電話越しに室井の声を聞いて、青島はやっぱりと思った。
室井の関わっている事件が解決したというニュースを、テレビで見た覚えは無い。
久しぶりに声が聞きたくて電話をしたが、室井が暇だと思ったわけではなかった。
電話の向こうは騒がしく、もう12時近いというのに、もしかしたら捜査本部にいるのかもしれな
いと思った。
「そうですか」
『すまない』
再び謝られて、青島は慌てて明るい声を出す。
「いや、いいんですよ!忙しいときはお互い様ですし」
『しかし・・・』
「それより、疲れてるでしょ」
疲れているだろうし、中々解決しない事件が室井を憂鬱にもさせているのだろう。
いつもより幾分低い声に、それが出ていた。
『・・・・・・少しな』
隠しても無駄と思ったのか、本当にしんどいのか、室井は珍しくあっさりと認めた。
―そりゃあ、しんどいよな。
青島は室井の心中を思いやると、殊更明るく言った。
「仕事中にすみませんでした。また、電話しますから」
『あ、ああ・・・俺こそすまなかった』
謝ってばかりの室井に、申し訳なくさえ感じる。
―この電話すら、重荷になってるんじゃないだろうか・・・。
青島は一瞬思った。
『・・・じゃあ、また』
疲れた声が告げると、通話が切れる。
暫く携帯を見つめていた青島だったが、ベッドの上に放り投げ、ついでに身も投げた。
ちゃんと休んでいるのだろうか。
食事は毎回とれているのだろうか。
また上層部と揉めていないだろうか。
部下とは上手くやっているだろうか。
気になるが、どれも聞けない。
仕事中の室井の邪魔は、できるだけしたくなかった。
電話も控えるべきだろう。
こんなふうに気を使わせるだけで、何をしてやれるわけでもない。
「・・・・・・メールくらい、入れてもいいかな」
一言メールをいれるくらい、一瞬メールを見てもらうくらい、迷惑は掛からないだろう。
青島はそう思うと、シンプルなメールを送った。
少し遅れて返ってきたやっぱりシンプルなメールに満足すると、青島は枕を抱えて丸くなった。
それが最近の寝る時の癖だった。
***
「青島君、この事件の被疑者の資料探して、本庁に届けて」
袴田に差し出された紙切れには、数年前の日付と一人の男の名前があった。
「これは?」
「本庁で追ってる殺人事件の参考人の一人だそうだ。数年前にうちの管轄で傷害事件起こしてる
らしい。室井管理官が詳細を知りたいんだそうだ」
宜しくね〜と言いながら、ゴルフクラブ片手に刑事課を出ていく。
湾岸署は今日も平和である。
青島は肩を竦めて、資料室に向かった。
少しだけ足取りが軽くなる。
―室井さんに会えるかもしれない。
相変わらず室井とは会えていなかったから、青島がそう思ったのも無理はなかった。
あるだけの資料を持って本庁に出向くと、捜査一課にいたのは一倉一人だった。
一課の刑事たちがいないのはいつものことである。
「よぉ、お疲れさん」
青島に気付いた一倉が声をかけて寄越すから、青島は軽く頭を下げた。
顔を上げて改めて見ると、一倉もいくらか疲れて見えた。
室井が忙しいのだから、当然一倉も忙しいに決まっている。
「室井なら生憎、仮眠中だぞ」
言われて青島は目を瞬かせた。
それから苦笑する。
落胆は見せなかった。
ガッカリしなかったわけではないが、心配の方が勝ったからだ。
無理してるんじゃないだろうかと思ったが、無理するなとは言えない。
多分青島にいえるのは、精々頑張れという応援の言葉が関の山である。
「大変みたいですね、テレビで見てますよ」
一倉は首を撫ぜながら肩を竦めた。
「大きな事件だからな、マスコミの食いつきが良くてね。早く何とかしねぇと、上がうるさくて
かなわん」
うんざりとした口調に苦労が窺い知れて、益々室井の身を案じた。
―また現場と本庁の間で板挟みになってなきゃいいけど・・・。
青島は思いながら、一倉に資料を差し出す。
「これ、室井さんの欲しがってた資料です」
渡しておいてくださいと言って手渡すと、一倉は少し驚いた顔をした。
「会っていきゃあいいだろ。どうせ皆出払ってていないんだ。多少いちゃいちゃしてっても構わ
ないぞ?」
セクハラまがいではあるが、一倉なりの気遣いである。
青島は苦笑すると首を振った。
「休憩の邪魔したくないんで。頑張れって伝えてください」
「直接言った方が喜ぶと思うがな」
青島は少し考えて、笑いながら緩く首を振った。
「やっぱやめときます。一倉さんも頑張って」
一課長にするには軽い態度だが、青島はヒラヒラと手を振って、一課を後にした。
仮眠が必要な勤務体系ならよっぽどだと思う。
三日貫徹なんてことが希にある現場にいるから、その辛さは青島にも良くわかった。
邪魔はしたくない。
会いたいが、会いたいと思うからこそ、余計に邪魔はできなかった。
全て解決したら、ゆっくり会えばいい。
―俺が来るのを知ってて寝ちゃうくらいだから、きっとかなり疲れてるんだよな・・・。
それならやっぱり邪魔などできない。
青島はそう納得すると、足早に本庁を後にした。
重たい足に、気が付かない振りをしながら。
***
目を覚ました青島は、そこがどこだか一瞬分からなかった。
白い天井、白い壁、白い布団、呆れ顔のすみれ。
「・・・・・・すみれさん?」
すみれの顔を見て、目を丸くした。
「すみれさん?じゃないわよ、全く・・・・・・具合は?どう?」
具合?と首を捻る。
具合が悪くなった覚えは全くなかったが、すみれに聞かれてそういえば後頭部が痛いと思った。
