室井が軽く握ってくれている手の平が、何となく嬉しい。
女の子みたいに事後のムードを大事にして欲しいと思っているわけではないが、こういう瞬間に
幸せを感じるのも事実だった。
「元気でした?」
青島がちらりと室井に視線を向けると、室井は苦笑した。
「今更・・・」
「だって、ゆっくり話を聞く暇も無かったでしょ」
室井と会うのは一月ぶりだった。
久しぶりに会って、碌に会話もしないまま、身体を繋げた。
「・・・・・・そうだったな」
室井は気まずそうに呟くと、少し身を起こして、青島の額にキスをした。
「すまない。我慢が利かなかった」
臆面も無い謝罪に、青島の方が照れ臭くなる。
「謝んないでくださいよ・・・我慢できなかったのは俺も一緒だし」
「そっか」
素直に答えたら、室井は嬉しそうに目を細めた。
触れるだけのキスを何度か繰り返すと、肘を枕にして青島を見下ろしてくる。
「大きな事件がいくつか重なってたんだ」
「あ、テレビで見ました・・・って言っても、事件は一つや二つじゃなかったみたいですけどねぇ」
「何故か重なる時は重なるんだ・・・」
思わずといった感じで、室井が零す。
控えめな愚痴が彼らしくて、青島はひっそりと笑った。
「そういう時ってありますよね。うちは小さな事件ですけど、何でか突然立て込んだりするんで
すよ」
「示し合わせたわけじゃないだろうに何でだろうな・・・・・・君は?元気だったか?」
愚痴になると思ったのか、室井は仕事の話を止めると青島に聞いてくれる。
答えようとした瞬間に、ベッドの脇のサイドボードの上で携帯電話が鳴った。
室井の携帯だったから、室井の眉間に皺が寄る。
こんな時間に電話が来るということは間違いなく急用で、9割がた本庁からだ。
青島は苦笑して手を伸ばすと、それを掴んで室井に差し出す。
「はい」
「・・・・・・・・・ありがとう」
複雑な表情で受け取ると、室井は身体を起こした。
「室井です」
電話に出た途端、室井の表情が引き締まる。
柔らかい表情をしていた恋人はもういない。
―本庁からの呼び出しだろうな・・・。
青島も身体を起こすと、脱ぎ捨ててあったシャツに袖を通した。
「青島・・・」
声を掛けられて振り返ると、電話を切った室井がやっぱり眉間に皺を寄せていた。
青島は苦笑すると、室井に着替えを渡してやる。
「本庁からの呼び出し?」
「ああ・・・すまない」
青島に悪いと思ってくれているからか、室井自身残念だからか。
恐らく両方だろう。
やり切れない表情を浮かべている室井に、青島は首を振った。
「俺たちの場合は仕方ないでしょ?ほら、早く着替えて」
青島も着替えながら言うと、室井は真顔で頷いた。
「すまない。この埋め合わせは必ず」
生真面目な室井の約束に、青島は笑みを零した。
「楽しみにしてます。・・・・・・今日、ちょっとでも会えて嬉しかったです」
軽く目を見張った室井が、青島の腕を掴んだ。
驚いている青島の唇を塞ぐと、何度も唇を重ねる。
繰り返されるキスに応じながら、青島は室井の背中を軽く叩いた。
室井が名残惜しそうに離れると、苦笑した。
「車、出します。送りますよ」
「いい、寝ててくれ。タクシーを拾う」
「でも・・・」
「君も明日は仕事だろ?ゆっくり休んでくれ」
さすがに言葉には出来なかったが、本当はもう少し一緒にいたかっただけだった。
―女々しいね、俺も。
心の中で自嘲して、青島は室井の気遣いにそれ以上逆らわなかった。
「分かりました」
「本当にすまない」
「いいですってば、気にしないで」
「なるべく早く連絡する。・・・・・・もう休んでくれ」
青島の唇にもう一度軽く触れると、室井は慌しく寝室を出て行った。
玄関のドアが閉まる音がすると、律儀に鍵を掛けてくれたらしい。
