声を聞かせて(3)












帰宅した青島は、自分の部屋に窓から明かりが漏れているのを見て、目を丸くした。

「室井さん・・・?」

思いあたる節は、合鍵を持っている室井しかいない。

青島は駆け足で自宅に戻った。

部屋に入ると、会いたかった人は確かにいた。

だけど飛び付くようなマネはできそうになかった。

室井が難しい顔をして、青島を待っていたからだ。

もしかしたら先日の電話がそんなに室井を怒らせているのだろうかと思って、青島は青ざめる。

「む、ろいさん?」

「入院していたと聞いた」

硬い声で言われて、青島は目を見張った。

どこから室井の耳に入ったのか、室井は青島が怪我したことを知っていたらしい。

―もしかして、それで怒ってるのかな。

無茶をしては、いつも室井に咎められる。

心配してくれているからだ。

「あ、でも、大した怪我じゃなくて・・・」

「何で俺に連絡してくれないっ」

説明しようとした青島を遮って、室井が声を荒げた。

その迫力に押されながら、青島は慌てる。

「い、いや、本当に検査入院だけで、何でも」

「何でもない?何もなかったというのか?入院したのに?」

眉間に皺を寄せて睨まれて、青島は室井の怒りの深さを漸く悟った。

「何故一言言ってくれない!俺は君の何だ!?そんな時すら頼りにならないのかっ」

畳み掛けるように言われて絶句する。

青島にはそんなつもりは一つもなかった。

心配かけたくない、余計な負担をかけたくない。

ただそれだけだった。

「室井さ・・・」

「君は俺に気を使ってくれているんだろうが」

室井は吐き捨てるように言った。

「逆に俺のことなどどうでも良いように見える」

その言葉に呆然とする青島を一瞥し青島の脇を擦り抜けると、室井は部屋を出て行ってしまった。

玄関のドアが乱暴に閉まる音がして、青島はビクリと反応する。

静まりかえった部屋に、青島の浅い呼吸が響いた。

「だって・・・・・・」

ぽつりと呟く。

「・・・・・・困るじゃないか」

俯き、震える手で目頭を押さえる。

空いた手をキツク握りしめて、小さく吐き出した。

「不安だなんて言ったら・・・・・・アンタ、困るじゃないか・・・・・・っ」

忙しい室井の身を案じることで、自分の本心から目を逸らしていただけ。

本当はいつだって不安だった。





室井が夜中に青島の部屋から出て行くとき。

―少しでも長く一緒にいたいのは自分だけ。

自分が来るのを知っていたはずなのに、待っていてもらえなかったとき。

―ほんの一瞬だけでも顔が見たいのは自分だけ。

意味の無い電話を拒まれたとき。

―声が聞きたいのは自分だけ。





どれも口には出せなかったが、それはプライドのせいではない。

室井への想いを伝えることに、プライドはさして邪魔にはならなかった。

青島が恐かったのは、女々しい自分を知られることじゃない。

室井の重荷になることだった。

ただでさえ、青島と室井は普通の関係じゃない。

リスクだらけで、スタートから大きなハンデを背負っている。

室井が青島を愛してくれているその気持ちは信じているが、いつ青島の存在が重荷になるかは分

からなかった。

男としてそれは嫌だったし、何よりそれが原因で室井を失うのが嫌だったのだ。

室井を蔑ろにしたわけでも、軽く見たわけでもない。

ましてや、どうでも良いと思ったことなどない。

執着心なら、信じられないほどあった。

それなのに。

「・・・・・・っ」

込上げてくるものを堪えるために、奥歯をきつくかんだ。





不意に大きな音がした。

ドアが開く音。

それから乱暴な足音。

「・・・?」

青島が顔を上げると、丁度リビングのドアが開き、室井が戻ってきた。

目を見開いた青島を睨みつけてくる。

「ケンカしに来たわけじゃなかった」

そう言うと、ツカツカと青島の前までやってくる。

正面で足を止めると、眉間に皺を寄せたまま、青島を見つめた。

「説教しに来たんだった」

そういうと、青島の頬を両手で挟んだ。

少し力が入っていたせいでパチンと音がなるが、痛みは感じない。

呆然としたままの青島と視線を合わせてくれる。

そうすると、室井の表情がいくらか柔らかくなった。

それは青島が泣きそうな顔をしていたからだなんて、その時の青島は全く気が付かなかった。

「何で、俺に言ってくれなかった?」

さっきと同じ質問。