ぼんやりしている青島に、すみれは苦笑した。
「青島君、大丈夫?」
「だから、何が?」
「被疑者と揉み合って、階段から落ちたのよ?」
覚えてる?と聞かれて漸く思い出した。
油断をしていたわけじゃない。
和久の教えは今もちゃんと覚えている。
逮捕の瞬間が一番危険。
ちゃんと意識はしていたのだ。
ただちょっと運がなかった。
青島は逃げる犯人を取り押さえようとしたのだが、激しい抵抗にあってバランスを崩した。
そこが平地だったら、ちょっと擦り剥いただけで済んだはずだった。
運が悪かったのは、そこが階段の上だったことだ。
階段を駆け上って逃げる犯人に最上段で追いついて、確保しようとして、バランスを崩した。
結果、当然のように階段から落ちたわけだ。
・・・階段の上だということを忘れていたのだから、やっぱり少し油断があったのかもしれない。
青島は慌てる。
「被疑者は?逃がしちゃった?」
「青島君と一緒に転げ落ちた被疑者は、森下君が確保したわよ」
「・・・そ、良かった」
ほうっと息をつく青島に、すみれは苦笑した。
「全くもう〜気をつけなさいよね〜」
「あははは・・・・・・面目ないです」
青島は愛想笑いをしながら、頭を掻く。
ふっと真顔になったすみれが呟いた。
「室井さんに、連絡しとこうか?」
青島は慌てて首を振る。
「いーよ、いーよ。たいしたことないから・・・・・・ないんだよね?」
良く考えたら、青島は自分の状態を良く知らない。
後頭部が少し痛むだけで、他は平気だった。
「外傷は後頭部のこぶだけね」
「あ、やっぱり」
「でも頭打ってるから、検査入院が必要なんですって」
「ええ?そんな大袈裟な・・・」
露骨に面倒くさそうな表情を浮かべると、すみれは呆れた顔をした。
「頭なんだから危ないでしょ〜。それ以上悪くなったら警察クビになるわよ」
失礼極まりない発言に、思わずすみれを睨む。
すみれはちっとも悪びれずに「こりゃ失敬」と言った。
「三日間くらい入院することになるから、連絡しておいた方がいいんじゃない?」
少し心配そうに言われて、青島も考える。
だが、余計な心配をかけるだけのような気がした。
念のための検査入院だし、わざわざ室井に知らせて心配をかけることはない。
検査の結果、もし何かがあれば、その時に連絡すればいいだろう。
―忙しい室井さんに、余計な心労を与えるのも、申し訳ないしね。
ただでさえ痛んでいるだろう室井の胃を心配しながらそう思うと、すみれの親切な申し出を断っ
た。
退院したその日の夜に、青島は室井に電話をかけた。
最後に電話して以来一月近く話しすらしていない。
どうしても声が聞きたかったから、帰宅してすぐに電話をした。
『久しぶりだな』
柔らかい声にホッとする。
久しぶりに聞いた室井の声に、青島は何故か酷く安堵していた。
「お久しぶりです・・・・・・もしかして、また捜査本部ですか?」
騒々しい背後の音に、青島は苦笑した。
『少し休憩しよう』
室井が椅子を引いた音がして、青島は慌てる。
室井が場所を変えようとしてくれているのを悟ったからだ。
「あ、いいですいいです。大して用事があるわけじゃないし」
『・・・・・・なら、何故電話してきた?』
少しの沈黙の後の思わぬ低い声に、青島はビクリとした。
意味も無く電話をしたせいで、室井の不興を買ったのだと思ったのだ。
「ご、ごめんなさい。そうですね、忙しいのにすみませんでした・・・」
『そういう意味じゃなくてっ』
室井が焦ったように、いらついたように言った。
『どうして君は・・・っ』
その背後で室井を呼ぶ部下の声がする。
「忙しいところに本当にすみませんでした・・・・・・頑張ってください。あ、でも身体にだけは気を
つけて」
それだけ言うと、青島は慌てて電話を切った。
青島を呼ぶ室井の声がしていたが、呆然としていた青島は気が付かなかった。
「・・・俺、何やって・・・っ」
恥ずかしくて情けなくて、青島は赤面した。
室井を気遣っているつもりだが、結局自分のことばかり考えてしまう。
忙しいのを知っているくせに、捜査が難航して大変なことも知っているくせに。
それを誰より理解してやれる立場にいるはずなのに、自分の無神経さに腹が立つ。
自己嫌悪でへこみながら、携帯を握り締めた。
「・・・・・・次に会う時に、ちゃんと謝ろう」
事件が解決して時間ができたらゆっくり会って、ちゃんと謝ろうと思った。
「あ・・・・・・言うの忘れたな」
入院していたことを話しておこうと思っていたことを思い出して、青島は苦笑した。
一応用事はあったのだが、主目的が室井の声を聞くことにあったから忘れてしまったのだ。
青島は自嘲しながら、そのことも後から説明しようと思っていた。
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(2005.9.10)
更新が開いてしまって、申し訳ありませんでした。
おかしいなぁ・・・切ない感じにしたかったのですが・・・(苦笑)
どうもすみません(^^;
次で終わる予定ですが、次はもうちょっと切なくなるように、頑張ります!
青島君も室井さんも、恐らくいっぱいいっぱいです。
無理しすぎるのは、宜しくないですよね。
大人だって、たまには我侭言いたくなるし、我慢できないことだってありますから〜。
たまには素直になろうよ!(いや、日頃青島君はとっても素直と思いますが〜。笑。)