
「お礼に、無事に事件が解決したら、一晩青島を貸してやったらどうだ?」
泣いて喜ぶぞと言う一倉に、室井は額に青筋を浮かべた。
「お前はこんな時に良くそんな台詞を吐けるな」
「怒るなよ。場を和ませようとしたんだ」
「和むか」
吐き捨てるともう一倉に構わなかったが、一倉の方もそれ以上の無駄話をする気はなかったらしい。
「真下が例のCIC使って情報を掻き集めてる。俺は事情聴取に立ち会ってくるから、何かあったら呼んでくれ」
それだけ言うと、一倉は会議室から出て行った。
室井はひっそりと溜息をついた。
視線を窓の外に向ける。
気を抜くと、つい会議室を飛び出して、足で探し回りたくなる。
その気持ちを、何度も必死で押し留めている。
室井が力を発揮しなければならないのは、この場所、会議室の中だ。
培った知識を駆使して、沢山の情報の中から真実を見極め、捜査員に正しい指示を出し、犯人を突き止める。
それが室井の仕事だ。
室井にしかできないこと。
青島を救うために―。
「室井さんっ」
声を掛けられて顔を上げると、一倉と入れ違いに真下がやってきた。
何やら勢い込んでいるので、何か分かったのかもしれない。
室井にも力がはいる。
「どうした」
「同じ車種の車が乗り捨てられてあったそうです」
場所は拉致された公園から3キロ離れた場所だという。
意外と近いし、発見場所は住宅地だった。
「盗難車でした。今、鑑識を呼んで調べてもらってます」
「そうか…」
「車を乗り換えたんでしょうか?」
そうであれば、手がかりが一つ消えることになる。
室井は険しい表情で、じっと考える。
車を乗り換えた可能性はもちろんあるが、一概にそうとも言えない気がした。
「犯人は白昼堂々、しかも他の警官が傍にいるところで、青島を拉致してる。そんなに計画的な行動をしているとも思えないが」
「確かにそうですね」
少し落ち着いたのか、真下も冷静に考え始めた。
「車の乗り換えなんかに気を回すくらいなら、もっと足が付かないように犯行に及びますよね」
気まぐれに犯罪を犯す人間だってこの世にはいるのでどの可能性も捨てきれないが、室井や真下の推測が現段階では一番しっくりいくような気がした。
「車の発見された付近で聴き込み捜査をしよう」
「そうしてください。僕は引き続き情報を集めます」
「よろしく頼む」
礼をして行きかけた真下は、室井に向って能天気に笑いかけた。
「大丈夫ですよ、先輩は妙な事件に巻き込まれる才能は持ってますけど、悪運強いですから」
褒めているのか貶しているのか分からない評価をくだして、真下は出て行った。
良くも悪くも楽天的なのが湾岸署のカラーで、彼もまたその色に染まったままだった。
尤も彼の場合は生まれつきかもしれないが。
室井は力を抜くように一つ溜息を吐いてから、表情を引き締めた。
マイクをオンにし、インカムで聞いている捜査員たちに、新たな指示を出した。
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