だけど、声が先ほどとは違って優しかった。

まだ怒ってはいるのだろうが、眼差しにも柔らかさが戻っている。

室井の目の中に、捨てられた子犬がいるのを青島は見つけた。

一瞬だけ、それが自分だと気が付かなかった。

「・・・・・・だって・・・・・・心配掛けると思って・・・・・・」

ぽつりと呟くと、頬を包んでいる室井の手に力が篭る。

「心配しないわけないだろ。君のことだぞ」

「だから・・・俺・・・」

「君なら、どうだ?俺がもし入院して、退院した後にその話を聞いたら?」

子供に言い聞かせるように、室井は青島に問いかける。

「しかも本人からじゃない。噂話で耳にするんだ。何で入院したのかも分からないし、退院後ど

ういう状況なのかも分からない。恋人のことなのに、何も知らないんだ」

まるで催眠術に掛かったように、その場面を想像する。

室井がもし青島の知らないところで事故や事件に巻き込まれて入院していたら。

それを知らせてもらえなかったら。

色んな意味で、それは恐怖だ。

室井を失うかもしれないという、その身の心配はもちろん。

室井に頼りにされず、心を許してもらえていないという、不安と不快感。

辛い時に支えになれないのなら、それはもう恋人とは呼べないだろう。

程度は違えど、青島が室井にしたことは、きっとそういうことだ。

青島は室井のことを一番に考えたつもりでいた。

でも結局は、室井の気持ちを蔑ろにして、自己満足に浸っただけだ。

室井の手が、優しく青島の頬を撫ぜる。

「俺は知りたかった。ちゃんと、君の事を」

真摯な眼差しに、青島の背中が震えた。

「ごめ・・・・・・ごめんなさ・・・・・・」

室井の姿が揺れて見える。

「そんなつもりじゃ・・・俺・・・」

「分かってる。だけど、こんな我慢の仕方はもう止めてくれ」

ガクガクと頷きながら、どうしたことか、涙が止まらない。

室井に優しく頬を包まれたまま、ハラハラと涙を落とす。

青島の濡れた大きな瞳を見つめて、室井は柔らかい微笑を見せた。

それだけで、何故か青島の目からまた涙が落ちる。

「あ・・・?すいませ・・・・・・なんだろ・・・」

青島は止まらない涙にどうしていいか分からず、瞬きを繰り返した。

感情をコントロールできない。

それこそ室井を困らせるだろうと思ったのだが、室井は何故か嬉しそうだった。

「青島」

室井は青島の手を引いた。

促されるまま、室井についてソファーに向かう。

手を握ったままソファーに向かい合って座ると、空いた手で室井は青島の頬を拭ってくれる。

その後から濡れる頬に、室井はとうとう小さく吹き出した。

優しい眼差しをくれるから、笑われても不快感は全く無い。

意味はないと分かっているはずだが、室井の手が青島の頬を撫で続ける。

「そんなに気を使わないでくれないか」

恋人だろ?と尋ねられて、コクリと頷く。

室井は恋人だ。

青島の大好きな人。

だからこそ、大事にしたかった。

「優しい君の気持ちは嬉しいが、それよりも、君に会いたいと思ってもらえる方が、俺はずっと

嬉しい」

「いつも・・・思ってます・・・・・・」

素直に言ったら、室井の笑みが深まった。

「俺もだ」

握ったままの手を引かれ、抱き寄せられる。

青島は室井の肩に額を押し付け、片手で室井にしがみついた。

室井の手が何度も青島の髪を梳く。

「青島、俺に言いたいことがあったら、言ってくれないか」

耳元で囁く優しい声。

「君が考えていることを、ちゃんと知りたい」

察しが悪くてすまないと律義に謝られて、青島は室井の肩から顔をあげて、泣き笑いを浮かべた。

「・・・会いたかったです」

さっきも言ったが、繰り返した。

室井が微笑んでくれる。

「俺もだ」

「声、聞きたくて、ずっと」

「電話くれて嬉しかった」

青島は少し眉を潜めた。

室井の言葉を疑うつもりはないが、電話口での不機嫌そうな声に傷ついたことは忘れてない。

「・・・迷惑そうでした」

思わず呟いたら、室井も眉を寄せた。

「あれは君が遠慮したからだ。あの時、すぐに電話を切ろうとしただろ」

「・・・・・・はい」

室井の言う通りだった。

「俺はもっと君と話したかったのに、君はそうじゃないのかと思ったんだ」

青島は慌てて首を振る。

「ちが・・・」

「気を使ってくれているんだろうとは思ったが、君にはそんなに余裕があるのかと思うと悲しく

て悔しかったんだ」

