■ mistake(前編)


深い眠りからゆっくり覚醒した青島は、そっと瞼を持ち上げた。
視界に広がる見慣れない景色。
見たことのない天井、見たことのないカーテン、見たことのないベッド。
そこが知らない部屋だと気付いて、青島は慌て跳び起きた。
「どこだ…ここ?」
呆然としている青島の耳に、呑気な声が届く。
「あ〜、目覚めました?」
ビックリして振り返ると、風呂上がりらしい真下がいた。
その姿を見て、青島は漸くここがどこだか思い出した。
そして芋づる式に夕べのことも思い出す。



***



「ほら、しっかりしろよ」
青島は真下の腕を肩に回させて、その身体を支えながら歩いていた。
真下はというと、青島の肩を借りて一応歩いてはいたが、意識があるのかないのか怪しかった。
―誰だ、こいつにこんなに飲ませたヤツは。
それは青島である。
まだ交際には至ってもいないというのに雪乃と何やら非常に上手くいっているらしく、延々と惚気話を聞かされていい加減うんざりし、酔い潰してやろうと思って酒を飲ませたら、本当に潰れてしまったのだ。
潰す気だったのだから当然の結末だったわけだが、本当は潰れる一歩手前でやめるべきだった。
本当に潰してしまっては青島の手に掛かるだけのことである。
面倒くさいと思いつつ放置していくわけにもいかないので、青島は真下を引きずるように支えながら歩いていた。
「う…っ」
青島の耳に呻き声が聞こえてきた。
ぎょっとして手を離すと、真下は口元を押さえて蹲ってしまった。
「おい、大丈夫か?」
真下は首を横に振る。
大丈夫じゃないらしい。
「吐きそう?」
今度は首を縦に振るから、青島はその背を摩ってやる。
「吐けるか?」
吐いてしまえばある程度楽になるはずだ。
逆に吐かせてしまわないと、おちおちタクシーにも乗せられない。
ところが、真下は首を横に振る。
「すいません……どうやって吐いたらいいか……」
吐き慣れていないのか、吐き気はあっても、自分の意思でどうにかすることはできないらしい。
このボンボンめっと思ったが、多分あまり関係ない。
飲み過ぎで吐き慣れていたところで、自慢にもならない。
青島は仕方が無いから休める場所を探す。
「ベンチで少し休んでから帰るか?」
「……寒い」
「は…?あ、急逝アルコール中毒とか!?マジでっ!?」
青くなり今にも救急車を呼びそうな青島の腕を掴んで、真下は小声で呟いた。
「外…寒いです…」
「はぁ?ただそれだけ?」
「どっか…暖かいところがいいです…」
青島は呆れた顔をした。
「こんな時に贅沢言うなよ」
「こんなとこで休んでたら…風邪引いちゃいますよ……」
このヘタレとかこのヘナチョコとか思ったが、青島は結局思い当たる場所を探してみる。
ファーストフードや喫茶店はもう終っている。
24時間営業のファミレスは近くにない。
後は駅くらいしか浮かばなかった。
駅なら屋内だし、ベンチもある。
似たような酔っ払いで満員になっていなければ、休憩くらいできるだろう。
「ほら、もう少し頑張れ」
歩き出した青島につられるように足を踏み出した真下だが、すぐに立ち止まる。
「…ここでいいじゃないですか」
「なに?」
「ご休憩って…書いてある……」
真下が指をさしたまがまがしい電色の看板を見て、青島は思わず絶句する。
そして深い溜息を吐いた。
「お前なぁ」
「いいじゃないですか…ご休憩くらい……」
一体何が良いというのか。
真下と何があるなんて青島も思っていないが、だからといって野郎と二人でご休憩する気は毛頭なかった。
―まぁ、室井さんならいいけど。
一瞬思って、青島は苦笑した。
「ほら、アホなこと言ってないで」
「イヤです」
「は?」
「もう歩けません」
「はい?」
「先輩は帰っていいですよ…僕は休憩していきます」
そう言って、真下はホテルに向かって行ってしまう。
「おいっ、ちょっ、真下〜?」
振り返らずに手を振って寄越すと、そのまま本当にホテルに入っていってしまった。
それをぼんやりと見送って、青島は心底呆れた顔をした。
「あのバカ…」
放って帰ろうかとも思ったが、そういうわけにもいかない。
酔わせたのは青島だし、本格的に具合が悪くならないとも限らなかった。
あんな男でも、一応心配である。
青島は頭を乱暴に掻きむしると、真下の後を追った。