青島は一度着たシャツをもう一度脱ぐと、ベッドに戻った。
急に広くなったベッドの上で、大の字になる。
広くなったといっても、普段は一人で寝ているベッドである。
シングルで大の大人が二人で寝るのはどうしたって窮屈だから、室井が帰ってしまってむしろ寝
やすくなったはずだった。
「室井さんも可哀想に・・・こんな時間に呼び出しなんて」
夜中の呼び出し自体災難と言えたし、ましてや青島との事後である。
室井だって疲れていないわけがない。
本来なら朝まで青島と過ごすはずだったのだから、室井もがっかりしているはずだ。
青島と一緒で。
「・・・もう寝よ」
折角室井が気を使ってくれたのだから、明日に備えてゆっくりと休むことにした。
青島は行儀悪く足で布団を引き寄せると、頭から被る。
落ち着かなくて、結局枕を抱えて丸くなった。
―いつも一人で寝てるベッドで寝てんのに・・・・・・淋しくなるなんて。
青島は室井の香の残るベッドで丸くなったまま、眠りに落ちた。
「室井さんたち、大変そうね」
背後に立ったすみれが言うから、ちっとも捗らない報告書を書いていた青島は振り返った。
「何が?」
「あれ」
指を差されて、また首を振る。
すみれが指していたのは刑事課にあるテレビで、丁度ワイドショーが流れていた。
テロップには『近年希にみる凶悪犯罪』という見出しがでている。
リポーターが深刻そうに切々と語るを聞きながら、青島は眉を顰めた。
夕べ室井が慌しく帰ったのは、このせいだろう。
マスコミの騒ぎ方を見る限り、かなり大きな事件のようだった。
―室井さん、大丈夫かな・・・。
最近ただでさえ忙しかったというのに、また仕事が増えるのだ。
室井が忙しいのは今に始まったことじゃないが、さすがに心配である。
「また当分会えないわね」
悪戯っぽく「淋しい?」と聞いてくるすみれに、青島は呆れた顔をした。
「んなこと言ってる場合じゃないっしょ」
「あら、淋しくないわけ?」
「室井さんには室井さんの、俺には俺の仕事があるの。仕事優先。これ、社会人として常識」
わざとらしく言い聞かせるように言ってやったら、すみれもわざとらしく悲しそうな顔をした。
「青島君に常識を語られるなんて・・・」
外は雪かしら、などと真夏に失礼なことを言っている。
青島が肩を竦めてまた報告書に向き直ると、すみれが独り言のように呟いた。
「あっさりしてるわねぇ」
「何がさ」
「別に。ただね」
意味ありげに区切られて、青島は少し振り返った。
思いの他、優しい視線とぶつかって、ドキリとする。
「あんまり我慢しすぎるの、良くないわよ〜」
ヒラヒラと青島に手を振って、離れていった。
彼女には彼女の仕事がある。
その後姿を見送って、頭の中ですみれの言葉を反芻した。
すみれがああいう顔をして発した言葉は、蔑ろにしてはいけない。
きっと青島のことを考えて、忠告してくれたのだ。
―・・・・・・我慢なんて。
大人になれば、多かれ少なかれ皆している。
むしろ我慢を強いられているのは、いつだって室井の方だ。
そう思えば、余計に心配になる。
「・・・・・・あんまり、無理してないといいけど」
青島は一人呟いて、報告書に視線を落とした。
室井の身を心配することに気を取られ、青島は自分の気持ちを蔑ろにしてしまった。
NEXT
(2005.8.31)
UNDERで死ぬほど甘ったるいお話を書いたせいで、切ないお話が書きたくなりました(^^;
どこまで目的が果たせるか分かりませんが(私のことだから、書いてる間に針路変更しそうです・・・)
切なめを目指して頑張りたいです。
3〜4話程度の中編になりそうです。
コンセプトは「青島君を泣かせたい☆」(ばーか)
少々お付き合い頂けると幸いです♪