室井の言いたいことは良く分かる。

気を使うあまり室井の気持ちを逆に蔑ろにしてしまったことは、さっき気が付いた。

反省もしてる。

だけど青島にも言いたいことはあった。

思わずちょっと唇を尖らす。

「それなら、室井さんだって」

「うん?」

「俺が資料持って行くって分かってたくせに、寝てた」

室井が湾岸署に使いを頼めば、間違いなく青島が来ることは予想がついていたはずだ。

疲れているだろうし無理をさせたいわけではないが、本当は少し悲しかった。

「あれは・・・」

「だから、俺、室井さんは無理してまで俺に会いたいとは思わないんだなって」

青島が目を伏せると、室井の手がまた頬を撫ぜてくれる。

「誤解だ。あれは、本当は俺が湾岸署に自分で取りに行くはずだったんだ」

「・・・え?」

「俺が仮眠している間に、部下が気を回して湾岸署に連絡してくれたらしい」

「あ・・・・・・そうだったんですか・・・・・・」

青島は些か拍子抜けした。

室井の部下を通じた室井からの依頼と、袴田は受け取ったのだろう。

「起きたら資料は届いているし、君は帰った後だったしで、へこんだ」

「俺もへこみましたよ・・・」

「起こしてくれれば良いのにと、身勝手にも少し君に腹を立てた」

「俺も、起きて待っててくれれば良いのにって、本当は思ってました」

視線を合わせると、どちらからともなく笑いが込上げてくる。

「どっちもどっちってことか」

「本当ですね」

きっと室井も青島と一緒だったのだ。

変に大人ぶって本音を隠すから、すれ違う。

傍にいたいときは、傍にいたいと。

会いたいときは、会いたいと。

声が聞きたいときは、聞きたいと。

口にすれば良かったのだ。

例えそれが叶わなくても、相手がそれを知っていてくれるだけで、相手の気持ちを知れるだけで、

安心することもあるし、満たされるものもある。

恋愛は一人でするものじゃないのだから。










「・・・・・・ところで、青島」

青島はちょっと鼻を啜った。

「はい?」

眉間に皺を寄せて、言葉を探す室井。

暫く言い辛そうにしていたが、やがて諦めたように口を開いた。

「申し訳ないが、これから一旦本庁に戻らないといけないんだ」

青島はちょっと目を丸くして、それから苦笑した。

「もしかして、捜査中に抜け出して来てくれたんですか?」

「事件は解決したんだが、もう少し事後処理がある。実はさっきから胸ポケットで携帯が鳴って

るんだ」

さすがに青島は目を剥いた。

「な、なにしてんですかっ、さっさと出てくださいよ!」

「いや、諦めてくれたら、このままここにいようと思ってた」

青島は呆れた顔で室井を見たが、室井は平然としていた。

開き直った時の室井は、青島のそれより性質が悪いと思う。

「室井さんだって、気になるでしょ。諦めて、出てください」

ちらりと青島を見て、室井は携帯を取り出した。

部下らしき相手と二言三言交わして、すぐに戻ると告げると電話を切る。

「今晩、こっちに帰ってきてもいいか?」

答えなど、分かりきった質問だ。

「ダメなわけ、ないでしょ」

青島は何となく照れ臭くて、ぶっきらぼうに言うと立ち上がった。

今度は青島が室井の手を引く。

「車出します。送らせてください」

―今度は嫌だとは言わせない。

青島の気持ちが伝わったのか、室井は嬉しそうな笑みを零した。

「ありがとう」

























END
(2005.9.13)


雨降って地固まる?(違う)


ええと、青島君が女々しくなってしまいまして、大変申し訳ありませんでした(汗)
おかしいなぁ・・・こんなはずでは・・・;
本当は室井さんが出て行った後、戻ってこない予定でした(笑)
いや、別れさせるつもりは無かったですが、もっとこじれさせようと思ってたのです。
が、青島君を泣かせたら、満足しましてー・・・(おいおい)
このまま放置じゃ、青島君が可哀想!と思いまして、早々に仲直りです。
ヘタレなのは室井さんじゃなくて、やっぱり私・・・(^^;

青島君が泣きそうになっているのを見て、少し満足する室井さん。
ちょっと性格が悪いです(笑)
どっちもどっちな二人ですが、故意じゃないにしろ秘密を抱えた青島君の方が圧倒的に不利だったのでは〜。

切なくなったのか、甚だ疑問ではありますが(笑)
このお話はこれにて終了です。
お付き合いくださって、有難う御座いました!