***



後は真下が吐いたり吐かなかったりして、青島も帰るのが面倒くさくなり結局ご一泊するはめになったのだ。
夕べのことをあれこれ思い出して、青島は寝癖でボサボサな頭をボリボリと掻いた。
「…お前、なんで風呂なんか入ってんの?」
「いやぁ、折角泊まったんだから、何か一つくらい活用しておかないと、勿体ないでしょ」
確かに折角…という言い方もないが、ラブホテルに泊まったというのに、当たり前だが本来の目的というものは一つも果たしていない。
「良くそんな落ち着かない風呂に入れるなぁ」
当然のようにガラス貼りで、外から丸見えなのである。
青島が起きていたら、見たくもない真下の入浴シーンを目撃したはずだ。
それを思って、青島はちょっと身震いをした。
「先輩、寝てたし。ちょっと新鮮でしたよ〜」
それにしたって、神経の太い真下に青島は呆れる。
「お前、いい根性してるよ」
ふぁっと欠伸を漏らした青島に、真下は肩を竦めて見せた。
「先輩もお風呂使います?」
「俺はいいよ。そろそろ出ないと、遅刻するだろ」
今なら一度家に帰って着替えることくらいはできる。
ベッドから降りると、シワシワなスーツを見て眉を寄せた。
せめてスーツくらい脱いで寝れば良かったのに、面倒くさかったのか力尽きて眠ってしまったのか、もう覚えてはいないが、きっちりスーツを着たまま眠ったらしい。
真下も似たようなもので、それなりに高価なスーツのはずなのに、よれよれだった。
「なんか、節々痛いです」
「俺もだよ…そういえば二日酔いは?気持ち悪くないの」
「あ、おかげさまで」
ケロッとしている真下に、青島は溜息を吐いた。
肝臓の働きは宜しいようだ。
「ここはお前の奢りな」
「えー?」
「当たり前だろ。休憩するって言ってきかなかったの、お前だもん」
「帰るの面倒だから寝て帰ろうって言ったのは、先輩でしたよ」
「……お前、良く覚えてんね。あんなに酔っ払ってたのに」
青島は決まり悪そうに頭を掻いた。
「んじゃ、もう、割り勘でいいよ」
良く考えれば恋人ならいざしらず、男にホテル代をご馳走になるのも気持ちが悪いというものだ。
結局割り勘して、ホテルを出た。
「はぁ…なんで先輩と朝帰りしないといけないんでしょう…」
早朝のため人通りの少ない繁華街を歩きながら、真下が呟く。
青島は半眼で睨んでやった。
「あ、いや、ご迷惑をおかけしました」
取り繕うように笑う真下に、青島はまた溜息を吐いた。
「全くだよ。お前、間に合うの?」
「大丈夫だと思いますけど…小池君には電話いれときます」
課長がコレだと小池君も大変だろうなぁと青島は思った。
二人はお互いに欠伸を噛み殺しながら、駅で別れた。





捜査本部につめていた室井は、部下が持ってきた写真を見て、目を剥いた。
「張り込んでいたら二人が…その、ラブホテルから出てきまして」
部下が言い辛そうに説明してくれる。
その数枚の写真には二人の男がラブホテルから出てくる姿が写されていた。
「これ…交渉課の真下警視と湾岸署の青島刑事ですよね?」
部下に言われるまでもなく、それはどこから見ても青島と真下だった。
今日の早朝の写真で、この後二人は駅の方に歩いて行ったという。
室井は部下の話を呆然と聞いていた。
「あの…余計なお世話かと思ったのですが、管理官、青島刑事と親しかったようですし、問題になると困ると思いまして…」
部下はどうやら気を回してくれたらしい。
「この話は他に?」
「いえ、誰も」
「この件は、私に任せてもらえるか」
もちろんと頷いて、部下は下がった。
室井はひっそりと溜息をついて写真を眺めた。
―何か事情があったのだろう。
室井は青島が浮気をするなどと、微塵も思っていない。
青島が真下を好きになったのなら、室井はとっくにフラれているはずだった。
二股も浮気も青島らしくない。
相手が女性であったのならば、室井もさすがに一夜限りの過ちと疑ってしまうかもしれないが、相手は男である。
男の室井と交際している青島なのだから、男相手の浮気も視野にいれておくべきかもしれないが、室井には青島が過ちで男と寝るとは思えなかった。
本気だから室井に抱かれてくれているのである。
だから青島が浮気をするわけがないと、室井は思っていた。
正直なことを言えば、ラブホテルから二人が出てきた時点で面白いわけもなかったが。
―また、何をしてるんだか…あいつらは。
呆れながらそんなふうに思った。
この時の室井の気持ちにはまだ余裕があった。










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2005.8.12

あとがき


のらねこ様から頂いた69900HITのリク、
「室井さんから悪事OR失敗などを隠そうとして泥沼化する青島君」です。

そのつもりなのですが…悪事?失敗?
辛うじて失敗な気はしますが…どうだろう(汗)
全体的に微妙な展開な気がします。
申し訳ありません(滝汗)

のらねこ様、長々とお待たせして申し訳ありませんでした!
前後編の予定ですので、もう少々お付き合いくださいませ〜。


この真下君はドノーマルです。雪乃さんラブです(笑)
青島君とは良い(?)先輩後輩です。

ラブホテルって普通は同性同士だと泊まれませんよね〜?
その辺りは、目をつぶってやってくださいませ(^^;
ちょっと不用意な青島君。
でも、男同士だと、そんなもんな気がしますが〜どうだろう…。
折角ラブホテルに泊まっているのに(相手は真下君ですが>笑)
全然色っぽいお話じゃなくて申し訳ないです;



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